第55話 ソフィア・ダウニングの転機

「ハァッ!ハァッ!い、言ってしまいました〜」


私、ソフィア・ダウニングは芹沢幹太さんに求婚した。


「告白を飛び越えて結婚を迫るなんて…わ、私、本当にどうしちゃったんでしょうか〜?」


幹太さんに求婚した後、あまりの恥ずかしさに私は今の自室である王宮の客間へ駆け戻った。

背中で扉を閉め、その場にへたり込みどれほど時間が経っただろうか?

一瞬の気もするが、とても長い間そうしている気もする。


「幹太さん、とってもびっくりしてました〜」


それはそうだ。

彼はアンナ様と由紀さんからも告白?いや求婚?されている。

信じてもらえないかもしれないが、話しを始めた時は本当に彼の相談に乗るだけのつもりだった。

でも、話を聞くうちに自分の気持ちを押さえられなくなって、気がついたら幹太さんに指輪を渡していた。


「こんなに何かを強く求めたのは初めてです…」


思えば私は、小さな頃からあまりワガママを言わない子供だったと思う。


「ソフィアちゃんはいい子だねぇ」


「ちゃんとお手伝いして偉いね!」


村のみんなにそう言われるのが嬉しくて、暇さえあれば家の農作業を手伝っていた。


「ソフィア、お家の事はいいから、みんなと一緒に遊んでらっしゃい」


そんな私を心配してか、母はいつもそう言っていた。


「あの頃からもっと女の子らしくしてれば良かったですね〜」


さすがに私にも、それなりにお友達と一緒に遊ぶ機会はあった。

だけど大人になるにつれて、お友達だった人達は村を出ていったり、他の子と結婚したりして、次々と新しい生活を始めていく。

私だけが子供の頃と変わらず、良い子のソフィアのままだった。


「そういえばあの時も…村のみんなに頼まれたお仕事でしたね〜」


幹太さんに出会った時も、村の農産物を港のあるラークスまで卸しに行く途中だった。

あの仕事を頼まれ始めたのはいつからだろう?

