3‐24.もうひとつの陰謀
ワックスで逆立たせた茶髪、黒いタンクトップに黒のジーンズ、全身黒づくめの服装をした男は倉庫に積まれた木材に腰掛けて煙草をくわえた。
もうすぐ、もうすぐだ。
沸き上がる高揚と抑えきれない興奮。もうすぐすべてが手に入る。
バイクのマフラー音が近付いてくる。獲物が到着したようだ。男は立ち上がり倉庫内に集まる仲間達に目で合図する。
倉庫の前に1台のバイクが停車した。
(まさかひとりで来たのか?)
バイクのヘッドライトの光が眩しくて彼は目を細めた。バイクの主がエンジンを切り、ヘルメットを外す。
倉庫の薄暗い電球の下で二人の男の視線が絡んだ。
『来たのが洸じゃなくて残念だったな。お前には悪いが洸も蒼汰もここには来ない。あいつらは別の場所に行かせた』
バイクに跨がったまま氷室龍牙は男と対峙する。やって来たのが龍牙だとは思わなかった男は驚愕の表情で龍牙を睨み付けた。
『お前誰だ?』
口を開いたのは龍牙と対峙する男ではない、倉庫内にいる彼の仲間達。龍牙はざっと人数を数えた。人数は三十人くらいだ。
『お前ら不良名乗るなら俺の顔くらい知っておけ。最近のガキは目上の人間への礼儀もなってねぇな』
溜息をついてバイクを降りた龍牙は倉庫にいる自分よりも十歳は年下であろう男達に視線を走らせた。
『いいかお前ら。よぉーく覚えておけ。俺は黒龍初代リーダーの氷室龍牙だ』
龍牙が名前を名乗ると倉庫内がざわついた。まだ自分の名前もそれなりの効力はあるらしい。
『氷室龍牙ってあの伝説の不良の?』
『黒龍歴代最強のヘッドって聞いたことある』
『結成2年で関東の族のトップになった奴だろ?』
龍牙に関する様々な情報が彼らの間で囁かれた。中には噂に過ぎないものや事実と異なるものもある。間違った情報もあえて否定はしないが、黒龍結成2年でトップになったのは間違いだ。正しくは結成1年と8ヶ月。
『とばっちり受けたくなかったら関係ない奴は大人しくしてろ。俺はコイツと話があるんだ』
睨みを効かすと
これくらいで怯むとは手応えもない。
電灯の青白い光のせいなのか、龍牙を見て立ち尽くす男の顔は青ざめていた。
『俺としたことが
相澤直輝の名を出すと男の肩がピクリと跳ねた。龍牙は一歩前に進み出る。
『兄貴の方は晴達に用があるみたいだな。兄貴に晴や晴のダチの情報を流したのも、晴達に恨みを持ってる女にエリカって偽名使わせて蒼汰をハメたのも……全部お前が企んだことだろ。相澤拓』
龍牙と対峙する黒龍の現No.3、相澤拓は獣のような鋭い眼差しで龍牙を威嚇した。
相澤家の詳細は龍牙の上司である弁護士の片山に調べてもらった。相澤グループ本家には相澤会長直系の孫が数人いるが、中でも会長の息子の相澤社長には二人の息子がいる。
それが長男で現在23歳の相澤直輝と次男で高校二年生の相澤拓の兄弟だ。この二人が将来の相澤グループを担うと言われている。
『事の発端は晴の学校で起きた賭け事件だ。その事件を解決するために晴は黒龍を動かした。これについては俺も触りだけは聞いてる。拓、お前も晴達に協力したんだよな。だがお前は協力するフリをして影で自分の計画に使えそうな人間を捜していた。そして賭け事件の黒幕の兵藤桃子に近付いた』
拓は何も言わない。龍牙は話を続けた。
『桃子と兄貴を組ませたのもお前だ。晴のダチを拉致した兄貴の目的は俺は知らねぇがあっちの計画も潰させてもらった。洸と蒼汰には晴達を助けに行かせたからな』
『そんな……嘘だ!』
拓が初めて口を開いた。弱々しい怒声だ。
『嘘じゃねぇよ。お前が相澤の弟だとわかってからは洸にお前を見張っておくよう頼んだ。案の定、晴が相澤に呼び出された後にお前も動いた。大方、兄貴が晴達を拉致監禁してる間にお前がこっちで洸と蒼汰を呼び出して潰す計画だったらしいが……どうして仲間を裏切った?』
『そんなの決まってるじゃないですか。俺がトップに立つためですよ』
拓はまったく悪びれる様子はない。
『No.2の蒼汰ハメて、リーダーの洸を潰して、それでトップになれると思ってんのか?』
『龍牙さんともあろう人が何言ってんですか?力って言うのは闘って勝ち取るものでしょ?』
『じゃあここにいる奴らは何だ?』
静まり返る倉庫内を龍牙は見渡す。倉庫に集まる三十人弱の男達は龍牙と拓のやりとりを見物するだけの傍観者に徹していた。
