第29話 北へ
バル様は、リリニアさんに声をかけられて水晶宮殿の中へ入っていった。
それを見送るベリオの顔は、本当に名残惜しそうだった……。
「マコー! 大丈夫? ケガしてない?」
コニーは心配そうにボクの顔を覗き込んだ。いつもはぴょんと立っているウサギの耳が、不安そうにしなっている。
「うん、ちょっと怖かったけど……。なんとか無事だよ」
本当はちょっとどころじゃなくて、だいぶ怖かったけど……。
「よかったぁー。マコが怖いおねーさんに連れて行かれたって聞いて、びっくりしたんだよー」
それを聞いて、ベリオが異議を唱えた。
「
「あはは、話してみたら優しい人だったよ。バル様の古い知り合いなんだってさ」
「そっかー。バルさまと付き合いが長いひとって、ただものじゃなさそうだねえ」
「うん、実際ただものじゃなかったね……」
リリニアさんの操る魔法の多彩さは、
いつか、ボクもあんなふうに魔法を操れるようになれるだろうか。
ロゼッタさんが船からおやつを持ってきてくれたので、ボクはミナミと一緒に湖のほとりで
コニーとベリオは、疲れ知らずという様子で
ベリオの炎魔法が花火のように宙を舞い、湖面に反射する。
コニーの水魔法が噴水のように弧を描き、辺りに虹を作る。
楽しそうに
観客は、ボクとミナミとロゼッタさんの、三人だけだ。
「ミナミちゃんも、無事でよかったわ。マコちゃんと一緒だったのね」
ロゼッタさんが、ミナミの隣に座った。
「はい! 勇者としてお姫さまをしっかり守りましたよー」
「まあ。マコちゃんはお姫さまなの?」
……ボクはミナミのほうを向いて口を尖らせた。彼女はニヤリとした。
「マコが、そうですって」
「言ってないよ!」
「ふふふ~、仲がいいわねぇ」
「へへ、わたしたち幼馴染だもんね~! どこへ行くのも一緒だからね~!」
ミナミは、茶目っ気たっぷりにこちらへ倒れこんできた。ボクはやれやれと受け止める。
「マコちゃんに頼りになるお友達がいて、私も安心だわ~。ミナミちゃん、私たちはこれから北の王国へ出発する予定だけど、一緒に来るかしら?」
「ロゼッタ先生……! ええ、是非ご一緒させてください! マコの行くところがわたしの行くところです!」
ミナミはロゼッタさんの手を取って、目を輝かせた。
ボクも、ミナミが居てくれると心強いと思う。
夕日が傾いた。水晶宮殿の壁が夕焼けを乱反射してきらきらと輝いている。
ボクたちは心地よい疲労感で
「──待たせたな。……ロゼッタ、船を出す準備をしてくれ」
リリニアさんと話し終えたのか、ようやくバル様が戻ってきた。なんだか複雑な顔をしている。
「
ロゼッタさんは、ぱたぱたと小走りで船のほうへ走っていった。
「バル様、おかえりなさい」
「……マコ」
「はい?」
「いいものだなァ、その”おかえり”っていうのは」
「あっ。ボク──いま、おかえりって言いました?」
「……ククク、ただいま、マコ。髪型変えたんだなァ、カワイイぞ、とても」
「えっ」
ボクは顔が火照っている気がして、彼から目を背けた。……なんだろう、このやりとりは……。
「ゴホン、ええと、オジサン。わたしも船に乗せてもらおうと思いますんで、その、どうぞよろしく」
ミナミは、ボクとバル様との間にずいと割り込むと、ぺこりと頭を下げた。
「いいだろう。ただし、そのぶん働いてもらうぞ、小娘」
「……働くって?」
「船の燃料は、
「……よくわからないけど、オッケー」
「詳しくはロゼッタに聞くといい。そろそろ行くぞ。余計な寄り道になってしまったが、改めて王国へ向かう」
「王国かー、わたしはこっちに来てからニアルタと樹海しか知らないから、楽しみだなー」
ミナミはロゼッタさんを追いかけて、船に入っていった。
「──コニー、出発するぞ!」
バル様は湖のほとりで遊んでいるコニーとベリオのほうへ声を張り上げた。
ベリオはバル様の足元に駆け寄ると、涙目になって彼の服の裾に掴まった。
「バルさま、コニー……、おれ、今日すっごくたのしかった……。またきてくれるよね?」
ベリオの頭を、逞しい大きな手が撫でる。
「そうだな、ベリオ。次はオマエの成長を見に来てやろう」
「楽しかったよ、また遊ぼーね!」
「──うん! おれ、がんばってつよくなるから!」
