第164話 聖女と女子会4


「ヤマル様、その……大変申し上げにくいのですが……」


 レディーヤと一緒に昼食を取り、店を出て歩くことしばし。

 特に変わらぬ街の風景を眺め歩く中、隣にいる彼女がおずおずと申し訳無さそうに声を掛けてきた。


「あー……。うん、まぁ言いたいことは分かるけど……」


 そして彼女が何を言おうとしているのかは自分でも分かっていた。

 簡単に言えば現在進行形で後をつけられている。そして誰にかと言えばコロナ達にだ。

 いくら自分が平和ボケした日本人とは言え、流石にあれで分からないほど耄碌はしていない。


「コロナ様達ですよね。ご一緒しているのはこの間の方達でしょうか」

「そうですね。今日はあの面々で遊びに行ってるはずだったんですが……」


 自分が後ろを盗み見ても視線に気付かれて隠れられてるせいか見つけれないが、レディーヤはそうではないらしい。

 そもそも自分が気付いたのは後ろからの視線ではなく周囲……つまり街の人の反応だ。

 道行く人がしきりに自分らの後ろの方を注視する。なんだろうとチラ見するも特に何も見つけられず。

 ならばと索敵魔法を使ったところ、後方に特徴的な獣耳やエルフ耳の輪郭を感じ取れた。

 この町でそんな組み合わせなど自分の所のメンバーしかいない。

 そしてすぐ側に数名、それも修道服のような輪郭も捉えたので間違いなくあの六名が後をつけてるのだろうと言うことは分かった。

 問題は……。


「何故あの様な事を?」

「さぁ……」


 何故つけられてるのかがさっぱり分からない。

 大体あの子達は今日はお茶してご飯して皆でショッピングと言う段取りだったはず。

 流石にどこに行くのかまでは聞いていなかったものの、少なくとも自分達を追い回すなんて予定は無かったはずだ。


「そう言えば私の知らない方がいらっしゃいますが……」

「あ、まだ会った事無かったんですね。あの子はセレス……えーと、確か本名はセレスティアですね」

「神殿の聖女様でしたか」


 やっぱりレディーヤぐらいの人ならセレスの事は知っていたようだ。

 ……そう言えばこの人は異界の救世主おれたちの事は知っているのだろうか。

 レーヌは多分知ってるだろう。幼くともこの国のトップだし、今回の事も聞いていると思う。

 少し迷ったが確証得れるまで黙っておくことにした。自分のことはともかくセレスの事を話して良いか判断が出来なかったからだ。


「以前ちょっとお世話になりまして。その縁で今日はあの六人で集まって遊ぶみたいな話だったはずなんですが……」

「そうでしたか。……まぁあの年頃ですと男女の関係に敏感でしょうし、そのせいではないですか?」

「あ~……確かにありそうですね。特にスーリはその手の話なんて嬉々として乗ってきそうですし……」


 スーリでなくても恋の話とかあれぐらいの歳の女の子には大好物だろう。

 そして見知った男女が二人で歩いてるのを見たら、なんて流れになったのは確かにありえそうだった。

 ……つけられる方は普通に良い迷惑だが。


「レディーヤさん、何かすいません」

「いえいえ。見知った子達ですからまだ安心出来ますし大丈夫ですよ」


 にこりと柔和な笑みを浮べるレディーヤはまさしく『大人の女性』だった。

 大人しい人は周囲に何人かいるけど、こう言った大人の対応できる人は少ない気がする。

 マルティナさん? あの人も頼りになる大人なんだけど落ち着きが足りない気がするし……。


「でもどうしましょうね。あの様子ですと飽きるかばれるまで着いて来ちゃいそうですが」

「もしくは自分とレディーヤさんが別れるところまでぐらいでしょうね」


 手法はともかく折角楽しんでるあの子達に水を差してでも注意するべきか、このままレディーヤに我慢させるべきか。

