第79話 あるがままに

「……改めてはじめまして、次代じだい天弓てんきゅう巫女みこ。まさか、生きてるヒトがこんなところまで来るなんてなぁ!」


 その通り、彼女とははじめましてだ。

 あざやかな赤い頭髪に、オレンジ色の瞳、太陽みたいに明るい表情。


 間違いなく、初めて見る顔だ。

 だけど、どこかで知っているような気がする。


「あなたは、誰ですか……?」


「あたしは過去の人間さ。正体なんて、なんだっていいだろう」


「過去って……」


 ──ソニアさんが言うには、ここは"なんでもあり"の空間。

 いや、さっき話していたのが本当にソニアさんだったのか、もうわからない。


 とにかく、ここには人ではないが居る。

 きっと、目の前にいる彼女は……。


「そうそう、その通り!」


「なにがですか?」


「いいや、こっちの話。……ところでオマエさん、おもしろい色の魂をしているなぁ!」


「魂の……色って?」


「白から黒へ、青から赤へ。見る角度で輝きを変える水晶玉みたいだなぁ。まだら色の、……。あたしには、そう見えるよ」


 ──ぎくり、と全身が冷えた気がした。

 前世から続く、ボクが胸の奥に隠している事情まで見透かされたようで。


「そんなことまで……見えちゃうんですか」


「むしろ、あたしには魂しかわからないよ。目は見えないし、耳も聞こえない。口もきけない」


「ええ……?」


 この人は、何を言ってるんだろう。

 現にいま普通に会話ができているし、彼女の瞳はまっすぐボクを捉えているように見える。


「ちがうなぁ。あたしは魂で見て、魂で聞いて、魂で喋っているんだ」


「──!? ボクの心を、読みました?」


「読むとか読まないとか、そういう事じゃないんだ。ヒトとヒトが通じ合うのに身体なんていらない。心と魂があれば、いつだってどこにいたって、誰とでも繋がれるんだよ」


「あなたが何を言ってるのか、よくわからないです……」


「くくく。それ、昔よく言われたなぁ」


 彼女と話を続けるほど、不思議な気分になってくる。

 笑い方と、喋り方が……似ているんだ。彼と。

 

 実はここは鮮明な夢の中で、ボクはいつのまにか寝ていたんじゃ?


 考えてみれば、さっきからどうもおかしい。

 景色は映像が切り替わるようにくるくる変化するし。

 目の前にいる彼女だって、ボクが無意識に記憶を繋ぎ合わせてできただけの虚像きょぞうなんじゃないか──。


「オマエさんがそう思うなら、そういうことにしてくれてもいいよ!」


「うっ。また心の声を……」


「だって仕様しょうがないだろう、魂がだだ漏れなんだから」


「そ、そんな言い方……」


「くくく、他に言いようがないからなぁ」


 魂って言われても、ボクにはピンとこない。

 バル様は”転生術てんせいじゅつ”を披露した時に、魂には触り心地があると言っていた。

 リリニアさんは、”操魂術そうこんじゅつ”によって、ひとみごしに他人の気持ちがわかると言っていた。


 身体の形からはわからないことだって、"魂"を見られては隠しようがない?

 それじゃあ、いまのボクは……。


「……ボクの”魂”は、どんな形に見えているんですか……?」


「そんなこと聞いて、何になる?」


「知りたいんです。ボクは自分の事が、しばしばわからなくなるので……」


「オマエさんは、何か勘違いしているなぁ。自分のあり方なんて、誰かに聞くもんじゃない。自分で決めるものだろう!」


「……自分で?」


「ああ。オマエさんは、意志が弱いですとかおに書いてある。言われるがまま、流されるまま、過ごしてきたんじゃないか?」


「う……否定はできないです」


 ぐうの音もでない。

 急に変わってしまった自分の身体と、自覚しないうちに変わっていた自分の心に翻弄ほんろうされるばかりで、と。

 自らの意思を明確にしない言い訳を、ボクはいまも続けている。


「……大方おおかたいまは、天弓てんきゅう巫女みこだと言われて、自分がその役割をになわなければならないとでも思っている。そうだな!」


「当然のことだと……思ってます」


「ハッ! バカを言いなさんな」


「ば……ええっ」


「本来生き物の意志ってのは自由でなきゃあいけない。オマエさんはもっと自由に考えられるはずだ。巫女だって? そんなモノ、勝手に押し付けられた肩書き・・・でしかない!」


「でも……だって……。百年以上待ってたって。そんなに出現を待たれていて、ボクしかいないんだから……ちゃんと考えないといけないじゃないですか」


「でも? だって? そんな言葉、あたしは好きじゃないな。やらなきゃいけない理由じゃなくて、やりたい理由を探したらどうだ」


「すみません……」


「ったくもう。なに謝ってんだぁ? オマエさんが巫女みことして役目に応えたいと思うなら、そうしたらいいが。……そんなもん知らん、と投げ捨てる道があってもいいんじゃないか。なぁ?」


「捨て、る──?」


 めまいがする言葉だった。

 自分を見失い続けて、こんなよくわからない亜空間まで来て、初めて会った人に心を見透かされたようにさとされて。

 

