第185話 閑話・異世界たる所以


(……平和だなぁ)


 エンドーヴルを出発して数時間が過ぎた。

 今自分はカーゴの天井の上に座り馬車の隊列を上から眺めている。前方に見える車列、左右を見ればどこまでも広がる自然の世界。

 街道に隣接された平原や少し向こうに見える川など、これだけ見れば本当に平和そのものだ。


 晴天に恵まれぽかぽか陽気に眠気を誘われながらも今日までのことを思い出す。

 レーヌと領主一家らが話をしてから二日が既に過ぎた。

 彼らも久方振りにレーヌと話が出来たことでとても喜んでいた。

 そして帰り間際に領主からこう言われたのだ。『王都への出発は二日後で頼む』と。

 今回の王都への帰還はデッドリーベアの運搬も兼ねている。その為依頼主の意向は基本叶えねばならないため二つ返事で了承した。


 翌朝皆にその旨を話し、一日がかりで手分けして帰り支度を整えた。

 幸い旅の必需品はカーゴに常設してある。主に消耗品である食料を買い求めることになった。

 エンドーヴルは流石食料生産に強い領地だけあり、質も量もかなり豊富である。特に苦労することなく必要な分を集めることが出来たのは有り難い限りだ。

 まぁ流石に冒険者が生肉や野菜を買うときは『大丈夫か?』みたいな顔をされたけど……。


 そんなこんなで昨日は準備やらデッドリーベアの再冷凍で一日が終わり、今朝からは領主所有の馬車隊と合流。

 やはり宙を浮くカーゴは物珍しいようで、集合場所である内側の街門に到着すると一緒に行く兵士らが準備をしながらもちらちらとこちらを窺っている。

 今回の馬車隊は自分が経験した中では今までで一番多い。自分達のカーゴに加え、一緒に行くエンドーヴル家の馬車が三台。そしてデッドリーベアを運搬する荷馬車が一台の合計五台。

 そしてこの馬車隊を率いて王都に行くのはラウザである。領主でなくて良いのかと疑問に思いラウザにそれとなく聞いたところ、実際に対応したのが彼であり、また息子として名代は務まると領主自らが判断してのことだった。


 そんな彼に朝一で何故か『負けませんよ!』と宣言されたのは記憶に新しい。

 むしろラウザが自分に負けてる部分あるなら本気で教えて欲しいぐらいなのだが、残念ながら教えてくれなかった。

 とは言えそこは性格もイケメン貴族のラウザ。一方的にそう言ったものの、以降は今までと同じ様に接してくれるあたりちゃんとその辺りの分別はつけているようだ。


 そんなラウザだが現在自分の下、つまりカーゴの中で旅を満喫している。

 本来なら彼専用の馬車があるのだが、古代遺跡の遺物であるカーゴに興味を示し少しの間だけ乗せることになった。

 浮く本体もそうだが光るコンソール、自動で開くドアから始まり、中に揃えられた家具類にも興味を示していた。

 自分が天井に上がる前には、確か移動時に全く振動しない事に驚いていたシーンだったはずだ。

 この調子では同じものを発掘するか、ないしは技術的に何か出来ないかと考えそうな勢いではある。


「魔物が出たぞー!」


 そのとき、前の方から魔物発見の合図が大声で知らせられる。

 隣に置いてた銃剣を拾い上げ一応上から援護出来る様戦闘体制にはいる。ただ実際に戦闘になることはないだろうと思っていた。

 そしてこちらの予想通り車列は止まらず、しかし警戒するように速度を少し落としたまま前進。

 上から前方を見ると確かに遠くの方に魔物らしきものは見えたが、こちらには接近せずに様子見しているような形だった。

 魔物とてバカではない。明らかに数が多いこちらに不利を悟ったのか、そのまま反転し去っていく。


(出番無し、と。良い事だよね)


 仕事の名目上は護衛となっているが、そちらはラウザらの兵がやってくれる手はずになっている。

 自分達の本命はデッドリーベアを冷凍保存の維持。ただ外聞的に今回の荷運びは色々内密にしなければならない部分があるため、一応護衛として雇っているという体を取っていた。


(……魔物、かぁ)


 最近ちょっと思う事がある。

 そもそもこの世界を自分は異世界と呼んでるしそう思っている。事実、元居た世界とは色々異なってるからその認識は間違いじゃないだろう。

 ただ全てが異なってるかと言われたらそんなことはない。


(違うのは……まぁまずはこれだよなぁ)