今となっては思い出す事もできない。


「あの時の幹太さんの必死な顔、ちょっとカッコ良かったです〜♪」


私は座り込んだまま足を伸ばし、バタバタと動かした。

なんだかお腹の辺りがキュンキュンする。


幹太さんとアンナさんに出会った日の朝、寝坊した私は馬車を操作できる限界のスピードで走らせていた。

だけど、一瞬の気の緩みから馬車を側溝へと脱輪させてしまい、そこへ熊の襲撃を受けたのだ。


「あの時は…さすがにもうダメかと思いましたねぇ〜」


熊は馬車の中のたくさんの野菜を食べ散らかした後、私のお肉に目を付けた。

そんな私の前を、一台の馬車が通り過ぎた。

熊が何かに気を取られているうちに逃げる。

それは人間であれば当然の行動だった。

私は恨む気にもなれず、これから体験するであろう恐怖に震えることしかできなかった。


「でも、戻って来てくれました…。

あの時は本当に嬉しかったですね〜♪」


これは後でアンナさんに聞いた事だけど、私を助けると最初に言ってくれたのは幹太さんだったらしい。


「よっしゃー!やったらー!」


そう叫んで、幹太さんが震える私を担いで逃げてくれた。

改めて思い出すと、私はあの瞬間に恋に落ちたのかもしれない。

今でも私の足の間を通る、幹太さんの腕の熱さを思い出す。


「ここに幹太さんの腕が…、」


私は思わず自分の太ももの内側に触れていた。


「あっ、いけない!私、また…」


たまにあの時の事を思い出すと、ポーっとして色々と妄想してしまうのは最近の悪い癖だ。


「その後も怖い人達から助けていただいて…そういえばファーストキスもしてしまいましたね〜」


偶然とはいえ相手が幹太さんだったということは、間違いなく私にとって最高のファーストキスだった。

アンナさんと幹太さんに出会ってから、私の人生はようやく動き出した気がする。

たった数日お二人と一緒にいただけで、私の村での経験をはるかに上回る出来事がいくつもあった。

馬車で移動する屋台で働くなんて、村に居たら絶対に出来ない。


「ラーメンでこの村を有名にしましょう!」


村まで送ってもらった後、アンナさんがそう言った時はとっても驚いた。

まさかこの国のお姫様が、ジャクソンケイブ村の為に何かしてくれるとは思っていなかったから。


「私の村にあんなに人が来るなんでびっくりでしたね〜♪」


結局、村全体で取り組むことになったジャクソンケイブのご当地ラーメン計画は成功した。

ラーメンが完成したのは、幹太さんとアンナさんの発想と工夫のおかげだと思うけど、村の野菜や塩使っているのは確かなのだ。

野菜作りは天候に左右される為、決まった休みなど取れないし、塩だって、塩湖のものそのままでは料理に使うことはできない。

村のみんなの日々の努力があってこそのご当地ラーメンと言って差し支えはないだろう。

村にたくさん訪れる観光客を見て、本気になればこの村も人もこれだけ変わる事ができると私は気付いた。

単調で過疎化の一途を辿る村での日々は、全て自分達が原因だったのだ。


『私も変わりたい…』


そう思ったものの、何から始めて良いか分からなかった私に、アンナさんが一緒に行こうと言ってくれた。


「よく考えたら、あれは王女様からのお願いでした〜♪」


お断りしなくて本当に良かったと思う。

私は少しズルをして、その晩、母にその事を相談した。

必ず賛成してくれると分かっていたから。

そしてもう一つ、私はその夜に決めた事があった。


『いつか幹太さんに、この指輪を贈ろう…』


私は水晶の指輪を手のひらに乗せてそう誓った。

自分でも知らなかったが、どうやら私はとても欲深いようだ。

母にからかわれて分かった事だけど、私は本当に彼を独り占めしたいとまで思っていた。


「フフッ♪とても無理でしたけどね〜♪」


自分で言っておいて笑ってしまう。

アンナ様はとっても魅力的な本物のお姫様。

後から会った由紀さんは、お互いに欠かせない幼馴染。

私には一体何があると言うのだ。


そして私は旅の間、幹太さんをよく観察してみることに決めた。


大好きな芹沢幹太さん。

まず彼はよく働く。

旅の資金に余裕がある日でさえ、姫屋を開いて商売をする。

自分の為であれ、人の為であれ、努力する事に迷いがない。

いざという時は自分を顧みずに私や周りの人を助けてくれる。

これだけ聞くと聖人みたいだけど、可愛らしい一面もある。

朝、起きた時の寝癖がとってもカワイイ。

村の森にいるリスみたいに、ご飯を口にいっぱい頬張って食べる。

チャーシューの糸を巻くのは上手いのに、靴の紐を結ぶのがちょっとヘタ。


「あと幹太さん、ちょっとエッチですよね〜♪」


彼と話していると、たまにデレっとした顔をする時がある。

そういう時は大抵私の洋服の胸元が緩んでいる時なのだ。

どうやら私は自分の衣服について配慮が足りないらしいと、最近になって気がついた。


「ま、まぁ、幹太さんになら、ちょっとぐらい見られても構いませんけどね〜♪」


それから色々と気をつけているつもりだけど、彼の前だとなんだか気が緩んでしまうみたい。


「あぁ、やっぱり好き…」


こうして一人で考えている間にも、幹太さんへの愛おしさで体がムズムズしてくる。

指輪を贈ってしまった今となっては、できれば早く彼にこの想いを受け入れてもらいたい。

自分の心の底に、こんな熱い気持ちが眠っていたなんて思ってもみなかった。


「アンナさんも由紀さんも、こんな気持ちをどうやって押さえているんでしょうか〜?」


恥ずかしくて無理だろうけど、次に彼に会ったら抱きしめてしまいそうだ。


「そうです!まずは由紀さんとアンナさんにご報告をしないと〜!」


私は村娘だけど、たぶんお二人はそんな事は気になさらない。

それだけの信頼をアンナさんはもちろん、最近会ったばかりの由紀さんにも持っている。

だから自分はお二人に正直でいたい。


『行きましょう!村娘の根性を見せる時です〜!』


私は思い切って扉を開け、お二人の部屋に向かった。


「あの…アンナさん、お話したい事が…」


部屋を訪れた私の態度をみて気づいたのか、アンナさんはシャノンさんと由紀さんを急いで自分の部屋に呼びました。


「今後のこともありますから、シャノンも呼びました!

