第91話 リリニアさんの操魂術

 リリニアさんに案内された建物は倉庫のような場所だった。


 人が住むための家具は無く、壁にはガラス瓶がぎっしり詰まった棚が並んでいる。

 ボクは、バル様が”転生術”の研究を見せてくれた部屋のことを思い出した。


 どこからか、土のにおいも漂ってくる。

 あちこちほこりが積もっていて生活感は無いけど、使い込まれた作業所みたいだ。



「そこに手頃な寝台があるだろ。バルフラムをそこに……。……休ませてやれ」


「……はい」


 言われた通り、彼の身体を寝台に横たえた。

 なんだかこの場所が遺体安置所に思えて、ボクはまた胸の奥がずきりときしんだ気がした。



「さあこっちだよ、マコ。悲しんでるヒマなんて無いだろ? このままじゃ、アイツがあまりにも不憫ふびんだ」


「そうですね。何としても、ボクは……バル様を取り戻したいです」


 リリニアさんに付き従って、隣の小部屋に移動した。

 こっちにも棚と薬品の瓶が並んでいるけど、すみっこに粘土のような土くれがこんもりと山を作っているのが目を引く。いったい何に使うんだろう。


 電球とちかちかと申し訳程度に光を放ち、窓から差し込む月明かりでかろうじて文字が読める程度の、陰鬱いんうつ湿しめのある部屋。

 さながら魔女の研究室といったところだ。


「──ま、バルフラムをここまで連れて来れただけでも上出来さ。なんせ北の王国は、アタシたちにとっちゃ物騒ぶっそうな所だからねェ」

 リリニアさんはそう言って、部屋に一つしか無い古ぼけた椅子にどっかと腰を降ろした。


「こんなに早く無事に辿り着けたのは、シャルアロさんのおかげですよ。リリニアさんが彼に呼びかけてくださったん……ですよね?」


「そうだな。うまくアタシの”念話ねんわ”をキャッチしてくれたらしい」


念話ねんわって……? もしかして、魔法を使えば遠くからでもお話できるんですか?」


「まあ、そういう魔道具もあるが。……アタシのはそんな便利じゃない。受け取り方を知ってりゃ手ぶらでも構わないのは利点だがねェ。これは、今から教える”操魂術そうこんじゅつ”にも関わる話だ、よく聞きな」


「は、はい……」


 ボクが腰掛ける場所がないか目を泳がせると、リリニアさんは無言のままおもむろに指を振った。

 すると、あっという間に氷細工こおりざいくの美しい椅子が目の前に現れた。


 座ると、お尻がひんやりと冷えそうだ……。

 ボクはしっぽを丸めて、腰に巻きつけることにした。


「……まず知るべきなのは、全ての生き物は常にかすかな”波動はどう”をはなっているということだ。アタシも、お前もな。とても微弱びじゃくな信号だが、コツを知っていれば知覚もできるし、ごく一部の才能を持つ者はそれに触れることもできるんだ」


「ボクにも、できるでしょうか」


「誰にもできることじゃあないが、お前なら問題ない。夢魔サキュバスは生まれつきそういう技能を有する種族だからねェ。ヒトが持つ精気せいきい、たましいあつかうからこそ持っている能力なのさ」


「す、吸う……。うう、やっぱりそうですよね」


 ボクは自分のしっぽがそわそわと暴れ出さないように、服のすそを引っ張った。

 妙にに落ちる話ではある。いまだにボクは夢魔サキュバスとして自分のやり方が正しいのか自信がない。

 ……というか、どこか正しくない気はしているのだけど。


「真面目に聞いてるか、マコ? アタシはいま、魂の話をしてるんだぞ」


「き、聞いてますよっ!」


 ボクは背筋を伸ばした。

 いま、リリニアさんに”夢魔サキュバス精気せいきう具体的な方法”について詳しく質問している場合じゃないのは確かだ。


「……まあ、そうした"波動"を聞き取りやすくして飛ばすのが念話という技術だねェ。……そうそう、お前らがアタシの宮殿に来た翌日だったか、ノージェにも送ってみたんだ。アタシの知り合いがそっちに行くから、王家に”霊水エーテル”の備蓄があればちょいと流通させてやってくれってな」