 手の平を上に向け《生活の光ライフライト》を一つ生み出す。

 目の前でふよふよと光の玉が浮く不思議な光景。慣れてしまったとは言え、やはりいつ見てもすごい力だと思う。

 魔法。この世界では当たり前にある不思議な力。

 概念的なものなら元の世界にもあったが、使ってる人は誰一人いなかった。……まぁもしかしたら知らないだけでいたかもしれないけど。


(それに魔物も……)


 生物上としては動物とかの延長上と取れなくは無いけど、植物の魔物もいるし無機物のゴーレムもいる。

 無機物とか植物は魔石と言うもので動いてるみたいな話だが、今のところ良くわかって無い部分は多いそうだ。

 一応便宜上魔石が体内にあるものは魔物、そうでない者は動物などで区分されている。

 なおスライムが一番良く分かってない。あまり害がないので研究もそこまで進んでいないのが実情だとマルティナに聞いた覚えがある。


(でも動物は動物で普通にいるんだよなぁ。それに食べ物系も……)


 例えばホーンラビットは兎系の魔物だが、普通に動物としての兎もこの世界には存在する。

 それこそ日本で見たのとほぼ同じ兎だ。

 同じ様に犬も牛も猫だっているが、犬系魔物や牛系魔物もいる。

 似たような関係なら人間と他種族だってそうだ。

 自分みたいに人間がいて国が形成されている一方、コロナみたいな獣人、ドルンやエルフィリアのような亜人がいる。

 それに今度行く予定の魔国には魔人って別の種族もいるらしい。

 

 食べ物だって味はともかく知ってる食物や知らない食物があるし、植物だって薬草や精霊樹のようなとんでもない物が存在している。

 総合的には間違いなく異世界なのだが、所々で日本との共通点もあるせいかどうしてもモヤモヤしてしまうのだ。


「まぁ一緒があるから慣れも早かったのかもしれないけど……」


 ごろんと横になって空を見上げる。

 思い出すのは城からでて街に出たときのことだ。

 何をしなくても腹は減る。しかしそこは異世界の食べ物。

 良く分からないメニューの物でも出てきたらどうしようかとも思ったが、意外にも大半が知っている食材だったのを覚えている。

 しかしその一方で初日商店での仕事では道具の殆どが聞き覚えのないものばかりで速攻クビになった。


(うーん、共通点がそれなりにあるのが気になるんだよなぁ……)


