第251話 閑話 いつまでもにじゅうごさい


 それは魔国の首都、魔都ディモンジアへ戻る道中のことだった。

 昼食時となり、街道沿いの脇にカーゴを置き皆で食事をしていた時のこと。


「ねー、ヤマル君ー」

「ん?」


 いつも通り《軽光》魔法の練習の傍らポチにご飯をあげながら食事を取っていると、不意に自分を呼ぶ声がした。

 顔を上げるとそこにはこちらを向いているウルティナの姿。

 また変なことでも思いついたのかな、と心の中で身構えていると、彼女がやや神妙な面持ちで言葉を続けてくる。


「あたしね、前々から思ってたんだけど……」


 あの表情とこの切り出し方に心の警戒レベルを二段階ほど引き上げる。

 多分この後続く言葉はロクでもなく、それでいて割とどうでも良さそうなことだろう。

 無難な線としては男女の仲あたりだろうか。コロナかエルフィリアを巻き込んで……いや、もしかしたらウルティナ自身すら使う可能性もある。

 また突飛な話をする可能性も十二分にあった。

 周りを見れば殆どの面々が何だろうと彼女を見ているが、ブレイヴだけがまた何かやろうとしているなと怪訝な表情を浮かべている。

 さて、今日の話は如何様なものか。


「何で皆あたしの年齢とし聞かないのかなぁって」


 ………………。


 その瞬間、周囲の音が消えたような気がした。


(年齢ときたかぁ……)


 確かにウルティナの年齢については前々から疑問には思っていた。

 一応この世界には長命種もいる。と言うか目の前にいるエルフィリアにブレイヴ、ミーシャは全員年齢が三桁台以上だ。

 逆の短命種がいるかは聞いていないものの、少なくともこの世界でも人間の寿命は彼らに比べそこまで長くはない。

 天寿を全うしたとしても、百歳を越えること自体奇跡レベルな程である。


 しかしウルティナは二百年前の大戦時からこの世界にいる。つまり少なくとも二百歳以上は歳月を重ねていることになる。

 ブレイヴとの会話から彼女の容姿についての言及があまりないため、恐らく見た目もその頃から変わっていないのだろう。

 つまり召喚時から今と同じ見た目である可能性が高く、元の世界で生きた年月を加えれば一体何歳なのか想像も付かない。


「んー……そう、ですね。あまり女性の年齢を聞くのはデリカシーに欠けるかなぁと」


 言葉を選びながら無難な回答を選択する。

 同じ人間ではあるが、もしかしたらウルティナの世界の人間は長命種と言う可能性も捨てきれない。

 もちろん彼女の場合は魔法で何かしている可能性が一番高いが……。


「あらー、良い心がけねー」

「はは……」


 にこやかに笑みを浮かべるウルティナに対し乾いた笑いしか出てこない。

 とりあえず選択肢としては間違っていなかったが、こんなやり取りを暫く続けるかと思うと食欲が減衰してくる。

 そんなこちらの状態など露知らず、ウルティナは『聞いてくれないのー?』と言う視線をずっと送ってきていた。

 しかも現在問われているのは自分のため、他の人にパスすることも出来ない。

 心の中でため息を一つ吐き、諦めの感情を出さぬようゆっくりと口を開く。


「まぁ、でも気にはなってましたね。人間なのにずっと若いままですし」

「でしょ? すごいでしょ? これ会得したのはまだあっちにいた頃だけど、我ながらすごいなとは思ってるのよねー」


 あー、目端に映るブレイヴが『うぜぇ……』って顔してる……。

 でも他の人は割と興味ある様な感じだ。皆も口に出さないだけで気になっていたのかもしれない。

 まぁ折角向こうから聞きづらいことを聞いてきたんだから振ってみることにしよう。自ら話題に出すぐらいなのだからさほど重要なことでもないかもしれないし。


「実際のところ、師匠の寿命って普通にしていれば俺と同じぐらいですか?」

「多分ねー。向こうの人間も寿命は大体六十か七十ぐらいだったし、あたしもそれに漏れないんじゃないかしらね」

「……ぶっちゃけ不老不死だったり?」

「あはは、無い無い。ちゃんと歳も取るし怪我だってするし死にもするわよー。まぁでも似たような状態ではあるけどね」


 うーん、となるとどういうことだろう。

 そもそも不老不死に似たような状態って何だ。字面で言えば死なず、老いずってことだけど……。


「ちなみに昔マー君には教えたから黙っててねー」

「教えたというか自分から自慢してきたんだろうが……」

「あたしのスゴさを教えてあげようと言う慈愛と優しさからと言って欲しいわね」

「自愛と卑しさの間違いじゃないのか」


 瞬間、まるで弾かれるようにフォークがブレイヴに向かって飛ぶも、彼は自分のフォークでそれを難なく弾く。

 やってることはアホっぽいのに、お互い一つ一つの所作は恐ろしくハイレベルだ。


「はい、じゃぁコロナちゃん答えをどうぞ!」

「え、私!? あ、えーと、うーんと……」


 まさか自分に話が振られると思っていなかったのか、ビクリと小さく体を跳ねさせしきりに考え始めるコロナ。

 うーんうーんと唸っていたが、何かしら思いつくことがあったのかその顔を上げる。


「物凄い再生能力を持っているとか?」


 あー、確かに再生能力が強かったら不死に近いことが出来るかもしれない。

 でも老いは……いや、徐々に肉体が死に近づいているようなもんだから、それを補っていると見ればまぁありといえばありだろうか。

 しかしコロナの応えに対しウルティナは違うととても楽しそうに告げる。


「じゃあ次、エルちゃんどうぞ!」

「え、えと、その……例えば、ですけど、身体の時間を止めているとかでしょうか……」

「残念ー。確かに時間が止まれば不老不死に近いけど、その場合動けなくなっちゃうからね」


 どうも身体の時間を止めると言うのは彼女からすれば『外界との時間を切り離す』と言うことらしい。

 その間は確かに不老で不死に近い状態になるが、生きているとも言えず保存に近いとのことだ。


「なら実はその身体がゴーレムみたいな造りもんだったって線はどうだ?」

「お、ドルっちっぽい着眼点ね。でもそれはあたしの事じゃなくてゴーレムの事になるから違うかなー」


 ドルっちって……。

 でも造り物であれば身体は確かに不老不死に近しいものだ。壊れてもまた造れば良いと言う着眼点は確かにドルンらしいと言える。

 するとミーシャが自分から思い付いたであろうことを口にした。


「うーん、食事時に言うことじゃないかもだけど……。実は死霊術師ネクロマンサーで、その身体は死んでるんだけどその状態で動かしているとか」

「ミーちゃん、それだと最初に言ってた怪我もするし死にもするとは矛盾しちゃうわよー」

「あ、そうね……」

 

 完全にその事を失念してたミーシャは少し気恥ずかしそうに顔を伏せた。

 そしてこの流れからだと多分次は自分だろうなぁと思っていると、予想通りこちらに同じ質問が飛んできた。


「じゃあヤマル君、弟子として正解をどうぞー!」

「別に知ってるわけじゃないですけど……ならエルフィに近いですが時間をゆっくり流しているとか?」


 完全に動きを止めるのではなく、ゆっくりと流せば影響は無くなるのではと思っての事だった。しかしウルティナの反応は芳しくなく、「ヤマル君、失格ー!」とまで言われてしまった。


「ちなみに自分の時間遅くするってことは周囲は逆に物凄く早くなるからね。こうやって話すだけでもあたしは超早口じゃないといけなくなるし、聞くのも皆の言葉が物凄く早くなるしねー」