彼は服の袖で涙をぐしぐしと拭き、背中からしゅるりと翼を生やした。
「待ってるからな! またなー!」
ベリオは空中を旋回し、湖を飛び越えて水晶宮殿の入り口に戻っていった。
宮殿の入り口の扉が開いて、中からリリニアさんがボクたちを見送るように手を振っているのが見えた。
「……全く、とんだ道草になったなァ」
バル様は誰に言うでもなく文句をこぼしたが、その表情はどことなく満足気だった。
* * * * * * *
船の名は、
大きな帆は風を受けるためではなく浮力を生むためのもので、光か闇の
昼は太陽の光で、夜は月の光で輝き、空に浮かんでボクたちを運んでくれる、美しい船だ。
船はロゼッタさんの運転で、北へ進路をとった。
船底側にある操舵室の窓からは下の景色が見えるようになっており、樹海の鬱蒼とした木々が眼下を滑ってくのが見える。
ニアルタの街から水晶宮殿まではかなりの距離があったようだ。ボクは来る時にリリニアさんのトンネル魔法であっという間に移動していたので、見渡す限り続く樹海の広さに驚いた。
「はぁ、はぁ……。ロゼッタ先生、終わったよ~」
ミナミが動力室から汗だくになって出てきた。
「おつかれさま~。ミナミちゃんが光の
ロゼッタさんは舵輪を手で支えながら、彼女を労った。
船は宙に浮かんでいるため進路の視界は良好で、背の高い木や山を避ければ運転は優雅なものだ。
「はー、
ミナミは椅子に倒れこんで呻いている。バル様とコニーは別室で休んでいてこの場にいないからか、遠慮してない様子だ。
「陛下の
「あれ……。それじゃ来る時はどうしたの? わたしはその時、いなかったじゃん」
「それはね、コニーちゃんがすっごく頑張ってくれたのよ~。彼女も本当は、光の
「えっ──そうだったんですか」
コニーは、自分が光属性だということに複雑な心境を抱いていたはずだ。ボクは思わず聞き返した。
「最初は火の
「そっか……。後で、コニーにお礼しないといけないですね」
「ふふ、そうね」
みんなには、本当に心配かけちゃったんだな──。
結果的にリリニアさんには悪いようにされなかったけど、自分の身はしっかり自分で守れるようにならないといけないと思った。
* * * * * * *
陽が完全に沈み、空はすっかり暗くなった。
船は星空の下を滑るように進んでいる。
ボクは船の甲板に上がって夜空を眺めた。
風が冷たく感じたので、いつか空翔ぶ竜に乗った時のように薄くバリアを張ってみた。……本当に便利だなぁ、魔法って。
しばらく景色を楽しんでいると、ミナミが顔を出した。
「はー、わたしは反省したよ」
「どうしたの、急に?」
彼女はボクの隣に腰掛けて、深呼吸するように伸びをした。
「マコと再会した日の夜に、魔王を倒すだなんて言ったことさ。魔王っていう名前だけでワルモノだって決めつけちゃってたな~ってさ」
「……そう、だね。何事も自分の目で確かめないとって思うよ」
「ほんと、そうだよね。もっと
ミナミは目を輝かせて、船からの眺めを楽しんでいるようだ。
「うん。王国に着いたら、
「……マコ。本当に、そう思ってる?」
「へ?」
彼女の声のトーンが急に変わったので、ボクは振り返った。
「わたし達には……、地球に帰っても家族がいないじゃんか。何の未練があるの? 地球に」
「どういう……こと?」
「こっちの世界のほうが、楽しいと思わない?」
ミナミの表情は真剣そのもので、ボクは急に現実に引き戻されるように感じた。
「……ミナミは、戻りたいと思わないの?」
「思わないし、それに──マコにも、戻って欲しくない」
彼女は立ち上がって、ボクの後ろの壁に手をついた。もしかしてこれは、壁ドンってやつなのでは……?
「……それは、どっちの意味で──?」
「どっちも、だよ」
あたたかい息が、ボクの前髪にかかった。
「もう、この世界でさ……楽しくやっていこうよ。マコちゃん?」
ミナミの瞳が光った。
──ドクン。自分の心臓の音が聞こえた。
今まで、見て見ぬふりをしていたんだ。
この船に乗って、"ボク"の向かう先は、どこなんだろう。
地球──? 違う。
いまのホントウの気持ちは──。
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