 物語のお話なら過去に分岐した世界とか、所謂並行世界の一つなんてあたりの話になるんだろうけどそんなの確証があるわけでもなし。

 いくら考えても結論が出るわけではないのだが、気になるものは気になってしまうのだ。


 まぁ後は自分の身近な話になるけど、この事に関連してちょっと気になっている事がある。

 先程も少し考えた様に、この世界には日本にある物もあれば無い物もある世界。

 特に日本にもあった物は生物だったり食べ物だったりする。逆にこの世界に無い物の大半は主に科学全般が関わるものだ。

 ならばもしかしたらアレがこの世界のどこかにあるんじゃないか、と考えた。そして自分の知りえる限りで情報を集めそれを探したが、残念なことに未だ見つかっていない。

 もしかしたらこの世界には無いのかもしれない。別に無くても死ぬような物では無いのだが……。


「お米食べたい……」


 もう数ヶ月和食を口にしていない。

 一番きつかったのはこちらに来て二週間ぐらいのときだったか。食文化の違いをあの時は冗談抜きで痛感した。

 今まで当たり前のように食べていた、それも主食のお米がこの世界では見つからない。

 以前と違い食べたい頻度も徐々に落ちてはいるものの、やはりふとした拍子にどうしても食べたくなるのだ。


「おこめって何ですか?」


 はぁ……とため息一つ溢していると不意に声を掛けられた。

 寝転んだままの状態で顔だけ向けると、そこには顔だけ表に出したラウザの姿。

 慌てて寝ている体勢から立ち上がるも、ラウザが『危ないから座ってていいですよ』と言ってきたのでそのまま大人しく腰を下ろした。

 続いて彼も梯子を上り自分と同じ様に天井にやってくると隣へと座り込む。


「えーと……下はもういいんですか?」

「えぇ、堪能させていただきました。揺れない馬車なんて夢物語と思ってましたが、実際乗ってみますと今までの馬車はなんだったんだろうって思ってしまいますね」


 まぁ浮いてるから振動とは無縁だけど、根っからの貴族である彼が言うほどなのだからよっぽどの事なんだろう。


「それでおこめとは何でしょうか。食べたいって事は食物なんですよね?」

「あー……聞こえちゃいました?」

「盗み聞きするつもりは無かったんですけどね」


 苦笑しながらすみませんと言うラウザだが、こうして見るとやっぱイケメンは特だなぁとついつい思ってしまう。

 なんでこう所作の一つ一つがかっこよく見えるのだろうか。

 ……いやまぁ動作自体は幼少時からの躾と彼の努力だというのは分かってはいるんだが、どうしてもずるいと思ってしまうのは小市民の性だろうか。


「お米は……うーん、食べ物ですね。見た目は麦に近い感じですけど……」


 折角なのでラウザにもお米が無いか聞いてみることにする。

 農業領地の次期領主でもある彼なら農作物についてもきっと知識は豊富なはずだ。

 もしかしたら何か知ってるかもしれない。


「残念ながらその様な物は知りませんね」

「そうですか、やっぱり無いのかなぁ……」


 しかし現実は無情にも無いとの回答。

 少し期待していただけに軽く肩を落とすと、ラウザが慰めるように優しくあることを提案してくれた。


「もし何らかの形で見つかったらその時は情報をお渡ししますね」


 やはりこの人は性格もイケメンである。

 深々と頭を下げよろしくお願いしますと謝辞を伝えると、彼は笑顔で問題ないですよと言ってくれた。

 しっかし改めてこんな良い人の今朝の行動がどうにも分からない。

 もう一度聞いてみようか。ここなら小さく話せば周りに聞かれる心配もないし。


「ラウザ様、改めて聞きたいんですが……」

「?」


 意を決し再度今朝のことは何なのかと尋ねる。

 最初は今朝の通り教えてくれなかったものの、このままでは気になって仕方が無い。政治的な話みたいに個人の枠組みを超えるのであれば諦めるが、そうでないなら教えて欲しいと頼み込んだところ何とか根負けしてくれた。

 彼はどこから話そうかと悩み、そしてまずはと一昨日の夜の事から切り出し始める。


 あの時、レーヌとスマホ越しで領主一家も使用人らも色んな事を話した。

 そしてラウザとしては今回の公的依頼ミッションの事を彼女に話したらしい。

 もちろん内容としては三つ首などは隠し、魔物討伐として部隊を率いて自らも戦った等の当たり障りの無いことをだ。

 やや武勇伝気味の話だったものの、レーヌは『すごいですお兄様』と言ってくれたそうだ。

 そこで気を良くしたラウザは更に話せない部分は弁えつつも色々と喋った。そしてその中でこちらも多数重軽症を負った人がいたが、なんとか死者を出す事なく済ませれたと。

 本来なら十二分に自慢話になる内容なのだが、どうもレーヌは自分の事を心配して尋ねたらしい。

 ラウザも特に気にすることなく自分の怪我の度合いをそのまま話した。それこそ治療の瞬間をたまたまではあるが見ていた為、細かく説明したそうだ。

 ところがそれを聞いたレーヌからちょっと怒られたらしい。曰くなんでそんな目に合わせたんだとかなんとか……。

 その結果が昨日のあの真っ白になったラウザの姿だったんだろうけど、流石に自分の怪我の件でラウザを責めるのは不憫過ぎる。

 心配してくれるのはありがたいけど、冒険者は得てしてそういう危険な事もする訳だし……。

 しかしあの時何を話していたんだと思ってたが、まさか自分の話とは思わなかった。


「義妹があなたを気にかけているのはその時分かりました。ここに居た時のような表情していましたからね。ですので同じ男として、頼れる兄の座は譲らないぞと言うことを宣言したつもりだったんです」

「左様ですか……」


 なんとも返答に困ることだったが、ともあれ理由がはっきりしたのでその点だけはすっきりした。

 まぁ頼れる兄の座はラウザに進呈しよう。別に狙ってないし、そもそも自分とラウザじゃスペックが違いすぎて勝負にすらならないし……。



 そんなこんなでこの話も適当なところで切り上げようとしたのだが、残念ながらその判断が悪手だったと痛感する。

 ラウザのレーヌ愛はこちらの予想を遥かに上回っていた為、妙なライバル感を出したラウザは留まることを知らなかった。

 そしてこの後車列が休憩に入るまでの間、延々とラウザによるレーヌの良いところ講座を聞き続ける羽目になるのだった。


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