第230話 ドラゴンの墓


 カレドラの後ろにあった大きめの通路を全員が並んで歩いて行く。

 通路の灯りはなかったので《生活の光ライフライト》をいくつか展開し先へ進むと、ドーム状の小ホールと思しき場所へ辿り着いた。

 しかしここに竜の骸は無く、代わりに前方と左右に更に奥へ続く通路が薄っすらと見える。


「さて、どっちだろ」

「左じゃな」


 後ろからの声に振り向けば何故かカレドラがこちらの後を着いてきていた。

 彼はその巨大な前足を挙げては向かって左側の通路を指し示す。


「ワシはここで待っておるから好きに探すがよい」

「分かりました」


 小ホールの中心で寝そべるカレドラに再度頭を下げ、残ったメンバーで左側の通路を進む。

 同じ様な大きい通路を歩き、そして程なくして再び小ホールのような場所へと辿り着いた。


「ヤマル」

「ん」


 《軽光ディライト》魔法でマイクスタンドの様な形状の物を数本生み出しその辺の床に立てる。

 光に照らされ出てきたのは部屋に山積みにされた竜の骸。

 かなりの年月が既に経っているのか肉や皮はなく、白い骨だけがそこに佇んでいた。


「……やっぱ大きいなぁ」


 見上げるほどに積まれた量もそうだが、骨の一つ一つが人間の体を優に越える大きさだ。

 カレドラの体格と同じぐらいのドラゴンが多数ここにいたと言う証拠でもある。

 ……本当に何で今はカレドラしかドラゴンはいないのだろう。


「ドルン、とりあえずどれを持って……ドルン?」


 彼の作業でも手伝おうと声をかけたが、ドルンは竜の骸を前にじっとそちらを向いていた。

 こちらの声にも反応を示す素振りもない。


「……いや、これはすごいな。まいった」


 一通り見終えては首をゆっくり振ると、ドルンは苦笑しながらこちらへと振り返った。

 その顔は嬉しさが出ていたが、それ以上にどう気持ちを表現して良いのか分からないと言った様子だ。


「まさに宝の山だな。こんだけあればヤマルなら領地貰って城が建つぞ」

「うへ、そんなに……?」


 少し貰っていこうかな、と邪な考えが浮かぶが、そんなことをすれば折角の魔宝石の話が無くなる可能性もある。

 ようやく手に入る瀬戸際なのにそんな馬鹿な理由で魔宝石を手放したくはない。軽く頭を振り、その考えを頭から排除することにした。


「それでドルン氏よ、どれを持っていくのだ。流石に全て持っていく訳にもいかぬだろう?」

「そうだな、本音を言えば全て持ち帰りたいところだが……」


 流石にな、とドルンは再び竜の骸を見上げる。

 相変わらず山積みになっている竜の骸はこのメンバーが総出で担いでも全て持っていくのは不可能だ。


「とりあえず量より種類が欲しいが……」

「あの、どうやって持っていくんですか?」


 そう、この場にほぼ完璧な形状で残っているドラゴンの骸。

 骨の一部でも巨大な上、ドルンがカレドラに話した通りならこの骨は加工が困難な素材だ。エルフィリアが持ち運び方法を尋ねるのも無理のない事だった。


「ま、そこは例の秘密ってやつを聞くしかねぇな。少なくとも加工するにあたり切ったり形を変えるたりするのは基礎中の基礎だ。出来ないと何もはじまらねぇ」

「ってことはまずは選定から?」

「だな」


 とは言えそこは巨大なドラゴンの骨の山。

 どれを取っても一級品なのだろうが、ドルンからすれば今後を鑑みるとここでも手が抜けないだろう。


「ふむ。具体的に良し悪しはどう判断するのだ?」

「ドラゴンの素材の目利きなんざ世界中の誰もやったことがねぇだろうからな。だから俺の今までの経験と鍛冶師としての勘で選ぶ。そこでだ……」


 ちょっといいかとドルンが何故か自分を指名。

 手招きする彼に近づくと、ドルンは自身の背嚢から一本のロープを取り出した。

 荷物を縛ったり山登りの補助に使ったりする、今までも何回も使ってる何の変哲もないロープ。ドルンはそれを丁寧に床に置くと、こちらに向けある指示を出した。


「ヤマル、《軽光》魔法で今から俺がこのロープで作る形とまったく同じ長さと形の物を作ってくれ」


 その指示に了解を返しつつ理由を聞くと今から素材の下調べに《軽光》魔法で作ったものを使うらしい。

 形状は直線から弧を描くものなどドルンに指示された通りの物が五種類ほど。大きさは手に持つ程度だ。

 まずはこれを骨の表面に這わせるようにしてささくれ立ったり尖ったりしているものを見つけるとのこと。

 何せ今から調べるものは素材でありながら従来の武器を越える物である。ちょっとした突起に引っかかるだけでも大怪我になりかねない。

 そこで《軽光》魔法の道具を先に這わせ、もし砕けるようならそこに何かあると言う事になる。

 一応ロープでもその検査は可能なのだが、ズタズタになって使い物にならなくなるかも知れない事を考慮した結果、即座に替えが作れるこちらの魔法に白羽の矢が刺さった形となった。


