第200話 魔国


 人王国と魔国を隔てる国境はちょっとした砦のような作りだった。

 左右に広がる山脈。その山間を縫うように延びる道のど真ん中にそれは建っている。

 街門もかくやといった頑丈そうな大きな扉。そしてその扉から左右の山肌に延びる石造りの壁。

 そんな国境の門の前には二つの人影があった。

 王都でも見たことのある鎧に身を包んだ王国兵。おそらく国境警備隊の人達だろう。

 あまり見ている人はいないだろうに、直立不動で佇む彼らの姿を見てはその真面目さが窺い知れる。


「あれが魔国の国境だな。コロナ、エルフィリア、国境が近いから準備しとけ!」

「はーい!」


 カーゴの窓からコロナの元気の良い返事がこちらに届く。

 そのまま国境の側まで近寄るといつも通り止まるように指示を受けた。


「ようこそ旅人よ。しかしここから先は魔国。何か問題があれば我が国との問題になりかねん。その奇妙な物を含め色々と調べさせて貰うが良いな?」

「分かりました。ちょっと待ってくださいね」


 カーゴに向け手をかざしコンソールを呼び出しまずは地面へと下ろす。

 続いてドアを開けコロナ達に出てくるように声をかけると中からポチを抱えた二人が降りてきた。

 光るコンソールに加え、降りてきた面々に少々呆気に取られた様子の警備兵だったが、そこは職業軍人らしくすぐに平常心を取り戻すと仕事に取り掛かる。


「ではまずは各自名前と職業、それと何か身分証明するものがあれば提示してくれ」


 そして警備兵の指示通り名前を告げそれぞれが自分が入っているギルドカードを提示する。

 エルフィリアの番のときだけは種族的に念入りに調査されたものの、特に問題は無いと判断された。

 一応二、三言ほど代表者である自分が尋ねられたが、それも無事に済んでほっと一息である。

 ただその後ポチを一度戦狼状態にしたときは流石に彼らも緊張を隠せないようだった。

 前以てポチが魔物であり戦狼の子で、しかも魔術ギルド所属で認められていると言っておいたのだが、やはり言葉で聞くのと目で見るのでは結構違うらしい。


 メンバーの検査が終わった後はカーゴの検査に取り掛かる。

 いつもここまでしているのかと尋ねるが、普通の馬車ならここまでチェックはしないそうだ。

 物珍しさから来るものなのだから仕方ないかと内心納得し、彼らの仕事には大人しく協力することにする。

 まずはカーゴが人王国で発掘された遺物であり、所持者が自分で持ち出しも許可されている事。

 そして主に馬車の荷台代わりのようなものであり、中は家具や荷物が乗っている事。

 荷台部分のドアを開け、何か問題あるような積荷が無い事。

 それらを説明しながら彼らに実際に見せることで乗り物以外は至って普通だと言う事をアピールした。


 そして大体二十分ほどで検査が全て終わり、彼らから問題無しとの太鼓判を貰う事が出来た。


「……まぁこれなら問題無いか。少々待っていろ、向こうにいる魔国の兵と連絡を取ってくる。そのまま行くとまた止められかねないからな」


 警備兵の一人がそう告げると一人門の中へと入っていった。

 残った警備兵にコロナ達をカーゴの中に入れてもいいかと尋ねるも、ここを抜けるまでは全員表に出ておいた方が良いとのこと。

 ついでに魔国の事についてこの人に聞いてみることにした。主に道中はどの様な感じなのかをだ。

 事前情報は仕入れているものの、やはり現地の人の話ほどためになる物は無い。

 ただ彼自身は魔国側に行くわけでは無いので、あくまで行き来した人とあちらの兵との会話からの情報だと前置きした上で知ってる事は教えてくれた。


 基本的に街道沿いはそこまで危険では無い。魔物の頻度も人王国とあまり変わらないそうだ。

 ただ気をつけて欲しいのが二点。

 一つはマガビトの存在。

 一応街道沿いならばほぼ鉢合わせることはない。向こうのテリトリーになるべく入らないよう街道が敷設されている為である。

 なのでこの街道からは逸れないようにすることと念押しされた。

 すぐ横でのキャンプ程度ならともかく、近道と思って一気に横切ろうとすると何かあるかもしれないからだ。

 そもそも魔国の街道は輸送用と他国の人向けで作ったものらしい。

 魔族ならよっぽど弱くなければマガビト程度なら蹴散らせる。そもそもマガビトは魔族を上位種と見てるのか、魔族がいればほぼ寄ってこないからだ。

 だから自分達のような旅人はよっぽどの事が無い限りは大人しく従った方が良いとのことだった。


 二つ目は魔国の特色にもなるが、三国の中で一番人口が少ないのが魔国である。

 そのため他国に比べ街などの集落が少ない。

 もし次の街に行くようならば少なくとも数日分は野営できるよう準備しておくのがベストだそうだ。

 ただ国境と言う立地からか、ここから一番近い集落までは数時間程度の距離とのこと。これは少ない例外なので、それ以降は十分注意するようにと忠告を受ける。


「なるほど……。教えてくれてどうもありがとうございます」


 彼に礼を言い終えると丁度中に行ってた警備兵が戻ってきた。

 向こうとの話しがついたらしく、門を開けるので中に入るようにと指示を受ける。


「では道中気をつけていくように」

「えぇ」


 門が開いたのでカーゴを浮かしそのまま中へと入っていく。

 予想通り中は砦と言ったような感じだった。

 左右にある山肌は石壁で覆われているし、上を向いても同じく石の天井があるだけ。

 ただ警備兵の休憩室か、はたまた旅人用の店舗かいくつかの小屋が見受けられる。

 後は今まで見た事の無かった人種の兵。


(あれが魔族の人か)