「あ、そうだったんですか?」


「アレは貴重なもんだからな。なんの算段もなく取ってこいだなんて、頼まねェさ。うまく買えたかい?」


「え、ええと──」


「どうした?」


 ボクは何と言っていいか迷った。

 バル様の首輪が壊れた引き金がノージェさんだったことを、リリニアさんはまだ知らないみたいだ。


 それに、流通って。魔素合戦マナゲーム大会の副賞に霊水エーテルを出品したのがノージェさんだったにしても……。

 あの人は何かがズレているのかもしれない。

 

「そのですね、ノージェさんの解釈違いがあったようで? 売り物としては出回ってなかったんです」


「ハァ、そうかい……。なら仕方ない。なけなしの在庫だが、手持ちの霊水エーテルを使うかねェ。……まったく。忌々いまいましくてできれば触れたくないが」


「すみません、いつか何とか手に入れてきますので。結局、”封魔ふうまの髪留め”もまた壊れちゃいましたし……」


「気にすんなって。アレは元よりお前にやるつもりだったからな。……それより見てな、マコ。今から操魂術そうこんじゅつで”泥兵士ゴーレム”を造るところを見せてやるからな」


 リリニアさんはすっと立ち上がると、ずらりと並んだ棚の一つへと歩み寄った。

 がさごそと引き出しを開けて手に取ったのは、液体──おそらく霊水エーテルが入ったびんと、キラキラ光る小石だ。


泥兵士ゴーレム……?」


 以前に聞いたことのある単語だ。

 たしかミナミが樹海の入り口で泥兵士ゴーレムを倒して、小遣いを稼いだとか……。

 これは黙っておいたほうがいいような気がする。


「この小石は、よく触媒しょくばいとして使われるありふれたものだ。質の良し悪しはあるが、中に魔素マナを溜め込む性質がある。お前も見たことくらいあるだろ?」


「ええ、まあ」


 彼女の手のひらに乗った小石は、青く透き通った光を放っている。

 以前、フウメイさんから魔法を教わった時に使っていた触媒しょくばいの石と同じものみたいだ。


「だがね……ここに命令と魔素マナを与え、霊水エーテルを数滴垂らせば──泥兵士ゴーレムの”コア”に早変わりするのさァ……!」


 リリニアさんは光る石に顔を近づけ、ふうっと息を吹きかけた。


波間なみまただよ精霊せいれいよ、こえこたえよ。大地だいちまとい、しもべとなれ──』


 周囲の魔素マナが集まって、青い輝きが増していく──。


「わぁ……!」

 

 そして、石の内側で光が極限まで高まった瞬間!

 リリニアさんは上から霊水エーテルの小瓶をかたむけ、石へとしずくを落とした。


 乾いた表面をうるおし、霊水エーテルまくがじわりじわりと包み込んでいく──。


 やがて小石は、きらきらとした輝きを内に閉じ込めた水晶すいしょうのように変化した。


「ざっとこんなもんだ。これで中に込められた魔素マナは外界とへだてられ、他と混ざらなくなった。霊水エーテル魔素マナや魂を通さない性質があるからねェ」


「うう、なんだか難しそうですね……」


「平気さ。コツは、風船を膨らませるみたいに息を吹き込むことだ。これさえ覚えちまえば、後の仕上げはこれだけだ」


 彼女はつかつかと部屋を横切り、すみっこにある粘土の山に今できたばかりの”コア”を……ずぼっと、埋めた。


「ええ……? ──わあっ!?」


 ──もこ、もここ、ずももも……!

