第190話 二つの会議~裏会議~


 会議の参加者がぞろぞろと帰って行く中、現在自分は絶賛仲間に取り囲まれ中だった。

 理由は至って単純シンプル。先程の男性貴族が言ったことが気になっているのだろう。

 自分が否定しなかったことも拍車をかけているようだった。


「ヤマル……」

「そんな顔しないの。確かに縁みたいなのはあるけど間接的だよ。大体実際に会ったどころか見たことすらない人だし」


 とは言えどう説明したものか。

 ここにいるメンバーは全員自分が異世界の住人なのは知っているのでそれ絡みと言うのは簡単だ。

 ただししっかりと説明するとなれば色々と問題がある。

 自分と言う個人だけならまだいい。だがレイサンが原因で起こった『国の中枢メンバーが全員殺された』なんてとてもじゃないが自身の判断だけで言えるものではない。

 特に皆は国外の人だ。この国の内情、しかも機密であることは容易に想像できる事なのでおいそれと話せない。


「まぁ俺だけの判断じゃどこまで言っていいのか正直微妙なんだよね。帰ったらその辺踏まえてちゃんと話すからさ」


 とりあえずこの場でじっくり話すことではないのでそれで一先ずは納得してもらうことにした。

 それにこの後も自分はまだ予定がある。

 そちらの方へ向かおうとしたところでこちらにとある人物が近づいてきた。


「皆さん、お疲れ様でした」

「あ、ラウザ様もお疲れ様でした」


 やってきたのは先程まで皆の前で堂々と発表をしていたラウザだ。

 彼に頭を下げふと周りを見ると、もはや会議室には自分達しか残っていない。


「ヤマルさん、先程の……」

「あぁ……まぁ縁が無いわけではないですが……」


 先程コロナ達に話したこととほぼ同じ事をラウザへと告げる。

 実際彼になら、と言う考えも頭を過ぎるも、独断で話すべきではないと言う結論に達し曖昧に言葉を濁す。


「ただあの人が言ったようなことは一切していません。それだけは誓って断言します」

「分かりました。まぁ僕はヤマルさんはそんなことないと思ってましたよ。もし黒幕ならあの時にあんな怪我を負うこともないでしょうから」


 当時の怪我の事を言われ思わず左手を擦る。

 確かに骨を思いっきり折られたが、場合によっては死んでもおかしくない一撃だった。

 改めてあの時のことを思い出すとぞっとするしかない。思わず両手を交差するようにして反対の腕も擦りあげる。


「でももし何か分かったらこちらにも教えてくださいね。しばらくは王都にいると思いますので」

「えぇ、分かりました」


 ラウザの王都での滞在場所を教えてもらうと、彼も共の兵を率いて大会議室を後にして行った。

 これで残ったのは完全に自分達だけである。

 直に使用人らが部屋の片付けにやってくるだろうしこちらも早めに撤収することにした。


「ヤマルさんはこの後は用事があるんでしたっけ」

「うん。ちょっと別件で顔見知りのとこにね」

「それってレーヌさんのところじゃないよね……?」


 何か妙にジト目を送るコロナに違う違うと苦笑しながら手を横に振る。

 そして後頭部を掻きつつやや戸惑いがちにこの後合う人間の名前を出した。


「まぁ、その……セーヴァ達とだよ」

「あー……」


 彼の名前を言うとどうにも気まずい空気が流れる。

 チラリとエルフィリアの方を見ると、こちらの視線に気付いたのか大丈夫ですよと返してくれた。


「思うところが無い訳ではありませんがもう大丈夫ですよ。あの時は色々心配かけてしまいましたし……」

「そっか」


 流石に喋る声は明るく無い物の、以前に比べ随分と落ち着いたと思う。

 ならこれ以上は自分も何も言わない。

 コロナにも過保護気味と以前言われたし、エルフィリアの自主性に任せてみようと思った。

 それでも困るようなら手を差し伸べてあげれば良い。


「まぁそう言うわけだから一旦ここで解散かな。こっちの用事はそこまで長くならないと思うから、夜までには宿にいると思うよ」

「んじゃ俺はついでに研究室んとこ行ってくるわ。カーゴの様子もあいつらから聞いておきたいしな」

「私とエルさんは……どうしようかな。ちょっと決めかねてるけどこっちも夜までには戻るね。ポチちゃん、ヤマルをよろしくね」

「わん!」


 そして全員で大会議室を出ると入れ替わるように王城の使用人らが中へと入っていく。

 ちょっと待たせてしまったか。少し悪い事をしたかもしれない。


「それじゃ、また後でね」


 片手を挙げ皆と別れると、彼らとは反対側の通路へと歩き出す。

