自称勇者と二人の魔王 編

第13話 空を駆る翼

 ある朝、食堂でのことだった。


 ──カシャーンッ!!

「あわーーーっちゃ!?」


 ガラスのような、何かが砕け散る音。

 続けて聞こえたのはコニーの悲鳴だ。


「なに、なに?」


「どうしよーマコ……。た、タグがっ……ちょうど六枚しかなかったのにぃ……!」


 床には、コニーとボクのお決まりの遊び道具である透明な板──魔素合戦マナゲーム用の”タグ”が、変わり果てた姿で散らばっていた。

 彼女が言うには、試しに起動してみただけなのに……とのことだ。


 ぴょこんと上を向いていたコニーのウサギ耳が、宝物を失くしたショックでみるみるしおれていく。

 ボクはどうはげませばいいやら、すぐに言葉が見つけられなかった。


「二人とも、どうかしたの?」


「ろぜったぁ~~! みて、これ……タグが、こ、こわれ……」


「あらま〜」


 ロゼッタさんが魔力を込めて腕を振ると、破片はへんたちがフワフワ集まったが……元通りにくっつく気配はない。

 ピースが欠けたパズルのように、何かが足りない様子だ。


「ど、どう? なおらない……?」


「これは……内蔵ないぞう魔素マナが切れてるみたいだわ。買い替え時だったんじゃないかしらねぇ~」


「ええ~っ! こまるぅ!」


「魔道具が壊れた時は、術式を再現できれば直せるのだけど……。タグの場合は複雑だから難しいわねぇ」


 コニーはうなだれて、ぷるぷると小刻みに震えた。

 今日ばかりはいつもの元気をどこかへやってしまったみたいだ。


「仕方ないよ、コニー。……今日は何か、他のことして遊ぼっか?」


「やらぁ〜〜! あたしは魔素合戦マナゲームがしたいのぉ~!」


 彼女は混乱した気持ちをどうしていいやらか、頭をぐりぐり押し付けてきた。


「んぎゃ、やめっ……くすぐったいよ……」


 ロゼッタさんは仕方ないわという目配せを送ってきた。

 ううん、コニーの気持ちが落ち着くまで受け止めてあげてってことですか。ふわふわだから、いいですけど……。


 ふいに、眠そうな低い声が聞こえた。

「──じゃ、買いに行くかァ? 北の王国に」


 背後から聞こえた声の主は……バル様だ。いつのまに食堂に来ていたんだろう。


「……バルさまぁ!? おはよー! えっ、えっ! 買い物いけるのっ?」


 コニーはさっきまでのご機嫌ななめを吹き飛ばすように跳ね起きた。


「ああ、たまにはいいだろう。もともと王国で済ませたい用事があったからなァ」


「やったーーっ! バルさま、さっすがー! すてきー! かっこいー! したくしてきまーす!」


 そう言うと彼女は子犬みたいにはずみながら、廊下へ飛び出していった。

 はあ、あっという間にいつものコニーだ。なんだか少し、うらやましい。


 ロゼッタさんはそれを見送りながら、タグの破片を浮遊させてゴミ箱へと導いた。


「……陛下、おつとめはよろしいのですか?」


「昨日かえした分までで、しばらくは十分だろう。城に引きこもってばかりじゃ身体がなまるしなァ。急で悪いが、支度を頼む」


かしこまりました~」


「マコ、オマエも来い! 北の王国に行くぞ!」


「えっ、はい!」


 願ってもない話だった。

 北の王国。以前いた世界の手がかりを探すため、チャンスがあれば行きたいと思っていた場所だ。



 それから一旦部屋に戻って荷造りをしたが、自分の持ち物といえばロゼッタさんがくれた着替えしかない。

 ボクはロゼッタさんのところへ行って、食料や携行品トライネントを詰め込むのを手伝うことにした。


 彼女の荷物は身体の半分くらいもある大きな背負せおかばんだ。

 ずっしり重たく、左右に張り出している。数日かけて山登りに挑むかのような重装備だ。


 それでもまだ足りないとばかりに、ロゼッタさんはせかせかと缶詰や着替えをぎゅうぎゅう鞄の中に押し込み続けている。


