第163話 聖女と女子会3


 大通りを歩き昼食予定のお店へと向かう。

 先を歩くセレスも今ではスーリ達と普通に話すまでに至っていた。彼女の持ち前の明るさと人懐っこさのなせる技だろう。

 これなら自分達以外に同性の友達と呼べる人は出来たと言っても問題ないと思う。


(うん、良かった)


 自分の怪我を治してくれた恩人の頼みとあらば一肌も二肌も脱ぐつもりだった。

 でもその願いはスーリ達によって無事叶えられる。

 こうして間近でセレスの笑顔を見ると心の底から良かったと思えてきた。思わずこちらまで自然と笑みがこぼれてしまう。


「あ、ヤマルさんがいますね」


 小さな幸せをかみ締めていると不意にエルフィリアがそんなことを口にした。

 彼女の視線の先にいるのだろうかと同じ方向に目を向けるも、人ごみが多く身長がそこまで高くない自分では全くと言っていいほど彼の姿を見つけることは出来なかった。


「えー、どこ?」

「ユミネ、見える?」

「いえ……。エルフィリアさん、どこにいます?」

「んー……人が多くて途切れ途切れにしか見えませんけどあそこですね。飲食店でしょうか、テーブルがお店の外に出してある場所なんですけど」

「あ、それ行こうとしてた場所じゃない。……あれ、ここからだとお店見えないぐらい離れてるはずなんだけど」


 エルフの視力は一体どれ程あるんだろう。

 以前も王都のお城が見えない段階で見えたと言っていたし、トレント戦でもあの距離で魔煌石の位置も完全に把握してたし……。


「ふっふーん、ならヤマルの所押しかけてご飯奢ってもらおう!」

「流石にそれは可哀想――」

「あれ、誰か女の人と一緒ですね」


 その瞬間、スーリとフーレがエルフィリアに引っ付くように押しかけ、ヤマルがいるであろう方へと視線を向ける。

 もちろんそれで見えるようになるわけではないのだが、それだけ気になっているのだろう。

 ……だって目が明らかに良くない事考えてそうな感じだったし。


「全然見えないじゃない……」

「エルフの視力は他の種族よりもずっと優秀だから、見えない方が普通だと思うけど……」


 それだけにエルフィリアが弓が使えないのが残念でならない。

 もちろん彼女の魔法で助けられた場面もあるので一概にどっちが良いかは言えないものの、目だけで言うなら間違いなく弓を使えた方が色々と活かせたと思う。


「しっかしあれねぇ、ヤマルも隅に置けないと言うか……」

「ここは私達が一肌脱いじゃう? 『誰よその女! 私達とは遊びだったのね!』みたいに声掛けてみるとか」

「流石にそれはヤマルが泣くどころか色々問題が……」


 実行したが最後、ヤマルはあの女の人含め合計七名と取っ替えひっかえしてる女たらしになってしまう。

 しかも一人は恋人付きだ。

 このメンバーなら『風の爪』の面々は冗談と分かってくれるが、周囲の一般人はそうはいかない。

 そうなると流石に冗談では済まされそうにないので待ったをかけるが、スーリはひらひらと片手を振り分かってるわよと返してきた。


「冗談よ、じょーだん。まぁどうせ向かう場所は一緒だし、たまたま鉢合わせてたまたまヤマルの男の甲斐性でも見せてもらいましょ。それかこっそり隠れて後をつけるのも面白そうね」

