ステージ25 謀叛人!

「てめえコノヤロー!!」


 ハーウィンの怒声が、伊佐家に響き渡る。そしてそのハーウィンのすぐそばにはジャンがいる。ジャンは無言でアフシールJr.に斬りかかる、アフシールJr.も爪をむき出しにして反撃する。伊佐家と言う一般的な民家の窓の外で、勇者と魔王の戦いが始まったのだ。








「アフシールJr.!お前だけは倒す!」

「それはこちらのセリフだ!」

「兄貴、そいつは一番許されねえ事をやったんだ! 遠慮なくやっちまえ!」

「総司、気持ちはわかるが離れろ!」


 勇者と魔王、そしてお互いの側近。その戦いはすさまじく、いつ窓ガラスの破損その他の流れ弾が来るか分かった物ではない。泰次郎は一家の長としての威厳を見せるように太い声を上げ、子どもたちを窓から離した。


「オイコラ、勇者様の母親がてめえの探し求めるもっとも凶悪な魂だっつーのかよ!」

「本当にたまたまだが……」

「だからそれを使ってサキュバスを蘇らせて勝とうっつーのか!」

「ああその通りだ」


 アフシールJr.は表情を崩そうとしない。今は亡き親と伊佐雄太以外に下げる頭などないとばかりに、魔王にふさわしい不遜な表情をしている。もっとも自分自身、今のままでジャンに対する勝算がある訳でもない。


 それなりに経験は積んで来たつもりだった。だがそれが自身の戦闘力に反映されているかと言うと全く別問題である。軍団の増強ばかりにうつつを抜かし、肝心の自分自身はあの時のままかもしれない。その最悪の想定はとりあえず逃げる事ぐらいはできている時点で外れていたが、それでも真正面からの戦いで自分が勝者となれる保証はない。でも、もはや戦わない選択肢はない。戦って勝つための方法として、取れるのがこれしかなかった。ハーウィンは食って掛かるが、もし本当にそれ以上の魂があればそれを使っていただろう。

(人間だって豚や牛を喰う。その際にその名前を気にするか? せいぜいはくっついている肩書きぐらいじゃないか。その牛がどんな風に過ごしていたのか、そんな事を考えたりはしないだろう。まあ一応、としての育て方には気を配るかもしれないが)

 たまたま見つけた最高の素材が、たまたまジャンの母親だった。アフシールJr.にとってはただそれだけの話だった。雄太たちを巻き込んだのはまったくの偶然であり想定外のハプニングであり、今すぐ元の世界に帰そうと思っているぐらいだ。それは、今こうしてジャンに押されまくっている中でも全然変わらないアフシールJr.の本音だった。







(今の兄貴にはこうして世界を救った素晴らしい剣術がある。それから三人のすげえ力を持った妖精が味方してるし、しかもその三人が命を捨てても構わないと言わんばかりの忠誠心を見せている。ついでに全員美少女だし、その上にどうやらディアル大陸とやらには正妻であるお姫様までいるらしい。羨ましいよな、それを兄貴は自力で勝ち取ったんだよな、おそらくは死ぬか否かのギリギリの戦いを続けてよ)

 総司自身、学芸会以上の演技の経験もないままに劇団に押し入って来た。それからずっと厳しい生活もして来たつもりだった。でも死を意識した事は一度もなかった、それに引き換えこの兄は、こんな人を殺せる道具を使いこなして来た。妖精の話によれば約二年間、死んだらおしまい

「おおゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない!

 されどそなたにしなれてはせかいはおわってしまう!

