第19話 ボクと女子会
一旦部屋に戻ってからのこと。
ボクはコニーの後をついて、廊下を歩いていた。
「マコー、こっちだよー!」
「い、いまいくよ」
ここは宿だから、もちろん入浴施設もある。
魔王城の大浴場と比べればさすがに小規模だけど、宿泊客がくつろげるように手入れが行き届いているみたいだ。
しかしボクの足取りは
そう、問題は──この宿にはミナミも泊まっているということ。
彼女がボクの
「どーしたの? もしかして、おなかいたくなっちゃった?」
「いや、そのですね……」
コニーが不思議そうにボクの手首をひっぱる。
「だいじょうぶだよー、お風呂であったまれば、きっとよくなるって! ほら、ここを右だってさ!」
彼女が指さした案内板には、こう書いてあった。
『この先、浴場 人間のお客様はこちら・獣人のお客様はこちら』
「う……うん? え、ちょっと待って──」
その内容を飲み込む暇もなく、ずるずると引きずられて脱衣所に到着した。
ボクたち以外に人の気配が無い、空っぽの木籠と小さい棚がいくつか並んでいるだけのこじんまりした部屋だ。
「そんじゃ、あたしは先に入ってるから! まってるねぇー!」
言うやいなや、コニーは着ている服をものの数秒ですぽぽぽーんと放り出し、あっという間に行ってしまった。
彼女が脱いだものが無造作に散らかったカゴを眺めて、ボクは安堵にも似たため息をついた。
た、たすかった……のかな?
ミナミは
それから、少し緊張しながらも湯船にゆっくり浸かることができた。
けっきょく最後まで他の客とすれ違うことはなく、浴場で会ったのはコニーだけだった。
* * * * * * *
翌朝。
目覚ましは、コニーからの寝ぼけ頭突きだった。
「むにゃ~、にんじん~……」
「──んぐっ!? ……ん……う、ここは……?」
おなかに乗っかっているのは、旅客用の貸し出し毛布と、コニーの後頭部。
見慣れない天井での目覚めに混乱しながらも、ふわふわの頭をそっとどかして布団から這い出た。
ロゼッタさんが寝ていたであろう布団は、既に畳まれている。ロビーに居るのかな?
ボクはコニーを起こさないように着替えて、部屋を出た。
念のため、ツノと尖った耳をすっぽりと覆い隠すようにフードを被りながら。
ロビーに降りると、すでに朝食を求める客でにぎわっていた。
ボクは行き交う人を避けながら席を見渡しようやく、壁際のテーブルに座るバル様とロゼッタさんを見つけた。
「おはようございます」
「おはよう、マコ」
「マコちゃん、おはよう~。あっちに朝食のパンとサラダがあるから、取っていらっしゃいな」
「あっ、はい」
ボクは言う通りに自分用の朝食を取り分けて席に戻り、ロゼッタさんの隣に座った。
二人はちょうど打ち合わせを終えたところみたいだ。
「──では、俺はこの街での
「
バル様とロゼッタさんのやり取りはいつも慣れた様子だけど、横で聞いていると謎が多い。
「さてと。マコ、今日は別行動だ。移動手段の確保に時間がかかりそうでなァ」
「えっ……そうですか」
彼は地図とカタログを眺めながら、
「数日はこの街に足止めを食らうかもしれん。ああ、やはりか──俺の
「はあ」
ボクは彼が目を落としているカタログを覗き込んだ。誌面には船や馬車に、人がすっぽり入れそうな大きな鳥籠に、完全なる球体……。あらゆる形の乗り物らしき画が並び、時には乗れるかどうか怪しいものまで統一感がない。
バル様はこちらには目もくれず、悩ましげな表情でページをめくっている。
「そんな残念そうな顔しないで、マコちゃん。せっかくだからゆっくりしたらいいわ」
「へっ? いえ、残念なんてことは。ボクは同行させていただいてる身ですし」
「ふふ、まじめなのねぇ。──ああ、そうだわ。今日はコニーちゃんと昨日会ったお友達と一緒に、街を散歩してきたらどうかしら?」
「散歩ですか。ううん、そうですね」
正直言って、ありがたい話だ。ミナミとは昨日だけではまだ話し足りなかったから。
「王国までの旅程は気にしなくていいのよ。陛下と私に任せておいてちょうだい」