 ぱっと見は人とそう変わるわけではない。

 体躯も普通であり、むしろ亜人の巨人族の方がよっぽど人外と思えるほどだ。

 ただ少し目を凝らしてみるとなるほど、魔族と言うのが良く分かる。


 例えば右手前方で談笑している魔族の兵は鎧の隙間から鱗が見える。

 その鱗の人と話している人は一見人に見えるが、開いた口からはまるでサメのようなノコギリ歯が見えた。

 まぁもっと分かりやすい違いを指摘するなら現在にいる人だろう。

 有翼種と思しき人がまるで何か悪さをしでかさないか監視するかように、この狭い中を器用に飛んでいた。


「ヤマル、あんまりじろじろ見ちゃ失礼だよ」

「あ、うん。でもあっちも結構見てるからおあいこって事で……」


 自分からしたら魔族は珍しいが、向こうからしたらエルフィリアやポチ、それにカーゴは珍しいだろう。

 いくつかの視線がこちらに向けられてる事が自分でも分かった。

 そんな視線を浴びながら少し歩くと魔国側の門へと辿り着く。

 先程の警備兵がすでに話を通してくれたお陰でこちらで止められる事は全く無く、すぐに開門の手配を行うと言ってくれた。


「聞いているかもしれないが街道からは外れないように。それでは良い旅を」


 浅黒い肌の魔族の警備兵の人がとても爽やかな笑顔で送り出してくれた。

 話には聞いてはいたが、こうも当たり前に普通だと自分の中の魔族のイメージは本当に日本のイメージなんだなと痛感する。

 魔族=悪、と言うのはここでは間違いなく偏見だろう。

 今後そんな考えが出ないよう気をつけなければならない。


「魔国と言っても国境抜けただけでは何も変わりませんね」

「まぁ内地に行くほど特色が出てくるだろ。とりあえず言われたとおり街道沿いに歩くぞ」

「うん。じゃあいつも通り気をつけて行こう」


 視線の先には延々と続く旅人によって踏み固められた道。

 自分の目ではまだ何も見えないが、まずはこの先にある集落まで歩いていくことになる。


(首都まで最短で二週間ぐらいだったかなぁ)


 後でもう一回地図を見直すかと考えつつ、魔国への最初の一歩を踏み出していった。



 ◇



「それじゃ無事魔国に来れたということで……乾杯!」

『乾杯ー!』


 集落の酒場にて皆でテーブルを囲み乾杯の音頭を取る。

 初めての魔国と言うことでお店の人に任せ色々作ってもらった魔国料理がテーブルの上に所狭しと並んでいた。

 今見ている分には肉に野菜にどれも美味しそうなのだが、注文を任せた後にゲテモノ料理でも出てきたらどうしようかと思ったのは内緒だ。


 あれから警備兵に言われたとおり街道を進むこと数時間。

 広大な平野の中に佇むこの集落へと無事辿り着く事が出来た。

 集落と言っても規模はそこまで小さくは無い。自分達も含め魔国と人王国との最短経路でもあるここには沢山の人が訪れている。

 今日の宿も何とか二部屋ギリギリ取れたぐらいだ。最悪カーゴの中での車中泊も考え始めたところだったので本当に危なかったと思う。


 ともあれ本日の心配も無くなったことで今日ぐらいはちょっと羽を伸ばそうと夕食は少し豪勢にしてみた。


「何だろ、少し独特な味付けだね」

「そうか? 酒に合うから俺は普通に美味いと思うぞ」

「何かこの地方特有の味付け用の何かでも使ってるのかもしれませんね」


 この味をどう表現すれば良いのだろうか。

 不味いわけではない。むしろドルンの言うように美味しい部類だと思う。

 アジアンテイストと言うのが一番近いのだろうか。味もそうだが独特の香りが鼻腔をくすぐるのが原因なのかもしれない。

 まぁそこまで深く考えることでもないか、と頭の中の考えを打ち切り、まずは目の前の食事に集中することにした。


 そしてある程度お腹に物を詰め落ち着いてきたところで話題はこれからのことに移る。


「確か魔国の首都まで二週間ぐらいだっけ?」

「普通の馬車ならね。ポチに頑張ってもらえればもっと短縮できるけど、数日は様子見してからかなぁ」

「ここから次の集落までは数日でしたっけ。食材も買い込んでおかないとダメですね」

「なら朝一で仕入れてそのまま出立ってところか。多少遅れてもどうせ野営は確定だしな」


 基本は道に沿って進むだけなので迷いようがない。

 ただ今回は前回のような案内役が誰もいない。

 街道とて一本道ではなく、他の集落などに行く分かれ道だって普通にあるのだ。

 日本のように看板は残念ながら無い。

 外は魔物が跋扈する世界のため、気づいたら看板が食い破られたり持ち帰って巣材にされたりするのでしないのがここの常識となっていた。


「とにかくまずはこの国の首都へ。そこから情報収集だね」


 そもそもここに来たのは二つ目の材料である魔宝石を手に入れるためだ。

 それが手に入ればとりあえずは召喚石に必要な素材は揃うことになる。


(もう少しだ……)


 今まで経験してきた事を少し思い出しながら、今後の予定についてどうするのか皆で話し合うことにするのだった。

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