「見た限りだと狙い目はやはり角、牙、爪だな。皮や鱗もあればもっと良かったが……」

「流石に風化してるせいかどこにもないね」

「まぁそこは仕方ない。むしろ頂けるだけでも贅沢すぎるんだ。これ以上は望みすぎってもんだ」


 そしてドルンは自分が作った《軽光》魔法の道具を一つ手に持つと手近な骨へと歩いていく。

 手に持った道具をゆっくりと骨に這わせ、そしてその表面を注視するように顔を近づけてはまた別の部分を調べ始めた。

 あの状態になるとしばらく時間は掛かるだろう。ドルンの手伝いをしようにも手を出したら怪我をする可能性もあるため、ここは彼に任せる事にした。


「…………」

「ヤマル、どうしたの?」

「ん? いや、ここにあるドラゴンってどうして死んだんだろうって思って」


 強くて理知的で長命種。

 単に亡骸が詰みあがっただけなら普通にドラゴンの墓だと納得もできるが、今はカレドラしかいない事がどうしても気になる。

 ドラゴンともあろう種族が何故ここまで数が減ったのだろうか。


「確かに不思議ですね。エルフも長命種ですから数が増減し辛い種族ですけど、常に一定の人数はいますし……」

「それに何で遺跡ここに隠れるように住んでるのも不思議かなって。あれだけの力があればドラゴンの国もあっても良さそうなのにね」


 もちろん数が少なくなったのもカレドラがここにいるのも何らかの理由はあるのだろう。

 コロナやエルフィリアと顔を見合わせつつ軽い気持ちでその理由を話し合っていると、後ろからミーシャがおずおずと言った様子で声をかけてきた。


「あ~……その、ね。ドラゴンの数が少なくなってるのって多分……」

『そこの男が殆ど討ったからじゃな』


 ミーシャの声に被せるようにカレドラの声が周囲に響き渡る。

 しかしこの場にカレドラはいない。暗い通路の向こう側に今も寝そべっているのをエルフィリアが確認してくれたので間違いないだろう。

 恐らく何らかの魔法でこちらに声を届けているのだろうが、それ以上に先ほどカレドラの言葉に驚きを隠せない。

 普通なら驚いて声を出しそうなことなのに、あまりの衝撃に声すら出ないとはまさにこの事だ。

 見れば作業をしていたドルンも思わず手を止めこちらを見ているほどだった。


「え、ブレイヴさんが……?」

『うむ。直接手にかけた者、ここまで辿り着いて息絶えた者。色々おるが数が減ったのはそのせいじゃな』

「そちらが手を出してきたからだろうが。我は火の粉を払っただけだ」


 どこか不貞腐れたような様子を見せるブレイヴだが、どうやらカレドラの言ったことは本当の事らしい。

 つまりブレイヴは正真正銘の【竜殺しドラゴンスレイヤー】と言うことになる。

 冒険者ならば【竜殺し】は最高峰の二つ名だ。それも英雄と言っても差し支えないぐらいの称号である。

 ただしブレイヴを見る限り、それをやってのけた当の本人はあまり誇りには思っていなさそうだ。


「えっと、もうちょっと詳しく言うわね」


 そしてミーシャの口から語られる事の顛末。

 それは今から大よそ百九十年ぐらい前の事。当時はどの国も戦後復興を行っている時期であり、魔国も例外なく街の修復や周辺の治安維持など忙しい日々を送っていた。

 そんな最中、突如としてドラゴンの集団が首都のディモンジアを強襲。

 街を防衛する軍も先の戦争で疲弊しており、更に再編成が済んでこれからと言うときのタイミングでの出来事だった。

 折角手に入れた平和な日々。しかしドラゴンの蹂躙により街や住民、そして兵に少なくない被害が出る。

 その時に打って出たのがそこにいるブレイヴであった。

 彼の活躍で襲ってきたドラゴンの大半は討伐され、怪我をしたドラゴンも仲間の亡骸を抱えほうほうのていで逃げ帰ったのだそうだ。


「ドラゴンを複数も一人で……」

「ブレイヴさん、ホントに何者……?」

「勇者だが?」

「や、そうじゃなくて……」

「あれ、でもそれではブレイヴさんはカレドラさんと敵対関係ですよね? 今の様子からはそうは見えませんけど……」

「なぁに、そこはで語り合ったからな」


 不敵な笑みを浮かべ右拳をこちらに突き出すブレイブ。

 しかしそれは語り合うじゃなくて殴りあうなんじゃ……と言うツッコミはさておき、この話にはまだ続きがある。

 実はその襲撃にカレドラもやってきていたのだ。

 正確にはドラゴンが逃げ帰るときになってからやってきたので、実際のところカレドラは街を襲ったり人を殺めたりはしていない。

 しかしカレドラは逃げる同族を守るため、ブレイヴは襲ってきた襲撃者を倒すため、互いに引けぬ理由により拳を交える事になった。


