第14話 ここだけの話

 宝は、洞窟で桜子をつくり上げた。



 残っていた桜子の骨を使い、自らの体内で泉のごとく湧き続ける霊力を注ぎ、新しい桜子の身体を生成する。

 そう宝に説明されたところで、誰の頭も理解しなかった。意味が浸透しない。それを見越していたらしく、宝は理解を求めずにいた。

 頭上から身体を貫いていた加護を、速水の手で解いてもらった。

 加護は宝の能力に封をし、おもてに漏らさないためのものだ。

 宝は幼少時、無能だから隠されたのではなかった。

 能力が強すぎる子供だった。

 生まれ落ちたときに、産院周辺にあった霊的なエネルギーが流れる気脈が乱れた。

 近江家で何代か前にも同様の事例があり、そのときの人物も力が強かった――強すぎるあまり、わずか五歳で正気を失ったとされている。

 宝の両親はおなじ事態に陥る事を恐れた。

 当時、適切でないものを席から退かせよう、という動きが分家筋にあった。

 宝の父の能力はさほど強くない。

 ――もっと強いものを本家の養子に。

 霊だの怨念だのを相手にする生き方に、多かれ少なかれ飽いたり嫌悪したりするものが出る。

 その先頭に立つのが本家の当主だ。

 無力なものに一族を制することなどできない。

 では強すぎるものはどうなるだろうか――宝の両親は考えに考えた。

 あまりに強いものは害になりやすい。何代前かに五歳で正気を失ってしまったようなことになられてはいけない。

 宝の父も母も、息子の持つものを隠して育てることにした。

 ――無能なほうが生きやすい。

 加護の体裁を取りつつ、宝は力を封印された。

 封印する方法の模索に時間がかかり、周囲へのお披露目が遅れたのだ、と宝は聞かされている。

 宝にその期間の両親の懊悩は記憶にない。

 ――ただひたすら、怖いものに囲まれた悪夢のような幼年期。そんな印象とおぼろげな記憶しか残っていない。

 それ以降の記憶は、無能と分家たちに影で揶揄される針のむしろの日々だ。

 なにも持たない無能の子供。

 あんなものが本家の嫡男におさまるのは目障りだ――それを公言してはばからないものがいたのだ。

 それも時期慣れた。

 慣れないわけにはいかなかった。

 周囲の雑音よりも、我が身のことを考えなければならない。

 ほどこされる加護――宝の封印は、時間が経つと弱まってしまう。

 粘着力の弱まったテープを貼り直すように、定期的に封印を再施行しなければならない。その時期をもっとも理解するのは、体感する宝自身だ。

 宝の能力のことも、封印のことも、ひとに知られてはならない。

 知るのは少数、ごく近しいもののみだ。

 厳重な結界下で封印はおこなわれるが、そのつど全身を駆け巡る変化は、宝にすれば不快そのものだった。

 実際の能力とそれが封印されていること――もし誰かに知られたなら、今度は間引かれる可能性もあった。

 能力を抑えた間、宝はただの無力な少年だ。

 生命を狙うなら絶好の好機になる。

 力を人前で使うなら、みずからすべてを明るみにぶちまけるのとおなじことだ。

 いずれ封印を解く日がくるかもしれない。

 両親は宝に勤勉であれ、と望んだ。封印されていたとしても、自分の持つ能力がどういった術を可能とするのか、知っておいてほしいのだ、と。

 使う日がくるかどうかもわからない秘術を、宝は黙々と学んでいたのだった。

「やっておけば、無駄にならないものですね」

「なにが?」

 あざみはうさんくさそうに宝を見ている。

 こたえず、宝は手で桜子の骨をしめす。洞窟のなか、静かな声はやけに大きく響いた。

「近江の家に伝わるもので、鵺と呼んでいます」

 死したもののために新しい肉体を用意し、使役できるようにする――それが鵺だ、と。

 本来は禁忌である。

