第168話 レーヌ=エンドーヴル


 レーヌ=エンドーヴル。

 それが現女王レーヌの以前の名前である。

 小さな地方領主であるエンドーヴル家の貴族令嬢に過ぎなかった彼女は、あの事件をきっかけに一躍時の人になった。


『お義父様やお母様達にお手紙は出したことはあるだけど、どれも女王としてのしか出せなくて……』


 そんなレーヌの出す手紙はどこにも影響が無いよう閲覧された上で届けられる。

 これは女王である彼女が特定の勢力に加担するのを防ぐためだ。

 そしてそれは自分の実家でもあるエンドーヴル家の人々も例外ではない。

 手紙は出すことは出来ても当たり障りの無い、それこそ他の貴族らへ出すものとなんら変わりない手紙しか出せなかった。

 女王からのありがたい手紙ではあるが、レーヌが出したいのも向こうが望んでるのもそんな格式ばったものではなくレーヌ個人としての手紙である。


 そこでこの辺の事情を遠慮なく話すことができ、気心が知れ、なおかつ外に遠出が可能な自分に白羽の矢が立ったと言うわけだ。

 

「事情は分かったよ。これは必ず届ける、約束するよ」

『おにいちゃん、ありがとう……』

「いいよいいよ。カーゴで旅の練習はしたかったし、それでレーヌが喜んでくれるなら何ら問題無いさ」


 自分としては思った通りの事を口にしただけなのだが、画面の向こうでレーヌが何か締まり無い表情で笑みを浮かべ始める。

 流石に当人もあまり良くない顔と自覚したのか、レディーヤに一旦場所を譲り詳細な説明をするよう促した。


『ご依頼受けて下さりありがとうございます。冒険者ギルドへ正式な依頼として出せないのはもどかしいですが、その分依頼料は色をつけさせて頂きます』

「うん、そうしてもらえるとこちらとしても助かります」


 王族からの依頼は名誉なことだが、そんなことが広まったらお互いにあまり良くないだろう。

 だから個人契約って形式の依頼になる。ギルドを介さない代わりに報酬を跳ねられる事はないけど、何があっても自己責任ってやつだ。

 まぁ今回は素性を気にしなくて良い分かなり気は楽だと思う。


「(ヤマル、ヤマル)」

「(ん?)」


 そんなことを考えていると、ちょいちょいとコロナがこちらの背中をつつきながら耳打ちしてきた。

 