 彼女の価値観はきっと、ボクがこれまでなんとなく歩んできた道とは別のところにある。

 だけど、その口から発せられる言葉の波動ひとつひとつに、的確に急所を射抜かれているみたいで……。


「……そんなに驚くことないだろ。あたしの言う事だって、そのまま鵜呑うのみにする事はないよ。聞かない自由だってあるからなぁ」


「いいえ……本来なら。巫女みことして、祭壇を起動することがと思っていたんです」


「なんだ、そうなのか!」


「でも──あっ、ええと。……ボクにはそうしたい理由が……見つからなかったんです」


「ほう?」


 なぜだろう。

 普段言わないような事まで、自然と口から出てきてしまう。

 彼女と初対面だからこそ、心の中でこれは夢かもしれないと思っているからこそ、話せるのかもしれない。


「ボクが大事にしたいものは別にあって。それは"正しさ"から遠いところにあるんじゃないかって。こんな考えでいていいんだろうかって……悩んでいました」


 それが今の正直な気持ちだ。


 "人間と共存する"だとか、"平和"だとか、"魔人の市民権"だとか……。


 ボクには、全てどうでもよかった。

 


「オマエさんは何かする度に、それが正しいおこないかどうかいちいち考えてるのか? そんなの生きづらいだろ。本当にやりたいことがあんなら、それをやんなよ!」


「……ふふ。そんなこと言って、ボクがとんでもない過激思想かげきしそうの持ち主だったら、どうするんですか」


「大丈夫さ。オマエさんはそんなヤツじゃないって、かおに書いてあるよ」


「そうだったら、いいんですけど」



 バル様がいて、ミナミがいて、ロゼッタさんがいて、コニーがいて。

 今のこの居場所が心地よくて、大好きなんだ。


 それを守るためには……。

 ノージェさんの考えとは、相容あいいれないかもしれない。



「いいじゃないか。心が自然と動いた先にあるものを正しいと信じれば。そうすれば、きっとうまくいく! うまくいかなくても……後悔はしなくて済む!」


「……どうしてそんなふうに、親身になってくださるんですか?」


「別にいいだろ。ここじゃ滅多めったにヒトと喋れなくてさみしいんだ。余計な世話くらい焼かせてくれよ」


「寂しい……ですか」


「それに、後悔もしている。……見ろよ、あの天弓てんきゅう祭壇さいだんを。あれが何をする装置か、誰が何のために作ったのか。オマエさんは知っているのかい?」


 彼女は、背後に天を衝いてそびえる祭壇を指さした。

 虹の雲が渦巻く非現実的な空間の中、くっきりと存在感を放っているのは、唯一ゆいいつあの祭壇さいだんだけだ。


 北の王国から三角大陸トライネントの中心まではかなり離れているはずだけど、間近に建っているかのように大きく見える。

 ここでは、場所や距離なんて概念は存在しないのだろう。



「起動すると、この世界ニームアースに大量の魔素マナをもたらしてくれるって聞いていますけど……違うんですか」


「結果としてはそうなるなぁ。だが、結果の前には過程、原因、理由──が必要だ。……あれは、何もないところから魔法のようにエネルギーが供給される夢の装置なんかじゃない」


「どういうことですか……? そんな事、誰も教えてくれなかったですよ!」


「当然だよ。真実を知ることができるのは、巫女みこだけなんだから」


「……!? 待ってください! あなたはやっぱり、マ──」


 ──ヴヴヴ……ヴン!


 ボクが口を開こうとした瞬間。

 時間が止まったかのように、空を渦巻く雲たちが凍りついた。

 赤く染まっていた空は急激に色を失って、周囲から無数の見えない視線が集まってくるのを感じた。



「ああ……喋りすぎたみたいだ。すまんなぁ」

 


 ──グ、グググッ……!

 身体が、引っ張られている!?


 何かとてつもなく大きな力が、異物をこの場所からはじき出そうと唸りをあげている。

 自分の座標が、どこか別の場所へずらされていく……!


「そ……そんなッ!」


 伸ばした手は届かずに、空を切った。

 遠ざかっていく彼女が、ボクを勇気付けるように微笑む──。


「次代の巫女みこ……いや、もうただの迷い子か。達者でな! 道はきっと見つかる。自分を信じろ──!」



 ──ギュウウウン……!

 真っ逆さまに、落ちていく──!




「うあーーっ!」


 ──ふにぃ!

 わけもわからず前方に伸ばした腕が、何かやわらかいものに触れた。

 

「……ちょわっ!? マコ、どこ触ってんのっ!」


「へっ……?」


 目をしぱしぱとしばたかせると、暗い部屋の天井と、じと目でとがめるような視線を送ってくるミナミの顔が見えた。


 次に、頭上から降って来たのはソニアさんの呑気のんきな声。

「あーっ、よかったー! マコさん、目が覚めたんだねー。心配したんだよー。途中ではぐれちゃって、どこ行っちゃったかと思ってさー」


「ソニア、さん……? あ、あれっ!」


 ここは……亜空間に入る前にいた地下室だ。視界の端には、役目を終えて静かに佇む転移ゲートがある。


 ボクは、がらくただらけの床に仰向けで寝転んでいた。

 誰かが敷いてくれたのか、背中の下には申し訳程度に薄っぺらい毛布が挟まれている。



「……もう。びっくりさせないでよね」


「ミナミ……ありがとう。命綱、握っててくれたんだね」


「当然でしょ」


「だけど……うう。せっかくあそこまで行ったのに、霊水エーテルを取ってこれなかったや……」


「何言ってんのさ。マコは、ちゃんと持って帰ってきたよ」


「──えっ?」


 がばっと起き上がると、手に握りしめていた小瓶の中に青白く光る液体が並々と満たされていた。

 不思議な輝きを放つ、絶魂体ぜつこんたいとも呼ばれる物質──霊水エーテルだ。

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