 少し迷いかけながらも大会議室から歩くこと数分。目的であるとある部屋の前にやってきた。

 ここは以前救世主会議なるものに参加したときに呼ばれたときの会議室だ。

 ドアをノックすると中からどうぞと声が掛かったのでそのまま室内へと入らせてもらう。


「皆、お待たせ」


 中に入るとセーヴァをはじめとした救世主ら九名とメム、そして摂政に加えすでに帰ったと思っていたボールドが椅子に座っていた。

 一体何故、と思い誰かに問いかけようとするも、それを察知したのかボールドか片手をあげてここにいる理由を話していく。


「なぁに、君には孫が世話になったからね。今回の件で何か協力できることがあればと思い来た訳だ」


 どうやらシンディエラとの一件のことを言っているようだ。

 以前のボールドなら何を企んでいるのやら、なんて思ったところだが、ローズマリーの薬により性格が変わった今の彼の言葉なら普通に信用できる。

 しかし改めて人間ここまで性格が変わるものかと思ってしまう。もしかしたらこちらが歪まずに清濁併せ持つ本来のボールドの姿なのかもしれない。


「では彼も来た事ですし会議を続けましょう。ヤマル殿はそちらの席へ」


 そう。あのラウザの報告会の裏でこちらも同様に話し合いが進められていた。

 理由は言うまでも無くレイサンの存在である。

 いつの間にか王城の牢からいなくなったかと思えば、今回異形と成り果てて帰って来たのだから無理もない。

 もっと色々と聞くべき事はあっただろうが、もはや物言わぬ屍だ。

 何故彼があのような国家転覆レベルの暴挙を起こすことになったのか真相は闇の中である。

 摂政に促され自分に宛がわれた椅子に座ると再び会議が再開された。


「しかし人と魔物の融合体ですか……」


 どうやらあのデッドリーベアについて話し合ってたところのようだ。

 ラウザの報告会は自分のスマホを介しここにいるメム伝いに全員が聞いている。

 解体前に撮った写真なども全てメムに送っている為、この場にいる殆どの人がそれに目を通しているだろう。


「摂政殿、ボールド殿。この世界ではあのような魔物は過去に存在したのですか?」

「御伽噺での合成獣キメラならともかく、その様な資料も話も聞いた事は……」

「私の方でもありませんな」


 セレブリアの問いかけに対し、現状国の中枢に近い二人が揃って知らないと答える。

 やはり職員の見立て通り自然発生の魔物ではなく何かしらの人的要因が加えられたものなのだろう。

 そして続いてとばかりに腕を組んでいたサイファスが口を開く。


「魔物の方も問題だが、もしそれらを生み出す何かがあるとすればそっちをどうにかする方が良いだろう。そうでなければジリ貧になりかねん」

「問題はその何かがどこの何なのかさっぱりわかんねーってことなんだよなぁ」


 ギコギコとラットが椅子を揺らしながらお手上げとばかりに今回の問題点を挙げる。

 彼が言うようにあの魔物を生み出す何かがあるとするなら、現状それに対する情報が何一つ無い。


 人なのか、物なのか、魔法なのか、古代の遺物なのか……。

 近くにあるのか、遠くにあるのか、誰も知れない場所か、案外すぐ側なのか……。


 どれだけ優れた能力を持ったこのメンバーでも、その力を振るう場に辿り着けなければどうしようもなかった。


「皆様の元居た世界ではどうでしたか。あのような生物は存在しましたでしょうか」


 摂政の問いかけに明確に居たと答えたのはセーヴァだけだった。

 他のメンバーは見た事が無い、存在しない、もしくはいたかも知れないけど世界のすべてを知ってるわけでは無いので分からないだ。


「ただ僕のところの合成獣とはちょっとニュアンスが違いますけど……」


 セーヴァの居た世界の合成獣は魔王に生み出されたものの一つで、複数の動物が集まったかのような形状を持つ魔物だ。

 ただしこちらはそもそもそう言う一生命体として認知されている存在とのこと。

 つまり合成獣種と言う魔物の中の一つの種族であり、人工物ではなく自然体として見られているのだそうだ。

 そんな中、隣の席に座ってたセレスがこちらに向かって声をかけてきた。


「あの、くっついていた獣人の方って……」

「うん。前に少し話したあの獣人だったよ」


 一応以前この会議でマッドの事を話した事がある。

 当時はこんな変なのに絡まれた、何かレイサンの様に短絡的で危険な感じだったみたいなことを話した気がするが、まさかそれがこんな事になるなんて誰も想像がつかないだろう。