 ……どう考えても前者だな。多少なりとも心苦しい部分はあるが、だからと言ってレディーヤに迷惑掛けさせるのは間違っている。

 それに現状あの子らの責任者は自分だ。大人としてきっちりと示さなければならないだろう。


「ちょっと話してきます。流石にあれは止めなきゃダメでしょう」

「あ、ヤマル様。私は構いませんよ、可愛いものじゃないですか」


 後ろを振り向こうとしたこちらの肩にレディーヤはそっと手を置きそれを押し留める。

 彼女の表情を見るも本当に困ったような様子は感じられなかった。


「……何と言うか、レディーヤさんすごいですね。大人の余裕と言うか……」

「あら、それは私が歳を取りすぎていると言うことですか?」

「違っ!? そんなつもりは全然……!」

「ふふ、冗談ですよ。ヤマル様は純粋に褒めてくださったんですよね。ありがとうございます」


 ……やっぱり大人だ、この人。わたわたするだけの自分と違ってどっしりと構えれる心の強さ。

 そんな中でもユーモアさを忘れない柔軟性。

 多分自分より少しだけ年上だろうけど、この余裕の差は何だろうか。

 ……『自信』の差かなぁ。仕事もそうだろうけど自分の能力を過信せず卑下せず、それでいて客観的に見れてるのかもしれない。

 こう言う大人になりたかったなぁと言う本心は一旦横に置き、コホンと咳払いを一つして改めて彼女の方へ向き直る。


「じゃぁレディーヤさんが良ければこのままで」

「えぇ。それで次はどちらへ?」

「少しカーゴの内装用の小物とか何か無いか見に行こうかと思いまして」

「あら、それでしたら王室御用達の工房があります。一般向けの商品も置いてありますしいかがでしょうか」

「良いですね。案内して頂いても?」

「えぇ、こちらです」


 行き先を促す所作一つ取ってもまるで相手への最大限の配慮を組んだかのような動き。

 日本でも仕事で染み付いたものが日常で出ることはままあるが、彼女の場合もはやそれすら日常に組み込まれてるかのようだ。


「どうかされました?」

「あ、いえ。それではよろしくお願いしますね」


 そのまま彼女に案内してもらいそのお店へと向かうことにした。



 ◇



「むー……」

「コロナちゃん、そろそろ私の頭の耐久値が危ないかなー……なんて」


 人ごみに紛れ、家屋の影に隠れ、ヤマルさんとレディーヤさんを追うこと大よそ一時間。

 特に何の問題も無く……いえ、スーリさんが若干実害被ってますがそれ以外は特に何事も起こりませんでした。

 ただただお二人が仲睦まじく買い物をされていたり談笑をされているだけです。


「コロナちゃん、もういいんじゃないかしら。ずっと見てるけど特に何も起こる様子なさそうだし」

「それはそうですけど……」


 フーレさんに諭されコロナさんの両手がスーリさんの頭から離れます。

 彼女はコメカミ付近を押さえ少し涙目になっていました。

 そのままスーリさんに近寄っては代わりに頭を擦りこっそり治癒魔法をかけてあげます。


「はふー……セレスちゃんに撫でられると痛みが引く感じがするよ。神様の力ってやつかな?」

「あはは、そうだったら嬉しいですね」


 まだ治癒魔法の存在は秘密なのでスーリさんには話を合わせる形で誤魔化します。

 その内この魔法の使い手が増えたら彼女の様な冒険者の方にも広く普及するのでしょうね。


「コロナちゃんはヤマルが女の人と仲良くするのは嫌?」

「そんなことないですよ。ただ……」

「ただ?」


 なんて言えば良いかなぁ、と言葉を選ぶように考えるコロナさん。

 嫉妬……とは少し違いますね。そんな悪感情は彼女からは感じませんし。


「ヤマルがやれることが増えて、交流関係も沢山出来て、その分私が今までしてきたことをするようになって……。もちろんそれは嬉しいことだしヤマルが望んでいたことなんですけど、何か反面寂しく感じちゃうんですよね」


