第11話 落ち着きと懸念

 日が落ちると、気温がぐっと下がった。

 しきりに速水が足をさする。

「まず病院へいこうね」

 灯がささやくと、あざみがうんざりした声を出した。

「俺はスマホの病院だなぁ」

 東風ヶ丘――桜子は、間近にいなければ相手を認識できないのか、後ろ側に場所を移した面々に訴えかけてくることはなかった。時々うわごとめいた執拗さで、昨日とおなじ言葉をくり返していた。

 携帯電話がつながるか確認したが、毎回徒労に終わる。

 亀裂の下に集まり、懐中電灯も点けないように心掛けた。口に出さずとも、それぞれが強い不安を抱えているのは、自ずとお互いに伝わっている。

 ――明日救助はくるだろうか。

 けほ、と速水が咳をした。

「風邪?」

 宝の問いに、速水はあわてて首を振る。

「大丈夫です、たいしたこと……」

 いったそばから、また速水は咳をした。咳は続き、灯が背中をさする。

 体力のないものから倒れる――うつむいて咳をする速水を前に、宝たち三人は視線を交わした。

 速水の咳がおさまると、灯は桜子に向かって声をかける。

「桜子さん、ここから出る道って知りませんか? 壁ができてて――」

「ださない」

 放り投げるような声で桜子はいう。

「ださない、から、かべ」

 あざみが中腰になった。

「出さない? 閉じこめるための壁、ってことですか、桜子さん」

「ださないよ、ここにいさせる、つくった」

「――なにを、ですか」

「むこうから、くるもの」

 桜子の言葉が終わるや否や、宝は立ち上がった。

「宝くん? 便所か?」

「もう一回、壁のあたり見てきます。つくったっていうのがあの壁のことなら、どこか壊せるところがあるかもしれませんし」

「でかい壁だったろ、あんなん、素人がつくれると思うか?」

「ですが」

「コンクリをどうやって壊す?」

「どこか、抜け道でも――」

「みんなして見てわからんかったのに?」

「まだ動けますから」

 口を開きかけたあざみが、思い直したように口をつぐんだ。

「明日にでも救助がきたら、それはそれでいいんです。とりあえず……見てこようと思います」

 宝が骨に手をのばすと、首をひねってこちらを見ていた東風ヶ丘――桜子が口元を歪める。

「たから」

「わ、私もいきたいです」

 かすれた声の速水に、全員の視線が集まる。

「私だけじゃなくて……いくなら、みんなで」

「はーちゃん、体力を温存しておいたほうがいいと思うわ」

「黒いひとたちがどうなってるかわからないですけど、たかちゃんが一番加護されてます、だから……離れないほうがいいです」

「ああ、頭から通ってる、っつってたやつかぁ」

「はい。骨に宿ってるやつより、たかちゃんが持ってる加護が一番強いです」

 いいながら速水は、目を泳がせる。

「したらさぁ、宝くんが黒い壁に突っこんでってみたら、いいこと起こりそうじゃね? 場所教えるから、宝くん試してみて――って、おっさんすげぇにらんでんなぁ」

「俺のこと、いじめるからですよ」

 からから笑った宝の声が反響するなか、灯が腰を上げた。

「……ここでじっとしてても、気分が腐るだけだわ。私もいきたい」

 誰の顔にも疲れがにじんでいる。一番色濃いのはあざみだ。

「桜子さん、置いてって平気かな」

「あっちゃん留守番してればいいじゃない」

「いぃやだ!」

