第38話 販促キャンペーン
幹太とアンナはその日のうちに、婦人会の奥様方に向けてのジャクソンケイブ塩五目あんかけラーメンの作り方の講習会を始めた。
「私達が居なくなった後も、誰かがこのラーメンを作れるようにならないといけませんからね♪」
アンナがそう言いつつ、奥様達にレシピの書かれた紙を配っている。
そう言われれば確かに、幹太とアンナはずっとこのジャクソンケイブに居られる訳ではない。
「では私も含め、昼間に農作業のない主婦の方々に、このラーメンの作り方を教えて差し上げるのはどうでしょう〜?」
「そうだな、それがいい。
とりあえずレシピをまとめておいて、もしご当地ラーメンとして認めてもらえたらすぐに教えられるようにしておこう」
幹太達は昨晩の内にレシピと作り方をまとめた物を作り、それを使ってこの講習会を行うことにしていた。
「それでは僕とアンナが見て回りますから、分からない事があったらすぐに聞いて下さーい!」
「皆さん、よろしくお願いします!」
幹太とアンナがそう言うと、すぐにティナを中心として奥様方は作業を始めた。
「あら、丁寧にやればそんなに難しくないのね♪」
「でも時間がずいぶんかかりそうだわ」
などと言いつつ、婦人会の奥様方は要領の良くラーメンを仕込んでいる。
さすがは毎日食事を作っている主婦の方々だけあって、切り物などの基本的な作業はプロの幹太から見ても素晴らしい手際であった。
「アンナ様、こちらの麺の生地はこれで良いのですか?」
「幹太さん、スープに入れる野菜の量はこれで大丈夫かしら?」
奥様方は幹太に言われる前に、キチンとスープ班と麺と具の仕込み班の二つに別れて作業をしている。
はっきり言って、ラーメンの仕込みというのは日常的に料理をしている者からすればそれほど難しくはない。
実際に主婦をしていた女性が、一人で修業をせずにラーメン屋を始めて日本で有数の繁盛店になった例もあるぐらいだ。
「スープは仕込みに時間がかかるので、火にかけたところで完成にしましょう!
この先は今日使ったスープで説明します」
次に幹太は一杯づつのラーメンの作り方の講習に入る。
「野菜は炒めすぎに注意してください!
あと、塩の量はきっちり測って入れてください!」
奥様方はテーブルの上に設置された、お祭り用のコンロで野菜を炒めていた。
「野菜のことなら任せて!
子供の頃からずっとここの野菜と付き合ってるんですもの!」
ティナはそう言って一気に中華鍋を返す。
「麺がそろそろ茹で上がるわ!
ティナ!そっちはどう!?」
「大丈夫!もうあとはトロみを付けるだけよ!」
奥様方の連携はここへきて見事に冴え渡る。
それは幹太とアンナの連携にも勝るとも劣らない。
そうして幹太とアンナがそれほど教える事もなく、あっという間に塩五目あんかけラーメンが完成した。
「うん。大丈夫、上出来です。
強いて言うなら、麺を茹でる時間だけは気をつけて。
もうちょい早めに上げちゃってもいいぐらいです」
幹太は婦人会の奥様方の作ったラーメンをきっちり一杯食べ終わってからそう評価した。
「大丈夫です♪とっても美味しくできてますね♪」
アンナも幹太の隣りに座り、ちゃっかりご婦人達のラーメンを食べていた。
その後、婦人会の方々も交えて試食をし、全員で片付けをしてジャクソンケイブのご当地ラーメン試食、研修会は終わった。
「今日は皆さんありがとうございました。
ではまた明日からよろしくお願いします」
幹太はそれぞれの家に帰る奥様方にそう挨拶した後、アンナ、ソフィア、ティナの三人とダウニング家までの帰り道をキッチンワゴンに乗って帰っていく。
「幹太さん、無事にご当地ラーメンと認めてもらえて良かったですね♪」
「うん。ホントに良かった。
まずは第一歩って感じだな」
「幹太さん、明日は何をする予定なんですか〜?」
ソフィアが馬車の手綱を引きながら幹太に聞く。
「明日はさっそくご当地ラーメンの販促キャンペーンをしようと思ってさ。
実はもうパットさん達にも準備してもらってるんだよ」
そういえば、試食会で塩五目あんかけラーメンがご当地ラーメンに決定した後、パットと青年会の人達はすぐにどこかへ行ってしまっていた。