 そう言うと言葉通り少し寂しそうに苦笑するコロナさん。

 そんな様子を見たスーリさんは私から離れ、フーレさんと一緒に彼女をぎゅっと抱き寄せました。


「わぷ……!?」

「もー、いじらしいわねこの子は」

「コロナちゃん、ヤマルのお姉さんみたいになってるよ」

「あー、分かる分かる。うちのイチ姉も私ら見て『昔はお姉ちゃんお姉ちゃん言ってたのに離れちゃって寂しいわ』なんて言うし」

「あー、フー姉もそんなこと言ってたときあったわね。ほら、あいつがユミネ連れてきたときなんか『あのハナたれ小僧と思ってたダンがねぇ』ってしみじみしてたし」

「ちょ!? そんなこと言って無い!!」


 コロナさんの頭上でやいのやいのと姉妹での言い合いを始めるお二人。

 獣人であるコロナさんは耳が頭上にあるため中々辛そうでしたが、二人に挟まれているその顔はどこか嬉しそうです。


「まぁまぁ、その辺の話も含めどこかでゆっくりお話しません? 午前中は途中で追い出されたし……」

「そうですね。ヤマルさん達の後を隠れて追ってたせいか少し疲れちゃいましたし」


 お二人の間にユミネさんが割って入り、彼女の言葉に加勢するようにエルフィリアさんも声を掛けます。

 確かにお昼もゆっくり出来たとは言い難いので私も少し休みたいかもしれません。


「あ、いいわねー。今度は騒いでも大丈夫なお店か個室借りれる場所にしましょ」


 ポンと両手を合わせお二人の言葉に賛成するフーレさん。

 善は急げとばかりにそうと決まればすぐ行動するのは冒険者の性なのでしょうか。

 即座にヤマルさん達とは反対方向へと歩き出した彼女達の後を追うように私達も歩きだします。

 その後フーレさんに案内されたお店で日が落ちる前までとても楽しくお話をさせていただきました。



 ◇



 コロナ達がこちらをつけるのを何故か自主的に止めた為、その後は至ってスムーズに色んなお店を回る事が出来た。

 レディーヤが持っている知識や人の繋がりは自分とは無縁の物が多い。しかしだからこそ知らなかった店を色々教えてもらえたりした。

 とても有意義な一日だったと思う。日本じゃあんな美人さんと一日歩くとか絶対に無いし。

 そんな楽しかった時間も日が落ちる前には彼女と別れることにした。

 流石にそんなに長時間彼女を付き合わせるのも悪いと思ったし、コロナ達が帰って来る前には宿に戻っていたかったからだ。


 そして宿に戻って一息つき、ポチと室内で遊んでいるとドアがノックされる。

 どうぞと言うと予想通りコロナとエルフィリアが二人揃って姿を現した。


「ヤマル、ただいまー」

「ヤマルさん、戻りました」

「おかえり。楽しかった?」


 その言葉に二人して顔を見合わせにっこりととても良い笑顔を見せてくれた。

 この様子だとよっぽど楽しかったんだろう。セレスも多分楽しんでくれたと思うけど……。


「あ、それでね。セレスさんがヤマルに今日のお礼にこれあげてって預かってるよ」

「ん?」


 そう言うとコロナはポケットから小さな皮袋を取り出した。

 コロナの手の平に乗るぐらいの小さな皮袋。革紐で結ばれているのを見ると祖父母の家で見た巾着袋をもう少し小さくしたようにも見える。

 よくよく見たら袋にはこの国の神殿のシンボルマークが描いてあった。


「コロ、これの中身について何か聞いてる?」

「えーと、確かセレスさんが作った浄化石だったはずだよ」


 コロナから皮袋を受け取り紐を解いて中身を取り出すと、中から彼女が言ったように白い石が姿を現した。

 浄化石とは神殿で売っている物で、日本で言うところの洗剤等の役目を果たしてくれる魔石だ。

 ただし使い切り。値段も手が出ない程では無いが気軽に買える物でもないので今でも二個しか常備していない。

 しかしその分効果は高く、日本の洗剤よりも良いかも知れないと感じている。

 一応浄化の能力ではあるので、衣服の汚れ以外でも飲み水の浄化などにも使えたりする代物だ。


「確かに浄化石だね。でもセレスのだと使い場所悩んじゃうね」


