第15話 出てきてしまった

 転がりこんできた宝に驚いた様子だったが、桂馬の家はこころよく迎え入れてくれた。

 崩落の件は、どの家にもただの事故として伝達されているらしい。

 宝が予想していたような聞き取り調査が、小旅行の参加者それぞれに実施されることはなかった――それによって、宝は腹をくくらねばならないと自覚することになる。

 ――総代は、ことをおさめるつもりはないのだ。

「桂馬くんとは、事故がきっかけで親しくなったんです」

 そういって宝が笑顔を振りまくと、あざみの母は相好を崩した。

 彼女は退院した宝が二日カプセルホテルに泊まり、自宅に戻っていないことを知らない――それは近江の家が、外部に宝のことを漏らしていない、ということだ。

 もしかすると、尾行するものがあるかもしれない、と警戒していたが、それらしきものも感じられなかった。

「この子ったら、口が悪いでしょう? 宝くんのこと見習ってくれるといいんだけど」

 お茶を運び、そのままひざを折って話しはじめる母親を、あざみは遠慮なくにらんでいる。

「おふくろ、もう出てけって」

「あざみくん、はっきりした性格でいいと思いますよ」

「そうかしらねぇ。まじめに鍛錬もしないし、この先思いやられるわぁ」

「おふくろ、無駄話してねぇで、もういけって」

 客間に居座って世間話を続ける母親に、あざみは焦れて低い声を出した。

「ね、陰険な顔するでしょう?」

 同意を求められた宝は、曖昧に笑い返した。

「この陰険なツラは親譲りだ。なんかあったら声かけるから、さっさといけって」

「誰に似たんだか……」

 よっこいしょ、と母親が出ていくと、あざみは閉じられたドアに向かって、

「残念ながらあんた似だ」

 悪態をつく横顔に、宝は吹き出した。

「……あんだよ」

「うん、ほんとにお母さん似ですね」

 遺伝子の底力を感じるほど、母子の顔立ちはよく似ている。なのにあざみは凶悪なご面相で、彼の母親はひとのよさそうな印象になっていた。

「まじかよ、ありえん」

「親なんだから、どこかしら似ますよ」

 宝が持ちこんだボストンバッグを開くと、桜子がするりと姿を現した。

 ほかにも荷物があって身体が入るはずのない空間であっても、桜子は質量を無視して身をひそませることが可能だった。重さもないから、運搬に支障はない。空になったボストンバッグのチャックをしめ、胸ポケットに入ってもらってもよかったのか、と宝はいまさら思った。

「お邪魔しまーす」

 水玉のワンピースを着た桜子は、どこからどう見ても普通の少女である。どこかに潜ませることができるためワンピースしか調達していないが、靴なども用意しておいたほうがいいかもしれない。

「ほれ、さくちゃん、今度はつぶあんだ。ここのおはぎ、うまいらしいぞ」

 あざみが差し出した包みを、桜子は笑顔で受け取る。

「えー、こしあん好きになったとこなのにぃ」

「なら食うな」

 包みを取り、桜子は五つあったおはぎをぺろりと平らげた。

「余裕で俺らの分残さねぇんだな」

「おいしかった!」

 今度はボストンバッグに手を入れ、桜子はチョコレートを取り出した。こちらも順調に飲みこんでいく。

「よく食うなぁ」

「ここまで甘党なのも、すごいですね」

「甘いの好きぃ」

 まるめられたチョコレートの銀紙が、くずかごに投げ入れられるのをふたりは黙って見届けた。

 かさり、と銀紙がくずかごの底に落ちる音を聞いたふたりは、なんとなくそれを合図に顔を見合わせた。

 あざみは座布団にすわったまま、畳をカーリングの玉のようにすべる。

 宝の正面であざみは器用に止まる。

「――で、おまえはどうするつもりだよ」

 宝もすわった座布団で、畳の上をすべってみた。

 清掃された八畳の和室だ、よけいな家具にないため、うまく勢いがつくとけっこうな距離をすべる。

 壁際まで順調にすべってみると、なかなかおもしろかった。

「向こうの出方を見るしかないです」

「なんか悠長じゃねぇ?」

 機嫌の悪そうな口調だが、それが平常のものなのだと宝は気がついていた。

「じゃあ、仕掛けますか?」

「なにすんの?」

 ざーっ、と音を立て、宝の後を追うようにあざみは座布団ですべる。

「桜子さんを連れて、総代に会いにいきましょうか」

 桜子が両手を上げた。

「いってきまーす」

「待てよ、待てって。前提としておまえがいってる、その――まじで総代がなんかやらかしてる、ってーのがほんとなのか、そっちから確かめないとやばくね? 宝、ちっと先走ってねぇか?」

