第8話 経過観察

 骨盤とあばらを持ち戻ってきた宝は、あざみのブーイングに迎えられた。

「そんなに怒らないでください」

 あはは、と笑い、宝は頭に被っていたあばら骨を外す。

「阿呆だろおまえ! 帽子とちげぇからそれ!」

「あっちゃん落ちついて。たかちゃん、さすがに悪ふざけしすぎよ」

「うーん、怖くないせいか、つい。すみません」

「怖くないんですか? たかちゃん、気が大きいんですね」

「気が大きいっていわないだろ、ありえん、阿呆阿呆。あぁほおぉ」

 言葉は乱暴だが、あざみの声は弱々しい。大の字になったまま起き上がろうとしなかった。

 速水に後から持ってきた骨にも神事の痕跡――尊い気配が残っていることを確認してもらい、宝は東風ヶ丘の横にそれを安置した。

 背後の土の山に寄りかかるようにして、東風ヶ丘は瞑目している。

 宝は思わず呼吸を確認していた。顔面にかざした手に息を感じてほっとする。ここで息をしていなかったら、殴った宝が殺人犯になってしまう。

 夜になっている。

 見上げた頭上、岩肌は真っ黒な天蓋になっており、中央の亀裂だけが明るい。亀裂の先は夜だ。宵闇の色さえ明るく感じる地下で、一同は次第に無言になっていった。

 土まみれになっていた一行は、襟足から入った土が服の下でざりざりと動く不快感に耐えねばならなかった。落下直後に運よくフードを被れた宝も、いっそ服を脱いで土を取り払いたい衝動に駆られる。

 交代でトイレに立ち、宝以外は誰もが骨を持つのをためらった。速水のハンカチを借り、直接ふれないですむようにしても、女性陣はためらったままだ。

 配った飴を、夜半に全員で食べる。いっせーのぉせっ、とあざみの捨て鉢にも聞こえる合図で、口に含む。水分を取っていない口腔に取りこんだ飴はひどく甘く濃く感じられ、まるで慈雨のようだった。

 目下一番の敵は、黒い影でも暗闇でもなく、寒さだ。

 八月だというのが信じられない。

「……地下っていうの、関係してるんでしょうか、夏なのが信じられないです」

 ふるえをおさえ切れない速水の肩には、さきほどから宝のパーカーがかけられている。

 一度東風ヶ丘が目を覚ましたので、彼からミリタリーウェアの上着を借り受け、むき出しの腕をさすっていた灯に渡した。東風ヶ丘は下にシャツを着こんでいたので、問題ないだろう――そのとき判断したのだ。

 また東風ヶ丘は眠り、夜半になるにつれ段々気温が下がってくる。みんなで示し合わせたように、東風ヶ丘に土をかけはじめた。ほんの少しでも、寒さをしのげればいい。当の東風ヶ丘は一向に目を覚まさず、かすかにいびきをかいている。

 あざみは身を起こし、洞窟の奥をにらんでいた。

 なにかあるのか、と灯が尋ねても、

「なんかあったらいうから、ともさんは休んでてください」

 あざみは軽口も叩かなかった。回復したのか、声に力が戻って入る。

 宝も灯も、何度か携帯電話が使えないか確認する。しかしつながらない。アンテナは表示されたままである。

「あれですかね、富士の樹海だと、方位磁石がつながらなくなる、っていう話と関係あるんでしょうか」

「どうかしら。あれ、都市伝説だって聞いたことある」

 現にアンテナが表示されるなら、基地局も設置されているはずだ。

「まあ……都市伝説を聞いていたところで、なかなかほんとうかどうか確かめられないですからね」

 携帯電話を宝が折り畳むと、横で速水がひときわ大きなため息をついた。

「はやく、帰りたいです」

 ぽつりとこぼした速水は、膝を抱える。自分の膝に顔を埋めた彼女の背を、宝は軽く叩いた。

「近くにいたほうがあったかいから、私横にいっていい?」

 灯はそういって速水の真横にすわり、うつむいたままの彼女の肩に手をまわした。

「客がこなくて宿から連絡もあるでしょうし、家のほうも騒ぎ出すと思うわ。しんどいけど、もうちょっとがんばろ」

「……はい」

 ふたりが寄り添っている向こう、あざみが宝を見ていた。

 目が合うと、軽くうなずく。

 宝とあざみは立ち上がった。

「ちょい、宝くんと連れションしてきます。のぞきこないでくださいねぇ」

「ばぁか」

「あざみくんのを見たいなら、今度一対一で出かければ」

「ばーか!」

 骨と懐中電灯を手に、あざみと奥に向かう。

 夜半だという意識があるためか、洞窟の暗がりが濃度を増して感じられた。

 男性陣のトイレ、と決めた場所について、ふたりして小用をすませる。その上に手で土を被せる宝に、あざみは咳払いをしてから口を開いた。

「まわりに影がいるのは変わらんのだけど、骨を調達してから俺らのことを遠巻きにしてる」

「そのまま近寄ってこなければいいですね」

 手についた土を払い、宝はあざみに預けていた懐中電灯を受け取った。

 あざみの足は動かない。

 ――話は終わっていないのだ。

「なんつうか、黒くてざわざわした壁ができてると思ってくれ」

 どこか心許ない様子で、あざみは手を開いた。指先をひらひら動かし、言葉を選んでいるようだった。

「壁がちょっと……ひとかたまりになってきてて」

 宝はあざみの言葉の続きを待った。

 あざみはもどかしそうにくちびるを突き出し、

「壁だったのはもとから壁だったんだけどさ……数が増えたのかな、濃くなってて、それがくっついてつながって、壁が頑丈になってきてるふうに見えるんだ」

「洞窟のなかが暗いとか明るいとか、そういうのは関係ある?」

「わからんし、予想だけでいうなら関係ない。かたまってできた壁に、やたらめったら顔がついてにやついてると思ってみろ、きもいぞ」

 懐中電灯を自分がきた方向に向ける。

「ああ――うん、骨持って通ると、敬遠されてる感じっつうか……壁がもろもろ、っと崩れるっつうか、もとに戻るっつうか……」

「……ほぐれる?」

「そんなん! そんな感じだ。だから多分、それ、使えてる」

 あざみは指さす――骨は有効なのだ。

 帰路、あざみは骨を持った。疲労困憊しているあざみに、軽量なものであっても宝は荷物を持たせたくなかった。しかし、かまわん、と本人にいわれたら、そこを強固に突破するのも抵抗がある。

「で、本題な」

 あざみの足運びはゆっくりしている。

「いまんとこ東風ヶ丘のおっさん寝てるけど、次目を覚ましたら……ちょっとまずいかもしれん」

「東風ヶ丘さん?」

「そ。ありえんことに、壁んとこうろうろしてやがる」

「……東風ヶ丘さんが?」

「そ。身体から魂が抜け出してやがんの。この話、あとでともさんと速水ちゃんにもしようと思うけど」

「速水さん、落ちこんでますよね。明るくなるまで待ちますか?」

「そうだな。はやいとこ救助にきてもらいたいもんだよな。さすがにバスも放置で、なかのぞきゃあ俺らの荷物が置いてあるだろ? 宿も家も俺らと連絡取れないわけだし、そんなに時間はかからんだろ」

「俺と灯さんの携帯もアンテナ表示されてますし、ときどきつながるか試してみます」

 あざみの顔が憮然とした。

「あー……俺のスマフォ、壊れたんだった。思い出させんなよ……ありえん……」

「戻ったら、すぐ修理出しましょう」

「そうだなぁ。あー、くそ。いくらかかんのかなぁ」

 ぼやくあざみと戻った宝の目に、目を覚ました東風ヶ丘と介抱する女性陣の姿が映った。

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