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「ええ、楽しんできて。なら、おこづかいをあげるわね」
ロゼッタさんはそう言って、ボクの手のひらに金貨を数枚握らせた。
ずしりと重量のあるコインだ。その価値まではわからないけど、もしかしてけっこうな額なんじゃ……。
「いいんですか?」
「無駄遣いしちゃダメよ? それから、人差し指をだしてくれるかしら」
「は、はい」
ロゼッタさんに続いて言われるがまま人差し指をあげると、お互いの指を組むように繋がれた。
かすかな
「──ふぅ。うまくいってよかったわ~。これはね、はぐれないためのおまじないなの。なにかあったら心の中で私を呼んで頂戴ね。なるべく早く駆けつけるから」
「おまじない? あっ、魔法の一種なんですね」
「ええ。”絆の魔法”と言って歴史の古い魔法でね、離れていても引き合う効果があるの。……ふふ。実はお互いに信頼関係がないと効果がでない魔法なのだけどね。何も起きなかったらどうしようかと思ったわぁ」
「古い魔法ですか。なんだか難しそうです」
「いいえ、誰でもつかえる簡単な魔法よ。それこそ無意識にも発動するくらいに。……もしかするとマコちゃんも、昨日のお友達と知らないうちにこの魔法で引き合っていたかもしれないわねぇ」
「無意識に?」
「強く強く、本当に強く……。会いたいって気持ちで願っていれば、ね。マコちゃんはそう思っていたんでしょう?」
「……? はい。もちろんミナミに会いたい気持ちはありましたけど」
会いたいと思った友達にばったり出会ったり、ふと気になると連絡がきたりすることは、確かにある。
だけど。彼女にはもう会えないのかもしれないと、心のどこかで覚悟を決めつつあったとも思う。
「……あァ、マコよ。その、ミナミとかいう小娘。どうするつもりだ?」
と、バル様がカタログから顔を上げて言った。
「どうするって……いいますと」
「俺たちは北の王国へ行くんだぞ。オマエがアイツとどんな仲かは知らんが、目的地が違うだろう」
それは──そうだ。
ミナミはどこに行くのもいつも一緒の幼馴染だったけど、今は状況が違う、けど。また離れ離れになるのは心苦しいし、できるなら一緒にいたい。
それに、彼女は”魔王をやっつける”だなんて言っていた。そんなことは、してほしくない。
「ボク、彼女と話してみます。
「そうね、わたしたちとあの子では
「はい、けっこう広い街ですからね。迷わないようにします」
ボクはそう言ったが、ロゼッタさんは返事をせず何かが喉に詰まった顔をしてみせた。
それを察してなのか、次のバル様の言葉はきっぱりと釘を刺すような口調だった。
「……マコ、忠告しておこう。くれぐれも、街中でそのフードは脱ぐな」
「陛下、それは──」
「はっきり言っておくべきだろう、ロゼッタ。
「それが何か問題なんです?」
ロゼッタさんは眉をぎゅっと寄せ、しぼりだすように答えた。
「マコちゃん。あなたは……できれば、獣人を名乗ったほうがいいと思うわ。”魔人”は
「……え?」
「
彼はそう言いながら目を逸らした。
いいや、なんだか歯切れがわるくてもやもやする。ボクはつい、返す言葉に力を込めてしまった。
「バル様。ミナミは差別なんてする子じゃないです」
「そいつのことはともかくだ。俺はオマエに……用心してほしいだけだ。頼んだからな」
バル様は席を立って、すれ違いざまにボクの頭に軽く触れてロビーを出ていった。
ロゼッタさんは困ったようにはにかんで見せ、空っぽになった皿を重ねながら席を立ち、どこかへ行ってしまった。
ロビーに取り残されたボクは、少し不貞腐れたような気持ちを抱えながら朝食をもしゃもしゃ噛んだ。
ああ、なんだか味がしない。ダイダロスさんの料理が食べたいな──。
ぼーっとしていると、うきうき声の女の子が話しかけてきた。
「……おはよ、マーコちゃん♪」
ミナミだ。たったいま上階から降りてきたらしい。
