第13話 救助

 自殺者が多いといういわれのせいか、怪談話には事欠かない場所だ。

 集まった仲間――男女各二名でのドライブの車中、後部座席に押しこんだ男女をくっつけるため発案された肝試しだった。

 流していた曲を止め、短い怪談話を誰ともなく話しはじめた。

 経営難から閉鎖された火葬場での怪談話――焼き場に閉じこめられた半焼の人間が施設内を徘徊しているというもの。

 怪談スポットになっている廃屋の話――夜半に忍びこんだそこでずっとひそひそと話す声が聞こえ、それは帰宅してからもついてまわるようになったというもの。

 自宅の窓から見える月の話――窓から塀とその上の月が見えるが、近しいものが生命を落とすときにだけ赤々と燃えるようになるというもの。

 やけに安い新築マンションの話――いつも風呂場が水浸しで、室内にかすかな悪臭が漂っている。気味が悪くなって退居してみると、そこが以前水害でたくさんのひとが生命を落した地域だとわかったというもの。

 話が重なっていくなか、時刻は九時をまわっていた。

 いつからなのか誰も思い出せないでいたが、ずっと一台の車ともすれ違わない状態になっている。

 いやな雰囲気だと顔をしかめるものと、おあつらえ向きだと内心ほくそ笑むものに別れていた。

 目当ての場所で車を停め、四人とも地上に降りた。

「やだ……やっぱやめようよ」

「平気だって、ほんとに怖くなったらやめればいいんだし」

 真っ暗な樹海を散歩したくてきたわけではない。ほんとに怖くなったら、といったものの、本音では車に乗って戻りたい気分だ。

 このままちょっと肝試しをして、帰りの車でさらに怪談を披露し女性を怖がらせるのだ。

 そして帰路の途中にあるファミレスで後部座席にいた男女を降ろし、彼らをふたりきりにするところまでが今日の予定なのだ。

 降ろすときの理由は、ほかの仲間を迎えにいくといえばいいだろう。

 昼間に下調べはしたものの、奥まで入っていない。昼なお鬱蒼として、陽光の下ひとりできたことを後悔した場所である。ひとりだと怖じ気づいて引き返したが、複数人で訪れると、やけに高揚して先に進もう、という気分になる――なにより、成功裏におさめ、カップルを成立させるのだ。そんな使命感が胸に満ちている。

