第76話 転移魔術師

 バル様の部屋から出てすぐ、待っていたかのように背後から声がした。


「あなたたち、陛下の"首輪"の話を聞いたのね」


「──わっ!?」


 廊下の反対側の影から出てきたのは、ロゼッタさんだ。

 室外でボクたちを待っていたらしい。


「おはよう、二人とも」


「ロゼッタさん……。おはようございます。今朝けさはうるさくして、すみませんでした」


「なんのことかしら〜。私ったらつい、ぐっすり熟睡しちゃってて……いま起きたばっかりよ?」


「えっ? あ……。それじゃあ、なんでもないです」

 あのドス声は、寝言か幻聴だったんだろうか。

 ミナミに確認の視線を送ろうとしたけど、やめておいた。


「……マコちゃん、ミナミちゃん。陛下は平気そうな顔をなさっているけど、本当はおつらいはずよ。私たちは、今すぐ陛下の首輪を修復するために動くべきだわ」


「修復するって……ロゼッタさんの魔素マナが回復するのを待ってから、”あの魔法”をもう一度使うわけにはいかないんですか?」


「そうね。今までは私が定期的に陛下の首輪を"延命"していたの。でも、今回は勝手が違うわ」


「ヒビが入ってしまったから、ですか」


「それもあるわ。あの魔法はね。損傷の具合と時間が経てば経つほど、倍々に大きな魔素マナが必要になるの。霊水エーテル装具を一日巻き戻すのに必要な魔力が100だとしたら、二日は400、三日なら1600、と言った具合なのよ」


「えっ! 昨日のあれで百だとしたら、もう……」


「そうね……。もう私の力では、手に負えなくなるわ。……天弓てんきゅう祭壇さいだんが起動されて、世界が魔素マナで満たされでもしない限りは」


 ロゼッタさんは神妙な顔で首を振った。

 顔色からして、彼女はまだ本調子とは言えなさそうだ。


「わ……わかりました! 今すぐ祭壇さいだんを起動しに行きましょ──うぐ!?」

 ボクが廊下を駆け出そうとすると、後ろから手首を引っ張られた。


「だめよ、マコちゃん」


「迷ってる暇なんて、ないじゃないですか!」


「陛下はそんなこと望まないわ。それに、陛下の首輪を修復する方法は……私の魔法以外にもあるの。必要な材料を取ってくればいいのよ」


「材料って、なんですか?」


「”霊水エーテル”よ。すぐに採取しに行きましょう。マコちゃん、なら、きっとできるわ」


「え……採取?」


 霊水エーテルは、リリニアさんいわく”魔術師たちの垂涎すいえんまと”であり、とても貴重な品だったはず。

 少なくとも、その辺に落ちてるものではないと思っていたけど──。



 * * * * * * *


 

 ボクは荷物の間にぎゅうぎゅうとはさまれて、暗くてせまい場所に身体を丸めた。

 外側からはミナミとロゼッタさんが会話する声と、かすかな光が漏れ聞こえてくる。


「コニーが大会で優勝してきてくれたらいいんだけどねー」


「コニーちゃんは、早起きして闘技場コロッセオに出かけたそうね。コニーちゃんの事を信じていないわけじゃないけれど、それだけをアテにして待っているわけにもいかないもの」

 

 ──ガタガタ、ゴトン。


 車輪が、路面にこすれて音をたてた。

 ボクが隠れているのは、トロッコに四つのタイヤがくっついたような荷車の中だ。

 人力で物を運ぶ為のハンドルが前方に伸びて、ロゼッタさんが引っ張ってはこんでくれている。


 荷台は分厚い布でおおわれて、あたかも荷物を積んでいるように見えそうだけど……中に人が隠れているなんて、外からじゃわからないだろう。

 

