第7話 携帯式結界

 まだ土に埋もれている骨を遠巻きにするようにして、黒い影たちはざわざわと揺れている――あざみは忌まわしいものと対峙した顔で、そう解説した。

「あっちゃん、黒いのは近寄ってきそう?」

「わからん。たんに動いてないのか、近づけないのか。そこまでは俺もわからん」

「桂馬さん、会話はできますか?」

「耳は駄目だ。見えるだけなんだよ、俺」

 宝は近くに落ちていた石を使い、骨の周囲を掘りはじめた。

「たかちゃん、なにやって――」

「これ、持ち運べませんかね」

「はぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げたあざみを仰ぐ。彼は目を見開き、信じられないものを見るように顔を歪めていた。

「これに近寄れないのなら、俺たちが持って歩けばいいんじゃないですか? そうしたら安全な気がするんですけど」

 ぐるりと見渡すと、そこには一様に唖然と宝を見つめる顔がある。

 みんな返す言葉を探しているらしい。取り囲む面々を見返す宝の表情は、これ以上ないほどの苦笑いだった。

「心配しないで。骨だから、たいして重さもないと思います」

「だ……誰が持つんだ! ありえんだろ!」

「俺は速水さんをおんぶしますから、桂馬くん、よろしくお願いしますね」

「いやじゃ!」

 あざみは絶叫した。

「いやですか?」

「そんなもん持って歩くとか正気か!? ありえんありえんありえん! ない!」

「使われたのは神事なんでしょう? 穢れじゃなさそうですし」

 宝は石を使った作業を続行する。仰向けの状態で埋まっていた骨を掘り出す作業は難航した。骨のかたちに掘り出すのは大変だ。肌寒さを感じていた宝の服の下は、やがて汗ばんでいった。

 骨の全体が浮き彫りになると、それはひとのかたちに近づいた。

 もうなにかの動物かもしれない、という気持ちで眺めることができない――明らかな人体である。

 掘り進めた宝も、さすがに骨を移動させることにみんなが賛成していない空気は察していた。だからそは無視することにした。

 引率の東風ヶ丘があの状態になっている以上、本家の人間である自分が動かなければならないだろう。

 宝には身に沁みてわかっていることがある――本家と分家の関係が絶対であることだ。

 無能や凡人、パンピーと呼ばれる宝であっても、いまここで自分の血を以て指示を出し、先導することができる。

 分家に生まれ育ったあざみたちは、思うところがあって抵抗を口にしたところで、最終的にしたがうだろう。

 わかっていることを、心のなかで指折り勘定する。

 ――あざみだけに重荷を負わせ続けてはならない。

 黒い影たちを肉眼でとらえ続けているあざみは、傍目にも疲労が見て取れる。この骨が影を寄せつけない効果を持つならのなら、故人には申しわけないが利用させてもらいたい。

 おおまかに土を取り払い、宝は現れた骨格を見下ろした。

 頭蓋骨はない。

 あばらから下、骨盤までを宝は掘り返している。足の骨があるであろう部分は手つかずだ――そちらまで発掘していられない。スコップなど道具があればべつだが、そのへんに落ちていた石だけでは限界がある。指の力が入らなくなってきていた。

