第19話 いつからそうして

 結界のふちぎりぎりのところから、灯と速水が懐中電灯を向けてくれていた。

 道具があり、ふたりがかりで掘っている。

 堀り進むのは順調だった。

 一メートルほど掘っていくと、コンクリートの形状が変わった。

 露出し屹立している壁と違う、土台部分が現れたのだ。

 そこまで掘り進めると、足場が円錐を逆さにしたようなかたちになっていった。足場が次第に狭くなっていくのは仕方がないが、ふたり同時に作業をするにはいささか窮屈である。

 しかたなく、宝とあざみは交代で掘り進めることにした。

 掘れば掘るほど土が水気を含み、重さが増す。

 腕と肩どころか、背中や脇腹も披露で強張ってきていた。ひたいやシャツの下が汗ばみ、何度も息をつく。掘り進めると、土の質も若干変わったようでねっとりしはじめている。

「悪い、こっちがわに入って、手元を照らしてくれる?」

 うつむいて堀り進めているあざみの頭上、宝は結界の外に声をかける。

 掘り進めていくと、それまで充分明るかった手元に影が落ちてきた。地面を掘るだけだが、手元は明るいほうが作業はしやすい。

 投光器の役割を果たすような機材は、残念ながら用意していなかった。地上の倉部建設の荷物を漁ればあるかもしれないが、もう戻って入る場合ではない。

「穴のなかを照らす感じだから、そっちで持ってるより手は疲れないと思うんだけど」

 穴のなかにいるあざみの目線は、宝よりも低くなっている。

 顔を上げたあざみがぽかんとした。

 彼の位置からは、速水のスカートの下が見える――そう気がついて宝があわてかけたとき、あざみが目を逸らさずに口を開いた。

「速水ちゃん、どうした?」

 表情の消えたあざみの顔つきに、宝は鳥肌を立てていた。

「杖は?」

 ふっと沈黙が降りた。

「ふつうに歩いてたけど、速水ちゃんリハビリ中じゃなかったっけ」

 宝は勢いをつけて速水を見る。

 速水は笑顔である。

「あれ……そういえば、はーちゃん」

 笑顔の速水は、懐中電灯を持っていた手を動かした。

 大きく弧を描いたそれは、灯の側頭部を強打する。

 重い音と、灯のうめく声――うずくまった灯の頭をつかみ、速水は懐中電灯を放り出した。

「きゃあ……!」

 遠くにはじき飛ばされた灯の眼鏡が、地面に落ちる音がした。その横にいた桜子が、一気に後方に飛び退る。動物めいた動きだったが、速水は一顧だにしなかった。

「さあ、掘るんだ」

 速水が口を開く。

「掘れ。もうちょっと掘れば、目当てのものがあるぞ」

 だが速水の声ではなかった。

 ――老いた女の声。

「……ババア」

 宝のつぶやきに、速水は引き攣るような笑い声を上げる。

 笑いながらつかんでいる灯の頭をひねった。灯がうめき、顔を歪めた。

「掘らねば、この娘を切る。さあ掘れ」

 空いたもう一方の手で、速水は刀印をつくった。

「なに――はーちゃ、ん……こんな」

 涙を浮かべた灯に速水はこたえず、頭をつかんだ手をさらにひねった。

「い……っ!」

「おとなしくしていろ。さあ宝、おまえも掘れ」

 宝は地面の穴のへりに降りた。

 速水の口から出てくる声は――近江家総代のものだ。

 宝の祖母である。

 東風ヶ丘のときに起こったのとおなじ現象だ。桜子が彼の体内に憑依し、東風ヶ丘の口を借りて話したときとおなじ。

「休むな、掘れ」

 奥歯を噛みしめ、宝は土を掘る。

 ざくりざくりと、湿った土が掻き出される。

 途中、何度かあざみと目が合った。

 ――どういうこと?

