第290話 魔女と魔王と――(前)


 コロナが恋バナに花を咲かせ、ヤマルがキリキリと胃を痛めているちょうどその頃……。



 ◇



「良い天気ねー」

「うむ。まさに絶好の勇者日和だな」


 王都を囲う巨大な外壁の上。普段見張りの兵士ですら入る事が稀である場所に複数の人影があった。

 一人はウルティナ=ラーヴァテイン。

 紫紺一色の魔女ルックに身を包み、羽織っているマントをなびかせながらそこから見える王都の外を遠くまで眺めている。

 そんな彼女のすぐそばにいるのはマティ……もといブレイヴ=ブレイバー。

 彼は外壁の縁の上に立ち、こちらも負けじとばかりに真っ赤なマフラーと白色の長髪を風になびかせている。

 腕を組み直立不動で佇むその姿はまさに威風堂々。ただし場所が場所なだけに彼を認識できているのはこの場にいる人だけであった。


 双方ともに二百年前の大戦時に戦い、自国で英雄と目される人物である。

 そんな歴史書に名を連ねる二人の後ろで少々困惑顔の人物が一人。


「あの……ところで私は何故この様な場所に……?」


 それはメイドであった。それもレディーヤと同じデザインの服を身に着けた王室侍女ロイヤルメイドだ。

 見た目だけで言えばウルティナよりはやや年上。しかしその年齢を正しく己が美として昇華した雰囲気を漂わせている。

 スタイルは流石にこの場にいる魔女には劣るものの、彼女の出す雰囲気からすれば過度な主張は邪魔であり、それらを考慮するとむしろ適正と言うのが相応しいだろう。

 王都では良くいる金色の髪を結わえ、シックなデザインのメイド服に身を包む彼女は実に従者と言うに相応しいと誰もが言うに違いない。


 そんな美と侍女としての実力の双方を持ち合わせる彼女ではあるが、似たような人物なら実は少なくない数が存在する事を知っている。むしろ彼女の同僚が同程度なのだから、このレベルですら没個性と言われてもおかしくはない。

 だからこそ、そのメイドは何故自分がこのような場所に連れてこられたのかが分からなかった。


「まぁまぁ、すぐに説明するわよー」

「は、はぁ……」


 にこやかな笑顔を返すウルティナだが、彼女とて意味も無くこのメイドを連れてきたわけではない。

 それは少し前の模擬戦イベントの時の事。

 あの時、ウルティナは弟子である野丸経由でレーヌ女王及び侍女長であるレディーヤと顔を合わせた。そして翌日、自身の経歴を使い非公式ではあるが二人と会談をしたのだ。

 会談自体は当たり障りのないものではあったが、その際ウルティナは『こちらが指定するメイドの一人を一日貸してほしい』と願い出た。

 国の英雄でもあるウルティナの申し出を無碍にもできず、また内容もそこまで大事でもない為レーヌとレディーヤはこれを了承。

 そして本日、いつも通りの業務をしようとしていたメイドの一人をウルティナが捕まえ、彼女はあれよあれよと言う間にこの場に連れて来られてしまったのだ。


 一応突発的にすることも了承は得ており、連れ出す直前にレディーヤには話だけは通してはいた。

 しかし何も聞かされていない彼女からすればたまったものではないだろう。困惑するのも無理のないことであった。


「とりあえず……んしょっと、これに座ってくれる?」

「……私が座るのですか?」

「そうよー。ささ、遠慮無く」


 どこからともなく現れた椅子に座るようウルティナが促すも、彼女は中々動こうとしない。

 普段からメイドとして立ち仕事に従事し、誰かに付き従っている時は基本座ることが無い彼女にとってはやや躊躇うものがあった。

 しかし有無を言わさぬウルティナの笑顔に根負けし、メイドは大人しく出された椅子へと座る。彼女は恐る恐ると言った様子で椅子に腰を掛けるが、特に何かが起こる様子もない。

 これから何が起こるのだろうと不安な様子を見せ視線をさ迷わせる彼女だったが、その視界が不意に暗くなる。


「ごめんね」

「え」


 その瞬間メイドの意識は途切れ、その体がだらりと力なく椅子にもたれ掛かる。


「殺したか」

「そんなわけないでしょ」


 寝かせただけよと呆れた声でウルティナがブレイヴにそう言い返すと、彼女は椅子を出した時のようにどこからともなくロープを取り出す。

 それを空中に投げるとロープはまるで意思を持ったかのように動き、椅子ごとメイドを簀巻き状に縛り上げていった。


「ま、こんなところかしらね」


 一仕事を終えたかのようにウルティナがそう言うと、それまで縁の上に立っていたブレイヴが彼女の隣へとやってくる。

 そして魔女と魔王、二人が並び立ったところでウルティナが口を開いた。


「いるんでしょ、


 二人が見下ろす視線の先には椅子ごと縛られ力なく眠るメイドが一人。

 しかしウルティナは気づいていた。間違いなく、と。


「…………」

「……何の反応もないな。本当にいるのか?」

「もちろん。まぁ別に出てこないならこっちで勝手に進めるだけよ」


 そうしてウルティナが右手に魔力を集めだしたところで変化が訪れる。

 彼女の魔法によって眠っていたはずのメイドの目がゆっくりと開かれ、その顔が真っすぐ二人へと向けられた。


「……実に懐かしい顔ぶれですね」


 その目はまるで死人のように濁っていた。

 その口は下卑た笑みを浮かべていた。

 その顔は先ほどのメイドと同じ顔とは思えぬほど歪んでいた。


 そしてそれら全てはウルティナとブレイヴにとっては覚えのある光景だった。


「ふむ、この小物臭漂うニヤけ面は間違いなくあの時我がぶっ飛ばした奴だな」

「『ぷげらっ!?』って中々聞かない声だったわねー」

「ッ……! ま、まぁいいでしょう」


 ピクピクとこめかみに青筋を立てるも表面上は至って冷静さを装うレイス。

 その目の前でとても……そう、とてもウザい事この上ない表情で笑う悪女が一人。

 実に二百年ぶりの再会ではあったが、彼らの間柄を如実に語るような雰囲気であった。


「しかし消されたはずの私がこの世にいる事、そしてこの女の中にいる事も良く分かりましたね」

「あら、貴方の事を知っていればそこまで難しい事ではないわよ。《操魂ソウルテイカー》のレイスさん?」


 得意気にウルティナが話す一方、その横で『切っ掛けはヤマルのお陰だっただろうが』と言う目線を送るブレイヴ。しかし実際その後レイスの居場所を突き止めたのは紛れもない事実だ。

 レイスは能力の特性上、見つけるのはとても難しい。その為に以前要請を受けていた事を思い出すブレイヴだったが、今回あっさりと見つかった事については拍子抜けする程であった。


 ウルティナが言う様に、レイスの別名は《操魂》。文字通り魂を操る力を持つ。

 この力は他者の魂の在り様を歪め、その人間の性質を変えてしまう。例えば以前は温和な性格だった人間が狂暴になる等だ。

 またレイスはこの力を使いウルティナとは別の方法で悠久の時を生きてきたことをブレイヴは知っている。

 いや、生きてきたというのは適切ではない。

 何せ肉体自体はすでに滅んでいる。しかしレイスはその力を自身に使い、魂となって他者に寄生し今日まで存在し続けてきた。

 故に幽霊レイス。まさに悪霊と呼ぶに相応しい存在。

 そしてレイスが寄生する肉体は魂同士の波長が合うことが条件であると言うことをブレイヴはウルティナから聞いていた。つまり目の前にいるこのメイドが今代の肉体と言うことだ。


「フン、少々見誤りましたか。しかし見つかった以上は私を消すつもりですね?」

「当たり前でしょ。以前あれだけのことをしでかして、そして今回もまた禄でもない事してくれてるんだもの。今度こそキッチリとカタを付けさせてもらうわ」

「なるほど、そこから足が付きましたか」

「王族狙いは愚策も良いところね。あんな限られた空間にいるメンバーから絞り込むなんてすぐよ」


 なおもウルティナとレイスの会話が繰り広げられる中ブレイヴは考える。

 レイス自身の直接戦闘能力はそこまで高くはない。ただし能力は不死に近いものがあり、殺すのではなく魂を滅さない限り今回のように長い年月をかけて甦る可能性が高い。

 事実、二百年前のあの日。ウルティナとブレイヴは協力しレイスと戦い勝利を収めた。

 肉体をブレイヴが破壊し、その魂をウルティナが木っ端みじんに吹き飛ばしたのだ。


 しかしそんな魂の破片からこうしてレイスは甦った。

 だがブレイヴは以前ウルティナから対処法がある事を伝えられている。彼からすれば禄でもない性格の持ち主の魔女ではあるが、その実力だけは他の誰よりも信頼していた。

 そしてその実力や厄介さは実際の矛を交えたレイスとて知っていることだ。


 だからこそ、が不可解だとブレイヴは考える。


(アイツはやると言ったら確実にやる。恐らくこの二百年の間により強力で精密な対魂対策は練っているはずだ)


 レイスの能力の一番厄介なところはその潜伏性だとブレイヴは考える。

 直接的な強さは寄生先の肉体で左右される。《操魂》の力も高い精神力や魔力で抵抗は可能。

 だが波長が合う肉体があれば無限に生きどこまでも、いくらでも逃げ回れる。


 しかし今日この場でウルティナによりその居場所を突き止められた。

 周囲にいるのはレイスにとって絶対潜伏先には成り得ぬ二人しかいない。仮に魂だけ逃げてもウルティナであれば逃がさないであろうと言う確信がブレイヴにはある。


「くく……まさに絶体絶命と言ったところですね」

「あら、あそこまで生に執着していた人とは思えないわね。随分と大人しいじゃない」

「ここまで完璧に対処されてはむしろ諦めがつくと言うものですよ。いっそ清々しさすら感じますね」


 目を細め空を見上げるレイスの表情は言葉通り清々しさを漂わせている。

 やはり何かおかしいとブレイヴは思わざるを得ない。少なくともレイスを滅したと思ったあの時、怨嗟の声をまき散らしながら生に執着する声を聞いている。

 そんなヤツがたかだか二百年で観念するだろうか、と。


「そうそう、そう言えば少し前にちょっと面白いこと知っちゃってねー」

「ほぅ、貴方が面白いと言う程の知識ですか。冥途の土産に聞かせて貰っても?」


 そんな事をブレイヴが考えていると、ふと何かを思い出したかのようにウルティナがレイスに話しかけた。

 その内容にレイスはとても興味深そうな声をあげる。

 そしてにっこりと笑顔を浮かべたウルティナがその内容について口を開いた。


「別の世界の概念なんだけど、分霊ってのがあるらしいのよね」


 瞬間、レイスの動きがピタリと止まった。






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~Tips~


王室侍女の女性。レディーヤの同僚兼部下。

レイスの被害者枠。とある王国貴族の令嬢であり、前第一王妃に魔導書を渡した人(なお当人に自覚無し)。


同僚から同性愛者として噂されている(レイスが男性を拒否ってる為)。

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