 叫び、がばっとあざみは身を起こした。

「桜子さんとふたりきりはきつい!」

「本人を前に、よくそういうこといえるわね……」

「失言すんませんっしたー」

 桜子に頭を下げ、あざみは立ち上がろうという速水に手を貸す。

 宝は虚空を見据える桜子に向かい、軽く会釈をした。

「ちょっと見回りにいきます。ここで待っていてください」

「ひとり、いや」

「東風ヶ丘のものが、近くにいると思いますが」

「たから、かえろう」

「待っていてください」

「かえ、って……きて」

「いってきます」

「ひとり……いや」


        ●


 たった一晩経っただけなのに、道行きに感じた負荷――疲労ははるかに大きくなっている。

 宝は速水を背負い、昨日同様歩いた。ざかざかと土を踏む。一度踏まれた部分が固まり、すでにけもの道めいた様相を呈している。

 先を照らす懐中電灯の光はしっかりしたものだが、あざみがため息まじりに、

「これが電池切れを起こしたら、きっついよなぁ」

 速水が息を詰まらせるような声を出した。そして軽い咳が続く。

「あっちゃん……」

「……悪い。俺、ありえんな」

 後ろ向きな考えや言葉は避けるに越したことはない。

「ちょっと念入りに、なにかないか探してみましょうか」

 壁が見えてきて、宝はそう提案する。



「俺は壁の下が掘れないか、試してみます」

「あー、そしたら、俺も手伝うわ」

 適当な石を持ち、宝とあざみは地面を掘る。

 後ろに立ってもらった灯に懐中電灯を持っていてもらうよう頼み、手持ちぶさたで心許ない表情をする速水には、携帯電話を預けた。

「つながるか、試していてもらえませんか」

「電池なくならないですか?」

 ためらいがちに二つ折り携帯電話を速水は開く。

「古いガラケーなので、電池保ちいいんです」

「えー、古いのって、逆に電池保ち悪くね? 連絡取る友達おらんの? 宝くんって」

 ちいさな石でお手玉をし、あざみが揶揄してくる。その頭を灯が懐中電灯の底で小突いた。

「ともさんいってぇなぁ。ありえんって」

「電池パック、消耗したので交換したばかりなんですよ」

「まじー? 携帯なんていじってる暇あったら、本家の長男なんだから勉学に勤しめよなー。ありえんて、まじで」

「さ、堀りましょうか」

 率先して宝が掘りはじめると、ぶつぶつ文句をいいつつあざみもしたがった。

 三十センチも壁に沿って垂直に掘ってみたが、地中に壁は深くつき立っている。石を持っていた手がしびれていた。腕が重く、筋が痛みを発している。

 男ふたりで視線を交わし、

「まだ掘るん?」

「……壁をつくるときって、基礎はどのくらいの深さにつくっておくものかわかりますか?」

「知ってたら掘る前にいってる」

 石を置き、手で直接壁沿いにの土を取り払う。土台部分は見えず、地表に現れているコンクリートとおなじ素材があるだけだ。

 宝は壁をぐるりと見渡した。

 光源の及ばない部分に目を凝らす。暗がりのなかでも、それが岩肌にきっちり食いこんでいるのがわかった。

「向こうからくるものを、閉じこめるもの――って桜子さん話してたね」

 灯の言葉に、ほほえむ。

「鵜呑みにするのもどうでしょうか。桜子と名乗ってますがほんとうにそうなのかどうか。東風ヶ丘さんの身体に入ったものが、記憶を読むような真似ができるかどうかって……可能かわかりますか?」