「(レーヌさんからお金貰うの?)」

「(そうだよ、意外?)」

「(うん、ヤマルの事だからレーヌさん相手なら受け取らないとばかり……)」

「(まぁ長期間ってのもあるけど仕事は仕事だからね。そこはきっちりしないと)」


 コロナの言いたいことも分かるが、仕事として依頼された以上報酬は絶対に必要だ。

 金銭に対する責任がそこに発生するからである。

 それに知れた仲の部分は依頼内容とその秘匿で十分果たしてるだろう。


『それでは詳しい話ですが……』


 画面の隅っこで後ろを向きながら頬を擦るレーヌを微笑ましく感じつつ、その日はレディーヤの説明を受けお開きになった。



 ◇



 その日、朝から王都の商店街は妙な雰囲気に包まれていた。

 それもそのはず。

 朝から見たこともない巨大な箱状の何かが店舗前に鎮座すればそうもなろう。

 道行く人が怪訝な顔でその何かを見ながらも仕事へと向かっていく。

 そんな妙な物を置かれた哀れな商店はと言うと、店主の奥方が明るい笑い声が店内に響き渡っていた。


「でも来た時はほんとびっくりしちゃったわよ! 変なのが現れたと思ったらヤマルちゃん達が出てくるんだしさ!」


 珍しい物を見たせいか妙に奥方のテンションは高かった。

 しかしそこは商売人の妻。口は動かしつつもその手はもっと動いている。


「ご迷惑おかけしてすいません……」

「何言ってるのよ。あれぐらい迷惑のうちに入らないって。はい、じゃあこれが頼まれたお肉。痛みやすいから早く食べるのよ」


 奥方にお金を渡し代わりに肉を受け取る。

 彼女に頭を下げ店を出ると、カーゴの中にいたエルフィリアに買った肉を渡した。


「生肉運べるなんて贅沢ですよね」

「その為の冷蔵庫だからね。上の方にお願いね」


 すでに冷蔵庫は《生活の氷ライフアイス》を使って稼働済み。

 正確には半分冷凍庫だが、どちらにせよ保存できる環境があるのは大きい。


「今回の旅で色々試すんですよね?」

「そだよ。冷凍庫使うのもその一環だね。どこまで保存できるのか見ておきたいし。荷物が普段より多めなのも利便性見るためだからね」


 何せ今までの旅とは勝手が全く異なる。

 今までは荷物は最小限に、それ以外は現地調達が基本だった。

 しかし今回は王都の様な大きな都市で買溜めが出来るし生鮮系の食べ物も運べる。

 他にも両手では持ち運べなかった物だって積めている。


「とにかく今回は自分達の旅がどう変わったのかを確かめるのも目的の一つだよ。便利と思ってても予想外の落とし穴だってあるかもしれないしね」

「そう……ですね。私も何か感じたらすぐに相談しますね。……ところでお買い物はこれで最後ですか?」

「いや、後一軒あるよ。俺がお世話になってる武具屋さん」


 武具屋?と不思議そうな表情でこちらを見るエルフィリア。


「ヤマルさんやコロナさんの武具ってドルンさんが製作したりメンテしてたはずでは……?」

「そだね。でも今回ドルン色々忙しかったし、分担出来る所だけはそっちに回したんだ」

「分担って……武器はどちらもドルンさん作ですし、作り手に任せるのが一番だと思うんですが……」


 防具ですか?と問うエルフィリアに手を横に振って苦笑一つ。

 そして分かりやすく自分の腰にぶら下げている予備の弾装マガジンをポンポンと叩く。


「これの量産お願いしてたのよ。今までは最低限しか持ち歩けなかったからね」



 ◇



「ほらよ、頼まれてた物は出来てるぞ。そこの木箱の中身がそうだ」

「ありがとうございます。割と急な依頼だったのにすいません」


 礼を言いつつぺこぺこと頭を下げていると店主が何故かじぃっとこちらを見ていた。

 前回注文をしに来たときも何か値踏みするような視線を受けた気がする。


「あの、何か……?」

「いや、お前が初めてこの店に来たときを思い出してな。ラムダンに連れられて来た時、正直なところ死にそうだなと思ったもんだ」

「あー……まぁ、そうでしょうね」


 確かあの時はこの世界に来て数日。文字通り右も左も何も分からなかった時だ。

 しかも魔物とかと相対したことも無い現代っ子となれば、様々な人を見てきたこの店主からすればその様な感想をもたれても仕方が無い。


「だがお前はちゃんと生きた。あの時と違い仲間も……まぁ中々濃いメンバーを揃えたみたいだしな」


 そう言う店主の視線の先は店内で品物を物色するコロナ達。

 コロナとドルンは単純に剣士と鍛冶師としてだが、エルフィリアは純粋に珍しいものを見るように店内を見て回っている。

 店主が言うようにこの辺ではあまり見ない子達ばかりだ。

 皆の様子に苦笑を漏らしていると、店主が再びこちらに視線を向けてきた。

 その目は自分を下から上へ、そしてまた下に何かを確認するように往復し、再び店主が顔を上げこちらを見据える。


「今でもうちで買ったもん使ってんだな。とっくに買い換えてるかと思ったが」

「そりゃ初めて買った物ですし壊れてませんからね。結構愛着もありますから」


 多少改修はしてあるものの、ドルンに作ってもらった銃剣以外は今もこのお店で買い揃えた物を使っている。

 短剣もスリングショットも防具や靴もまだまだ現役である。

 ……まぁそろそろ靴は買い替え時期に来ている気がするので、今回の旅が終わったら何か探してみるつもりだ。


「そんな武器こさえてんなら防具も変えりゃいいんじゃないか? これ買ったり表の妙なモン扱うぐらいだから金はあるんだろ?」

