後日談
私は、晴れて成人した。心身ともに、色々な意味で大人になった。
母から逃れるために入ったエリート高校は、意外にも私の性格とマッチしていた。元々争いを好まない温厚な性格が、何事も強制しないあの高校のモットーと重なって、私にとってこのうえなく充実した環境になった。結果的に学業に楽しみを見いだし、私は本校舎から離れてアメリカに留学した。もちろんアメリカに私の過去を知っている者はいないし、日本と違う価値観と交流を深めた事で更なる刺激を得た。
アメリカのファッション文化も日本とは大違いで、日本の同性がファッション誌ばかり読んで偽の流行を盲信していることに気がついた。ファッションとは、もっと自由なものなのだ。斬新な発想を目の当たりにして、私も大胆に佇まいを変えた。
向こうでは、食品の安全が大きな問題になっていた。近年GMOという遺伝子組み換え食品が大きな影響を与えているということで、向こうでは食品学を専攻した。また、日本ではこのような混乱を起こさせまいと決意し、農業大学に入る事を決心した。
大学やその後は日本に留まると決めていたので、丁度高校が終わる時期に帰国した。変えたのはファッションセンスだけだったが、大きく変わった自分にみな驚いていた。口々にアメリカに行きたいと言い始め、それに対して私は対応にとても困った。
進学先を決めるために家に帰ると、母が涙を浮かべて待っていた。泣きながら、母は懸命に彼女の犯した間違いを言葉にして紡いだ。私が望んでいない事を無理矢理押し付けた事。
そのせいで、学校でいじめを受けていたという事実を、私がいない間担任の先生から聞かされたという。
涙を流す母を、私は優しく抱き締めた。私だって少し反抗心が強すぎた、と謝った。こうして、母と私の間にあった溝は埋まった。
大学に入学した私は、そこで運命の人と出会った。彼は実験好きで、実験のためならご飯も口にしないような、一途な人だった。そこで、私は毎日弁当を作って、朝も実験を続けているであろう彼に差し入れを持っていった。この人のためならと、身を尽くした。
丁度彼が20歳を迎えたので、彼が入り浸りになっていた実験室でサプライズパーティーを開いた。彼が泣いて喜んでくれたことが嬉しくて、こっちまで泣いてしまった。
そんなこともありながら、私達は揃って大学を卒業し間もなく入籍した。高校時代の同級生が学校から直接ゴールインだなんて羨ましいと言ってくるが、私達はただ会うのが早かっただけだ。逢瀬が遅くても、何らかのアクションを起こして待てばやがてチャンスは訪れる。果報は寝て待て、なのだ。
「……はぁ〜、疲れた」
書き綴っていたノートブックを閉じ、鉛筆を置いて腕を伸ばす。夫が朝から何やら真剣に物書きしているのを目撃し、丁度良いから私も何か書こうかしらと思い立ったのがさっき。一気に私の過去や、そこから学んだことなどを一冊のノートブックに夢中で詰め込んだ。
なぜ書いたのかと問われると、自分でもよく分からない。衝動的に書いた面もあるし、まだ夫には知らせていないがお腹の中の子供が将来行き詰まった時のために書いたと言われても頷ける。つまるところは、書きたかったから書いたのだということに落ち着いた。
「さ〜、そろそろ夜ご飯の支度でもしますかね」
座っていた白樺の椅子から立ち上がり、もう一度大きなのびをして部屋を出る。
「おっ、料理始めるのか? 今晩は焼きそばがいいなぁ」
学生時代とは打って変わって食いしん坊な彼から、早速夜ご飯の希望が出る。
「ふふふ、いいよ」
私は柔らかく微笑み、キッチンに向かう。
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