 例えば普通の人より十倍生きるとした場合、彼女の体感速度は皆の一割しかない。

 一分間で周囲が一時間分動くと考えれば、周囲にあわせるためにどれだけ早く動かなければならないかが分かる。


「ではどうやってるんですか?」

「んふふー。まぁエルちゃんやヤマル君が近いんだけどね」

「と言うことは時間回りですか」


 しかし時間を止めるのもゆるやかに流すのも違う。

 それ以外で不老不死に近しい状態になることとなると、果たしてどの様な手段を用いているのだろう。


「まぁ簡単に言えばある時間を起点に巻き戻してるのよ。ヤマル君風に言えばループと言えばいいかしらね」

「……あぁ、なるほど。そう言うことですか」

「え、え、どういうことなの?」


 ウルティナの言い方にようやく合点がいく。しかしこの手の話にあまり馴染みがないのか、自分とブレイヴ以外の面々はいまいち飲み込めていないようだ。


「じゃ、ヤマル君。後はよろしくー!」

「自分から話題振っておいて丸投げしないでくださいよ……」


 ヒラヒラと小さく手を振り、説明自体が面倒くさくなったのか自分から説明するように命じられた。

 若干げんなりしつつも、間違った部分あれば訂正して欲しいと言う約束だけは取り付ける。


「じゃぁめんどくさがりな師匠に代わって説明するね。多分これで合ってると思うけど……師匠が不老不死っぽいのは身体の時間を巻き戻し――つまり過去の状態に戻してるって言えばいいのかな」


 日本の小説で言えばループものに近いのだろうが、あちらが世界が巻き戻っているのに対しウルティナは自身の身体のみが巻き戻っているんだろう。

 だから老いもするし死にもするが、巻き戻りが発生するので進んだ分だけ元に戻る。

 結果他の人から見たらずっと若いままだし、仮に何かの拍子に怪我を負っても無かったことになるといった具合なんだろう。

 そう皆に説明すると全員納得はしてくれたが、同時に信じられないと言った驚きを露にしていた。


「つまりあたしは二十五歳をず~~~~っとやってるってわけねー」

「あれ、師匠って自分と歳一緒だったんですか」

「はっは、ヤマルよ。肉体年齢と言ってもいいんだぞ」


 笑いながらウルティナから放たれた魔力弾を避けるブレイヴだが、残念ながら自分は命を掛け金にして冗談を言う勇気はない。


「でも何で二十五なんですか? 師匠ならもっと若かったり歳取ったりと自由に決めれそうですけど」

「体力と魔力のバランスねー。若いと魔力低すぎるし、歳を取ると逆に体力落ちるのよ。魔術師としてなら基礎魔力が豊富なもっと上でもいいかもしれないけど、フィールドワークとか色々考えるとねー。魔力自体はやり方で色々出来るし。後は若くて美人の方が良いでしょ?」

「……そうですね」


 せっかく途中までは感心して聞いてたのに……。まぁでも最後の言った言葉もウルティナらしいと言えばらしい。


「あの、ウルティナさん。一つ気になることあるんですけど……」

「んー? なぁに、エルちゃん」


 おずおずといった様子で小さく手を上げるエルフィリア。

 今のやり取りに何か気になった点でもあったのかと続く言葉に耳を傾ける。


「時間操作で巻き戻った時ってウルティナさんの意識どうなってるんですか……? 止めた時や緩やかな時はそのまま影響受けちゃうんですよね」


 その言葉に今度は自分がはっとする番だった。

 確かにウルティナは先ほどこう言っていた。時間を止めた状態だと動けなくなるし、ゆるやかにしたらその分早く動く必要があると。

 では巻き戻した場合はどうなるか。

 影響をそのまま受けるのであれば、巻き戻る直前までのあらゆる経験や記憶なども無かったことになる。

 彼女がどのタイミングで巻き戻りが発生しているかは分からないが、もしそうだとしたら自分達のことすらそのうち忘れてしまうのではないか。


 だがしかし、と頭の中の別の部分が待ったをかける。

 あのウルティナがそんな素人でも分かりそうな欠陥状態を放置するのかと。現に彼女が言う「ずっと二十五歳」を鵜呑みにするのであれば、最長でも年に一回は巻き戻りをしていることになる。