「なにあれ」

「バスじゃん」

「なんでバスなんて……」

 女性が怪訝そうな声を上げ、全員で恐る恐るバスに近づく。

 それは間違いなく、バスだった。

 なんでまだ、という言葉を飲みこんだ。

 それは昼間にも見かけたバスだった。駐車場にはバスが停まっているのはおかしくないが、どうしてこの時間にもまだここに、と疑問が浮かぶ。

 持参の懐中電灯で、各々がなかを確認する。

 バスのドアは開かなかったが、それは廃バスなどの怪談ネタになるような様相でない。

「きれいだし、どっかの観光会社がバス置き場にしてるとこなのかな」

「こんなとこに?」

「よくわかんないけど……廃車とかじゃなさそうじゃん?」

 昼からそこにあると口が裂けてもいえないし、理由もわからないが、幽霊絡みなどではないだろう。

「な、バスはいいから、あっちいこうぜ」

 返事を待たずに先導すると、あわてた声と足音がついてくる。

「待ってよ!」

「置いてかないでってば!」

 足を向けた遊歩道、張ってあるロープに沿って歩くなか、後部席にすわっていたふたりの距離が近くなっていっている。

 正直なところ、暗い道を歩くのは気乗りしない。人数がいるのだからなにも怖がらなくていいだろうが、それぞれの持つ懐中電灯では心許ないのだ。

 だが目的が達成できるなら、多少の怖い思いも耐えられるというものだ。

「――けてぇ」

 そんな声が聞こえた気がして足を止めると、全員がおなじく立ち尽くしていた。

「な、なに?」

「いま……聞こえた?」

「空耳……かな」

「風出てきたんじゃない?」

 全身の鳥肌が立ち、寒気がしている。

「助けて!」

 今度ははっきりと聞こえた。心臓の鼓動が跳ね上がる。

 遊歩道の奥から、駆けてくるものがあった。



「お願い、助けて!」

 遊歩道の奥から、ぶかぶかのパーカーを着た少女が駆けてきていた。一行はぎょっとし、女性たちは抱き合って凍りついている。

「幽霊!?」

 歓声にも似た悲鳴が、人数分上がっている。

「やだまじ!?」

「帰る帰る帰る帰る!!」

「まじかよ、やばいって――って、生きてない? あの子」

 ひとりで現れたのは少女だった。髪を振り乱しているし裸足だが、涙ながらに彼女はまた叫ぶ。

「お兄ちゃんたちが大変なの! 助けて!」

 遊歩道の奥から現れたのは、小学校高学年くらいの少女だった。

 間近に立った姿はどこにでもいる――ただとてもきれいな顔立ちをした少女だ。

「お兄ちゃんたちが、地面にできてる穴に落ちちゃったの、お願い助けて!」

「お、落ちた? なあそれってやばいよな?」

 仲間の間で確認し合う。

 誰の顔も見ても緊張していて、やばい、と返してくる。

 女性のひとりが前に出た。

「ど、どこ? 近いの?」

 彼女の手を取り、少女は走り出した。

「こっちなの!」

 遊歩道用のロープで仕切られた道を進み、看板がある場所で少女はロープの先を指さした。

「お願い、あっちなの、一緒にきて!」

 正直、一行は二の足を踏んでしまっている。

 しかたがないことだ――ここは自殺の名所として高名な場所であり、足を踏み入れれば迷って戻ってこられない、とまでいわれている。

「この先って危ないんじゃないの? ロープここまでだし」

「でもさ、この子のお兄ちゃんいるんだろ?」

「警察に通報するほうが先なんじゃ」

 言葉を交わす間にも、焦れた少女が叩きつけるように叫ぶ。

「はやく!」

「全員でいっても危ないかもしれないから、みんなそこにいて!」

 少女には女性の手を解いてもらい、男性のひとりが進んでいく。

 足元に注意しながら進む様子からは、彼がもう怪談話などに取り合っていないことをしめしていた。

 いま一番怖いものは、遭難したら、という不安だろう。

「そこなの、危ないから――」

 少女にいわれずとも、ここが危険なのだとわかっている。

「うっわあ」

 わかっていたが、それを前にしたとき彼は声を上げていた。

 懐中電灯の明かりに、地面に入った亀裂が浮かび上がっている。人間があっさり落ちてしまうようなサイズだ。内側に向かって落ちくぼんでおり、こまかく検分せずとも危険な場所だとわかる。