「全部じゃないと、駄目かなぁ」

 つぶやきながら宝は背骨に手をのばした。力任せに引っ張ろうとすると、周囲が叫びに包まれた。

「たかちゃん駄目! それは!」

「きゃああああ!」

「あああああ! 阿呆! 馬鹿かおまえは! ありえんだろそれ! 阿呆!」

 三人の声に、背骨が途中でもげた音は聞こえなかった。

 肋骨と骨盤が土の間に残り、持ち運びに便利なサイズになった背骨の一部を手に、宝は弱々しく笑う。

「これだけだと、効果ないかな?」

 助言を求めて速水を見るも、彼女は口元を覆って目を見開いている。

「ありえん……! おまえには死者に対する敬意とか、そんな感じの奥ゆかしさはないのか!?」

「奥ゆかしさもなにも、まずは助からないと」

「神事に使われたって速水ちゃんもいってただろ!?」

「とりあえず、東風ヶ丘さんのところに戻りませんか。お叱りなら、あとで受けますから」

 鼻先に背骨を突きつけると、あざみはのけぞってそれを避けた。

「そこまでいやがらなくても……そんなに避けられると、不憫なことをしちゃった感じがしますね、さすがに」

「背骨へし折ったおまえがいうな! ありえんやっちゃな……阿呆が!」

 ありえんありえんとくり返し、あざみは速水を背負った。

 宝は弱った顔をしたが、骨をにぎったまま東風ヶ丘がいる方向を指さした。

「霊避けになっているかどうか、俺が先頭をいきます」

「やばそうだったら、すぐいう」

「……いきましょうか」



 結果として、宝が掘り返し持ち運びに便利なサイズにした骨は、黒い影たちを避ける効果を持っていた。

 ぐったりした東風ヶ丘を中心に一同は円座を組み、やわらかい土に骨を突き立てる。

「まず――桂馬くん」

「なんだよ」

「黒い影っていうやつらですが、実害はありそうですか?」

「さっきいった通りだけど」

「見た目の判断ってことですよね。いままでの経験から、こちらから仕掛けなければ大丈夫そう、とか……そういうものって、なにかありませんか」

「そこまでの経験なんかない」

 特異な能力を持つかわりに、各家はそれぞれ、そういったものを寄せつけないよう結界を張った家に暮らしている。通う学校や会社にもそういったものを施しておく。

 安全地帯をつくっておき、そのなかで暮らすようにするのだ。過去には手つかずの土地で暮らした一族のもののなか、正気にかかわる事態におちいったものもあったという。

 いうなれば、結界のない不確かな場所で夜を過ごすのははじめての経験、というものばかりだ。

 特異な能力には、尋常ならざる存在が寄ってくる。

 いま周囲を取り囲んでいる、とあざみが語る黒い影も、そういった尋常ならざる存在だ。

 善悪の気配があり、感覚でとらえられたそれが『黒い』と表現された時点で、警戒するべきだとわかっていた。

 寄ってくるからには、こちらに接触を試みてくる可能性が高い。接触されればこちらに影響が出かねない――いい影響があることは、十中八九ない。悪いことしか起こらない。災難を呼びこむ。ときには生命にかかわるし、なかにはこちらを殺してやろうと企むものもある。