さぁソフィアさん!バッチこいです!」


アンナさんにそう促され、私は勇気を出して話し始めた。


「お、お嫁さんが三人…、あぁ幹ちゃんが異世界のドンファンに…」


私が幹太さんに指輪を贈ったと言うと、由紀さんはそう言って床に倒れてしまいました。


『ドンファンって誰なんでしょう?』


幹太さんと同じならば、それはかなり素敵な方なのでしょうけど。


「アナ、現実的に三人との婚姻は可能だと思いますか…?」


「どうでしょう?前例はありますが…。

お父様の時も色々と反対はあったようですね。

ただ…今となってはうやむやになっている気がします」


「確かに…私もこれと言って嫌がらせなどを受けた記憶はありませんね」


由紀さんが今だに床に倒れ、さめざめと涙を流しているというのに、アンナさんとシャノンさんは四人での婚姻について具体的な話しを始めてしまいました。


「ソフィアさんは私と同じ王族の一員になることは問題ありませんか?」


「えぇ!王族ですかっ!?」


私は間違いなく、人生の中で一番の大声を出しました。

たぶん喋り方も思い切り変わってしまったと思います。

そうです。

アンナ様と家族と言うことはそういう事に他なりません。


「権利だけは、ローラお母様やシャノンのように放棄する事もできますが、やはりそうなる覚悟は必要です」


「そ、そうですよね…ということは両親も〜?」


「はい。住む場所はともかく、広い意味では王族の一員となりますね」


母はともかく、あの実は気の小さい父までもが王族の関係者になるのだ。


『お父さん、お母さん、ごめんなさい〜』


私は心の中で両親に謝った。


「はい!だ、大丈夫です〜」


「分かりました。では、由紀さんは…由紀さん!いつまでも泣いてないで聞いて下さい!」


「はい〜なんでしょうかプリンセスさま〜?」


「プリンセスに様は要りません!

由紀さんはこの世界に留まって、王族になる気はありますか?」


「あるよ〜。幹ちゃんと一緒なら、私はどこの王族になっても構わないよ〜」


由紀さんはくったりしながらも即答でした。

さすがは幼馴染、覚悟が違います。


「それではアナ、あとは幹太さんの気持ち次第ですね?」


「ですが、幹太さんが受け入れて下さるかどうか…?

こちらの世界に残ることについては問題ないと話されていましたが…」


「あっ、それはたぶん大丈夫だよ」


私もアンナさんと同じ不安に襲われそうになったその時、由紀さんがあっさりとそう言いました。


「幹ちゃん自分じゃ気づいてないけど、もう思いっきり二人の事を好きになってるからね。

もしこの国で許されるなら、ずっと二人と一緒に居られる方法を選ぶんじゃないかなぁ〜。

あとは私のことも…その…うん、私のことも一緒に貰ってくれるかな…なんてね♪」


由紀さんは自分で言っていて恥ずかしくなっているみたいだったけど、彼女の言う通り、彼は絶対に由紀さんを一人になんかさせない。

そんな事は二人と一緒に居ればすぐに分かる。


『本当にそう思っていただけてたらいいんですけど…』


由紀さんにそう言われても、私は幹太さんにそこまで好かれている自信がなかった。


「それから…ソフィアさん…」


少し頬を赤く染めた由紀さんが、そんな私に近づいて耳元で囁く。


「その…どうやったらそんなに女の子らしくなれるのか、できたら教えて欲しいの…」


「え〜!?」


私は驚いた。

幹太さんの一番近くにいる彼女から、まさかそんな事を聞かれるなんて。


「私ね、幹ちゃんとは家族同然の付き合いをしてたから…、その…女の子らしい気の引き方とかが分からなくて…」


なんでしょう?この可愛い生き物は?

これ以上なにを望むというのでしょうか?


そう思いながらも、私は心の奥で少しホッとしていた。

幼馴染という付き合いの長さから、いつも幹太さんについては自信満々な彼女でも、私と同じように不安になることがあるのだ。


「大丈夫ですよ♪由紀さんは十分カワイイです〜♪」


「う、嘘だっ!!

なんで!?お願いっ!教えてよ、ソフィアさん!

アンナじゃ参考にならないよ〜」


由紀さん、王女様になんて事を…。


「フフッ♪アハハッ♪

本当にそのままで大丈夫ですから〜♪」


オロオロして涙目になる由紀さんを見て、私は思わず声を上げて笑ってしまった。


つい最近まで山の中の小さな村で暮らしていた私が、結婚して王族になるかもしれないなんて思ってもみなかったけど、

だけど本当に幹太さんや由紀さん、そしてアンナさん達とずっと一緒に暮らせるのだとしたら、それはとても幸せな人生だろうと私は確信していた。


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