 あの子の力が込められた浄化石ならそれはとてもとても強い浄化能力が出るんだろう。

 でも浄化石は残念ながら使い切りだ。そうなるとおいそれと使うわけにも行かない。

 それこそ汚染された土地とか……まぁそんなのがあればだがそう言うのに使うレベルの代物だろう。


「あ、それがセレスさんが言うにはそれ今神殿で開発中の試作品の内の一つなんだって。ちょっと良い魔石を使って作ったのだから何回も使えるらしいよ」

「へぇ、そうなの? それだけ多くの魔力が込められてるのかな」

「うーん、私もその辺少し分からなかったんだけど、何かセレスさんが言うには魔力の質が良かったとかどうとか……」

「あ、私から少し補足しますね」


 餅は餅屋。魔法の事ならエルフィリアと言うことで説明員交代。

 そもそも普通の浄化石は神殿の神官や巫女が浄化の魔力を魔石に込めているのだが、今まではどうしても一回分しか効果が出せなかったらしい。

 それは魔石そのものを変質させる手法の為、普通の魔法よりも多くの魔力を使うからだそうだ。

 しかし最近魔力量も多く、しかも聖なる力が強いセレスが現れたことで状況に変化が出てくることになる。

 彼女の力に目をつけた関係者がセレスならこの浄化石を量産できるのでは無いかと思ったらしい。そしてやり方を教えたところ、なんと魔石がまるで風化するように塵と化してしまったそうだ。

 どうやら魔力量が多すぎた為魔石の容量を軽く超えたのが原因のようだった。

 そこで質の良い魔石を用意しいくつかの実験を重ねて出来た浄化石の一つが今自分が持っている石なんだそうだ。

 何回も使用できるようになったのは単純に石に込められた魔力の多さも理由の一つだが、それ以上にセレスの持つ聖なる力が他の人よりも強いのが大きく、一度で消費する石の魔力がかなり少なく済んでいるとのこと。

 結果当初の目論見通りの量産とはならなかったものの、変わりに何度でも使用出来る高品質な浄化石が完成した。


「……だそうです」

「へぇ、さすがはセレスだなぁ。でも良かったのかな、こんな良い物貰っちゃって」

「私もそう言ったんだけど、セレスさんが『ヤマルさんには無理なお願い聞いてもらった上に今日はとても楽しかったです。ささやかではありますが今後の旅に役立ててください』だって」

「そっか、じゃぁそういうことなら有難く頂こう。それでこれ使って今度セレスに会った時に助かった、ありがとうってお礼言わないとね」

「うん!」


 満面の笑みを浮べるコロナに昼間の事を問い質す気が削がれてしまう。

 まぁ実害あったわけじゃないし別にいいか、と深く考えることを止め、今日の所は楽しく過ごすことにしたのだった。



 ◇



「レディーヤ、私はとても悲しいです」

「いえ、あの……」

「確かに休みを取るように言ったのは私です。休日に何をしてもそれは貴女の自由なのも理解はしています」

「いえ、ですから……」


 しまった、口が滑ったと思うももはや時既に遅し。

 それは丁度一分前の事だった。

 休日を満喫した翌朝。主であるレーヌ女王陛下の下へいつも通り行った所、昨日の休日はどうだったかと聞かれた。

 別に隠す必要も無く個人的にも楽しかったのでついつい正直に話してしまった。

 結果は言わずもがな。

 むしろこうなることは想像出来ただろうに、何故正直に言ったのか過去の自分を叱りたい気分だ。


「でも、だけど……ヒドいじゃないですか! おにいちゃんと二人っきりでお買い物してご飯まで食べて!」

「あの、ヤマル様と会ったのは本当にたまたまだったので……」

「私だってまだしたことないのに!」


 もはや聞く耳すら持ってくれそうに無かった。


 結局あの手この手で宥めすかすこと数時間。

 最終的にはヤマルに頼んで何かしてもらうよう取り付けると言う約束を以って何とかこの場を乗り切る事が出来た。



 この事で彼はまた少し苦労することになるのだが、本人がそれを知るのはもうちょっと先のことになる。


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