第91話 ケビンの書~秘薬・4~

 さてと、俺も動くとしよう。

 菓子も作れる様に準備をしておかないと、作らなかったら本当にナシャータに消し炭にされてしまうかもしれない……。


『で、そうなると火起こしをしないといけないわけだが……』


 この部屋には実験の資料と調合の道具しかない。

 だとすると、自力で火を起こさないとダメか? この体は疲れないけど、時間がかかってしまうぞ。


『ここは研究室なんだし何かないか――ん? おいおい、奥に穴があるじゃないか』


 リストといいあの穴といい、どれだけ周りを見てなかったんだ俺は……。

 とりあえず行ってみよう、何かあるかもしれないし。


『……ふむ、どうやら木の扉があったみたいだな。それらしき残骸が落ちている』


 それで中はっと……崩れたベッドに崩れた本棚……上から土砂が流れ込んだのか土で埋まった暖炉。

 どうやらここに人が住んでいたみたいだが、もしかしてジゴロの爺さんの先祖かな?

 待てよ、暖炉があるって事は……。


『……あった! 火打石』


 これで火起こしが楽になる、しかも暖炉の横には薪も残っている。

 ボロボロだけど湿ってなければまだ使えると思うんだが……うん、大丈夫そうだ。


『けどこの暖炉は駄目だな、土で埋まっているから使えん。しょうがない、研究室の前の部屋でかまどを作るか』


 じゃないと火が紙に移って火事になったら手が付けられんからな。



『――よいしょっと。よし、こんな物かな』


 かまどはその辺に落ちていた瓦礫を積んで完成っと。

 後はナシャータが戻るのを待つだけだが――。


「たっだいま~なのじゃ! 菓子~菓子~っと」


「つっつかれた……」


 お、噂をすればなんとやら。

 てか、こいつまだ浮かれているのか、よっぽどその菓子が食いたいんだな。


「ほれ、集めてきたのじゃ。にしても、お前の字は汚いの。解読しながらじゃったから時間がかかってしまったのじゃ」


 あーそういえば受付嬢さんにも字について散々言われたっけ。

 そんなに汚いかな、俺は普通に読めるのに。


「で? これらをどうすればいいのじゃ?」


『あっそれじゃあ、メモの上から順番に並べていってくれ』


「並べるのじゃな、わかったのじゃ。――ほいほいほい」


 よしよし、並べだした。

 これでどの植物が何なのか俺でも判断できるぞ。


「ほいほっ……ん? これが菓子の材料? こんなものを入れたら辛くなるんじゃ……ハッ! お前、この採って来た中に薬を作る為の薬草も混ぜたな!?」


『チッ』


 流石に浮かれていても、そこまでさせるとバレるか。


「やっぱりか! よくもわしを騙してくれたな!」


『そう怒るな、ちゃんと菓子も作ってやるから』


「――っ! そんな事でわしの機嫌が治ると思ったら大間違いなのじゃ!」



「モグモグ、やっぱりうまいのじゃ~! は~……またこれを食べられる日が来るとは思いもしなかったのじゃ~」


「モグモグ、これはなかなかいけますね」


 菓子は粘りが強いピーカオの根に【母】マザーの実と他の果物、数種類のハーブを混ぜてから木の棒に撒きつけて、火で焼けば完成……たったそれだけの簡単な菓子ですっかり機嫌が治った。

 しかも、何だかんだ言いつつリスト通りに薬草を並べてくれたし。


『やっぱり、ちょろいドラゴニュートだな』


「モグモグ、何か言ったか?」


 おっと、つい本音を口にしていた様だ。


『いや、何も!』


 あ、本音といえばナシャータに聞きたい事があったんだった。

 バレた今なら聞いても問題はないな。


『なぁ、一つ気になっていたんだが【母】マザーの葉って人間が口にしても大丈夫なのか?』


 この作り方で問題なのがそこだ。

 駄目なら作る意味が無い。


「モグモグ、【母】マザーの葉は実と違って魔力の量が少ないのじゃ、じゃから2枚程度は大丈夫なのじゃ、モグモグ」


『そうなのか。よーし、それじゃ作るか!』


 ナシャータがそう言うなら大丈夫だ。

 さぁ頑張るぞ! コレットの為に!




 ◇◆アース歴200年 6月19日・朝◇◆


『ふい~……やっと出来た』


 薬を作るなんて初めてだし、書いてある事が細かいしで、何回も失敗してしまった。

 天井の隙間から日が入り込んでいるって事は……と言う事はもう朝か。

 かなりの時間がかかってしまったな。


『これが超! 万能薬か』


 主に葉っぱしか使わないから緑色の薬になると思ったんだが、何でピンク色になったんだろうか……不思議すぎる。

 まぁいい、これをビンに入れてっと。


「ふわ~……どうやら完成したみたいじゃな……ほう、それが万能薬って奴なのか。それで、その万能薬をどうするのじゃ?」


 はあ? ナシャータの奴は何を言っているんだ。


『何言っているんだよ、コレットに渡すに決まっているだろう』


 寝起きだから寝ぼけているのか?


「わしが言いたいのは、いつ渡すのかって事じゃよ」


『あん? いつってコレットがここに来た時だよ』


 俺は外に出られないんだから、その時に渡すしかないじゃないか。


「いやいや、お前こそ何を言っておるのじゃ。小娘がここに来るという事は、もう完治しているのという事じゃ。その万能薬をその時に渡すなんて無意味すぎるのじゃ」


『………………あっ!!』


 そうじゃないか!

 何でそんな簡単な事に気がつかなかったんだ!?


『だからと言って、届けるにしても俺はここから出られないし……』


 これは完全なミスだ。

 あの鎧に乗っ取られてから色々おかしい、馬鹿が移ってしまったのだろうか。


「ケビンの奴が文字通り崩れ落ちてしまったのじゃ……これは相当落ち込んだみたいじゃの」


『うう……』


 目玉がないから涙も出やしない。


「う~ん、これはさすがに不憫じゃ。どうにかしてやりたいが……あっそうじゃ! わしに良い考えが浮かんだのじゃ!」


『……いい考えだって?』


「うむ、わしもケビンにも得な事じゃぞ」

 

 そう言うナシャータはめちゃ笑顔だが、俺はその笑顔が逆に不安にしかならんぞ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る