 鵺をつくり出す――ひとそろい骨格がそろっているのが望ましい。

 そろっていなくとも、頭部があるのが前提となる。

 桜子の骨はひとそろいどころか、頭部もなかった。

 不完全な材料でつくり上げた鵺が不完全なものになるのは、着手する前にわかっていた。

 それでも宝はつくろうと決めていた。

「桜子さん、それでもいいですか」

 尋ねられた桜子は了承した。

 成った鵺は、桜子の没年齢より低い姿で顕現していた。

 十歳ていどの少女の身体、白い肌は薄暗いなかでもほのかに光り、閉じたまぶたに軌跡を残していた。

 そこに東風ヶ丘から抜け出した桜子の魂は入りこむ。

 入魂はたやすいようだった。ばたばたと手足を痙攣させて暴れたと思うと、すぐ桜子は自分の二本の足で立ち上がる。

 あざみたちは成り行きを見守るしかなかった。

 鵺は人間ではない。

 魔性、魔物、妖怪、化けもの――どれも当てはまる。

「やべぇって……」

 そうかすれた一言を残し、あざみが口をつぐんだ。

 桜子の魂が鵺におさまると、洞窟内をうろうろしていた東風ヶ丘の魂は、すかさず自分の身体に戻ってきた。

 戻るなり疲弊していた東風ヶ丘の身体が反応し、その場で嘔吐をはじめた。

「東風ヶ丘さん!」

 あわてふためき硬直した男性陣をよそに、女性陣はよみがえった桜子にパーカーを着せ、東風ヶ丘が吐瀉物で窒息しないよう頭を支えたりと甲斐甲斐しく動く――動きはじめたことによって、宝が披露した秘儀の前で凍りついたようになっていた時間も動き出したのだった。

 肉体を得た桜子は会話が可能であり、意思の伝達に問題はないようで、ひとまず施術は成功と見てよかった。

「助けを呼んできてほしいんだけど……」

 全員の目が上を向く。

 夜空を切り取った亀裂――そこまで到達するためには、どうしたらいいか。

「いいよー、おっけ」

 桜子の返事は明るい。

「あそこを出ると、遊歩道があるから……朝まで待てば、誰かひとが通ると思うんだ。危険そうだったら、一度戻ってきて。もし平気そうで……道を覚えていられそうなら、道なりに戻ってバスにいってほしい。バスのなかにみんなの荷物があるんだ、多少は飲みものとか、なにか食べものを……」

「んーと」

 桜子が眉尻を下げると、灯が間に入ってくる。

「たかちゃん、いっぺんにいわないであげて。ひとまず上に出て、危険そうかそうじゃないか。黒いのとかがいて怖かったら、一回戻ってきて。大丈夫なら、しばらく遊歩道で待機」

「そうですね。もしなにかあったら、こっちからも声をかけます。動くときには声をかけてください」

「おっけー」

 軽い返事をした桜子は、空を飛ぶことはできないが、高く飛び上がることができた。

 作成した以上宝は鵺の主だ。

 東風ヶ丘の容態を思えば、早々に動いたほうがいい。

 快諾した桜子は、頭上の亀裂から出ていった。

 運よく夜半にも関わらず近隣を訪れたものがいて、気を揉む時間も短く、宝たちは救助されることになった。

 よかった、と諸手を挙げていられたのも、じつのところは外に出ていく桜子を見送ったところまでだ。

 救助が現れるまでの時間で、宝は東風ヶ丘に確認していた。

 嘘を見抜く灯の目を持ってしても、東風ヶ丘は言葉に虚偽はない――東風ヶ丘は正真正銘、引率にいけ、と指示を受けただけだった。

「東風ヶ丘さん、どうして遊歩道からこっちに入ったんですか?」

 一行は自殺防止の看板から、遊歩道のロープを越えて侵入している。

「それも指示にあったんですか?」

 東風ヶ丘は深く長い息を吐いた。

 真っ白い顔には疲労の色が濃い。

 肉体を抜け出し、黒い影から逃げ続けた東風ヶ丘の魂の疲弊を思うと、不憫になってくる。だが確かめないわけにはいかなかった。救助されたら、それ以降は全員が個々に隔離される可能性もある。

