第23話 そんなもん

 衝撃とともに、はじき飛ばされた。

 音がないのが不思議で、宝は遠くに投げ出されていた。

 受け身も取れずに地面を転がる――鈍くいやな音が聞こえ、まともに身体の下敷きにしてしまった左腕が灼熱感に包まれた。

「う……あぁ……!」

 灼熱は一瞬で痛みに転じる。

「――宝!」

 あざみの声がした。それで自分の聴覚が戻っていることに気がついた。

 左腕は灼熱感と痛みで包まれていた。折れたのだと理解した宝は、大きく口を開けてあえいでいた。

「う……っ!」

「宝、大丈夫か!?」

 目を開けると、宝をあざみたちがのぞきこんでいる。

「おまえなにしたんだよ!」

 腕をおさえ、宝は灯の手を借りてゆっくり身体を起こした。痛みに吐き気がする。左腕だけでなく、背や足などにも痛みの火が灯っている。

 歯を食いしばってこらえ、宝はあたりを見回した。

 そこにあるのは、変哲もない洞窟だった。

 粉みじんになった結界の残骸が、壁際に吹き溜まっている。裏路地に吹きだまるゴミを思い出す光景だった。

 残骸にまみれた速水がうずくまる姿が、あざみの持つ懐中電灯の光に照らし出されていた。

 そのわきに、ぼんやりとした影がある。

「……ババア」

 輪郭の曖昧な影、ちいさく縮んだ老婆の頭がついている。

 眼光ばかりがするどく、宝を見据えていた。

 俗世でいわれる悪霊――そのままの姿に見える。

 速水の身体から抜け出したのか、衝撃ではじき飛ばされたのか――それは総代の魂だった。

『なにをした』

 問う声に、宝は背後を見やる。

 邪気もなにもない。暗い洞窟がそこにある。

「壊しました。俺の力を注ぎまくって、破裂させたんです」

「なに話してんの? ばーさんなにいってんの?」

「あっちゃん黙って」

「ともさん見えてんの? 聞こえてる? 俺だけ退けモンかよ」

「黙っててよもう、後で教えるから」

『惜しい、おまえの力……どうあっても』

 総代の影が音もなく近づこうとする。

 憑依が得意な老婆に対し、潤沢とはいえ宝は力を使い過ぎている――しかも、これほど使ったのははじめての経験だ。強いめまいがし、吐いた息はふるえていた。腕の痛みで、身をかわすこともできそうにない。

 宝は老婆に――自分の祖母に向かって首を振っていた。憎んでいても血縁者だ。醜い妄執をまとった姿を、これ以上見たくなかった。

「あなたがしたことは、全部無駄になりまった」

「噛んでんじゃねーよ」

「黙って」

 軽く吹き出したあざみをいさめ、灯もまた懐中電灯の光を総代に向けた。

『すぐに済む』

「あきらめてください。自分の身体に戻って、贄の件を……」

 宝の言葉は途切れた。

 老婆の身体に戻った総代に、謝罪でもさせるか――贄の件は、総代だけの問題ではないはずだ。

 どうすれば、なにをすればいいのか。

 迷いの生じた宝を見て、総代は醜悪に顔を歪めた。

 総代が口を開きなにか続けようとしたときだ。

 どこからともなく飛び出してきた桜子が、その首筋に食らいついた。

 けだものさながらの動きだった。

「桜子さん……!」

「さくちゃん!? そんなもん食ったらいかん!」

 灯の悲鳴が洞窟に響く。

 総代の魂は地面に引き倒され、ごぼごぼと――まるで生身のようないやな音を発した。

 その音が聞こえなくなるのと、食いつかれた首筋から総代の魂が塵になって瓦解していくのは同時だった。

 くわえていた総代の魂が消え失せると、桜子はその場にへたりこんだ。

「桜子さん」

 桜子はこたえない。

 両手をきつくにぎりしめた彼女の肩を、宝はそっと抱き寄せた。それだけの動きでも、宝は涙が出そうなくらい痛くてたまらない。

「桜子さん……頭を持って、ここを出ましょう」

 肩をふるわせた桜子が、顔をくしゃくしゃにした。

「……鵺は、つくっちゃいけないものなんだよ」

「俺が当主になったら、解禁します」

 宝を見上げ、桜子はへの字口になる。鼻水が垂れていて、桜子はにぎりこぶしでそれをぬぐった。

「無茶だよぅ」

「無茶じゃない。解禁しても大丈夫です。こんな術、そこらの小物に使えるものじゃないです」

「いい切った……宝、けっこう自信家だろ」

 あざみを振り返って、宝は肩をすくめる。痛みが全身を包みこみ、歯を食いしばった。

 灯が割りんで、あざみの脇腹を叩いた。

「話なんて後にしてよ、はーちゃんも病院に連れていかないと。たかちゃん、腕は? ハシゴのぼれる?」

「のぼるしか……」

 それらは杞憂だった。

 あたりは無人ではなかった。

 ハシゴなどを設置していた倉部建設の従業員が、近場の休憩所にいたのだ。地下から発した衝撃波から、また崩落ではないか、と様子を見にきて――宝たちを発見してくれた。

 地下には怪我をした未成年が五人。

 いい逃れをする猶予はなく、この日も救急車が呼ばれることになった。

 おなじ病院に搬送され、記録から先日搬送されたのとおなじ面々だと知れ、ひとり身元の知れない顔がある。

 騒ぎになった。

 叱られるだけならまだいい――病院の裏手、停められていた車で近江家総代が息絶えているのも見つかり、駆けつけた宝の両親は桜子の姿に気がついてしまった。

 宝の両親も能力者だ。

 年若い義母はともかく、父は失踪した桜子を知っている。幼いころには一緒に遊んだことがあり、人外の気配に包まれた少女の姿に息を呑んだ。

「……宝、なにがあったんだ。おまえの封も」

 治療を受けた宝は、観念せざるを得なかった。

 父の様子では、総代の所業を知らないのだろう。

 ――ひとまずすべてが、白日の下に引き出される。

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