 目を向けられたあざみは、石を壁にわざわざぶつけるように投げ、立ち上がってズボンとすねについた土を払った。

「わからん。あれがほんとのことばっかしゃべってるかは――」

「嘘、ついてなかったよ」

 灯が断言する。

「あれ、桜子さんだよ。嘘ついてない」

 けほ、と速水が咳をする。こらえるようにひそやかな咳をし、その間三人は口をつぐんだ。

「あの、ごめんなさい……大丈夫です」

 話を中断させたことを詫び、速水はかすれ声を宝に向けた。

「桜子さんだったとして、もっと色々こまかい話ができたらいいですね」

「そうね。身体をつくって帰るとか、贄は嫌とか。なんだか彼女……怖いことばっかりいってるし」

「帰りたいっちゅーのは確かっぽいな。なに考えてるかはわからんけど。桜子さんをどうするかはべつとして、俺らはちゃんと家帰るからなー」

「当たり前でしょ。あっちゃんは帰る前に携帯ショップね」

 自分の携帯電話の惨状を思い出したのか、あざみはため息をついて壁に寄りかかった。

「……いままでも見えてたけどさぁ、あんだけの数に囲まれて、監視されてるみたいなのは……はじめてなんだよな」

「あっちゃん……」

「あいつらの圧力、すげぇ」

 あざみは目を閉じた。

 しばらく沈黙のなかあざみはそうしていたが、けほ、というちいさな咳がして、それを合図に目を開けた。

「提案なんだけど」

 周囲の面々をぐるりと見渡したあざみの三白眼の下、くっきりとくまができている。

「どんなふうに、っていうのは置いておいて、とりあえず桜子さんの希望をかなえる方向にやってってみねぇ?」

「ああ、そうね。身体をつくるのなんだのって、いってることはよくわからないけど……お墓建てて供養するとか、そんな感じじゃ駄目かしら」

「交渉してみっか」

「あの、その交渉をしている間、速水さんは少し離れたところに」

 挙手して宝が提案すると、速水があわて出す。

「え! だ、大丈夫です、私もなにか手伝えることが……」

 そこで速水は激しく咳きこみ、口にしかけた言葉は宙ぶらりんになる。

「怪我してるんだし、もしも怖いことが起きたときのことを考えて……速水さんは少し離れたところにいたほうがいいと思います」

「怖いことって……」

「桂馬くんもいますから、大丈夫だとは思います。でも速水さんは怪我もしていますから」

 うつむいた速水に寄り添うように立った灯は、懐中電灯の光の輪を宝の胸元に当てた。

「ねえ、パンピーって呼ばれる立場としては、ここの怖さってどんな感じなの?」

 つねに尋常ならざるものと向き合う一族のなか、宝だけはそういったものと無縁――通う学校や道ですれ違うひとびととおなじ立ち位置にいる。

 黒い影などが見えたところで、それに親しむというわけではない。

 異物はしょせん異物であり、慣れたと思っても異物である状況は変わらないのだ。

 それらを異物としてとらえることもできない一般人たちは、怪異から距離を置いてくらしている。

 そこにあるのだと確認したいのか――距離を取っているのだと確かめたいのか、彼らは自分から肝試しなどと称して出かけていく。

「たかちゃん、どう? ここにいる感じって」

「……暗いし、心細いです」

 慎重な声だ。

「はやく……救助がくるといいですね」

 重ねられる慎重な宝の言葉に、灯が深い息を吐く。まるで緊張していたかのような息に、速水が不思議そうな顔をしていた。

「私ね」

 懐中電灯を動かし、光の輪を宝の首元に移動させる。強力な光だ、宝は手で光をさえぎり、顔をしかめた。

「私、たかちゃんが落ち着き払ってるのが一番怖い」

「……俺、ですか?」

「そう」

 宝は苦笑いを浮かべる。

 懐中電灯の光をわきに退け、灯は大きく息を吐いた。

「いくらなんでも、冷静すぎない?」

「なにぶん、俺は凡人呼ばわりされる身の上ですから」

「ともさんが宝くんいじめるとは、予想外だわぁ」

「あっちゃん黙ってて――いいがかりなんじゃないか、って自分でも思ってる。だけど……怖いことばっかり考えちゃって」

 苦笑いの表情を崩さない宝から、灯は顔を背けた。

「学校の子なんかと出かけるとね、怪談になったり肝試しに出かけたり、そんな流れにつき合うこともあるの。どんな冷静な子でも、そういうところにいくと緊張するみたい。怖いとかじゃなくたって、異様な場所にいくんだもの、緊張してもおかしくないと思う」

「俺はそういうふうに見えない、ってことですか?」

 灯はうなずく。

「桜子さんがたかちゃんのこと指名するの見てて――やっぱり動じないし、ふっとほんとうにこれは私の知ってるたかちゃんなのかな、なんて思って」

 しんとした冷たい空気のなか、灯の長い長いため息が落ちた。

「ごめん、つまんないこといってるね」

 宝が別人に――それをいってしまうと、全員それぞれにその疑いが向けられることになる。

「……自分でもナーバスになってるんだ、ってわかってる。ごめん」

 無言で宝は首を横に振った。

 疲労も不安も全員が感じている。それが蓄積してしまう前に吐き出せたなら、それはいいことだ。ほかに気持ちを溜めこんでいるものがないか銘々の顔を見回したが、どの顔も宝には憔悴したものにしか見えなかった。

「いいじゃないすか、ナーバスくらい。事故に巻きこまれたこんな状況、ベッコベコにへこんで上等ですよ」

「気晴らしに、あっちゃんのことひっぱたいていい?」

「ありえん」

 もう一度、灯はため息をつく。

「……長い時間あっちを離れてるのもなんだし、もう戻りましょうか。救助がきてるといいんだけど」



 ――しかし戻ってみても救助は到着しておらず、気配すらなかった。

 東風ヶ丘のなかに桜子は依然居座り、そこまでの道のりで宝はあらたに骨を持ち帰った。

 亀裂からの光の下、宝は無表情に東風ヶ丘のつるつるになっている後頭部を見つめていた。



 日が暮れても、救助は現れない。

 速水の咳は悪化の一途をたどり、ふれた彼女のひたいはひどく熱くなっていた。

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