「おはよう、ミナミ」
「へへへ、マコ……。へっへっへ」
「な、なに?」
昨日再会して以来、彼女はやっぱりどこかおかしい。
ミナミはニヤニヤ顔で近づいてきて、隣の席にずいっと座ってきた。
「きみ、かわいいね~。デートしない? デート!」
「……なにそれ、ナンパのマネ?」
「へへ、そうだよーん!」
ううん、ミナミってこんなにお調子者だったっけ。
こうしてまた他愛もないやりとりができることは嬉しいのだけど。
「三人ならいいよ。今日はコニーといっしょの予定なんだ」
「コニーちゃん? 大歓迎だよ~。じゃあ女子会しよっか! 今日のお昼はパンケーキ~♪」
「じょ、女子会……?」
ボクには一ミリも縁のなさそうだった言葉だ。
* * * * * * *
ボクたちは三人で宿を出て、ミナミの提案で彼女がおすすめだというカフェに入った。
屋外にも席があり、大きな木製の丸テーブルにパラソルが備え付けられ、大通りを眺めながら優雅な時間を過ごせるようになっている、お高そうなお店だ。
「ここはわたしの行きつけで、地球のセンスを取り入れてるってカフェなんだ。あ、こっちでは地球じゃなくて異界って言うらしいけどね」
「かっこいー! あたし、こんなオシャレなお店はいるの初めてだよー!」
手に小皿を持ったカフェの店主は、ボクたちを席に案内しながら親しげに話しかけてきた。どうやら、ミナミと顔見知りらしい。
「”カフェ・ブリッジ”へようこそ、
「あっ、マスターさん。毎度どうも! へへ、おかげさまで探し人、みつかったんですよー」
「それはそれは、おめでとうございます! ……さあどうぞ、奥の席へ」
カフェのマスターはボクとコニーをちらりと見てから、笑顔で店内を先導した。
席でくつろいでいる客たちは、本を広げて読書に勤しんでいたり昼寝に耽っている人もいる。この店なら多少は長居しても大丈夫そうだ。
ボクたちが案内された席は特に奥まったところにあり、壁で仕切られてほぼ個室のような作りだった。これなら他の客を気にする必要もない。
「ぷひゃー、助かったあ。ぼうしってきゅうくつなんだよねえ!」
コニーはそう言いながら、もう麦わら帽子を脱いでしまった。ウサギの耳がピョコンと立ち上がる。
ボクはさすがにぎょっとして振り返ったが、ミナミはにこにこして顔色一つ変えてない。
「あれっ。驚かないの?」
「やだなあ、わたしがそんなに
「……そっか。よかった」
と言いつつボクは、さっきのバル様とのやりとりがちくりと胸に引っかかった。
マスターさんはミナミや他のお客さんに気を遣って、奥の席に案内してくれたのだろう。
ボクも深く被ったままのフードを脱ぐなら、いましかない。
「それよりさ、わたし感動だよ~! 近くで見たらコニーちゃんってこんなにもっふもふなんだね……っ! さ、さわっていい?」
「んふふー。耳以外ならいいよ!」
「オッケー! うきゃきゃ~っ!」
「ひゃあーっ! あははは!」
ミナミとコニーが、目の前でじゃれあっている。これが、女子会というものなんだろうか……? いや、たぶん違う気がする。
──コン、コン。
ノックと共にカフェのマスターが小鉢を持って現れた。
「失礼します。本日はレディースデーでございまして。こちらは女性限定のサービスデザートでございます」
丸机に置かれたのは、小鉢に入ったプリンのようなものが三つだ。
「やった、ラッキー!」
「おいしそー!」
三つ……? そうだ、よね。ボクも女性に数えられてるんだから。
「はは、レディースデーだなんて。変なの」
「ここのマスターさん、
「へ、へぇ~……」
空返事しか出ない。
なんてことのない
ミナミはあからさまにニヤけながら、脇腹を小突いてきた。
「得しちゃったねぇ、マコちゃーん? 遠慮しなくていいんだよっ?」
「ま、まあ出されたものは食べないと失礼だよね」
ボクは自分に言い聞かせるようにそう言って、デザートを頂いた。
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