『お前が本当に黒龍のトップ張りたいなら洸とサシで勝負して勝てばいいだろ。それをこんなに大勢で囲まないと勝てる自信がないのか? カッコ悪いな』
龍牙の煽りにキレた拓は顔を歪めて舌打ちし、側にあった角材を龍牙めがけて投げたつけた。龍牙は軽い身のこなしで角材を避ける。角材が音を立てて地面に落ちた。
『お前ら! そんなとこで突っ立ってねぇで早くコイツを始末しろっ!』
唾を飛ばしながら拓が傍観者達に命令を下す。しかし動く者は誰一人いない。
『どうした? 金ならいくらでも出すぞ。コイツを倒した奴には五万……十万払う! だからやれぇ!』
拓が龍牙を指差して吠えた。倉庫に反響する拓の怒声が虚しく聞こえる。
『無茶苦茶言うなよ。相手は氷室龍牙だろ?』
『氷室龍牙に勝てるわけねぇじゃん』
『自分でやればいいのに』
口々に非難と拒絶の言葉が拓に浴びせられる。苛立ちを抑えられずに拓は乱暴に頭を掻きむしった。
『なんだよ! 俺達仲間だろっ?』
拓の問いかけに誰も返事をしない。
『拓。金で買った人間を仲間とは呼ばねぇよ』
『……うるさいっ!』
鉄パイプを握りしめた拓が龍牙に突進する。黒龍では武器はご法度の掟を忘れているようだ。
龍牙は鉄パイプを持つ拓の腕をねじり上げて彼の腹部に拳を一発撃ち込む。腐っても後輩だ。攻撃力は60%に手加減しておこう。
咳き込んだ拓は地面に両手をついてうずくまった。龍牙は咳き込む拓の背中をさする。拓の肩は震えていた。
『お前は大事なことを忘れてる。どんなに金持ちでも喧嘩が強くても、仲間裏切るような奴に族の
拓は腹部を押さえてうずくまったまま地面に鼻先がつくくらいに顔を伏せて泣いていた。
『お前に聞いておきたいことがある。兄貴はクスリをどこから仕入れていた?』
『わからない。兄貴、今年の初めに留学してたフランスから帰って来たんだ。婚約のために帰って来たって言ってたけど……』
涙に濡れた拓の顔はまだ16歳らしい幼さが残っている。
『こっちに帰って来た時にはもう兄貴はクスリを持ってた。だから兄貴がどこからクスリを買っていたのか俺にはわからない……です』
『そうか。兄貴の婚約者に会ったことは?』
『俺のじぃちゃんの誕生パーティーで一度だけ会ったことあります。めちゃくちゃ綺麗な女の子で、あんな綺麗な子と結婚できる兄貴が羨ましくなった。ずっとそうなんだ。俺はいつも兄貴が羨ましかった』
兄を羨む拓の心には屈折した想いが溜まっていた。今回の反乱も日頃の
『お前ら、今後も黒龍とやり合いたいなら好きにすればいいが、武器じゃなくて素手を使え。喧嘩ってぇのは、素手でやるものなんだよ。武器持って強い気になってイキがるのはただの弱者だ。わかったな?』
ドスの効いた声で龍牙に諭された者達は身体を硬直させて龍牙に一礼した。あの連中とのケリをつけるのは洸の仕事だ。龍牙の領分ではない。
一連の薬物に関する事件の捜査本部が置かれている新宿西警察署に連れていくため、龍牙は拓をバイクの後ろに乗せた。
ヘルメットを被る前に彼は後ろに顔を向ける。
『悪い。もうひとつ聞いていいか?』
『なんですか?』
『兄貴の婚約者の名前は?』
『名前……確か、リオ、って聞きました。まだ高校生で、歳は俺のひとつ上だったかな。その子、樋口コーポレーションの前会長の娘なんです』
『樋口コーポレーション……ああ、ゼネコンのか。じゃあフルネームは樋口リオ……』
龍牙の後ろで拓が首を横に振った。拓が動いた振動が伝わる。
『その子の苗字は樋口じゃないです』
『あ? 前会長の娘なんだろ?』
『俺も聞いた話ですけど訳ありの子供らしいです。前会長の愛人の娘だったとか。だから戸籍は樋口家には入ってません。俺のじぃちゃんが樋口コーポレーションの前会長とも前会長の奥さんの今の会長とも親しくて、その子が生まれた時の事情も承知で兄貴の婚約者に選んだって話です』
(訳ありの子供……。じゃあ片山先生の知り合いは樋口コーポレーションの前会長ってことか)
『兄貴の婚約者が気になるんですか?』
『ちょっとな。メット被れ。行くぞ』
龍牙も拓もヘルメットを装着し、バイクが発進した。
樋口コーポレーション前会長の娘のリオ……その婚約者が相澤直輝。婚約者のリオは相澤がクスリ密売に関わっていることを知っているのだろうか。
(俺が手出しできる範囲じゃねぇが……気にはなるよな)
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