第39話 帽子と種族
結局、みんなが揃って起き出して、食事を済ませるころには正午を過ぎていた。
数日間の船旅の後で、布団でゆっくり眠るのは久々だったから無理もない。
「陛下~。今日は私たち、お買い物に行きますねぇ。コニーちゃんの
「ああ……、分かった」
バル様は、顔を上げずに生返事した。
何か考え事をしていみたいに上の空だ。話しかけるなら、後にしたほうがよさそうだ。
ボクはミナミとコニーと共に、ロゼッタさん引率の”買い物”についていくことにした。
「今度こそ、あるといいなぁー!
コニーは、ボクとミナミが身支度するのを待ちきれない様子で飛び跳ねている。
「今日は、王国の西のほうのお店に行ってみましょうか~。そっちなら人気商品もまだ残ってるかもしれないわ」
「西のほうー? なんかあるの?」
「ふふ、行ってからのお楽しみよ~」
ボクたちは、
“
道を進むにつれ、だんだんと建物の質が変わっていく。
王国入り口にあった背が高く華やかなレンガ造りの家と違って、このあたりに建っているのは無骨で頑丈そうな石作りだ。
家々から突き出た煙突からは細い白煙が立ち上っていて、なにかしらの加工業が盛んに行われている気配がする。
また、往来を歩く人々の中にだんだんと獣人が目立つようになってきた。
“獣人”と言っても様々なタイプがあるみたいで、フウメイさんのように獣のような顔の人もいれば、ロゼッタさんのように耳やツノだけが動物的な人もいる。
帽子を被っている人も多くいるようだ。
ニアルタの街でボクたちがそうしたように、帽子を被ってしまえば一目見て獣人とわからないような人は一定数いるのだろう。
「王国って、意外と獣人さんも住んでいるんですね?」
「ええ、そうね。元々王国に友好的だった獣人は、ひっそりとこの地区に集まって住んでいたそうよ~。樹海と王国の間で停戦協定が結ばれてからは、大っぴらに数が増えたようだわ」
ロゼッタさんは、なんだか嬉しそうに街を眺めている。
「ボク、もっとギスギスしたのを想像しちゃってました……」
「昔はそうだったのだけどね。六年前に”フレンドハット運動”というものが行われてからは、だいぶ雰囲気が変わったみたいね~」
「フレンドハット運動……ですか?」
「ええ。獣人も人間も関係なく、人種の違いを気にしない意思表示をする人は、みんなで帽子をかぶるの。その呼びかけが行われた時は、予想されていたよりずいぶん多くの人間が帽子をかぶって出かけたそうだわ」
そう言われてみれば、通りを歩いていると帽子を専門に扱うお店もけっこうあるみたいだ。
「みんな本当は、声をあげるタイミングを待ってたのかもしれないですね」
「ふふ、そうね」
「にんげんさんにも、いい人いっぱいいるんだねー」
コニーは長いウサギの耳をぴこぴこと揺らした。
「いいねー、その話。わたしも帽子、買おっかな」
ミナミも今の話に興味を持ったみたいだ。
「それじゃ、
「
「あぁ、昨日はマコちゃん居なかったものねぇ~。
「魔道具……そういえば、気になってました」
なにも、魔道具というのは
むしろ、"
思い返せば
「昨日行った魔道具屋さん、面白かったよー!
「へへ、コニーったら
「んー……、特に変わった感じないけどなー。量が足りなかったのかなー?」
「あれ、わたしにはうさんくさく見えたけどね……。まぁとにかく、魔道具って言っても当たり外れあるんじゃないかな」
「へぇ、色んな意味で、面白そうだね……」
ミナミとコニーの会話を聞いて、まだ見ぬ”魔道具屋”への興味が膨らむ。
そうこうしているうちに、ボクたちはそこへ到着した。
「ああ、よかった。まだお店があるわ。無くなってたらどうしようかと心配してたのよね~」
ロゼッタさんはホッとした顔で地図を手の中に畳んだ。
この店は、"モグサ魔道具屋・アルカディア西店"──というらしい。
縦長の二階建ての店舗は、両隣の建物に挟まれるようにしてこじんまりとした店構えだ。
『
小さな入り口が精一杯目立つように、看板が掲げられている。
売るだけでなく、買い取りもしているみたいだ。
* * * * * * *
魔道具屋に足を踏み入れたボクたちは、手分けしてそれぞれ店内を進んだ。
床から天井まで所狭しと商品がぎゅうぎゅうに詰まっている。
品物とセットで表示されたポップ広告には様々な説明が書いてあり、次々に目移りしてしまう。
『音声自動筆記ペン! 喋った通りに筆記します!』
『爽やか冷風うちわ! 扇げばたちまち涼めます』
『
『いきなりくすぐってくる羽箒 ※ワケあり品』
『瞬間加熱・湯沸かしビン! 今ならお湯をかけると踊り出すノーちゃん人形付き』
まだこちらの字をすらすら読めるわけじゃないし、中にはよくわからないものもあるけど……。
一つ一つ見ていこうとしたら、三日三晩あっても時間が足りないだろう。
店内は通路がせまく、他人とすれ違う時は気をつけなければならない。
他のお客さんは少ないが、ボクは念のため頭のツノをフードで隠した。
そのうち、とある商品に興味を惹かれた。手のひらサイズの本と大きな箱がセットになっている。
『
──確か、
ちょうど、ボクが次に覚えたいと思っていたものだ。
手にとって、まじまじと説明文を眺める。箱の中から、からからと何かが転がる音が聞こえた。
「あった、あったよ!
「おっ、リリニアさんとこで見たのと同じやつだねー」
コニーとミナミの声だ。
うず高く積まれた商品の壁にぶつからないよう蟹歩きしながら、彼女たちのほうへ急いだ。
──ドンッ。
「んぐ!」「おっと」
何かと、ぶつかった。振り向くと若い青年が腰を
「──すみません」
ひとまず謝罪とお辞儀をすると、彼と目が合った。
「おお、こっちこそ
その青年は、毛糸のニット帽からねじれた癖っ毛が無造作にはみ出ている、個性的な髪型だ。
一見して、やんちゃそうな見た目だと思った。
ボクよりも頭一つぶんほど高い背で、こちらをまじまじと見ている……。
しまった──!
一度存在を認識されると、”
「ん、おまえ。もしかして……”魔人”、か?」
「えっ……」
バ、バレた──? なんで!?
やってしまった、かも……。
ボクは、脳内でぐるぐると状況を切り抜ける方法を探そうとした。
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