「まぁ以前よりはありますけど中々入用でして……」

「そんなもんか? まぁ必要なら言ってくれりゃ多少は安値で用意してやるぞ」

「ありがとうございます。あ、これ矢の代金です」


 店主に用意してもらったのは銃剣の矢の量産だ。

 もちろんドルンに作ってもらうことも可能だが彼一人では時間がかかる。

 そこでドルンから矢の鋳型を借り受け、店主経由で量産してもらったのだ。

 元々鉄の棒を尖らせたような形状である。設備と時間があれば鍛冶師なら誰でも作れるため、忙しいドルンに替わって今回発注をかけたのだ。


「ま、お前なら分かっちゃいると思うが気をつけて行って来い」

「えぇ。では失礼――しつれ……ふっ、ぐぬ……!!」


 買った矢を運ぼうと箱に手を掛けるも重すぎてびくともしない。

 いや、考えてみれば当たり前の話である。

 あの金属だけで構成された矢がこの箱の中に大量に入っているのだ。重くないわけが無い。

 大体予備含め四十本が自分の限界なのだ。箱に一杯だとその重さは普段持ち歩いている重さの比ではない。


「……少しは変わったかと思ったが、やっぱお前はお前だったわ」


 若干呆れ気味の店主の声を聞きつつ奮闘するも結局どうにもならず、最終的にはドルンとコロナに運んでもらうことになるのだった。



 ◇



「ふぁ……あふ……」

「良い天気だね。ヤマル、眠い?」

「少し……」


 全ての積み込みを終え王都を出発したのが大よそ二時間ぐらい前。

 多少出発時間を後ろにずらしたため、街の正門は普段よりは人通りは少なかった。

 乗合馬車も小隊ももっと早い時間帯に出発している。その時間を避けるように予定を立てての出立だった。

 王都から伸びる街道をポチが引くカーゴが順調に進んで行く。

 天気も良く風も穏やか。御者台で座っているとあまりの気持ちよさについつい眠気が襲ってくるのだ。


「乗り合い馬車と違って全然揺れないね」

「まぁ浮いてるから当たり前と言えば当たり前なんだけど……眠気は誤算だったなぁ」


 街道はそれなりに整備されているとは言えアスファルトの道ではない。

 この道を行き交う大勢の人や動物、馬車によって踏み固められた道だ。

 一見すると平らに見える道だが、細かいところで凸凹が激しく、現行の馬車では移動時は結構揺れる。

 残念ながらスプリングなどは付けられていない為、その振動はダイレクトに尻に響くのだ。

 それでも慣れとは恐ろしいもので、そんな中であっても寝れるようになってしまった。この世界に馴染んできているのか、単純に人間はそう言うものなのか……。

 ともあれ、全く揺れないカーゴにこの気候では眠気が来るのも仕方のない事だと自身に対し心の中で言い訳をする。


「エルさんかドルンさんに見張りの順番変わってもらう?」

「ん~……いや、このままするよ。変わっても結局眠くなりそうだし……あ、でも顔だけ洗ってくるね」

「落ちないように気をつけてね」


 了解、とコロナに告げ、前面の窓を軽くノックする。

 すると窓のカーテンが開けられそこからエルフィリアが顔を覗かせた。

 彼女に身振り手振りで左側のドアを開けることを伝え、コンソールを出しドアをオープン。

 カーゴから落ちないように注意を払いつつ、御者台からドアへと移り手早く中に入った。


「ふー……」


 中に入るとドルンは椅子に座り自分の工具のメンテをしているところだった。

 テーブルの上にはいくつかの工具が置かれ、それをドルンが手にとっては適切に処置をしていく。


「ヤマルさん、どうかしましたか?」

「いや、カーゴ揺れないから眠気きちゃってさ。顔だけ洗いにね」


 苦笑しながらそう言いキッチンに取り付けられた蛇口へと向かう。

 水はすでにタンクに半分ぐらい入れてあるので、後は蛇口を捻ればタンクとの高低差で勝手に出てくる仕組みだ。

 水を出し顔を洗うと少しだけ眠気が飛んでいく。やっぱり今まで出来なかった事が出来るようになったのは本当に大きいと感じた。

 カバンからタオルを取り出し顔についた水気を拭き取ると、エルフィリアが遠慮がちに声をかけてきた。


「ヤマルさん、眠いのでしたら順番変わりますけど……」


 コロナと同じ事を言ってることに思わず笑みがこぼれてしまう。

 うちのパーティーは本当に良い人達ばかりだ。自分には勿体無いぐらいである。


「ありがと。でも順番は順番だからね。この程度で変わるのは流石に悪いよ。ドルンやエルフィも今はゆっくり休んでてね」


 二人にそれだけ言うと再びドアから御者台へと移動し座っていた位置まで戻ってくる。

 コンソールを操作しドアを閉め前を見るも、相変わらず今は平和そのもの。

 魔物が出る様子も無く人とのトラブルも無い。

 思わず寝てしまうか、と思いたくなるがそこは首を振り強制的にその考えを明後日へと飛ばす。

 街道沿いだから出づらいとは言えこの世界は魔物が統べている自然の方が圧倒的に多いのだ。いつ何時襲われるかなんて分かったものではない。

 現にポチの母親にはいきなり近づかれ急襲された。それぐらいあってもおかしく無いのだ。


 眠気を飛ばすようにペチペチと頬を叩き気合を入れなおす。

 だが自分の想いとは裏腹に驚くほど旅は順調に進み、予定通り王都を出て一週間後にはエンドーヴル領へと問題無く到着するのだった。


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