第三十五話 三度、刃を交え
聖騎士を殺す術があると言うジーカを訪れた征四郎一行。
そのジーカで征四郎は幾つかの不思議な体験をする。
その体験が示したのは、ジーカの地下に赴き古き地層の土を征四郎が食べる事で、廃都ジーカに宿る記憶、歴史を垣間見て知識とする事だった。
ロズワグンにそう告げて地下への入り口を探そうとしたときに、ジーカは新たな来訪者を迎えた。
探索に赴いた三組と合流しようと動き出した征四郎とロズワグンだったが、周囲を見渡しても誰一人見つけられなかった。
今、征四郎たちがいるのがジーカ中央にほど近い広場……正確には広場の脇の石造りの建物だ。
窓を遮る物は何一つないため、立ち上がれば広場は一望できる。
広場には誰もいないように見えた
征四郎とロズワグンは仕方なく、外に出て仲間達を探す事にした。
そして、出会ってしまったのだ。
夕日に反射する
聖騎士と魔人の二人に……。
乾いた風が吹き抜ける廃墟、しかし、聞こえてくるのは水路の水が流れるせせらぎ。
無言のまま対峙する四名。
その只中にあって、明らかにロズワグンは自身が格下であると言う認識を抱く。
少なくとも、白兵戦となればその認識に誤りはない。
こちらは剣を振るうは征四郎一人に対して、相手方は二人。
片や不死身の聖騎士、片や謎めいた魔人。
魔人である黄衣の女が語りだす。
「このジーカと言う所は奇妙な所ですね。湿度なく乾いていながら豊富な水路があるばかりか、まるで誰かが未だ住んでいるような生活感にも似た何かを感じさせます。廃墟特有のうらぶれた寂しさが無い。
「……
既に黒い刀をトンボに構えた征四郎を前にして、大葦原の刀とは聊か趣の違う片刃の刃を正眼に構えた
長剣を右手に持ち、だらりと垂れ下げたままの聖騎士レドルファの放つ殺気を受けながらだ、その戸惑いも当然と言えた。
「小官は貴方に特別敵意は無いのですよ。親友の伯父上でありますれば」
レドルファは殺意を漲らせながらも、蛇宮に遠慮しているのか、今は動かない。
それも奇妙であり、征四郎は警戒だけを強めていく。
だが、彼女の言葉には聞き捨てならない物があり、眉根を寄せて問いかける。
「一体、誰の事を言っているのだ?」
「
「馬鹿を言うな! 桜子はまだ二歳……いや、
「久遠中尉は
征四郎は蛇宮と同じ服装をしていながら、トヌカで相対したガスマスクを外さない久遠の顔を思い出す。
ガスマスクの目明き穴から見えた顔だちは、己より年上に見えた。
征四郎が彼等と祖国で戦ったときは、久遠は二十代前半、つまり征四郎より年下だった筈なのに……。
「お前達は、私が刺客になったあの日より将来から来たのだな?」
「そうです、小官は貴方から見れば
蛇宮の言葉に陰りが見える。
黒い額に入った征四郎の白黒の写真を見た事がある蛇宮にとっても、征四郎と言う男は全く見知らぬ相手ではない。
それでも、レドルファにとっては
「それでも、小官にも今の立場が在りますゆえ……刃を向けるご無礼をお許しください」
「相分かった、好きに致せ、蛇宮准尉。――聖騎士、わざわざ話し合いが済むまで待つとは如何いう了見だ?」
「世界を超えるとは難儀なのだな。――多少の興味があった。それに、例えタミヤが戦わずとも、裏切ろうとも俺の成すべき事に変わりはない」
征四郎は、赤土色の瞳でレドルファを見据えれば、彼はにこりともせずに言ってのけて、剣をゆるりと持ち上げた。
それが戦いの合図となった。
電光石火の打ち込みを行ったのは、驚くべきことに蛇宮である。
一気に距離を詰め、撃尺の間……刀の届く位置にまで距離を削れば、右足を踏み込み、征四郎を断ち切るために袈裟切りに片刃の刃を振るった。
その動きの切り替えに征四郎は舌を巻いた。
移動の瞬間は素早く軽い足取りだが、踏み込みはしっかりと、大地を踏みしめている。
しかも、肩、腰、足を皆一様に同じ方向に回して踏み込んでいるため、斬撃には力がある事が容易に察せられた。
(この太刀筋、この動き、新陰流か!)