「……あのう、ロゼッタさん。北の王国って、実はけっこう遠いんですか?」


「あら、マコちゃんは知らなかったかしら。地図を見せるわね」


「は、はい。お願いします」


 彼女は大荷物の中に腕を突っ込んで、くたくたの巻物を引っ張り出した。

 広げてみるとそれは、二枚組みの地図のようだった。


「この三角大陸トライネントは、世界ニームアースの中でも特に大きな大陸なの。わかりやすい形だから、すぐ覚えられるわ」


 彼女は、一枚目の地図の真ん中あたりを指しながら言った。少しかたむいた三角形と、その周りにはいびつな形の島々が不規則に並んでいる。


「ニーム、アース……」


 ……ひとまず復唱した。それが、この世界の名前。

 馴染なじみない響きだし、元の世界とは似ても似つかない地形だった。


 ロゼッタさんは地図をめくって二枚目を見せてくれた。大きな三角形だけが描かれている。

 どうやらこっちは、この大陸だけを拡大した地図みたいだ。


「私たちが今いる魔王城は、ここね」


 とん、とロゼッタさんが指したのは三角形の右下。つまり、三角大陸トライネントの南東。装飾文字は”東の火山”、”魔王城”と書かれている……と思う。

 ボクにはまだ断片的にしか読めないけど、おそらく。


「このお城、わりと大きいと思うんですけど……。地図にはただの点しか描かれてないですね?」


「大きさは地図の通りよ〜。陛下ったら散歩にでも行くようにおっしゃるけど、数週間は見たほうがいいわ。ちょっとした旅行になるわねぇ」


「そうなんですか」


「ふふ、陛下にはよくあることだわ。……私たちの目的地は、ここよ」


 ロゼッタさんは指をすべらせ、三角形の北側の頂点近くを示した。そこに”北の王国”があるようだ。


はしからはしじゃないですか!」


「そうねぇ。真ん中までいいとして、そこからの北上手段は考えておかないといけないわ。普段は魔素マナ動力どうりょくの乗り物を借りるのだけど、数が少ないから貴重なのよね〜」


魔素マナの、乗り物……? あの、魔法でパパッとワープで行けたりとかは……できないんですか?」


「残念だけど、空間移動系の魔法は扱いがとても難しいの。私が知る限りこの大陸じゃ使い手は二人しか……あ、陛下ではないわよ」


「そ、そうですか……」


 ボクは未知の乗り物の形を想像したあと、魔王であるバル様も使えない魔法の使い手が居ることに、うっすらと寒気を覚えた。



 * * * * * * *



 やっと全ての荷造りを終え、ボクたちは城の正門前に並んだ。

 ロゼッタさんもコニーも、身軽で動きやすそうな服に着替えている。


「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


「おう、ダイダロス! 留守は頼んだぞ」


 魔王城の外は、ところどころで炎の柱があがる地獄のような光景だ。早くも汗がにじんでくる……。

 うう、服を汚してしまうかもしれない。ボクは出発早々なのに、つい弱音がでてしまった。


「バル様。もしかしてここから、徒歩ですか……?」


「まさか。さっき古い友人を呼んだところでなァ、そいつの力を借りる。もうそろそろ着くと思うんだが──おおっ!」


 彼は、嬉しそうに空を見上げた。つられて視線を追うと──はるか遠くに、小さな影が見えた。

 鳥か何かだろうか。翼をはばたかせて近づいてくる。


 いや……小さくはない。ぐんぐんと大きく見えてくる。

 どんどん近づいて、まだ大きくなって……途中で遠近感が麻痺してしまった。

 ここまで巨大な生き物が空を飛ぶなんて、実際に目にしてもまだ信じがたい。

 

 それはくじらのような巨躯の、りゅう──だった。

 そんな生き物は初めて目にするけれど、適切な呼び方はそれ以外に知らない。


 ──ズズゥーーン……!


 目の前に舞い降りた巨竜は、見上げても視界に収まらないほど大きい。

 乳白色にゅうはくしょくの鱗が日の光を浴びて燦然さんぜんと輝き、空を覆う大きな翼がボクたちに影を落とした。


「クルルルル……」


 白い竜は穏やかな瞳をきらきら輝かせ、紳士的に首を下げた。


「シャルアロ、久しぶりだなァ! 悪いが、祭壇さいだんの少し先あたりまで乗っけてくれるか?」


「クルルッ……!」


 シャルアロと呼ばれた竜はバル様に応え、地面にぴったりとお腹をつけてうずくまった。

 背中に乗るよううながしているみたいだ。

 

 バル様とのやりとりは短かったけど、巨体から受ける威圧感や恐怖はすぐに解消された。シャルアロのしぐさの一つ一つから、優しさと知性を感じる。


「わあ! かっこいー! シャルアロさん、はじめまして! よろしくねー!」

 いち早く嬉々として飛び乗ったのは、コニーだ。

 シャルアロの背中は大きく、身体を預けてもびくともしないらしい。


「私も失礼しますね~、今回もよろしくお願いします」

 次に、ロゼッタさんが竜の足をつたってよいしょと登った。


「……すべって落っこちたり、しないですよね?」


 ボクは二人のすぐ後には続けなかった。

 コニーとロゼッタさんは当然のように乗り込んだし、信じないわけではないけど。


「クハハ、シャルアロの滑空の巧さは俺が保証しよう。まァ、万が一の時は俺が救けてやる」


 うう、バル様がそう言うなら大丈夫なのかな……。意を決して歩を進めよう。


「わ、わかりました。それでは乗せてもら……あっうっ」


 しかし、登ろうとしてもうまく足が届かなかった。以前の身体だったらこんなことはないのに……。


「マコ、何やってんだ」


「あっ──!?」

 返事をする間も無く、身体がふわりと宙に浮いた。 


「よっと、ほら」


 バル様に、抱きかかえられて──

 彼はひょいっと跳躍すると、竜の背の上でボクを降ろした。


「あ、ありがとうございます……」


 お、お姫様だっこ、された……!?

 一瞬だけど、背中と腰にたくましい腕で包まれた感触が残っている。

 

 こんな風に抱えられるなんて考えたこともなかった。初めてだ、こんなこと……。

 硬直したまま、なぜだか顔が火照ほてってくる。


「シャルアロ、全員乗ったぞー。翔んでくれ!」


「クルルッ!」


 足元で竜の背中が脈動みゃくどうした。

 ひゅんと身体が浮いて、地面が遠ざかる。


「うあっ!?」

 激しい振動で、ボクはバランスを崩して──あっ、落ちる──!

 そう思った瞬間、頭の奥でぴりっと魔素マナの感覚が走った。


 ──フォォン……!

 すると風の膜が出現して、身体が空中で押し戻された。魔素合戦マナゲームの癖で反射的に魔素マナを練れたみたいだ。


「マコッ!」

 バル様がボクの手を掴んで、竜の背に引き戻してくれた。


「あ、あぶなかった……。ありがとうございます」


「これは……、風のバリアか?」


「すみません! なんか出しちゃいました……」

 

 ボクの魔力で作られた”風の膜”は、竜の翼の付け根あたりまでの小さな空間を包んでいる。

 シャルアロはどんどん高度をあげていったが、バリアのおかげか気温の低下や逆風による不快感は無かった。


「マコちゃん、この魔法とってもいいわね! 快適だわぁ〜」


「ああ、素晴らしいぞマコ! だが、足元には気をつけろよ!」


 バル様は、わしわしとボクの頭を撫でた。


「あはは、よかった……です」



 シャルアロは空を泳ぐようにして、速度を上げていった。

 背後の魔王城は遠ざかり、やがて山の向こうに隠れて見えなくなった。



 ……これから北の王国へ行って、元の世界の手がかりは見つかるだろうか。


 この身体になって戸惑うことばかりだけど……。魔法を使えることは嬉しいな、とは思えた。

 こうやってみんなの役に立てるなら、新しい自分ももしかしたら好きになれるのかもしれない。


 そして、ボクは……、

 どうしてか、彼に触れられたところが、ずっと温かいような気がした。

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