第12話 無能

 暗がりから宝は東風ヶ丘の肉体を見ていた。

 東風ヶ丘はどこを見ているのかわからない。

「話をして、いいですか」

「なんだよ、あらたまって」

 宝は手にした骨を、あぐらをかいたひざに置いた。

 亀裂の下にいる三人と東風ヶ丘を、宝は検分する。

 疲労の色が濃い三人。

 そして明らかに異常なはやさで消耗していっている東風ヶ丘。

 おそらく東風ヶ丘は負傷している。動かすな、といっていたのはそのためだろう。その身体に桜子が憑依しているのだ。依り代としての才がある東風ヶ丘である、居心地はいいかもしれない。許可しなければ入れないはずだが――宝たちが席を外した間に、なにかやり取りがあったかもしれない、と根拠のないことも考えてみる。

「最悪の事態を、考えてみてください」

 三人の表情がぐっと固まった。

「……いやなこと、いわないでよ」

「最悪にはなりたくないですよね。死ぬのはごめんなはずです」

 速水が泣き出しそうな顔をし、灯の目元が剣呑な色を帯びる。

「やめて、いくらたかちゃんでも、そんなこと……」

「これ以上悪い事態になりたくありませんよね?」

 続けられた宝の言葉は、冷たく断ずるようなものだった。

「救助が遅いです。何故遅いのかはわかりませんが、ここから出るためには自力でなんとかしなくてはいけないと思います」

「そんなんできたら、さっさとやってるだろ。阿呆」

 宝は顔にほほえみを貼りつける。慣れている。ずっと浮かべてきた表情だ。

「みんな疲れてる。倒れるのにあとどれくらいでしょう? 東風ヶ丘さんだって、このままというのは危ない」

「……たかちゃん、あなたなにがいいたいの?」

「前置きが長くてもうしわけないです」

 宝は自分の顔から表情が抜け落ちていくのを感じる。前にいる三人がはっとした顔をした。そのなか、速水などはあからさまに怯えた表情をする。

「みなさんの口のかたさを知りたい」

 東風ヶ丘――桜子だけが、顔つきを変えない。宝の表情の変化を知っているのか、知らないのか。

「口止めをしたい。対価はここからの脱出です。しゃべれば、たぶん只事ではすまされない」

「ちょ――おま、なんだそれ、なんか……脅迫みたいな。ありえんだろ」

「脅迫しています」

「私、確かめたいことある」

 口を挟んだ灯は笑顔を浮かべた、それはどう見ても取り繕ったもので、彼女がひどく疲れているのがわかる。不安や緊張を強いられている状況下、寒さに追い打たれて消耗は加速する。食料どころか水分も取れない。灯だけでなく、その場の全員が摩耗していっている――あとどのくらい保つのだろう。

 じんわりとした焦燥が宝のなかにこみ上げている。

「教えて、たかちゃん。ほんとうにあなたは無能なの?」

 彼女の横、速水が目を剥いた――なにをいってるの、という顔だ。

「無能って……ともさん率直だな」

 あざみの言葉に宝も同意である。

「みんな……たかちゃんはなにも能力がなくて、ふつうのひとだ、っていやないい方してたけど……ほんとうにそうなのかな? 率直にいうなら、たかちゃんは嘘をつかないんじゃなくて、ほんとうのことをいわない、って……前から思ってたの」

 宝はゆっくりまばたきをした。

 三度。

 その三度で、わずかに胸中に起こった動揺の波は消えた。

 動揺は消えても、焦燥は残る。

 誰かが斃れることだけは避けたい。

「たかちゃん?」

「……けっこう、見られてるものですね」

「こんなとこにいて、やっぱり動じないし、妙なこといい出してるし。肝がすわってるなんてレベルじゃないよね。本家の子だからなんて、そんなの度胸に関係ないだろうし」

 灯は泣き出しそうに声をふるわせていた。

「ひとことだけ、いってみてほしいの。霊が見えないって。そういう能力はなにもないって」

 宝はひざの上の骨に、慎重な手つきで指を這わせた。

「みんな、無能だったらいいな、って思ったことないですか? なにも見えない。聞こえない。感じない。そうだったらいいな、って思ったことは?」

 虚を突かれたのか、三人はむきだしのひどい顔になった。

 ひどく――傷ついた顔になる。

 対峙して、宝はほほえんだ。

 壁のように並んだ三人の前、骨を持ち宝はやんわりと笑う。

「そんなん……」

「考えるだけ無駄じゃない、そんなこと!」

 横にすわる灯の腕に頭を預け、速水がすすり泣く。さすがに気が咎め、宝は話を進めることにした。

「同感です――桜子さん」

 東風ヶ丘に入りこんだ桜子は、身じろいだだけで返事をしなかった。

「頭はどこです? 不完全なものしかできない」

「ない、ずっとじめん」

「手持ちだけでやる」

「うん、かえる、かえる、うぐいすもち」

 涙で濡れた顔を上げ、速水が怪訝そうな目を谷向ける。

「速水さん、手伝ってください。きみなら、加護にふれられるはずです」

「なにを――すれば」

「俺の頭上から通ってるっていう加護の線。これを消したい」

「たかちゃん、なにをいってるの?」

 速水の前にひざまづき、そのままの姿勢で宝は続けた。

「まだ動けるうちに、対処できる力が残っているうちに。速水さん、お願いします」

「おい、おまえなにさす気だよ!」

「とくに倉部さん、よく聞いてください。俺はたぶんあなたたちより強い能力を持っています。おそらく自制できない。これからそれを使って、ここを出る手段を講じます――桜子さんとの取引です」

 わずかに顔を動かす。

 速水の白くほそい指が、宝の頭上にのびてきている。

「……無理をしてでも、それを取り払ってください」

 はい、とともすれば聞き漏らしそうなちいさな声で、速水は応じた。

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