「はあ、重いわぁ。マコちゃんの擬態の魔法ミスティックカーテンがないと、こんなに移動が不便だったのねぇ……」


「ごめんなさい。ボクが腕に魔力をしばかせをつけられちゃったせいで……」

 ボクは、荷物の中から小声で返事をした。


「マコちゃんのせいじゃないわよ、気にしないで」


 まだ昼間だから、王国の路地は人通りがある。

 リリニアさんが遠隔で"影"を飛ばしてこちらへ来れるのは夜だけなので、日中は彼女の力を借りることもできない。


 ──ところで、ボクの隣にはもう一人、荷台の中に隠れて一緒にはこばれている人物がいる。

 路地裏に住む風精シルフ、ソニアさんだ。


「ほんとに残念だよー。マコさんのしっぽをこんなへんな味にしちゃうなんて、この紐をかけたっていうおじいちゃんは大変けしからないと思うよ、あたいはー」


「ねえねえ、ソニアさん。どんな味だったの~? マコのしっぽは」


 荷台の外側を歩いているミナミが、ソニアさんに話しかけた。

 この位置からじゃ表情が見えないけど、声の調子からしてニヤニヤしているのは確実だ。


「けけけ、ミナミさん。知りたい? そりゃもう最高だったよお」


「あの、ボクのしっぽの話題で盛り上がるのやめてもらえます……?」


「なんでー。いいじゃん、減るもんじゃなしー」


「減りますよ、何かが……」


 ミナミとソニアさんは初対面だけど、二人はすぐに馴染なじんだみたいだ。

 荷物の内側と外側なんてことはお構いなしに、楽しそうに会話している。

 ロゼッタさんによると、これから霊水エーテルを取りに行く為にはソニアさんの力も借りたいらしかった。


 * * * * * * *


 荷車を引っ張るロゼッタさんとミナミ。荷物に隠れたボクとソニアさん。

 四人がたどり着いたのは、庭と門がついた大きな一軒家だ。


 綺麗に瓦が並んだ三角の屋根に、木造りの壁。

 どこかフウメイさんの旅館に近い、懐かしい雰囲気を感じる。


「……ここ、おうちですよね。また別の協力者さんと合流するんですか?」


「いいえ。霊水エーテルを取りに来たのよ、ここに」


「へっ? ま、まさか泥棒……?」


「いやあね~。そんなことしないわ。さ、入るわよ」



 ボクとソニアさんは布を被ったまま、小走りで建物の玄関までやってきた。

 ロゼッタさんが扉をノックすると、なまりのはいった独特の声が返事をした。


「ハーイ、今いくヨー!」


 がらがら、と引き戸を開けて出て来たのは……ロゼッタさんと同じか少し年上くらいの女性だ。


「こんにちは、ウルスラ」


「オー! ロゼッタに、ソニアじゃないノー! お久しぶりネェ! よく来たネェ!」


 彼女はウェーブした金髪を無造作に後ろにまとめ、よれよれの白衣を肩にかけている。

 着ているシャツも年季が入っていて、身なりに気を使うタイプの人だとはお世辞にも言えなさそうだ。

 くすんだ色のカーゴパンツからは、ドライバーやスパナといった工具類がつかを覗かせている。

 寝る間も惜しむタイプの研究者か、もしくは工作が趣味の人……という印象だ。


「急に大勢で押しかけてごめんなさいね。……マコちゃん、ミナミちゃん、紹介するわ。こちらは、"転移魔術師てんいまじゅつし"のウルスラさんよ」


ハジメマシテ、カワイイお二人! ワタシはウルスラ。炊き込みご飯とお味噌汁が好きヨ。ヨロシクー!」


「ミナミです、好きな食べ物はしっぽです。よろしく!」


「えぇ……。マコです、はじめまして。いま、転移魔術師てんいまじゅつしさんっておっしゃいました……?」


「そうダヨー。サァ、ココじゃなんだし。入って入ってー」



 玄関に上がり込んで、ボクとソニアさんはやっと窮屈きゅうくつな移動から解放された。


 ずっと折りたたんでいた膝がしびれて、背骨も凝り固まっている……。

 身体を伸ばしてストレッチしようかと思ったけど、この家の中もそんなに広いとは言えない。


 もともとの間取り自体は広く作ってあるみたいだけど、玄関を入ってすぐから通路の奥まで細長い棚がビッシリと並んで、通路をこれでもかというほど狭くしている。

 背筋を伸ばしながら息を吸い込むと、独特のほこりっぽい香りがした。


 いや、このかすかにざった感覚は……。

 ボクの──”マコ”の中で記憶の彼方に溶けてしまいそうだった、”マコト”が嗅いだことのある香り。

 久しく寄らなかった実家に帰ってきたようでもある。 


 そうだ……!

 この世界に転生してくる前に住んでいた、母なる青い星──”地球”を思い出す香り……というより、雰囲気だ。


「ミナミ、これって──」


「なに、鼻息荒くしちゃって」


「”地球”の気配を感じない?」


「うん……? よくわからないなぁ。わたしはあなたみたいに鼻が利かないんだよ」


「えっ。ミナミならわかってくれると思ったのに……」


 気のせいではないはずだ。

 以前住んでいた街を久々に訪れたような、記憶の扉をノックされる感じがする。



「マコチャン、”地球チキュウ”をご存知なのですカ~!?」


 ウルスラさんが、興奮した様子で振り返った。

 知る人ぞ知る同士を見つけたとばかりに、目をキラキラさせている。


「あっ、はい。ボクとミナミは、元々地球からやってきたので……」


「ナ、ナ、ナント~!!? ロゼッタ、アナタ素晴らしいお客サン連れてきてくれたネェ!」


「ふふふ。ウルスラは異界フェチだものね〜」


「そうなのヨッ! 見てみて、この異界の品の数々を……ロゼッタ、アナタの好きそうな本も入荷してるヨ〜!」


 ウルスラさんが、通路に沿って並んだ細長い棚をうきうき顔で紹介した。


 棚に並んでいるのはノート、ペンと言った日用品に、フォークやナイフ、衣服に靴と言った、家の中にありふれていそうなもの。

 えて並べて飾るほどでもないような品々ばかり。

 どれも使い古して劣化しており、普通ならゴミ箱に放り込んでしまうくらいいたんでいるものもある。


 ……でも、これは……これが、異界の品?


 ボクの頭は、静かに混乱していた。ようやく違和感の正体を見つけた。

 これらは全て、この世界ニームアースにて地球の文化を模倣もほうして作られたものではない。

 オリジナルの“地球産”の品々なんだ──!

 

「うっ、ウルスラ? その話はまた後でしましょうか〜。今日来たのは、別のお願いがあってのことなの……」


「アレェ、珍しいネ……ロゼッタが食いつかないなんて。そんなに大事なことナノ?」


「ええ、急でごめんなさいね。今日は人が通れるくらいのゲートをけて欲しいの。こちらのマコちゃんとソニアさんに、霊水エーテルを取りに行ってもらうために」


「ナント!? オーマイガッ!」

 ウルスラさんは両手をあげて口をあんぐりと、大げさにリアクションした。


「ロゼッタさん、どういうことです?」


「そうね、マコちゃん。説明しなければならないわね。あなたの髪飾りや、陛下の首輪にも使われている”霊水エーテル”が、つまりどんなものなのか……」



 ボクは、すっかり忘れていた。

 元々北の王国には転移魔術師てんいまじゅつしさんに会う目的で来たということを。

 転移魔術師てんいまじゅつしさんだけでも驚きなのに、"人が通れるくらいのゲート"とは……?

 

 

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