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『本当にここでいいんですか?』
運転手さんは、周りを控えめにキョロキョロとしながら少し身震いをした。
2時間近く走らされて、まぁまぁな売り上げにはなったものの、客の指定したのは真っ暗な山の入り口だ。
しかも、時刻は深夜2時を回ってる。
長い運転中、客は寝てたかと思ったらぼんやり外眺めたり一言も発しない。そこそこ不気味だろう。口を開いたかと思ったら、急に山の入り口に行くよう支持してきたなんて。
話だけ並べりゃ、そのうちホラー話としてどっかに載ってるかもな、と苦笑いをした。
『ええ、ここで。長距離、すみません。』
『いえ、ありがとうございます。』
『料金ここに置きますから。お釣りいらないです。』
『え!でも。』
『大丈夫ですよ、ちゃんと本物のお金です。』
え??と、置かれた諭吉を手に取ろうとした隙に、タクシーを降りた。
わざわざちょっと、ボソボソ声で話してしまったのもまたこれ、運転手さんの挙動で勝手に作った設定に即乗ったからだ。
俺が、俺に舞台を用意して演出して、演じて。
こんなことばっかりだから、わからなくなるのも無理がない気がした。
俺が山の入り口に立ったのを確認すると、タクシーは急ぎで走り去った。
はぁ、とため息をついてみたけど、ん年ぶりのここが何も変わってなくて、ちょっと妙にぞわぞわした。
運転手さん、からかったくせに。
悪いことしたか。
と、思いながら
まぁ、いいか。
と、ため息をつく。
やかましい音が無い。
さっきまで、喧しさしかないような場所でいたと言うのに。
ごぉっと鳴って、生温い湿った風が吹き抜けた。
ぽっかりと空いた裏山の入り口は、大きな口を開けた生き物が寝そべってるような気がする。
ぐおぉぉっと、吸い込んでそう。
何をって、聞かれてもそんなの知らないけど。
『多分、あれだな。寝てるやつの疲れとかだよ。光合成ってやつ。』
星野なら、そんな感じで答えそうだなぁ‥なんて、ふわんと浮かんだ想像に、思わず頬が上がった。
じめっとした夜風に、着ていたシャツを脱いで鞄に押し込んだ。
いつでもどこでも空調の効いた場所にいるから、こんなまともな湿度が、久々だった。
携帯を見れば、2時を過ぎていた。ぼやっとした液晶の灯りが少し眩しい。
よし。
と、なんでだか一つ気合いを入れて歩き出した。
山を横目に、家とは逆に。
じゃりじゃり、とスニーカーともうボロボロになったアスファルトの擦れる音がする。
あの、大庭に無理やりオーディションを受けさせられたとき。
それから、役者デビューなんかしちゃって、その後も、ちょこちょことした役が舞い込んで。
決して派手な売れっ子でもないけど、脇の脇だけど、いつの間にかそれを『仕事』と呼ぶようになった。
学校も、休むようになった。
大庭を主演女優に会わせてやることなんかできなかったし、運動会とか修学旅行とか‥そういうのも出ようと思えば出れたけど、なんとなく仕事のせいにして行かなかった。
ジャリ、ジャリ、とわざと音を鳴らす。
やかましくて眩しいところにばかりいたから、こんな静かな夜は、ちょっと怖い。
学校を休みがちになった俺に、ある時風間くんは言った。
『お前、役者ずっとやってくの?』
確か、ふらりと放課後に学校へ行って出てない授業の分の課題をしていたとき。
『この先やるつもりねぇのねら、今潰していいの。それで。』
風間くんの目はものすごくイライラに満ちていて、思わずそらした。
やりたいかどうかなんか、わからない。 けど、離れたほうがいい理由ならある。俺がここにいないほうがいい理由がある。だから、
『その方がいいと、思ってるけど。俺は。』
って。
その答えに、風間くんは大袈裟なくらいため息をついた。でも向かいの席の椅子を、乱暴に音を立てて引くとどかりと座った。
『どこ。』
『なにが。』
『課題。どこが分かんねぇの?』
『‥‥問2。』
わかるよ、でも。教えてもらいたかった。
あの時どれだけ嬉しかったか、風間くんは知らないだろう。
雨の日の自転車より、ずいぶんと遅いスピードで歩く。酒が抜けてきたのか、ほろ酔いでやらかした自分の行動が、今ごろになって面倒くさくなってきた。
なにやってんだ、俺。
“圭吾!今日、勝ったんだよ!最後の試合で俺大活躍だったんだから!”
そんなメールが来たとき、俺は新幹線の中だった。マネージャーとか、そんな大層なの付くほどではなくて、渡されたチケットで現地に移動する。そこで少しの出番をこなしてまた帰って、移動して、その繰り返し。
季節は、確か夏。
暑そうな車窓と、空調の効いた車内と、添付された写真。
ユニフォーム姿の大庭がピースしてキクがその肩を組んでる。反対側は風間くんが肩を組んで、星野はその横で風間くんの肩を持っていた。
ジャリ、ジャリ。
靴の底が減ってしまいそうなほど、こすりつけて音を鳴らしながら歩く。
面倒くさい。
ほら、またこうなる。
あの写真が頭に浮かんだ。
画素数の少ない、荒い写真。
俺のいない、4人の写真。
『クッソ面倒くせぇ‥』
悪態ついて、頭をブンブン振っても出て行かなくなったから、やけくそになって走った。
無茶苦茶に汗かいて、生温い空気がベタベタと張り付いた。喉の奥が切れたような、鉄の味がしてきて、息なんかもう吸うより吐いてばっかりで、このままじゃ過呼吸起こしそうとか、1秒くらいは思って、でも。
ひたすら走った。
フミキリまで。
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