 あざみの目はそう問いかけてくる。

 宝にもさっぱりわからない。

 ちらちらうかがうが、灯の頭をつかんだ速水の姿勢は変わらない。威嚇するような動物めいた動きで、桜子がうなりながら速水の周囲をぐるぐるまわっていた。

 速水の口から総代の声が飛び出て以降、宝の心臓はいやな鼓動を続けている。

 緊張し、警戒し、興奮している。頭がひどく熱く脈打っている。窒息でもしているような感覚――それらの根底にあるのは憎悪だ。

 宝は近江の家が嫌いだった。

 分家やそれぞれの家に出入りするもの、顧客たちの誰もが近江に媚びる。それは近江ではなく、総代に対する態度である。

 総代は家を尊重した。

 家の拡大のために尽力を惜しまず、その手腕は舌を巻くほどだ。しかしそのための手段を選ばないひとでもあった。宝が幼いころから態度や方針は変わっていない。

 ひとをひととも思わぬ、というのは総代の――祖母のためにある言葉だ、と宝は幼いころから胸に刻みつけていた。

 総代にとって大切なものは家で、家の役に立たないものはすべて無用の長物だ。

 孫である宝の能力が強すぎるとわかったとき、総代はなにかに使えないかと模索したそうだ。

 だから宝の能力を封印することに反対した。

 それらを宝は、ほかならぬ総代から聞かされていた。

 封印を施し直すとき、かならず総代は現れる。

 宝を値踏みする目で見つめた。

 総代に育てられた宝の父は、老婆のいいなりだ。

 宝を出産後、母はあらたな子供に恵まれなかった。

 そのため父と離縁させられた――総代の命令である。

 現在宝の母として家にいるのは、父にとって四人目の妻だ。

 祖母は孫を欲しがっている。力の強すぎる宝ではなく、適切な能力を持ち、近江を背負って立てる孫。

 だが宝以降、両親は子供に恵まれないでいる。

 病院で検査をしても、父も母も生殖能力は問題ないらしい。問題になるとすれば、父の年齢が高くなりつつあることだ。しかしどの妻も若かった。それでも子宝に恵まれない。依然宝はひとりっこのままである。

 時折顔を合わせることになる宝は、総代に近江の家督の価値と指命について聞かされていた。

 ――おまえの役目は、跡取りをもうけること。

 強すぎて使えない能力など、ただの毒とおなじだ。

 秘すれども公になることはない。

 父と後妻の子宝をあきらめていない様子だが、おまえにはそれのみを求めている、と総代は宝に何度も告げた。

 宝のすべてが筒抜けになっている。

 小学校六年生のときに精通があり、以来何度も女性をあてがおうとしてくる。さすがにそれははやすぎる、と義母が異を唱えていたが、黙殺されていた。

 総代は宝に父親としての役割を一切求めていない。ただの種馬であればいいのだ。

 その総代が――なにを考え、速水の身体を借りているのか。

 シャベルの先が土台部分をかすめたのだろう、金属独特の空気をふるわせる音が響いた。あざみのシャベルだ。

「いってぇ!」

 長い時間シャベルを扱い、凝っていた指先に激しい震動が伝われば痛みとなる。

 あざみはシャベルを放り出していた。両手を振り、歯を食いしばっていり、身体を小刻みに揺すっている。

「い……っでぇ!」

「桂馬くん、大丈夫か!?」

「うーわ、びっくりするくらい、まじいてぇ。ありえん」

「さぼるな」

 総代の声が割って入る。

「そんないい方すんなら、ちっとは自分でやってみろよ!」

 噛みついたあざみに、速水の顔が軽蔑を浮かべる。

「ずいぶんと汚い言葉だな。桂馬の恥め」

「他人の身体使って暴力ふるうババアよりいいですよ、なにを考えてるんですか。近江の恥です」

 音がしないのが不思議なくらい烈しい目つきで、速水――総代は宝をにらんだ。

「おまえに近江のなにがわかる」

「わかりませんよ。近江が嫌いですから」

「愚かものが!」

「意見の合わない相手は愚かですか。頭がかたいのもほどほどに」

 宝はシャベルを放り出す。

「土台部分がかなり露出しました。満足ですか?」

「そうか。桜子、おまえの頭がある場所を教えてやれ」

 桜子は四つ足の動物よろしく四つん這いになり、腰を高く掲げた姿勢で威嚇している。

「鵺をつくるときに、混ぜものをするな」

「……人間か人間じゃないか、骨を見ただけはわかりません」

 桜子の骨以外が混じっている気配は感覚でなんとなくわかっていたが、取り合っている余裕などなかった――鵺ができればよかったのだから。いまの桜子の状態を目にすると、その考えが間違っていたように思える。だがそれはいま取り合うところではない。

 速水から目を逸らさず、桜子はじりじりと宝が張った結界に近寄った。

「どうして……桜子さんの骨がここにあったんですか? 贄だなんて、どういうことですか」

「知らずともよい」

「そうやって自分勝手にやるから、あなたは人望がないんです」

 不快そうな顔をした速水は、ややあって壁をあごでしめした。

「恐怖政治でも目指しているんですか?」

「――その先にあるものを、知っているか」

「知ってるとかありえんだろ、阿呆。樹海の地下なんか初体験だっちゅーの」

「ここは霊峰富士が跳ね除けた邪気が溜まる場所だ。邪気がよそに流れれば、天変地異が起きかねん。随所に眠っている悪霊も、力をつけかねない。ここで邪気の流出を留めておかねばならない」

 灯の頭を放し、速水は何歩か後退した。その様子には足を負傷した気配はない。

 脚部を見つめる宝の視線に気がついたらしく、速水は低く笑った。

「痛みなど、わしには関係ない。好きに使わせてもらう」

「はーちゃんから出ていって!」

 頭部をさすり叫んだ灯に向かって、速水は刀印を自分の首に向けた。

「この娘を傷つけたくなければ、宝たちのところにいけ。離れろ」

「やめて……!」

「したがえ」

 憑依した総代に、速水を人質にされ――灯は蒼白な顔をしてしたがった。

「いつから……速水さんのなかに?」

「病室からだ」

「なぁにが病室からだ、だ」

 口調を真似て、あざみが食ってかかる。

「んな指だけでなにができるってんだよ、バキューンつったとこで、ほんとに弾丸が出るわけじゃないだろうが!」

「黙れ」

 刀印を結んでいた指があざみの足元に向けられた。

「どん」

 速水の口からそう短くいい放たれると同時に、あざみの足元でなにかが破裂する。地面に穴が穿たれ、ありえんとあざみがつぶやいた。

「やだ……あれ」

 緊迫した灯の声に引かれるように、それぞれの目が速水の背後――迫りつつ黒い蔓に向けられる。

 そちらを確認もせず、気構えない態度で速水は振り向き、刀印を振るう。

 たったそれだけの所作で、壁面を覆っていた蔓が一掃された。

 あざみは眉をひそめ、宝は拍手をした。

「まったく、勝手な真似をしおって。桜子をここから出せば、邪気が好き放題に出ていくというのに」

「俺ら、そんなん知らねーし。つぅか、さくちゃん出す前からおもてにいたぞ、黒いやつら」

「ああ、そうだ。桜子だけでは、長く保たなかった」

「もういやだ!」

 桜子が叫んだ。

 速水以外のものが、その場で目を剥いた。

 ひどい声だ――これほど絶望した声を聞くのははじめてだった。

「もう贄はいやだ! 帰る! 家に帰る!」

「おまえは死んでおる、どこに帰るというつもりだ?」

「死んだんじゃない! おまえに殺されたんだ!」

 速水が口のはしをつり上げた。

 笑顔なのだろう――しかし笑顔というには禍々しい。

 小旅行のバスで合流してから目にしてきた、本来の速水のものとまったく違う。中身が入れ替わっただけで、これほどまでに不快なものになってしまうのか。

 対峙した一同が声をなくしたのがおもしろいのか、くつくつと速水はのどをふるわせる。

「桜子に限ったことではない。宝、おまえの封印と一緒だ。次第に効力が弱まる。弱まれば、あらたに封印を施す」

「では……桜子さんの前にも」

「そうだ。桜子は十年しか保たなんだ」

「ちょっと、まさか時々失踪してるひとって」

「想像のたくましい娘だな。全員が全員ではないぞ」

 示し合わせたように、みんなして口をつぐんだ。

 宝が横目であざみや灯をうかがった。あざみや灯も、宝とおなじく顔色をうかがっていた。

 考えたことは、おそらくおなじだ。

「今回はおまえたちだ」


 予想通りの言葉に、宝たちは凍りついていた。

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