「そうなるとあの人が言ってたようにヤマルが一番怪しく見えちゃうね」

「こっちとしてはいい迷惑だよ。そりゃ偶然が重なってるのは事実だけどさ……」


 ルーシュの言葉にはぁとため息が一つ溢れるも、現状一番あの魔物に近しく思えるのは自分だ。

 せめてマッドじゃなかったら自分がここまで言われる事もなかっただろう。


「しっかしほんと、どうやったらあんな魔物が出来上がるんだよって感じだよな」

「複数の命を纏めるとか普通はありえないよね」


 実際その言葉通り本当にありえないことだと思う。

 この世界の法則が日本の法則に当てはまる前程になるが、そもそも人間だって移植一つ取っても家族など自身に近しい人からしか出来ない。

 それは拒絶反応が起こらないよう、極力体の構造が似ている人を選択するためだ。


 しかし今回は近しいどころか全くの別物である。

 そもそも種族ですら全く異なる人と獣人と魔物のハイブリッド生命体。

 拒絶反応どころの騒ぎじゃないのに、何故か定着しあまつさえ一つの体をそれぞれが上手く使っているような素振りさえあった。

 そんな事が本当に可能なのだろうか。

 ……いや、実際実物があるのだから何らかの形で可能なんだろうけど。


「まるで神様の悪戯みたいな感じだよねぇ……」

「ヤマルさん。神はその様なことはしないと思いますよ」

「あー、ごめん。そう言うことじゃなくてさ。何かいっそのことそう言うすごい特別な力を持った誰かがやったとかなら分かりやすいのになーって思って」


 だがそんなことはありえないだろう。

 自分の見聞きした範囲だが、この世界は魔法はあるもののスヴェルクの『真実の眼トゥルー・アイ』の様な特殊な技能を持っている人は居ない。

 そして複数の命を掛け合わせるような技能持ちはこの中にいないだろう。そもそも居れば真っ先にスヴェルクに睨まれてアウトだ。

 バカなことを考えていないでもっとあり得そうなことを考えようと頭を切り替えようとしたその時だった。


「もしかしたらいるかもしれませんね。その様な特別な力を持った人が」


 セーヴァの漏らした言葉にこの場にいる全員が彼に視線を送る。


「セーヴァ殿、それは我々の中に犯人がいると言うことですか?」

「いえ、そうではなくてですね。そもそもこの国は自分達以外にも過去に呼ばれた異世界の方がいるんですよね。その中にその様な技能持ちの人がいたのではないでしょうか」


 確かにセーヴァの言うようにその様な特殊能力持ちの異世界人がいたのであれば辻褄は合う。

 実際この世界に無い能力を発現できているのはスヴェルクやセレスで実証済みだ。

 だがその言葉に対し現地人である摂政とボールド、それに摂政の補佐のために色々と資料を調べていたリディがそれは無いと首を横に振る。


「確かに過去にその様な能力を持った異世界人がいたかもしれません。ですが……」

「過去の大戦、二百年程前ですか。かの伝説の魔女と謳われた異世界の魔法使い達を最後に太平の世が続いていたため召喚の儀は行われておりませんな」

「つまり仮にその様な人がいたとしてももう生きていない、と言うことですか……」


 長寿種であるエルフなどの種族ならまだしも、人の寿命は長くても百年だ。

 どう足掻いても生きていられるような年月ではない。


「他で召喚された可能性はないのですか? 以前ヤマルさんが獣亜連合国でこの国の召喚の間と同じ構造の場所を見かけたと聞いていますが……」

「多分無理……でしょうな。もしかしたら可能かもしれませんが、あの秘術は元々人の命を吸いそれを代償に召喚されるものです。かの魔女によって我が国のみ召喚石で代用することで呼べるようになっていますが、他の国で行ったら……」

「死体の山、と言った所か」


 そして獣亜連合国のは街の中にあり、さらに見張りの兵士だっていた。

 とてもじゃないがそんな最中遺体が出るような儀式を行えるとは思えない。


 結局この後も話し合いは続けられたものの、結論が出ないまま終了を迎えることになる。

 決まったことと言えば場当たり的ではあるが各々がそれぞれの情報網を用いて何か分かり次第報告する事。

 そして特に外に出る機会が多い自分は十二分に気をつけるようにと皆から釘を刺され、本日の緊急救世主会議は幕を閉じたのだった。


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