「ヤマルも災難ね……」

「あの、フーレさん。止めないんですか?」

「どうせこの子止まんないわよ」


 もはや諦めの境地だろうか。

 姉妹だからもはや行動パターンが分かっているんだろう。もちろん姉としてはやりすぎた瞬間に物理的手段で止めるだろうけど。

 どちらにせよこの空気では自分も止めることも出来そうに無い。それにヤマルと一緒にいる人も少し気になるし……。

 心の中で彼に謝りつつ、スーリの後に続くように店の方へと向かっていった。



 ◇



 時間は少し遡る。


「コロ達に丸投げになっちゃったけど、男の俺がいてもあれだしね」

「わふ?」

「うん? まぁ人間は同性同士のほうが楽なときもあるんだよ」

「わん!」


 コロナ達にセレスを任せ、自分はポチと一緒に町を歩く。

 ドルンはカーゴ周りで色々やってるし、今日一日自分は完全にフリーだ。

 なので今日はお店を少し回って何か面白い商品が入ってないかの情報収集にするつもりである。

 カーゴの内装案は大体は聞いているし、使えそうなものがあれば何か目星を付けても良いかも知れない。

 とりあえずまずは道具屋にでも行こうかな、と思っていると不意に後ろから肩を叩かれた。


「ヤマル様?」

「あれ、レディーヤさん?」


 そこにいたのはレーヌといつも一緒にいるはずの従者のレディーヤだった。

 ただいつもの仕事着のメイド服ではなく今日は完全なる私服。

 普段のメイドのスカートから打って変わり長ズボンに無地のシャツとかなりラフで……こう言ってはあれだが結構地味な格好をしている。

 しかし彼女は足が長く出ることは出て引っ込んでいるところは引っ込むスタイルの持ち主だ。普段はまとめてある髪も今日はポニーテールにしてることも重なりかなり活発そうな印象を受ける。


(うぅん、元が良いとここまで印象が違うのか……)


 自分が着たら間違いなく地味の相乗効果を受けそうなのになぁと思いつつ、気を取り直し彼女に挨拶をする。


「こんにちは、偶然ですね」

「えぇ。ヤマル様は今日はお一人なのですか?」

「はい。皆それぞれ用事がありまして」


 しかしレディーヤがここにいるってことはその辺りにレーヌでもいるのだろうか。

 少し気になるも周囲にそれっぽい子どもも護衛の騎士のような人もいない。


「今日はいませんよ。実は私本日お休みなんです」

「あ、そうだったんですか。何か毎日レー……あの子と一緒なので休みが無い様な感じがして……」


 危ない危ない。危うく往来のど真ん中で国のトップの名前を呼び捨てで言うところだった。

 そんなこちらの様子にレディーヤは口許に手を当てくすくすと笑みをこぼす。


「ふふ……確かに落ち着くまではそんな状態でしたね。でも数ヶ月も経ちようやく色々と軌道に乗り余裕が出てきました。今日のお休みも働き詰めの私を見かねてでしたし」

「それは良かったですね。では今日は休日を満喫するって感じですか?」

「はい。でも私のお休みは今言ったように不定期ですので、友人とも合わせ辛くて……。あ、そうです」


 ポン、と両手を合わせ良い事を思いついたとばかりに笑みを浮べるレディーヤ。

 何となくこの後の展開が読めたものの、それを口に出さず次の言葉を待つ。


「よろしければご一緒しても良いですか? 一人で歩くよりも二人の方がきっと楽しいでしょうし」

「そうですね。こっちは大丈夫ですけどレディーヤさんは良いんですか? 自分と一緒ではつまらないかもしれませんよ」

「私から言い出した事ですから大丈夫ですよ。それにヤマル様と二人で話すこともあまり無さそうですし」

「あー……確かにそうですね」


 お互い基本一緒にいる人がそれぞれおり、双方ともその子が都合よく離れてるパターンなんて滅多に無い。

 なるほど、確かに彼女が言うようにレディーヤと二人で話し合える時間は貴重かもしれなかった。


「んー……自分は今後の買い物とかお店回る予定でしたけど、レディーヤさんはどこか行きたい所とかはあります?」

「いえ、私は特に目的は無かったのでお付き合いしますよ。あ、でも一つだけ希望があるんですが……」


 申し訳無さそうにするレディーヤだが、こっちの買い物に付き合ってくれるのだから希望の一つや二つどうと言うことは無い。

 それにこの人なら無茶な要求はしない安心感がある。

 大人の余裕、とでも言えばいいだろうか。そんな感じだ。


「えぇ、もちろん構いませんよ。何でも言ってください」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」



 ◇



「で、ここでご飯食べたかったと」

「はい。同僚からお話は聞いていたのですが、何分この様なお店に一人で入るには少し勇気が……」

「まぁここお洒落なお店ですもんね」


 あれからお店を二件ほど回り、レディーヤと色々情報交換や雑談を交えながら午前中を過ごした。

 そしてお昼になる少しぐらい前に彼女たっての希望でこのお店へとやってきたのだ。

 ここは大通りに面した場所にある所謂オープンテラスの飲食店だ。

 街行く人々を眺めながら優雅なランチタイムを、なんて謳い文句で今若い女性を中心に話題を集めているらしい。

 確かに周囲にはカップルらしき男女や女友達で来ている子達など若い人ばかりだった。


「いらっしゃいませ。ご注文はいかがいたしましょう」

「そうですね……自分はランチでお願いします」

「私もそれで」


 初めて来るお店は良く分からないのでとりあえずオススメと書いてあった物を注文することにする。

 この世界でこう言ったお店は結構高いイメージがあったのだが、このお店は割とリーズナブルだった。

 もちろん立地条件などからその辺のお店よりは値段は高いものの、平民が手を出せないレベルではない。

 ちょっとリッチな昼食を、ぐらいの感覚。少しだけ贅沢を程度だからこそのこの繁盛具合なのだろう。

 

「……」

「……? レディーヤさん、どうかしました?」

「あ、いえ。内装を見てまして。このお店には様々な工夫が施されてましたので感心してました」

「そうなんですか。例えばどのような?」


 そして始まるレディーヤの内装談義。

 さすが女王陛下御付のメイド長だけあり博学、それでいて様々な場数をこなしているだけあって経験も豊富だ。

 その知識と体験から流石に王族貴族が行くようなお店には劣るものの、このお店は安っぽく見せないような様々な工夫が施されていると言う。

 素人目の自分からではそんな違いなど分からなかったのだが、彼女が感心するぐらいなのだからよっぽどのことなのだろう。


 そして一頻り話し終えたところで注文してたものがやってきた。

 普段食べているものが女将さんの料理だったりと色々コスパに優れている料理なだけに、出てきた物は自分にとっては若干量が少なめだ。

 まぁでも客層からすればこれが正解なのだろう。

 それに味は値段相応にその辺のお店よりは良いものを出してくれている。

 例えばパンは白パンだし、この煮込んだ牛肉もとても柔らかく仕上がっている。味付けは言うに及ばず、確かにこれならば流行っているのも頷けるほどだった。


「美味しいですね、これ」

「えぇ、とても。同僚が私に薦めるだけありますね」


 私に、と言う部分に幾分か力が篭ってたのは普段の仕事に対する自負なのかもしれない。

 しかし本当においしいな、ここ。ドルンには合わなさそうだけど、今度コロナやエルフィリアを誘っても良いかも知れない。


「ヤマルさん。少しお話変わりますが、お城に置いてある遺跡の遺物はヤマルさんの所有物なんですよね」

「一応そうですね。今はあれこれとやってもらってる段階ですが」

「最近広場においているあの大きな箱のような物も?」

「カーゴですね。あれも遺物の一つですね」


 一応お城に置かせてもらってる手前彼女になら話しても良いだろうと思いざっくりとだがカーゴの事を説明する。

 後で研究者らからレポートが出されると思うが、先にレディーヤ経由でレーヌの耳に入れておいても問題ないだろう。


「改造が終わったらそのまま持っていくつもりですが……」

「そのまま魔国へ、ですか?」

「いえ。魔国行く前にどこか国内で数日かかるお仕事でも受けようと思います。流石にぶっつけ本番で国外まで行くのは怖いですし」


 とは言えそんな数日かかる大きな仕事はまだ見つかっていない。

 そもそもそう言ったお仕事は冒険者ならばCランクからだ。Dランクは良くて三日ぐらいだろう。


「……あの、そのお仕事ってもう決まっていたりします?」

「いえ、まだですよ。恥ずかしいことですが自分のランクじゃ中々そう言った話は無くて」

「その長距離向けのお仕事って私から出しても大丈夫でしょうか?」


 レディーヤの言葉に思わずきょとんとしてしまう。

 彼女なら自分を頼らずとも立場的にも色んな人に頼めるような仕事についてるはずだ。それでいて尚自分に振るような仕事となると少しだけ不安を覚える。


「内容にもよりますけど……。レディーヤさんが頼むぐらいならよっぽどのお話ですか? あ、流石にあの子を秘密裏に運ぶとかダメですよ」


 違いますよ、と苦笑しつつ彼女がジェスチャーをこちらに送る。

 ちょいちょいと手招くようなその仕草は顔を近くにと言う合図だ。何か聞かれたくない事なのかもしれない。


「重要性はある意味高いですがそこまで危険な仕事では無いです。内容自体は荷運びなんですが、何分私用に近い部分もありますので信頼できる方でないと……」

「なるほど。確かに私的に関わりがあって外に自由に動ける人となると限られてきますね」

「それにヤマルさんで無ければ無理なことも含まれますので。あ、この話は今思いついたことで本決まりではないですが……」

「とりあえず内容聞かせていただけますか? 信用はしてますけど安請け合いはしたくないので……」



 ◇



「(ヤマル、近い近い!!)」

「(痛たたたたた! コロナちゃん、腕、腕!! 頭もげる、もげちゃうから!!)」


 店内から様子を見るコロナさんは何やら鬼気迫るものがあります。

 スーリさんの頭に手を置かれヤマルさんの方を見てますが、何分力が入っているせいか声にならない声をあげているような気が……。

 防御魔法でも張ってあげた方がいいでしょうか。


「(あれレディーヤさんよね。今日待ち合わせでもしてたのかしら?)」

「(ヤマルさん、その様な予定じゃなかったはずですよ。特に何も言ってませんでしたし)」

「(ならたまたま会ったんでしょうか?)」


 ひそひそと声のトーンを落としつつばれない程度に視線を送り続けます。

 何とかヤマルさんらに気付かれず店内に入ったのが少し前。

 お二人がいる場所から微妙に陰に隠れているこの席。そこから更に身を隠すようにしてヤマルさんの行動を注視していたのですが、現在この様な惨状に……。

 店員さんがこちらに来られようとしていたのですが、コロナさん達の方を見ては二の足を踏んでいました。


 とりあえずそれを見かねたフーレさんがささっと全員分の注文を決めて店員さんへと伝えます。


「(あの方、皆さんのお知り合いですか?)」

「(そっか、セレスちゃんは知らないわよね。ちょっと詳しくは話せないんだけど立派な仕事についている人よ)」

「(ちょっと前に私達も知り合ったばかりなんですけどね)」


 そうなんですか、と納得し再び皆の視線はヤマルさんへ。

 でもコロナさんが思ってそうな雰囲気はあまりなさそうです。

 周囲の恋人の方々と見比べても、何と言いますか雰囲気が全然違うような……。

 もちろん殺伐としたような感じでは無いのですが、少なくとも恋愛関係とは遠そうです。


(でも覗きするなんて思わなかったかも……)


 まさか他人の動向を影からこっそり覗く日が来るとは思ってもいませんでした。

 本当に今日は初体験が一杯で飽きませんね。


 そのまま暫く見続けていたものの、特に何事も起きることなくお二人はお店を後にしました。

 あ、お昼はスーリさんお奨めだけあってとても美味しかったです。

 薦めた当人はコロナさんの相手をしていてそれどころでは無さそうでしたが……。

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