第20話 旅立ちの日

それから三日後、


ついに別れの朝が訪れた。


朝食の時にリンネに、


「幹太お兄ちゃん達は後から来てね!」


と言われたので、二人はこの世界に飛ばされて来た時に着ていた服に着替え、今となっては通い慣れた海岸沿いの道を、ゆっくりと屋台を引いて歩いていた。


「もう自分の住む島って気分だよ…」


さすがの幹太も寂しそうだ。


「私もです。すぐ近くに私の国があるのに…」


そして、それはアンナも同様だった。


「まぁでも、お別れは笑顔でってリンネちゃんも言ってたから。

だから、今日は笑顔でいこう!」


「そうですね♪リンネちゃん、帰るって伝えた日にはあんなに泣いていたのに…今朝は素敵な笑顔でした♪

私も見習って頑張ります!」


しばらくして二人が定期船の桟橋に着くと、そこには大勢の人が集まっていた。

幹太とアンナの姿を見つけ、その中から宿屋の女将のルナが出てくる。


「みんなが別れの挨拶をしたいって言ってきかないんだよ。

漁まで休んじまってどーするんだか…」


まったくと苦笑しながらルナが言う。

幹太とアンナがよく見てみると、いつも姫屋に来てくれている常連達が集まっていた。


「やっときたな!気をつけて帰れよ!」


「なぁ、考え直さないか?でないとこれからラーメンが食べられなくなる…」


「アンナちゃんだけ残ってくれ!」


というように、みんなそれぞれに別れを惜しんでくれている。


「ありがとう…」


「ありがとうございます、皆さん…」


先ほど笑顔で頑張ると言った二人は、すでに涙を堪えるで精一杯だった。

ルナはそんな二人の手を取り、再び優しく話しかける。


「二人ともありがとうね。

長く居てくれるお客さんは久しぶりだったから、私もリンネもとっても嬉しかったんだよ♪」


そう言うルナの肩にニコラが手を置いて続ける。


「ルナ達だけじゃないぜ。

あのラーメンが港のみんなに力を与えたんだ。

幹太がこの島で働く人の事を一生懸命考えて作ったあのラーメンが、みんなを元気にしたのさ。

まぁもちろん、アンナちゃんの笑顔も込みでだけどな♪」


と言って、ニコラはアンナにウィンクをした。

ギリッギリの状態で涙を堪えていたアンナが、それを見て少し微笑んだ。


「…でも二人とも本当にいいのかい?