 そなたにもういちどきかいをあたえよう!」

 などと言う都合のいい話はおそらく存在しないだろう世界に放り込まれて命のやり取りをして来た訳だ。そんな所に放り込まれて生きていく自信は総司にはまったくない。それを兄は成し遂げたのだ、それぐらいの報酬は得ても罰は当たるまい。だが総司はその考えが、非常に危険なそれである事も知っていた。


 異世界に行ったからと言って誰でも成功する訳ではない、新次郎のようにまったく無私に振る舞う事の出来る人間でなければ真の英雄にはなれないだろう。結局英雄と言うのは、なるべき存在がなるべくしてなるだけの物である。それをうかつに求める事がどれほどに危険か、二十八歳と言う年齢なりにはわかっていたつもりだった。


「ぐうっ!」

「アフシールJr.様!」

「この程度……?」


 今も目の前でその英雄にふさわしい剣技が、魔王の息子を捉え傷を負わせている。地球人が持つ軍事力、拳銃やら戦闘機やらを持ち出されれば勝てないと言うのがこの魔王の息子の言い分だが、自分が包丁やハンマーなどを持ち出した所で勝てる見込みはない。間違いなく、今のジャンは強い。剣技だけでなくスポーツをやらせたとしても相当な成績を残すだろう。ものすごい差だ。

 その差が総司に満足感を与え、彼女には敗北感を与えた。


「サイドアタックかよ!」

「逃がさない……!!」




 サキュバスの強い肉体を手に入れた、伊佐玖子。コーファンを置き去りにした彼女は、今再びジャンと対峙した。もしもう少し彼女の到着が遅れていたら、アフシールJr.はさらに攻撃を受けそこで倒れていたかもしれない。


「母さん!」

「総司。正直に答えなさい、この兄をどう思っているの?」

「強くて、カッコよくて、やるべきことを成し遂げた男だよ。なれるもんならなりてえけど、なれねえのがわかりきってるからなろうとは思わねえ」


 まったくのベタ褒め。おべんちゃらにしても心がこもり過ぎている、心底からの褒め言葉と見て間違いないだろう。雄太すらも、総司の立て板に水の話しぶりに若干引いていた。十年以上勤め人をやっていてお世辞の一つや二つこぼして来た事もある。まさか役者だからと言う訳でもあるまいが、それにしては力強かった。


「ああそう」

「サキュバス、このジャンに思い知らせてやるんだ」

「言われるまでもないわよ!」


 総司は、自分の気持ちが分かっていない。腹を痛めて産んで育てて来たのに、自分をここまで踏みにじった存在を憎んでいない。いやむしろ、崇拝している。

 そう言えばあの時だってそうだ、自分のあの素っ気ない態度からこちらの気持ちなどわかっていたはずなのに平然と最期の証である遺影を持ち帰る。最後の二年間、公立高校の教師と言う勤め人の雄太よりずっと貧しく不安定なはずなのに身請け人となる。元より誰よりもほだされているような存在。ついでにその存在の目を覚まさせてやるのも親たる役目だと思った。その使命感は、彼女の体をますます高揚させる。

 むろん、殺しはしない。徹底的に盲信している人間の無力ぶりを見せつけ、それにより拘束から解放してやる。役者を辞めろとは言わない、もうこれ以上つまらない過去に縛られ続けてはいけない。ただそれだけの話だ。その事を言い聞かせるのにここまでの力を用いなければならないのが不便だったが、それでも構わないと玖子は思っていた。

(まったく、どうしてなのかしら。ここまで期待に応えない人間をどうしてみんな守ろうとするのかしら。みんながサボるから家族なればこそその役目を担ってあげてるだけなのに、ついぞあの子はそんな存在とは出会えなかった、いや出会っても学ばなかったのね)

 玖子は割と本気で、新次郎が殺した存在たちに感謝していた。どんなに厳しく振る舞ってもなぜか助けの手が来てしまう存在に、いろいろ鉄槌を下してくれた人間たち。それを恩を仇で返すがごとく殺していく新次郎に対する憤り。その全てが、今の玖子には力の種になっていた。



「………………」

「どうしたインキュバス」

「はい……ああ今が好機です、魔物たちを集めてジャンを叩きます!」

「頼むぞ」


 インキュバスは無言でジャンの顔を覗き込もうとした。その顔、相変わらずの色男ぶりを見せるその顔に、久美は魅かれなかった。その事にすぐ気づいた、やはり若い女性の心を読む事には長けているこの魔物はアフシールJr.に挟撃を行う許可を得て、伊佐家から高く飛び上がった。