 上空の亀裂からのぞく外の世界は薄暗く、じき夜がやってくるのだと物語っていた。

「ここで雑魚寝して、明るくなるのを待つしかないだろうなぁ」

「トイレはちょっと奥の壁際にでもする? 使ったら土を被せる感じで」

 宝はウエストポーチから飴を出した。

「のど飴だけど、みんな食べられますか?」

「あー、宝くん気がきくぅ」

 たいして心のこもっていない口調であり、ぐったりしたあざみの声に精彩はなかった。

「で、もう一回骨取りにいきましょう」

 飴を配りつつ宝が提案すると、全員が一様に目を剥いた。

「……はぁ?」

「なにいってるの、たかちゃん」

「そ、そうですよ、救助がくるまでじっとしてたほうがいいです、きっと」

 宝は奥をあごでしゃくり、

「トイレにいくとき、もう一個魔除けがないと危ないかもしれないですから。いまのうちに」

「あ……そっか」

 灯が頭を抱える。

 うええ、とうめいて、あざみはその場に大の字になった。

「身体、つらいですか桂馬くん」

「そらしんどいわ。ありえん。……俺、ぬるま湯生活だったんだな、囲まれて見えてるだけでこんな疲れるんか」

「数はどのくらいいますか?」

 つらつら、とあざみの目が右から左に動き、半身を起こすと一周首をめぐらせた。

「大まかに聞きたい? それとも正確?」

「……大まかで」

「ぱっと見ただけで、一クラス分はいる。ありえん」

 宝は速水を見る。

「この骨、二等分したら効果も二等分できるかわかりますか?」

「え?」

「ええと、真ん中あたりでうまくへし折って」

「だからなんでおまえはそうやって罰当たりなこというんだ! なんも見えなくても、もうちょっと死んだもんのこと大事にしろ! ありえんぞ阿呆!」

「まずは助からないと」

「ねえ、あっちゃん、まわりを囲んでる黒いのって、すり抜けられそうな隙あるの?」

「えーなんでぇ?」

 しんどそうだが、灯に尋ねられるとあざみは身を起こした。目を細め、じっと虚空をにらむ。

「猛ダッシュで走ったら、囲まれてても突破できたりは」

「……なんつうか、あいつらで壁ができてると思ってもらったほうがいいかもしれん。どうだろ、突破できるかなぁ」

「また全員で移動するか、骨のかけらだけでも持って走るか、ですね」

 宝が腰を上げると、またあざみは大の字に転がった。

「ちょっと休ませろ……回復したら、いくから」

「骨の欠片を持って、俺が駆け抜けたらどうでしょうか。今夜、桂馬くんの負担が軽くなる確証はないです。むしろ、夜になってからのほうが心配です」

「いやなこといいやがって……ありえん、おまえ」

 吐き捨てたあざみの声が消え入る前に、あの、と速水が手を上げた。

「わりと……その案、いいと思います」

「なんでぇ、速水ちゃん、見えてないからって宝くんが安全ってわけじゃないんだぜ」

「いえ、その、たかちゃん自体が安全です」

 申しわけなさそうにうつむき、再度目を上げた速水は宝の頭上を指さした。

 速水の指が、すっと真下に引き下ろされる。

「たかちゃんの頭の上から、身体のなかに線が通ってるんです」

「線?」

 宝は首をかしげた。

「線です。神事の気配がするから、加護の祈願とかそういうものじゃないかなって思います。今日に限ったことじゃなくて……前から、そういうのあって、強かったり弱かったり……」

「加護の祈願だぁ?」

 あざみが首を持ち上げる。

「なんか覚えあるんすか、宝くん」

「……最近なにかあったかなぁ。家絡みのイベントは多すぎるんですよね」

「そっかそっか、本家さまだと祈祷くらい普通にするのか」

 ぱたん、とあざみの頭が落ちる。深い深い息をし、疲労を胸から吐き出そうとするようだった。

「私もいくわ。はーちゃん、悪いけどあっちゃんのこと見ててあげて」

「あ、俺ひとりでいきます」

 宝は腰を上げかけた灯を手で制した。

「速水さんのお墨つきもお墨つきももらいましたし、ひとりでいってみます」

「そんなわけにいかないでしょう」

「そーだそーだ。本家のボンボンなんかひとりでいかせたら、あとで俺らがなにいわれるか」

 ぐったりしたあざみに、宝は短く笑った。

「なにかあったら、黙ってればいいんですよ」

「……無理よ。うちの家系、感情読むの多いから。嘘ついたら一発でわかるわ」

「ともさん、いま宝くんいってたのって本気? 黙ってろっていうの」

「本気ね」

「本気ですよ、もちろん」

「じゃあさ、宝くんがそういってた、ってちゃんと俺らが証言すればいいんじゃないの?」

「そうそう」

 ため息をつく灯の横、速水がへの字口になった。

「危ないのは……駄目だと思います……ひ、ひとりにそんなことさせるなんて……」

「本家の人間がいながらなにもしない、っていうのもまずいんですよ。親の世代になると、色々めんどうだし」

 平たく先のとがった石を、骨のはしに突き立てた。簡単にそこで骨は分断される。

 速水などは耳をふさぎ目を閉じていた。彼女にそうされると、宝は自分がひどいことをしている気になる。どんな叱責を受けるよりも効果がありそうだ。

 宝は破片を手ににぎりこんだ。

「じゃあ、ちょっといってきます。俺が戻ってこなくても、探さないでください。戻ってきた俺がおかしかったら、みんなで応戦してください」

「そ、そこまでいわないでください……」

「速水さん、そこまで考えておかないと、まずいかもしれません。東風ヶ丘さんが昏倒させてくれ、っていってたのも、そういうことなんです」

 ――取り憑かれ、それの意のままに操られたら。

 人間の身体の限界を超える扱われ方をしたら、宿主の生命にも関わる。そんな力で動く宿主に襲われたら、装備もなく護身術の経験もない人間では一溜まりもない。

 周囲にいる黒い影――それがそういった悪意があるという保証はない。

 しかし悪意がないという保証もなかった。

 途方に暮れようにも、全員そういったものを相手取って暮らす一族のものだ。落ちこみ目を逸らすより先に、対処しようと考えてしまう。

 一様に危機感に染まったまなざしに見送られ、宝は洞窟の奥に向かって走り出していた。

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