 あっという間に、土くれの山がみるみるうちに形を変えていき──やがて、手足が生えたドラム缶のような姿になった。

 ボクよりも背が低くて、顔のない不気味なマスコットキャラみたいだ。


「おっと、ちょいと土が足りなかったか……? ま、あとは自分でそこいらの土を食ってデカくなるだろう」


 誕生したばかりの泥兵士ゴーレムはのしのしと歩き出し、ボクには目もくれずに外へと出ていった。

 しかし、粘土製のロボットというには動きに人間臭さがあるというか。

 まるで意志を持っているかのようだった。


「あれ、勝手に動いてるんですか!? もしかして、魂みたいなものが宿ってるんじゃ……?」


「おっ。いいセンいってるよ。そもそも魂の材料は、魔素マナだからな。根源は同じだ。だが、この”核”に込められているのは命令を与えただけの人工物。ただの真似事まねごとさ」


真似事まねごと? 操魂術そうこんじゅつって、てっきり魂を作ったりするものかと思ってました」


 リリニアさんは再び元の椅子にどかっと座り直し、ぎいぎいと椅子ごと身体を揺らし始めた。


「あくまで、元々あるものを扱うだけさ。自分の”波動”を分け与えたり遠くに飛ばしたり、もしくは他人の”波動”を読み取ったりするイメージだねェ。……イチから魂を創るなんて、神でもなければできないだろう。そりゃ星をまるごと一コ扱うよりも難しい仕事だ」


「星、ですか」


「そうとも。膨大な物質が圧縮されて、圧縮されて……極限まで密度が高まった時、超新星爆発スーパーノヴァという現象が起きるというが。アタシの計算じゃ、”魂”を創るにはそれほどのエネルギーが必要になる。普通は自然発生に頼るしかないんだ」


「それは……厳しそうですね」


 ボクは、離れた場所でもお互いのことを感じる”絆の魔法”のことや、瞳から他者の気持ちを読み取ったことを思い出していた。

 これまで自然にやってきたことでも、ちゃんと原理を知ればもっと理解を深められる気がする。


「……その点、魔素マナに命令を与えるだけなら簡単さ。霊水エーテルで包んじまえば、大抵のもんは動き出すからな。どうやらそういう法則になってるんだよな……」


「え、じゃあもしかして、あのバル様の身体に霊水エーテルをかけて、魔素マナを吹き込んだら……起き上がってくれるんじゃ?」


 ──がたり。

 リリニアさんが漕ぐ椅子が、音を立てて止まった。


「それは。……結論から言えばその通りだ。ゾンビみたいに動き出すだろうな。あの”身体”だけは」


「あっ──!」


「そうして目覚めたソレは、アイツの見た目をした別モノに過ぎない。が違うからねェ。記憶だって持ってないだろう。マコ、果たしてそいつのことをバルフラムと呼べるかい?」


「……いいえ、違います。バル様は──」


 ボクは、彼が何をもって"バル様"たらしめているのか、思いをせた。


 彼は、ボクをこの世界に連れてきてくれた。

 思ってたより、ずっと楽しいところだった。


 ボクに新しい身体をくれた。

 ……カワイイって、褒めてくれた。

 最初はどうしようかと思ったけど、今は気に入ってる。


 魔法の使い方も教えてくれた。

 夢みたいだった。自分の思いがすぐに形になるなんて。

 魔法を使って、みんなに頼られて、感謝されることが嬉しかった。

 

 危ない時はいつも救けてくれたし、命がけで護ってくれた。

 いつのまにか惹かれていて、この身を預けたいと思った。


 もう一度話したい。

 頭を撫でてほしい。

 彼自身の、あったかい……あの手のひらで。


「──バル様は、ボクの大切な人です。魂が別物じゃあ、それはバル様じゃありません」


「……だよねェ。いくら顔が似た娘をさらってこようが、魂の波動が似た奴を転生させようが、代用になんてなりゃしない。んなことはアイツ自身も一番わかってたはずだろうさ。……無論、アタシもそう思うよ」


「……」

 その時、ちらりとリリニアさんの心の影の片鱗へんりんを見た気がした。

 バル様が時折ときおり見せていた寂しげな瞳と、同じ目をしている。


「すまん、話が逸れたな。……さて、マコ。お前がやらなければならないことは一つだ。心して聞け」


「は、はい」


「それはな。大気中の魔素マナに溶けて散らばったバルフラムの魂を、ちりひとつ残さず集め直して……もとうつわに戻してやることだ」


「……なん、ですって?」


「そうすればアイツは元通り、目を覚ますだろう。……、な」


「でき……るんですか。そんなことが」


 ボクはただ、絶句するしかなく。

 リリニアさんは問いかけに返事をしなかった。

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