第5話 戻れない

 一番体力がないのはあざみだった。

 真っ先に根を上げ、よろよろになり、呼吸困難さながらに酸素を求めてあえぐ。

「あっちゃん、先に進まないと!」

 急かす灯に向けあざみは大きく腕を振るが、言葉が出てこないようだった。灯だけでなく、宝もじれて何度も背後を振り返った。

 あざみの足が動かなくなり、進行は止まっているといっていい。

「桂馬くん……!」

 そんな状態のなか、あざみが後方に首をのばす。不可視の存在が見えるのはあざみだけ。彼の言葉を待つのはひどく落ち着かない気分になる。

「へ……き、も……」

 背負われた速水が居心地悪そうに身じろいだが、宝は降ろすつもりはなかった。

「あー、もう、あー」

 深呼吸をしようとし、あざみはむせる。

「倉部さん、懐中電灯なんですけど、歌門さんが持ってたほうがよくないですか? 固定して前を照らせると思うんですが」

「確かにそうね。はーちゃん、お願い」

 懐中電灯の受け渡しをしていると、やっとあざみがうつむかせていた顔を上げた。汗だくだ。

「軟弱ね」

「ちげーって! あいつら見てなきゃなんなかったでしょ! いま俺お疲れ気味なの! へとへとなんですぅ!」

「追ってきてますか?」

「あー、距離あるから、こっからは歩いてももう平気じゃね?」

 じゃね? と問いかけられても、見えるのはあざみただひとり。誰も意見できない。

 見えなくとも、それらが追っているなら先を急いだほうがいい――誰ともなく、ぞろぞろと動きはじめた。

 正面を照らす、という使命感でも持ったのか、速水はまっすぐ前方を照らした。宝の背中越し、緊張している彼女の気配がある。

「たかちゃん、この先だったよね、骨があったの」

「ああ――そうで……」

「たかちゃん!? ともさんなんすかそのたかちゃんって! さっきまでそんな呼び方してなかったじゃないっすか!」

 叫ぶあまり、あざみの声は途中で裏返った。

「うるっさい」

「ふたりでうろついてるとき、なんかあったんすか!? たかちゃんとかって!」

「黙ってよ、声大きいなぁ。……他人行儀でいやだから、たかちゃんって呼ばせてもらうわね、ってそれだけよ」

「他人っすよ! 他人行儀でいいじゃないっすか!」

「あっちゃんだって他人よ」

 宝が吹き出すと、あざみは険悪そうな顔でにらみつけてくる。ちいさなころからあざみは灯になついていたが、高校生にもなってそんな理由で騒がれるとおかしくなってしまう。

「あの……」

 耳の後ろで声がした。

「あの、私も……たかちゃんって」

「いいですよ。俺にあんまり気を遣わないでください、友達になりましょう」

「はい」

「いい雰囲気になるな! 俺は絶対にたかちゃんなんて呼んでやらんからな! ありえん!」

「うるさいっていうの!」

 声がひどく反響し、ほんとうにうるさかった。

 東風ヶ丘が用意していた懐中電灯の光量は大きい。

 直接光を当てていない場所でも、周辺であればおまけみたいに目視できるようになっていた。

 骨を見つけた場所が近くなるにつれて、ほかにも骨がないか宝は探してしまう。

 幸か不幸か、ほかに骨は見つけられなかった。

 新しい骨との出会いはなかったが、先ほど見つけ掘り返した骨はそこにいて宝たちを待ち受けていた。

 骨の近くに寄ろうとしたとき、宝の背で速水が息を飲むのがわかった。

 一度見ている灯などは、さして気にした様子もなく骨に近づき、のぞきこむ。そしてさして興味がないようで、先をしめした。

「まだ奥にいけそうなんだけど、進まない?」

 あざみはきた道を振り返り、眉を寄せてそちらをにらむ。元々三白眼なせいか、ひどく人間性に問題のありそうな顔つきになっている。

「足踏み状態だなぁ」

「追ってくる速度、落ちてるってこと?」

「そ。さくっと先に進んでみるか。……速水ちゃん、俺が今度はおぶろうか?」

 速水が返答する前に、宝が割りこんだ。

「これ以上桂馬くんに無理はさせられないよ、走るのもつらそうだったし」

「体力ないわけと違うってぇの! ありえんやつだな!」

「あっちゃん、うるさいって!」

 あざみは骨の横を通りいくとき、推し量るような目つきをした。そしてわずかに首をかしげる。

「なにか、変なものでも見えたんですか?」

 尋ねた宝に、あざみは一度口を引き結んだ。

「……変な感じはしたな」

「どういう……?」

「俺が見えるのは、人間とかそんなもんのなれの果てだけだ。欲だなんだにまみれたやつらの、残りカスとかそんなん。そこの骨、もとがなにかわからんけど……なにもなさすぎる」

「ない?」

「そ。でもまさか、レプリカなんかじゃないだろうし」

「そこの骨……」

 おずおずと速水が言葉をはさんだ。

「神事に使われたと思います……」

「神事ぃ? どういう神事かわかんの、速水ちゃん」

「いえ、そこまではわかんないです」

「うーん。ね、ともさんはなんかわかる?」

「感情なんてわかんないわよ」

 そこからぱったりと会話が途切れた。

 黙々と四人は先に向かう。

 それしかいまできることはなかった。



 宝はそっと息をつく。

 あざみは魂を見ることができるという。

 速水は尊卑貴賤を選別する。なにより神事にまつわる痕跡を見ることができるという。

 灯は多少の魂との接触ができ、また人間の感情を視覚にとらえることができるという。

 昏倒している東風ヶ丘は魂を身体に入れ、対話のできる依り代だ。

 悪意あるものと相対したときに、追い払う能力のあるものがいないことが、猛烈に痛い。

 本家の嫡男でありながら、分家の小学生にパンピーといわしめる宝は、懐中電灯の光の輪を見つめ黙って足を動かしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます