「アーサー、来たらだめだ!」


 地下牢のようなところにフランシスは捕らわれていた。


「フラン兄さん、今助けるから!」


 アーサーが駆け寄った直後、辺りに一発の銃声が響いた。


「アー……サー……」


 フランシスは弱々しい声でアーサーの名前を呼んだ後、倒れ込んでしまった。


「兄さん?」


 声をかけるが、反応はない。アーサーは膝をつき、肩をがっくり落とした。


「そんな……嘘だ、嘘だって言ってよ! 兄さああああああん‼」






「はっ!」


 自らの叫び声とともにアーサーは飛び起きた。呼吸が荒く、全身から冷や汗が流れている。

 そこへ、「コンコンコン」と、ノックの音がし、我に返る。車掌だった。


「アーサー様、夕食の用意が整いました。どうぞ、食堂車の方へ」

「夢か……」


 時計を見ると、どうやら小一時間ほど眠っていたらしい。

 アーサーは「ふー」と、大きな溜息をついた。


「……夢で、良かった。でも、どうせ夢なら――あの夜だって……」


 フランシスがさらわれ、今こうして彼を探す旅に出ていることも夢であってほしいと思う弱気な自分。アイビスに言われるがままこの列車に乗ったものの、アントワーヌから先、いったいどこを目指せば良いのか、はたまた街で聞き取り調査か、一抹の不安が彼の脳裏をよぎる。だが――。


「今は考えていても仕方がない」


 アーサーは自分自身に言い聞かせるように呟き、食堂車へ向かった。






 食堂車には宝石やドレスを身に纏った貴婦人、皺ひとつない燕尾服に身を包んだ紳士たちが食事をしており、その傍らにはそれぞれの召使と思われる者たちが座っている。

 アーサーは緊張した面持ちで席に着いた。

 すると、そばにいた乗客たちはひそひそと話し始めた。


「あそこでボケーっと座っているのは、いったい誰の召使だい?」

「いや、あの子は一等室の乗客だよ。私の隣の部屋だ」

「なんだって? どう見たって、あの身なりは庶民じゃないか。貴族や富豪が、あんな格好なんかするわけがない。しかも子どもときたものだ……あんな子どもに一等を取られるとは。こちらは予約が埋まっていて二等にせざるを得なかったというのに」

「それはお気の毒でしたね」


 乗客たちの会話を聞き、アーサーは嘆息する。

 部屋で食事をとらせてもらった方がよほど居心地いい。そう考えた彼が、目の前にいるウェイターへ申し出ようとした時、


「下品ね!」


 後方から、かん高い声が車内をつき抜けるように響いた。


「えっ?」


 聞き覚えのある声に、アーサーは振り返った。

 真っ黒のワンピースに栗色の髪、紛れもない船上で出会った少女だ。彼女は、アーサーには目もくれず、ひたすらテーブルの上に置かれたカードを切っている。


(あの子はさっきの……他の乗客と同じように、自分のことを言っているのだろうか。けれど、自分の格好が下品だというなら、わざわざ一緒に茶など飲んだだろうか……)


 船上での出来事を思い返してみる。

 だが、乗客たちの態度を見て、すっかり疑心暗鬼になったアーサーは、部屋に向かって静かに歩き出した。

 その様子を見た乗客の一人が大声で笑い出す。


「確かにあれは下品だ。あの服装はどう見たって、この豪華列車には似合わない。どれだけ貯蓄があったのかは知らないが、大方今回で使い果たしてしまったってところだろうな」


 他の乗客たちも次々に笑い始め、アーサーをからかった。


「死ぬ前に一度でいいから乗ってみたいってか?」

「身分わきまえろよ、ガキ!」


 少女は周りの乗客たちを見渡し、きっと睨みつける。


「違うわ、あなたたちのことよ!」

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