「ソフィアさん、明日は私とご一緒ですよ♪」
幹太から先に事情を聞かされているアンナはなんだか楽しそうにしている。
「一緒?アンナさんと一緒にどこへ行くのですか〜?」
「ベイカーです♪ベイカーで私と一緒にラーメン屋さんをやりますよ♪」
そして翌日、
アンナとソフィアとティナの三人と婦人会のメンバー数人はバルドグラーセン山脈を越えた麓の町、ベイカーに来ていた。
「ふぅ〜、やっと着きましたね、ソフィアさん」
「はい〜。朝から馬車に乗りっぱなしでしたからね。
私もさすがに疲れました〜」
今回のアンナ達一行はジャクソンケイブを早朝に出発し、ロクに休憩も取らずに馬車を走らせてこのベイカーの町までやって来た。
「では皆さん!屋台を組み立ててしまいましょう!」
「「はい!アンナ様!」」
アンナの号令と共に、婦人会の奥様方がテキパキと屋台を組み立て始める。
婦人会の方々はアンナの事を様付けで呼ぶ方が違和感がないらしく、ほとんどの人がアンナ様と呼んでいた。
「ふっふっふっ♪まさか私が姫屋の屋台を仕切る事になるとは思いませんでしたよ♪」
「そういえばアンナさん、今朝は驚いていらっしゃいましたね♪」
今朝ジャクソンケイブを出発する時、アンナは当然幹太と一緒に行くものだと思っていた。
しかし、
「ん〜いや、おれはパットさん達と一日かけてストラットンに行ってくるから。
アンナ、そっちは頼んだよ!」
と、幹太はパットと他の青年会のメンバーと共に、分解した屋台を乗せた馬車に乗って反対側の麓の町、ストラットンを目指して出発してしまったのだ。
「えぇ、驚きましたとも。
だってあの幹太さんが、自分の屋台を置いて行くなんて…」
アンナは、幹太が異世界に来ても手放さなかった屋台を、ポンと自分に預けた事が未だに信じられなかった。
「それだけアンナさんを信頼してるんですよ」
「そう…ですよね。
でしたら、私に出来る事はその信頼に応える事のみ!」
さすがは王女のアンナだけあって、こういう時の腹の括り方は思い切りが良い。
「ではソフィアさん、私達も組み立てのお手伝いしましょう」
「はい。頑張りましょう〜」
アンナとソフィアは、ティナや他のメンバーと共に開店の準備を始めた。
アンナ達一行が訪れた麓の町ベイカーは、これから山越えをする人達が一休みをする宿場町である。
反対側の麓の町、ストラットンより規模は小さいが市場などもあり、それなりに人や馬車の行き交う町である。
アンナ達はその市場の前、飲食店の屋台街に屋台を停めていた。
「アンナさん、このお鍋はもう火を入れていいの?」
屋台の組み立てを終え、仕込みに入っていたティナがアンナに聞いた。
「あっ!すみません。火を付けちゃって下さい」
どうやらアンナはまだ姫屋の店長の仕事に慣れてないようだ。
しばらくして全ての準備が整い、姫屋ベイカー店の販促営業が始まった。
「市場へ御用の皆様!ジャクソンケイブ名物料理はいかがですかー!」
アンナはいつも通り屋台の中で呼び込みを始める。
「この先のバルドグラーセン山脈、ジャクソンケイブ村の名産品を使ったラーメンです〜!」
「新しい料理、ラーメンです!ぜひ一度食べてみて下さい!」
「いかがですかー!」
アンナに続いて、ソフィアと他の婦人会のメンバーも店の前で呼び込みを始めた。
ソフィア達は手にトレーを持っていて、その上には出来たてのお椀サイズの小さな塩五目あんかけラーメンが乗っている。
「それ一つ下さい」
この町で初めてのお客は子連れのご婦人だった。
どうやらサイズ的に子供にちょうど良いと思ったようだ。
「まあ♪美味しい!」
「うん♪これ美味しいね、お母さん♪」
親子が仲良くラーメンを食べているのを見て、最初は次々と屋台の前を通り過ぎていた人達が次第に姫屋の周りに集まってきていた。
「アンナさん、もう先に作っとかないと追いつかないかも!」
屋台で鍋を振っていたティナはすぐさま量産体制に入る。
「はい!ではよろしくお願いします!」
アンナも麺をいくつかまとめて沸騰したお湯に入れた。
「ティナさんの読み通りですね…」