あのラーメンのレシピを置いていって。

昨日は私達に作り方の手ほどきまでしてくれたけど…?」


幹太の考えていたお世話になった人に対するお礼とは、ラーメンのレシピの事だった。


「うん、もちろん大丈夫だよ。

ルナさん達にはお世話になったからね。

できれば、ぜひ受け取ってほしいんだ」


「そうかい。ウチの食堂で出してもいいんだが…」


宿屋とラーメン屋の二つをこなす自信がルナにはなかった。


「俺がやるよ。このラーメンをちゃんと引き継いでいく」


そんな妻の気持ちを知っていたかのように、ニコラがそう言って幹太達二人の前に出る。


「本当はさ、島の中でできる仕事を探してたんだよ。

そろそろ家族と半月も会えないこの仕事が辛くなってきちまってね。

まぁそうでなくっても、せっかく姫屋のラーメンのおかげでこの島に活気が戻ってきたんだ。

今じゃ他の島の漁師が食いにくるぐらいだからな。

このラーメンを名物にして、この島にたくさんの人を呼べるようにしたいのさ」


ニコラが話したのは、まさにアンナが自分の国の為に考えていた通りのものだった。


「それはとってもいい考えです♪

ニコラさん♪」


「俺とアンナも、ニコラさんが姫屋のラーメンを引き継いでくれるなら安心です」


アンナの願いへ第一歩が、他国だがこの島で始まる。

それがアンナとって、とても嬉しいことだった。


「「よろしくお願いします、ニコラさん♪」」


幹太とアンナは、がっちりニコラと握手をした。


『日本のラーメンも、誰かがこうして広げていったのかもしれませんね…♪』


日本のラーメン発祥と言われる店は複数あるが、この世界に至ってはこのサースフェー島がラーメン発祥の地となることに間違いはないだろう。


「アンナちゃん、またいつか遊びに来いよ!」


「はい、ぜひ♪」


「俺は…?」


といった感じで、その後、幹太とアンナが集まってくれた人それぞれと挨拶をしていると、


「アンナお姉ちゃん〜、船に乗る時間だって〜!」


と、リンネが桟橋の方から走ってきた。


「はーい!了解です。リンネちゃん」


アンナは走ってきたリンネを受け止めて抱き上げた。


「じゃあリンネちゃん、お船の前まで一緒に行きましょう♪」


「うん♪アンナお姉ちゃん♪」


二人はそのまま桟橋へ向かっていく。


「あっ、ちょっと待ってくれ。

屋台が…」


幹太も慌てて、その後ろを屋台を引いて付いていく。


そして、三人はついに船の乗船口までやって来た。


「ではリンネちゃん、お別れです。また必ず戻ってきますから、それまで元気でいてくださいね♪」


「うん。お姉ちゃん達も元気でね♪

私、一生懸命お父さんを手伝って、ラーメンの作り方を覚えて待ってるから」


「そうか、リンネちゃんが手伝ってくれるなら安心だね。

俺も必ず島に戻ってくるよ。

それじゃあリンネちゃん、また会おうね」


そう言って、幹太とアンナは船に乗り込んだ。


「リンネちゃん…最後まで笑顔でしたね」


アンナが幹太と並んで歩きながら言う。


「そうだな…リンネちゃんは本当にいい子だ」


「…さぁ私達もリンネちゃんを見習って笑顔でいきましょう♪

それではデッキにいきますよ!幹太さん!」


アンナが幹太の手を引いて、デッキに上がる階段に向かう。


「あぁ、よ、よし行こう」


幹太はアンナに握られた手を見て、なぜかぎこちなく返事をした。

そして、アンナがそのことに気づいて振り返ると、彼は露骨に挙動不審になる。


「幹太さん?ここのところちょっと変じゃないですか…?」


「そ、そうかな…?」


幹太は相変わらずそっぽを向いてごまかそうとするが、アンナが両手で幹太の顔の挟んで自分の方に戻す。


「幹太さん…私、気づいてますよ。

あの食事会の晩から、なんだか様子が変です!

えっと、あの日は帰ってきて…ん〜?あぁっ、幹太さん!まさか起きていたんですか!?」


アンナはおぼろげだった記憶をしっかり思い出した。

幹太の様子がおかしくなったのは、アンナが膝まくらをして告白した後からだ。


「いや、その夢うつつで…あの指輪が結婚の証だって言ってたのを…」


どうやらそこまではギリギリ起きていたようだ。


『幹太さん、それで様子が変だったんですね…。

ん〜、どうしましょうか…?

だったら…ちょっと困らせちゃいましょう♪』


そして、アンナはわざと拗ねたように幹太に言う。


「そうなんですよ、幹太さん。

あれは求婚する時に相手に送るのです。

それを受け取ってしまった幹太さんには、もう責任を取っていただかないといけません」


「えぇっ!?責任って!?

で、でも知らなかったんだから…って、いや、王族のそれを断るってまずいのか?

あれ?これはもう…結婚するしか…」


アワアワと手を振り、幹太はテンパり始めた。


「幹太さん、落ち着いて…」


アンナはそう言って、指輪のはまる幹太の左手を握り、その指輪を優しく撫でる。

その表情は先程までと違い、真剣になっていた。


「幹太さん、とりあえずこの指輪は預かっていてください。

その…色々な事が落ち着いてから、改めてお返事をお聞きしてもいいですか?」


とそこまで言って、アンナは幹太の耳元に唇を寄せた。


そして、


「私は幹太さんと結婚できたらいいなと思ってますよ♪」


と、幹太にだけ聞こえる声で囁く。


「あ、アンナっ!?」


幹太はいつもの無邪気なアンナとは違う妖艶な声に驚き、思わず耳を押さえた。


「さぁ幹太さん!急がないと船が出てしまいます!」


アンナはすぐにいつもの調子に戻り、デッキに向かって駆け出して行く。


『う〜ん…さすがは王女ってとこなのか…?』


幹太はポカンとしながらそう思い、頭を掻きながらアンナの後を追っていった。


「ん…?あそこかなぁ〜?」


「どこですか…?」


定期船がサースフェー港に着く少し前、由紀とシャノンは船の船尾にあるデッキいた。


「やっぱり!桟橋が見えた!もう着くよ!シャノン!」


由紀はデッキの手摺りから身を乗り出して船首の方を見ている。


「はいはい、由紀さん。

危ないですから、あまり乗り出さないでください」


シャノンはそんな由紀の背中を抑えていた。


「すごーい!たくさん人がいる!

あれはお迎えかな?」


「お迎え…なのでしょうか?」


シャノンも船首の方を見てみると、確かに大勢の人が桟橋にいるようだ。


「それじゃ降りる準備をしますか?」


「そうですね。一度部屋に戻りましょう」


そうして二人が準備をしている間に船はサースフェー島へと着岸し、由紀とシャノンは二日ぶりに地面に降りた。


「いや〜時間かかったねー」


「私達の馬が出てくるのに、だいぶ時間がかかりましたからね。」


二人の馬車は王宮仕様でかなりの大きさだったため、この定期船には乗せられなかった。

そこでシャノンは四頭いる馬車の馬のうち二頭を馬車から外し、定期船に乗せていく事にしたのだ。


「わ、私、馬に乗ったことなんてないよ…」


「由紀さん、日本人なのにですか…?」


「ん〜日本人だからって?