 ※※※※※※※※※※※※※※※※






 トモタッキーは、ジャンたちがどうなっているか知らない。映像を作り出し、その映像を実体化しては攻撃する。剣やら火の玉やら鉄球やら、多くの兵器を生み出してはぶつける。それをずっと繰り返して来た。

(まだまだ私は戦える、勇者様のためにこの魔物たちを全部倒してやる)

 魔物たちの数は先が見えている、一匹でも多く倒せばそれだけ魔物たちの敗北=自分たちの勝利が近くなる。その考えでトモタッキーは必死に戦い、魔物の数を減らして行った。


「あっちょっと!」


 だから、魔物たちがいきなり逃げ出したのを見た時には「これでようやくジャンに追い付ける」ではなく「まだ残っているのに」だった。その上に逃げる方向が伊佐家とあってはまったく意味がない。


「待ちなさい! 勇者様のためにも」

「お前の相手は私だ!」


 追いかけようとするトモタッキーに、魔力の弾が襲い掛かる。狙撃犯のインキュバスはトモタッキーを見下ろしながら、次々に弾を放つ。


「勇者様の邪魔をしないでよ!」

「邪魔をするのが私の役目だからな…………」

「じゃあなおさらどいてよ! 勇者様のため、その家族のため、コーファンとハーウィンのためにも私は負けられないの!」

「………………」

「何とか言いなさい、何よその泣き真似は!」

「謀叛人が出たのだ」


 視力10.0を軽く超える二人は、その気になれば何十メートル離れていてもお互いの表情が分かる。何悲愴ぶっているんだかと問い詰めるトモタッキーが耳にしたのは、あまりにも意外な言葉だった。


 謀叛人!一体どこの誰だと言うのか。もはやアフシールJr.にはインキュバスしか配下は残っていないはずだ、今更裏切って何をしようと言うのか。そしてジャンの忠実な家臣であるコーファンやハーウィンが裏切るはずはない。もちろん自分でもない。


「冗談ならほどほどにしなさいよ!」

「あるいは私かもしれないがな……なあお前ジャンは好きか?」

「それは、勇者様の事が好きだからこうして」

「異性としてだ」

「これ以上時間稼ぎに付き合う暇はないの!」

「話しても無駄か……」

「待ちなさい!」


 インキュバスと無駄話などしている時間はないとばかりに魔物たちの後ろを突こうとするトモタッキーだが、インキュバスはそれを許さない。苛立ちを募らせトモタッキーは鉄球を降らせるが、苛立ちまぎれの攻撃に当たるインキュバスではない。

 鉄球の雨から逃げたインキュバスが魔物たちの後を追い出すと、トモタッキーは眉毛を吊り上げながら追撃した。まったく何のつもりなのか、来るだけ来て適当に攻撃して適当に無駄話をして適当に逃げる、何がしたいのかわからないと言わんばかり。うっぷんばかりがたまり、攻撃も激しくなる。


「そんな悠長な事をやっている場合か!」

「悠長!? これのどこらへんが悠長だって!?」

「今ジャンは危ないのだぞ!」

「だからこそあんたらを倒して」


 トモタッキーがさらに吠えようとすると、はるか遠くまで逃げていた魔物、巨体を震わせる灰色のゴーレムが崩れ去った。立て続けに魔物たちが倒れて行く反応が出る。


「さすがは勇者様!」

「馬鹿め、あれは謀叛人の犠牲者だ!」

「謀叛人謀叛人って、そのくだらない舌をいい加減止めなさいよ!」

「ええいもういい!その目でよく見ろ!!」

「うるさーい!!」


 インキュバスの絶望の表情と声色など、トモタッキーの頭には時間稼ぎの策としてしか入らない。謀叛人なら謀叛人で戦力が減るだけだと思いながら、この舌先三寸男を打ちのめしてやることだけを考えていた。

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