すぐにテーブルは満席になり、屋台の前で数人が席が空くのを待っている。
今回の姫屋ベイカー店の営業は、ジャクソンケイブ村のご当地ラーメンの宣伝がメインであるため、お椀サイズの塩五目あんかけラーメンを、今日限定で二シルバという低価格で提供している。
そしてさらに、アンナやソフィアやティナといった美人が揃って働いていたため、珍しい屋台があると市場から町中に恐ろしい早さで噂が広まり、どんどんとお客が増えていた。
「奥様!あんかけ作りを手伝って下さい!」
ティナが一人で鍋を振るのは限界と判断したアンナは、配膳をしていたご婦人に指示を出した。
「アンナ様、お任せを!」
彼女はアーニャ。
ジャクソンケイブには珍しい子だくさんな大家族の母親だった。
「アーニャ!お願い!」
ティナが空いていたコンロに新しい中華鍋を乗せる。
「ウチの子供達の食べる量に比べたら!楽勝だよ!」
そう言って、アーニャは幹太が普段作るのと大差ない量の野菜を中華鍋に入れて豪快に返す。
「これで大丈夫そうですね」
あんかけをティナとヘルガの二人で担当した事により、なんとかお客を捌くペースでラーメンを出せるようになりアンナはホッとしていた。
『今回は私が姫屋の代表ですから…』
アンナは自分が姫屋の評価を下げる訳にはいかないと思っていた。
とそこへ、
「アンナさーん!あと四つ追加ですー!」
と、お客の間に埋もれるように食器を片していたソフィアから注文が入る。
「はーい!了解です!」
そうして次々とお客が押し寄せ、お昼すぎには用意した麺が全て無くなってしまい、このベイカーの町でのジャクソンケイブご当地ラーメンの販促キャンペーンはあっという間に終了した。
「あぁ…なんとか終わりましたねぇ〜」
アンナ達一行は屋台の片付けを終え、早々に帰路についていた。
姫屋のキッチンワゴンにはアンナ、ソフィア、ティナの三人が乗っている。
子供を村に残している他のご婦人方は、キッチンワゴンより軽い荷馬車で先にジャクソンケイブに向かっていた。
「アンナさん、今日は頑張りましたね〜♪」
と、アンナに言うソフィアもかなりお疲れなご様子だ。
「えぇ、これなら胸を張って幹太さんに報告できますよ」
後ろの荷台に座るティナが実際にブルンと大きな胸を張った。
「うぇっ!す、すごい…。
い、いえ、お二人もお疲れ様でした…」
アンナは羨ましそうにティナの胸を見つつ話を続ける。
「幹太さん達は明日帰ってくるんですかね?」
「どうでしょうか?夜中か翌々日になるかもしれません。
お父さんは仕事があるから夜通し走って早く帰るって言ってましたけど…」
「いいじゃないですか♪たまには女性だけの夜があっても。
娘とアンナさんの恋バナも聞いてみたいですしね♪」
ティナがニコニコとそう言うと御者台に座る二人の顔が赤く染まった。
「アンナ様の幹太さんへの気持ちはこの間聞いたけど、ソフィアはどうなのかしら?
どう?彼の事、好きなの?」
「あっ、それ私も気になります!」
二人がグイッとソフィアの方へ身を乗り出して聞く。
「お、お母さん!?なにを言っているの!?
わ、私は幹太の事なんて…」
ソフィアは即座に否定しようとしたが口がパクパクするだけで、なぜかその先の言葉の出て来ない。
そして間近で彼女の顔を見ていた二人はその表情で全てを理解した。
「やはりですか…。
ではソフィアさん、とりあえず幹太さんの事が好きな人は私だけではありません。
文字通り、鬼の様な強敵がいます」
アンナは真剣な表情でソフィアの両肩を掴む。
「鬼さん…ですか〜?」
「いえソフィアさん、名前が鬼と言うのではありません。
幹太さんの幼馴染の女性で、たぶんメンタル的にもフィジカル的にも最強のライバルです」
「あら、どうするのソフィア?
初恋なのにライバルがいっぱいじゃない♪」
ティナは新しい感情に戸惑う自分の娘を優しい表情で見つめている。
「そっか、私、これが初恋なんだ…」
そしてその母親から言われた一言で、ソフィアはやっと自分の本当の気持ちに気が付いたのだった。
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