あぁ…シャノン、時代劇にハマってたもんね…」


というやり取りを経て、由紀は乗船前に砂浜で乗馬の練習をする事になったのだが、彼女は持ち前の運動神経でアッサリ馬を乗りこなした。

そして、ほんの十分ほどで軽く馬を走らせ始めた由紀を見て、


『こちらの世界で馬術の教官になれそうですね…』


と、シャノンは思っていた。


「二人とも。おつかれ様だったね♪」


由紀はそう言って、降ろされたポンポンと馬の首を撫でる。


「ここに幹ちゃんとアンナがいるの?」


「そのはずですけど…」


二人が周りを見回すと、どこもかしこも人だらけだ。

どうやら久しぶりの定期船で、人や荷物が大量に運ばれてきたらしい。


「由紀さん、とりあえず離れた所に馬をおきましょう」


「う、うん…それが良さそう」


二人は馬を連れ、人混みを掻き分けて少し先にある漁港の広場に馬を繋いだ。

ここは昨日まで、姫屋が出店していた場所である。


「あれだけ人がいれば、アナと幹太さんを知っている人が必ずいる筈です。

すぐに戻りましょう」


「うん、確かにそうね。そいじゃ急いで戻ろう」


二人が桟橋に引き返してくると、ちょうど定期船がラークスの港に向けて出発したばかりであった。

いまだ多くの人々が桟橋に残り、船に向けて手を振って別れを告げている。


「ねぇシャノン、あそこでお父さんに肩車されてる女の子、一生懸命手を振ってて可愛いねぇ♪

よっぽど大切な人が乗ってるんだろうね」


「ちゃんと笑顔で見送るなんて偉いですね」


と、ほのぼのと二人はその様子を見ていたのだが。


「幹太お兄ちゃん〜!アンナお姉ちゃん〜!また必ず戻ってきてね〜!」


「えっ!幹っ!?」


女の子がそう言った瞬間、由紀が猛ダッシュで女の子を肩車する男性に肉薄する。

彼女のスピードは、完全に軍人であるシャノンの反応速度を上回っていた。

そして親子の目の前ギリギリで止まった由紀は、勢いもそのままに父親らしき男性に聞く。


「と、突然すみません!

いま娘さんが幹太お兄ちゃんって言いませんでしたかっ!?」


由紀の只事ではない様子に

その男性、ニコラは若干引き気味で答えた。


「お、おう、あそこのデッキにいる二人の事なんだが…」


「はぁっ、はぁっ、ゆ、由紀さん…」


そこでやっとシャノンが由紀に追いついた。


「ふ、二人はどこですか!?」


「えっと…あそこだよ、デッキの右の方」


と言われて、二人がニコラが指さす先を見ると、そこには幹太とアンナの姿があった。

由紀の視力は漁師のニコラに負けていない。


「リンネちゃーん!私、必ずまたこの島に来まーす!」


「リンネちゃんも元気でねー!」


と叫びつつ、幹太とアンナは桟橋に向けて懸命に手を振っていた。

その上わ並んで手を振る二人の距離はめっちゃ近い。

というより、幹太は後ろからアンナに乗りかかって手を振っている。


「あー!いたぁー!幹ちゃんー!アンナー!

あんたらちょっと近すぎるわよー!」


「由紀さん!それどころではないです!

あー!待って下さい!ちょっとその船止まって下さい!」


もちろん船は止まる事なく、ゆっくりと水平線に向かって進んでいく。

由紀とシャノンは途方に暮れながら、その様子を眺めていた。


「あーあ、行っちゃった…。

これ、次の船はいつ来るのかしら?」


「分かりません。どこかで調べてみましょう…」


「次の船は五日後だよ♪」


そこでニコラに肩車されていたリンネがそう返事をした。


「五日後…そうですか。

私はシャノン・ランケット、こちらの人は柳川由紀さんといいます。

幹太さんとアンナのお友達です。」


シャノンが優しい笑顔でリンネに自己紹介をする。


「わたしはリンネです。下にいるのはおとーさんのニコラ。

幹太お兄ちゃんとアンナお姉ちゃんは今朝までうちに泊まってたんだよ♪」


「そうですか。では私達も次の船が来るまでお願いできますか?」


「うん!大丈夫だよ。確か今日からお客さんがいなかったから。

ね、お父さん?」


リンネが自分を肩車するニコラを覗き込んで確認する。


「そうだな。確か大丈夫だ。

お嬢さん達、二人でいいんだね?」


「はい。よろしくお願いします。

由紀さんもそれでいいですか?」


「そうね。とりあえずそこで幹ちゃん達の様子を聞かないと。

ニコラさん、よろしくお願いします」


そうして二人は、今朝まで幹太とアンナの泊まっていた部屋に宿泊する事となる。

そしてその晩、幹太とアンナのこの島での仲良しっぷりを聞いた由紀が血涙を流すのだが、それはまた別のお話であった。


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