 何歩か彼は後退った。

「呼んできたよー!」

 少女が声を張り上げると、足元の亀裂の底から声が返ってくる。

「ありがとう!」

 少年の声だ。さっき少女は、お兄ちゃんたちが、と叫んでいた。

「おぉい、だいじょうぶですか!?」

 彼はなかをのぞくか迷ったが、二次災害を憂慮して声をかけるに留める。

「怪我はどうですか、してますか? 動けますか?」

「こっちは五人います、ひとりが軽傷、ひとりが重傷みたいです! 暗くて、ちょっとはっきりしないんです!」

 きびきびとした声だ。どういった事故かわからないが、ひとまず返事をした声の主は無事なのだろう。

 彼はほっとしていた。

「いま救急車呼びます、待っててください!」

 少女を手招き遊歩道に戻ろうとしたが、彼女は首を振った。

「場所の目印に、ここにいる。みんなの近くにいたいし」

「危なくないかな……」

「危なくなったら逃げちゃうから、平気だよ」

 少女があっけらかんとした口調でいうので、彼は気持ちがゆるんで表情まで弛緩してきてしまった。

「絶対に動いたら駄目だよ、いま助けを呼ぶからね」

「うん、ありがとう!」

 彼は懐中電灯の明かりをかかげて待っていてくれている友人たちの元に、一直線に戻った。

 友人の輪に入ると、安堵するとともにやけに高揚していった。

 その場で救助を呼び、警察と救急車が到着するまでの時間そわそわしながら過ごしていた。

 崩落事故だとは後にならねばわからなかったが、人助けをしたのだ、と興奮していた。

 危険だからと事故現場から離された彼らが、救助されたのは五人で少女などいなかったと知らされるのも後々だし――ひとり遊歩道を外れて現場に向かった彼と、それを見て好意を深めた彼女とが、無事懇意になるのも後々のことである。


        ●


 搬送先の病院では、全員に個室があてがわれた。

 遊歩道を外れたことについてお叱りを受けたが、全員生命に関わる自体にならなかった。

 東風ヶ丘は重篤といえば重篤だが、足の骨を折り背中に打撲があるのみ。見た目のとおりに頑丈らしく、彼に関してはほっと胸を撫で下ろすことができた。

 寝ついてしまったのは速水だ。

 軽度だが肺炎を起こし、元々足に負傷していたこともあり、彼女の両親が半狂乱で病院に押しかけていた。

 あざみなどは暇だ暇だといって、自分の病室でじっとしていない――回復がはやいのはよいことである。

「さくちゃん、あんパンだぞ」

 昼前に宝の病室を出ていったあざみは、三時になると購買であんパンを買ってふたたび顔を出した。

 宝のベッドの下から、ぬるり、と少女が顔を出す。

「あんこ!」

 目をきらきらと輝かせ、両手を突き出して少女はあんパンをねだった。

「さらさらのこしあんだぞ」

 宝のこれまでの人生で、これほどのドヤ顔というものに出会ったことがない。

「え……つぶじゃないの」

 輝かせていた目を半眼にし、少女は口を尖らせる。したり顔をしていたあざみが、心外そうに顔を歪めた。

「こしあんなめんなよ。うめぇぞ」

 不満そうな顔をしつつ、少女――桜子はあんパンの包みを受け取った。ばりばりとビニールをむしり、大きな口でかじりつく。

 購買で買ったそろいのパジャマ姿である宝のベッドに、あざみは遠慮なく腰を下ろした。

「便所近くていかんなー。頻尿とかありえん」

「点滴してるから、仕方ないですよ」

 脱水症状と診断された宝、あざみ、灯の三人は、安静の元の点滴投与ですみそうだった。

 搬送された病室は古かったが、個室が確保できたので御の字である。トイレも各部屋にあった。

 食事はなかなか悪くない味ではあるが、量が少ない――それは購買で買い食いをすれば済むため、目をつぶることができる。

 ただ頻繁に買いものをするあざみのことが主治医の耳に入ったらしく、軽い注意を受けていた。桜子のための買いものだとはいえるはずもなく、しおらしくうなずいていたらしい。

 一行の小旅行は中止だ。

 悪ふざけで遊歩道を外れ、崩落事故に巻きこまれた観光客、というかたちになるらしい。

 全員が口をそろえて訴えた、洞窟の先にある壁などに対し、調査が入るとは思えなかった。

 桜子の骨のあった場所のことなど、近江の家どころか、分家でももみ消すことができる。酔狂な観光客が迷惑なことをした、とそれで終わる。

「宝くんさぁ、夜にでも霊安室に肝試しいかね?」

「いきません」

「地下二階だってさ。暇なんだし散歩しようぜ」

「ひとりでどうぞ」

「いままでしれっと暮らしてたんだからさ、ちょっと苦しんでみろって」

「いやです。俺、温室育ちですから」

 へっ、とあざみは鼻で笑った。

「温室育ちが、さくちゃんのことつくれるかよ」

 宝に一瞥された桜子は、あんパンの最後のひとくちを口に放りこんだところだった。

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