「あの時はすごかったわね。当時は私はまだ小さい子どもだったからどう戦ってたかは分からないんだけど、数日間戦ってたわよね?」

「時間は忘れた。あの時は目の前のオオトカゲを殴っていたからな」

『抜かせ。ワシに半身焼かれておったじゃろうが』

「そっちこそ我に羽をがれてたであろう?」


 ちなみに現在どちらもその怪我の跡は無い。

 カレドラも両羽は健在だし、ブレイヴの半身も火傷の跡一つなかった。


「ともあれ双方痛み分けで終わったのよ」

「そんなことがあったんですね。ちなみに何でカレドラさんの仲間は襲ったんですか?」

「アレは若いドラゴンだったらしくてな。我らがでかい顔をして街にいるのが気に食わないとかだったか」


 結果、仕掛けた奴はその命を持って代償を払う結果になった。

 そしてやってきたカレドラと戦う流れになったらしい。


『止めれなかったのはワシの落ち度じゃが、同胞を殺られてちょぴっと頭に血が登っての』

「何がちょぴっとだ。ブレスで山に大穴を空けたであろう」

『大地にクレーター作ったヤツに言われたく無いわい』


 なんとも豪快な話である。

 三人の話から全て真実なのだろうが、あまりにも規模が大きすぎて全然実感が湧かない。

 しかし強い強いと思っていたが、ブレイヴの強さがそこまで突き抜けているとは思わなかった。

 確かにこの力を持っている人物が街中であの様な奇行をしていたら止めるのは苦労するだろう。暴れられたら止める人がいないのではないか。

 あの四天王の人達が頭を抱えているのも無理のない事であった。


「あの、カレドラさんはどうしてこの地にいるのでしょうか。私達エルフは外界からなるべく避けるために人里から離れたり結界を張ったりしてましたけど……」


 そんなことを考えているとエルフィリアが通路の向こうに居るカレドラに向け質問を投げる。

 それについては自分も気になっていたので二人の会話に耳を傾ける事にする。


『ふむ、この地に留まる理由か。その辺りは先の同胞が行った件にも関わるのだが、誰か我ら竜族の生態に詳しい者はおるか?』


 カレドラの問いかけに全員が顔を見合わせるが、誰もその辺りは知らないようだ。

 魔王であるミーシャや、カレドラと付き合いのあるブレイヴも首を横に振っている。


『詳細は省くが、竜族は主に魔素マナを取り込むことで生きながらえる。まぁ取り込み方は色々じゃな』


 更に詳しくカレドラが説明を続ける。

 この魔素の取り込み方は魔力を体内に吸収する行為であれば何でもよいらしい。

 例えば魔力の塊である魔石を食す、魔力を帯びてるであろう生命体を喰らうなどあるが、彼が取った方法は大気中に漂う魔素を取り込むと言う方法だった。

 効率面でいえばそこまで良くないこの手法だが、カレドラが言うにはこの世界にはいわゆるパワースポット的な土地がいくつか存在し、この遺跡がある場所もその一つなのだそうだ。

 そして魔都ディモンジアもそれに該当する場所であるらしい。

 若いドラゴンが街を襲った理由も自分達がこの様な場所で過ごす一方、自分らより脆弱な種族がその場所を占有していることが我慢ならなかったと言う理由が半分。

 後の半分は強者である驕りと気分であった。

 結果は先の通りその代償はとても重く、若いドラゴンを筆頭にそれを守ろうとした親世代もブレイヴによってまとめて討伐される事になる。


『つまりここにいるのは単に魔素の供給量が十分だからじゃの。そしてもう一つは同胞の骸を見守らねばならん』

「それって荒らされる事を嫌って……ですか?」

『それもある。が、この様な魔素の濃度が高い地で放っておくと魔物化しかねないからの。何せ条件は整っておるしの』


 この場所には素体となる竜の骨があり、核となる魔宝石があり、おまけに動かす為の魔力がある。

 確実にそうなるわけではないらしいが、仮に魔物となった場合竜の骨で出来た魔物の完成だ。その脅威は他の魔物なんかと比べ物にならないのは想像に難くない。

 理知的なカレドラですら脅威の対象であるドラゴンだ。骸となったドラゴンの魔物はただの暴力装置と成り果てるだろう。

 だからそうならぬ為、カレドラはここに居座っているとのことだった。


『だから今回ヤマルらに同胞の一部を渡すのは良い機会だったのかもしれないと思ったのじゃ』


 ここで死蔵していても魔物化の危険性がある。ならばいっそのこと自分の目で見た存在に渡せば良い。

 そう締めくくるカレドラの声は、少し安堵したような声色だった。


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