「……おもしろい気脈があるっていう話だったんだ」

「気脈」

「そうだ。それをみんなで探知するゲームをやるつもりだったんだ」

「それは東風ヶ丘さんの考えですか?」

 目に迷いが浮かんだ。

「気脈があると聞いて、東風ヶ丘さんが考えたんですか? 気脈があるから、そうしろと指示されたんですか?」

 宝は穏やかな声を心がけていた。

 東風ヶ丘は否定に首を振る。

「……総代の提案だ」

 総代――宝の祖母である。

「ゲーム自体は、もうちょっと先に入ったところでやる予定だった。空気が揺らぐから、すぐにわかるという話で……教わったあたりに近づいてみたら、地面が落っこちてな」

 うめいた東風ヶ丘の身体に、ふるえが走ったのがわかる。灯が手を貸そうとすると、東風ヶ丘は首を振る。

「……怖い思いをさせて、ほんとうにすまなかった」

「東風ヶ丘さんが謝ることじゃないでしょ、被害を受けてるのはおなじなんだから」

 灯の声は怒っていた。宝も同感だ。

「それにしても……桜子さんの魂はいるし、宝は変な術使うしで、この後どうするんだ? 宝のこと、隠してあったんなら……みんなが知ってるのはまずいんじゃないのか?」

「まずいかもしれませんね」

 胃のあたりが痛んだ。空腹が過ぎて、痛みと重苦しさが根づいたようになっている。

「んだよ、簡単にいいやがって」

「むずかしく考えることじゃないでしょう」

 なにかいおうとし、しかし東風ヶ丘は口を閉ざした。

 途方に暮れた東風ヶ丘の顔は、どことなく捨て犬を連想させるものだった――犬にしては強面で、闘犬の仲間としか思えないが。強面だったり身体の大きい犬ほど温厚だ、とどこかで聞いたことがある。

「東風ヶ丘さんは事故直後から意識不明、速水さんは発熱で昏倒、桂馬くんはたくさんの霊を見たショックで記憶が飛んで、倉部さんは倒れたみんなの看病で周囲にかまけていられなかった。俺がなにやらやっていたみたいだけど、救助がくるまで感知していられなかった、でいいんじゃないですか?」

「……おいおい、ありえんだろ、そんなん」

 東風ヶ丘に負けず劣らず、あざみの声は疲弊している。

「倉部のひとがこなければ、嘘はばれないでしょう――話を聞く場に、倉部のひとが呼ばれないわけはないと思いますが」

「いざとなったら、家に帰って大金持ち出して逃げればいっか。追っ手がかからなければ、なんとかなるっしょ」

「追っ手? 出ていくひとの話は聞いたことあるけど……出ていったら探されないんでしょう? たかちゃん、追っ手がかかったことってこれまでに……」

「あるに決まってます。裏事情を知っている人間が出奔して、ただですむと? 商売相手を思い出してください。政治家を中心に、テレビだのでよく見る顔多いでしょう」

 宝は一同の顔を見回した。

「巻きこまれた以上、観念してください」

「巻きこまれたって……おまえ。のうのうといいやがって」

「どう考えたって、事故じゃない。総代の意図です。なにを考えてるかわかりませんが、簡単に崩落が起きるとでも? その先に桜子さんがいて、わけのわからない壁がある? 救助がこない? 携帯がつながらない?」

 一息にまくしたて、宝は眉間を揉んだ。

「……力を封印されていたところで、そんな自然災害の気配を俺が感じ取らないとでも? 感じ取れない以上、誰かの工作です」

 大きく息を吸い、宝は上空を仰いだ。

「――あのババアが意味もなく行き先を指示するか!」

 宝の怒声に、しばらく言葉を発するものはなかった。

 しんとした洞窟内、ほおお、と息を吐いたのはあざみだ。なにやら感心したような息だった。

「なに、ボンボンもいい声出すじゃんか。そういうのもっと聞かせろって」

「呼んできたよー!」

 あざみの語尾に被さるように、桜子の声が降ってくる。

 思っていたよりはやく聞こえた幼い声に、誰もが息を飲んだ。

 こみ上げていた総代に対する憤りが払拭される――宝は笑顔になって叫び返していた。

「ありがとう!」



 地上に出た瞬間、宝と灯に着信が連続した。

 メールと通話の着信。

 騒々しく、輪唱となったそれは脱出した実感を後押ししてくれる。

 地上ではきちんと携帯電話とスマートフォンを使うことができた。

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