 それにも関わらず二百年前にブレイヴと戦ったことを当たり前のように話しているし、そもそも忘れているのであれば彼の名前すら出てこないはずだ。

 第一あの研究人間が自分の進めた内容や記憶を巻き戻りで白紙にするような真似をするとは到底思えない。


 何かしてるんだろうな、と期待半分な視線をウルティナに送っていると、彼女はエルフィリアの質問の回答をし始める。


「結果から先に言うと戻った後は綺麗サッパリ忘れちゃってるわ。だってそう言う魔法だしね」


 やはり、と言った空気が周囲ににわかに漂い始める。皆も自分と似たような思考に落ち着いていたのだろう。

 となると次の話は自ずと決まっている。


「まぁ皆も薄々感じてるでしょうけど、もちろん戻した分を補填する方法はあるわよー。と言うより似たようなのなら人王国にたくさん出回ってるでしょうし」

『?』


 答えを知るブレイヴ以外の面々の頭上に『?』マークが浮かんでるように見えた。もちろん自分の頭上にも浮いているような顔をした自覚はある。


「この中ならヤマル君だけねー。すでに三冊分も入っているんだし」

「すでに三冊って何、が……」


 問いただそうとした途中でまるで何かが降りてきたかのように気付く。

 そう、確かに彼女が言う通り、この身にはが入っている。


「え、魔道書って記憶戻したりとか出来るんですか?」

「あはは、それは流石に無理よー。と言うより今ある魔道書って全部この魔法の劣化版みたいなものだし」


 何かさらっととんでもない事を口走りだしたよこの魔女様。

 魔道書と言えば人王国でも値が張る物だが、それ以上に『読めば誰でも魔法が覚えられる』と言う夢のような道具だ。

 この読むだけで良いと言う手軽さ、初期状態で魔法を使用できる段階までもってこれる習得時間の短さなど、あのブレイヴですら羨むぐらい(コロナ談)の代物である。

 それが実は別の魔法の劣化版なんて誰が思うだろうか。


「流石に発動中は見せれないけどねー。魔法名は《思いよ戻れリメンバーメモリーズ》、実際は魔道書の上位互換ね」


 そして自慢げに話すウルティナの魔法の内容は確かに魔道書の上位互換だった。

 魔道書は魔法を封印し取り出す代物だが、なんとこの魔法は全てを内包する。つまり巻き戻る直前までの記憶や知識、新しく編み出した魔法、技術etc……要するに巻き戻りによるウルティナが忘れてしまうであろう部分を納めることが出来るのだそうだ。

 巻き戻った後は魔道書と同じ様に開けば終了。身体だけ若返り、中身は以前のままになるのだそうだ。

 何となくパソコンやスマホのデータの移し変えみたいなのを想像してしまったが、そこまで的外れではないだろう。


 しかし……何と言うか。いくら向こうから振られたとはいえ、これはかなり重大な秘密なのではないだろうか。

 ウルティナのことだ、多分問題はないんだろう。しかし杞憂とは分かっていてもどうしても心配事は頭を過ぎる。


「でも良かったんですか、そのこと俺達にバラしちゃっても。もしかしたら師匠の知識とか他の人に渡る可能性あるんじゃないんですか?」


 魔道書の上位互換、と言うことは魔道書と同じことは出来ると見て間違いないだろう。

 先ほど彼女は覚える時は魔道書と同じで『開ける』と言った。しかし何をとまでは言って無い。

 魔道書のように本なのか、もっと別の物かそれは分からない。

 しかし覚える方法が一緒と言うことは、もし別の誰かが開いてしまえばウルティナの膨大な知識を得てしまうのではないか。

 だがそんなこちらの危惧等問題無いとばかりにウルティナはからからと笑っていた。


「魔道書と違って完全にこれはあたし専用よ。それにどこかの誰かが同じ魔法開発しても、その人専用になるだろうからどちらにしても問題無いわねー」


 とても重要なことを暴露したように見えない軽いノリで話す彼女を見て、多分これはばれても他人にはどうにも出来ない内容だと言うことに思い至る。


 その後も彼女はいかにこの魔法がすごいかを饒舌に語り、ブレイヴが時折茶々を入れるいつも通りの時間が過ぎていった。





 なお一番最初のウルティナからの質問であった『年齢』について何一つ分かっていないと気付いたのはその日の寝る直前の事だった。


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