空を引き裂く刃が、音よりなお早く迫った。
耳をつんざく衝撃音が音速を超えた証。
征四郎は虚を突かれたこともあり、その一撃を迎え撃つことは出来ず、斜め後に飛ぶ退った。
逆位置にいたロズワグンから離れる為だ。
だが、その動きを完全に読んでいたレドルファが既に追撃の態勢に入っていた。
蛇宮に比べれば幾分遅い動きながら、踏み込みと同時に十分な速度の乗った袈裟切りにも似た右上から振り下ろされた斜切りの一撃が放たれていた。
長剣が唸りをあげて迫る。
恐ろしく速い蛇宮の剣を避けれたのは僥倖。
それも征四郎の足捌きがあっての事だが、不用意に飛び退った事で体勢は崩れていた。
それでも、トンボの構えだけは崩さずにいた征四郎は迷わず迫る長剣を迎え撃つべく黒い刀を振り下ろした。
そして、長剣とぶつかり合い、その一撃を止めた筈の黒い刀が衝撃と共に弾かれて、征四郎の胸は斜め一文字に裂けて鮮血が噴出した。
その身を断たれなかっただけ、マシかもしれない、そんな事を征四郎は思いながら
荒い息、口元からあふれる鮮血、ロズワグンの悲鳴にも似た叫び。
そのどれもを聞きながら、征四郎は覚悟を決めた。
(なんとしても、ジーカの地下に赴き……聖騎士を殺す術だけは知らねばならない……! そして伝えねば!)
己の命はその為に使おう。
その為には今の危機からは脱せねばならない。
「言い残すことはあるか、カンド……」
「何も……」
神妙な顔の蛇宮、トドメを差そうとするレドルファを見やりながら、征四郎は笑った。
潔し! そう叫んでレドルファは征四郎の首を刎ねるために長剣を横凪に振るう。
が、征四郎は一転、前へと体を滑らせて、牙を剥く大蛇の様に剣呑な指先で、剣を振るうレドルファの腕に捉えると、関節を極めながら剣を振るったレドルファの勢いを利用して膝立ちのままジーカの石畳に彼を投げた。
見た事も無い技を突如掛けられたレドルファは、腕を折られる感触を覚えたのと同時に、石畳に叩き付けられ、衝撃で咳き込む。
「まさか! それは殿中警護の!」
蛇宮の驚愕の声を聴きながら、征四郎は立ち上がり、ロズワグンの手を取り走り出す。
ロズワグンは手を引かれながら、懐から報奨金で揃えておいた触媒を取り出して、惜しみなく全てを投じた。
蛇宮はロズワグンの術を初めて見た、それが一瞬の怯みに繋がる。
一瞬でも隙があれば十分と、ロズワグンは微かに笑みを浮かべる。
白兵戦ではただの荷物かも知れないが、この様な場であればロズワグンは自分が随一だと知っている。
魔物の牙で作られた数多の触媒は、無数のスケルトン・ウォリアーを召喚し、聖騎士と魔人の足止めを行うべく、盾と剣を振るい襲い掛かった。
蛇宮の剣の一振りに二体、三体と倒されるが、斬られたスケルトンは、暫しの時間の後に再び動き出す。
その状況を確認し、時間を稼げると踏んだロズワグンは、足がもつれ倒れ込みそうな征四郎を肩で支えて、走り、走り、走った挙句に、ここが何処だか分らなくなった。
端的に言えば迷った。
【第三十六話に続く】
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