「確認の意味もこめて、総代のところに」

「おまえ、総代のことんなっと……目の色変わってんぞ」

「そうでしょうね」

 隠す気など、宝にはさらさらない。

「……そんなに自分のばーさん嫌いか?」

「嫌いです。桂馬くんはあのババアが好きですか?」

 ざーっ、とあざみは座布団ですべって宝から離れ、また戻ってくる。

 口を尖らせ気まずそうにしていた。

 自分は口が悪いくせに、他人の悪意にふれるのは苦手らしい。邪険に扱っていたが、母親に対しても憎悪があるわけではないのだ。

「……好きも嫌いも、総代とそんなにつき合い自体ねぇよ」

「あちらもそうだと思いますよ。世間一般でいわれるような孫とのつき合いを、あちらもする気はないでしょう」

 桜子がボストンバッグを漁っている。そこからのぞいているのは、着替えなど日用品だ。

「ねえ、もうなにもないのー?」

 桜子の声と同時に、ずくんと床から突き上げるものを感じた。

「あ? 地震?」

 あざみが部屋の蛍光灯のコードを見上げた。

 宝もつられるように見上げる。

「これ」

「なんだこれ」

 天井が真っ黒になっている。

「すごい! まっくろ! 海苔みたい!」

 あははは、と桜子が笑い、同時に天井がふるえた。

 びたん、と黒い表面を波打たせ、黒い天井の表面積が増えた。壁へとそれは広がり、あっという間に四方を黒く染めていく。

「これ――」

 あざみが全身に鳥肌を立てているのがわかる。

「あそこにいたのと、同列のようですね」

 樹海の地下、洞窟にいた黒い影――あれとおなじものを宝は感じ取った。あざみも同様だろう。黒い壁面をにらむ横顔は強張っている。

 加護――封印を解いたままの宝にも、あざみとおなじものが見えている。すなわち、灯や速水とおなじものを感知できる状態だ。

 封印が解けていることは、おそらく、実家に知られている。宝が自宅に戻らなかったのは、帰宅して再度封印をされても面倒だからである。

 病院にも近江の家のものは訪れなかった。

 財布に入っていたキャッシュカードで、銀行の預金は入院中に下ろした。いままでしたアルバイト代だけなので、たいした額ではない。親の名義で登録されている携帯電話は解約されないままで、実家がどう動くつもりか宝ははかりかねていた。

 地下洞窟で速水が宝の封印を解いたとたんに、遠巻きに壁をつくっていた黒い影たちは消えていた。

 退いたのか、消失したのか。

 その場で判断も追跡もしなかったが、退いたのだろうと考えていた。

「なんというか……追ってきたんですね」

「追うって、なんでだよ!?」

 あざみの声は上擦っている。

「あたしが出てきちゃったからだよ」

 ボストンバッグを漁る手を休めず、桜子はいう。

「あたしで封印してたんだもん」

「はあ!?」

「首だけじゃ、おさえ切れないんですね」

 鵺をつくる際、首は手に入らないままだった。

 おそらくあそこに残されているはずだ――見つけられなかっただけのこと。

「ねー。封印してたあたしのこと、怒ってるのかもしんない。追っかけてくるとか、しつこいよねぇ」

「なにいってんの!? なにが起きてんだよこれ!」

 中腰になって、あざみが声が張り上げる。

「なにが起きているのか知りたいですか?」

「おまえは知ってんのかよ!」

「いいえ。でも知るつもりでいます」

「なら……」

 いやなものを見るような目を、あざみは宝に向けてくる。

「知ったら、それこそ桂馬くんも僕の仲間として扱われるかもしれませんよ」

「ざけんなよ! うちにきてる時点で巻きこむ気マンマンだろおまえ! ありえん!」

 宝は声を上げて笑った。

 否定などない。

 顔を歪めているあざみが、ふっとその表情をゆるめて笑った。

「……じゃあ、桜子さん、いきましょうか」

「はーい」

 バッグから個別包装のクッキーを見つけた桜子は、それを頬張りつつもいい返事をする。

 その間もじわじわと黒いものは広がっていた。四方の壁も黒く、足元――畳に浸食をはじめている。

「おい、これどうなん!? 足んとこも黒くなったら!」

「持ってかれちゃうよ」

 クッキーのかすをつけたちいさな手のひらで、桜子は黒い壁を叩いた。

 恐ろしく大きな衝撃が起きた――空間に震動が伝わり、全員の前髪がふわりと舞い上がる。宝は以前打ち上げ花火を見に出かけたときのことを思い出していた。

 衝撃が走った瞬間に、黒いものは消え去っていた。

 そこに音はなく、ただ部屋の外からあざみの母親がなにごとかと叫ぶのが聞こえた。

「あざみ、いま!」

「なんでもねーよ!」

「でも!」

「なんかあったらいうって! いいから!」

「桜子さん、バッグに」

「はいはーい、おなかすいちゃったから動くのいやになっちゃったよー」

 ボストンバッグにするりと桜子が消える。消えるとき、彼女は紙のように薄っぺらくなっていた。

「おい――宝」

「どうしますか? 近江のものがきても、知らぬ存ぜぬで通す方法もあります。嘘発見器を連れていたら、正直に話してかまいません――関わる気がない、といえばいい」

 するすると言葉が口からこぼれ出る。

 ここまでの道のりで、べつの言葉を頭のなかでずっと考えていた。あざみくんちょっと手伝ってください、と説得するような。

 しかしいざ口から出てきたのは、正反対のものだった。

 ――当のあざみを前にしたら、彼が断らないだろうと何故だか確信できたのだ。

「おまえ、関わらせる気できてたろ、まじで」

「どうでしょう。乗りかかった舟かもしれない、とは思ってますが」

 宝の笑顔に、あざみは三白眼をさらに鋭くしてにらみ返す。

「ちょうどいいわ、新しい俺のスマフォ持って出かける機会だろ。使いまくってやる」

「結局買い換えですか?」

「うるせぇ。先月のバイト代飛んでったんだぞ、ありえんだろまじで」

「バイトしてたんですか? 受験生なのに?」

「なめんな。俺成績いいんだよ」

「口は悪いのに?」

 さらにあざみは宝をにらむ。

 ボストンバッグから、うふふ、と笑い声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます