第153話 『風の軌跡』掘削工法
宿を出て教授らと合流した後、皆でチカクノ遺跡の入り口へと向かう。
すでに話は通っているらしく入り口の守衛に頑張ってくれと励まされた。
久しぶりに来るチカクノ遺跡はすでに前回の調査から数ヶ月が経ってることもあり、地下二階と三階も随分と綺麗に片付いていた。
また以前と比べ中に居る人も随分増えたと思う。
ある程度調査自体も終わってるのだろう。自分らが発見した下の階層にも観光客や学者、新たな発見をしたいと狙っている冒険者など様々な人達がいた。
そんな中、学者を中心とした集団が一度に現れたとなっては注目を浴びるのも無理もない。
また何か発見があったのかと言う期待が興味を呼び、その結果周囲の人らもこちらの後に付いて来てしまうほどだ。
そして一団は最下層の一角、今は壁一面が土で埋まっている場所に到着する。
「ここがこの遺跡の本来の入り口だったところか」
かつて病院だった時代の正面玄関。
今はドアは無く一面土壁状態になっている。以前のこの場所は土砂が流れたような状態だったらしいが、あれからここに残った汎用ロボと研究員によってここまで清掃されたらしい。
「目的の場所はここを出て左側に百メートルぐらいの所デスネ」
メムが当時の情報からエアクラフターがあると思しき場所を改めて告げる。
今からこの土壁を掘りその対象がある場所へと辿り着かねばならない。
「地質は……これならいきなり落ちることは無いか。予定通り作業を進めれそうだ」
「んじゃまずは俺らの出番だね。準備しようか」
「こちらも準備進めるぞ。道具類はいつでも出せるようにしておいてくれ」
予定通り事を進められるとドルンが判断したことで発掘計画は一番良いもので動くことになった。
慌しく周囲が動く中こちらも手早く準備を進める。
まずカバンから長めのロープを取り出しそれを胴体に巻きつけた。
「ポチ、よろしくね」
「わふ!」
そしてポチを戦狼モードに。前回と違いこの階層の空気もかなり改善されたようで今回連れてくる事が出来ている。
大きくなったポチに自分から伸びたロープの片側を巻き付け、もう片方をドルンへと渡す。
横を見るとエルフィリアがコロナにロープを巻きつけてもらっており、こちらと同じ様に反対側のロープをしっかりと持っていた。
それを見て……自分も含めだが日本のある光景を思い出す。
「なんかペットのリードみたいだね……」
「? リードって何です?」
「あー、そっか。ここだとリード無かったっけ」
そう言えば基本放し飼いだったような気がする。
ポチの首輪を貰ったときもリードを渡されるようなことは無かったし、初めて冒険者ギルドでポチを預かったときもその様なことはなかった。
とりあえずエルフィリアには自分の世界では犬の首輪から伸ばす紐のことだと教えておいた。
「やぁ、頑張ってるかね」
「あ、ブロフェスさん。お久しぶりです」
そんな中、後ろから見知った初老の男性が声を掛けてきた。
彼はここのチカクノ遺跡の職員なのだが、どうも色んな所にパイプを持っている良く分からない人だ。
多分その筋のお偉いさんと思うがどれ程なのかはまだ聞いていない。
「新たな遺物の発見なんてワクワクするじゃないか。君が来てからこの遺跡も活気が出てきた。今回も期待しているぞ」
「今回は完全に自分らの為ではあるんですが……」
「冒険者ならそれで構わんよ」
安全第一にな、と最後に告げるとブロフェスは他の研究員らの方へと向かっていった。
話しかけられた人達が妙に緊張した対応をしているので、やはり結構偉い人なんだろう。
「ヤマル君、こっちの準備は出来たよ」
「分かりました。とりあえず作業開始します。ドルンも何か変なとこあったらすぐ言ってね」
「おう。崩れそうならすぐに引っ張るから安心してやれ」
あんま怖いこと言わないで欲しいなと内心苦笑しつつ、左右にメムとエルフィリアを従え玄関前の土壁の前に立つ。
「エルフィ、どう?」
「そうですね……ここまでガチガチに固まってるとやはり時間掛かりそうです。予定通りヤマルさんにも協力してもらうのが良いかと」
「了解。メムも位置測定お願いね」
「分かりマシタ」
そして後ろで皆が見守る中、エルフィリアが杖を両手で持ち石突部分を床に当てる。
コン、と乾いた音が響くと同時、彼女によって魔力が紡がれ杖が淡く光りだした。
「【大地の精霊さん、力を貸してください。強固な壁を今ここに】……《ガイアウォール》」
エルフィリアが魔法を唱えると目の前の土壁が徐々に動き始める。
左右と上に密集するかの様に動く土だがその動きはかなり遅い。
「予想以上に遅いな、これ。本来防壁魔法だろ、こんな速度じゃ防げねぇんじゃないのか?」
「無理言わないで下さいよ……。地上より硬い土な上に三箇所同時展開、おまけに精密動作込みなんですから……」
そう、今回の裏技がこれだ。エルフィリアの魔法によって土その物を動かすと同時に左右と上面を固め落盤を防ぐ。
以前ヤヤトー遺跡で使った《ウッドプロセッシング》の応用である。
一応土を動かす魔法は別にあるのだが、今回は人が通る通路なだけにしっかり固める必要がある。
そこで周囲の土を取り込み固めて壁を形成する《ガイアウォール》にスポットが当たった。
ドルンの言うように本来なら防壁魔法だけあり即効性のある魔法だ。その分魔力操作などはもっと大雑把らしい。
その為今回の様に精密動作をするのは苦労するそうだ。
「ヤマルさん、お願いできますか」
「おっけ。んじゃかけるからエルフィも調整よろしくね。《
そこで一つ工夫を設ける。
《ガイアウォール》は周囲の土を集め固めて壁とする魔法なだけに周りの地質に影響を受ける。泥は論外だが逆に硬すぎても集め辛く発動し難くなるそうだ。
なので自分が使う《生活の土》で現在エルフィリアの魔法範囲にある硬い土を耕し柔らかくする。
遅々として動かなかった土も程よく柔らかくなったことで目に見える形で動き始めた。
そして数分後。
大よそ一辺三メートル程のトンネルが出来上がった。奥行きも同じぐらいなのでこれだけではトンネルと言うよりは立方体の洞窟と言ったほうが適切かもしれない。
「終わりました。チェックお願いします」
穴を掘るという工程では中々見る事が出来ない直角のトンネル。
その中に体半分だけ入れドルンと教員数名が手前側の左右の壁を確認し始める。
土壁とは思えないぐらいカチコチに固まったそれらは彼らを唸らせるには十分だった様だ。
「エルフの魔法か……。いいだろう、これなら問題ねぇな」
「そうですね。確かもう魔法自体は止めてるんでしたっけ」
「あ、はい。一応私が解除用の手を加えない限りはこのままです」
後は壁を作る際に余った地面に散らばった土を取り除けばとりあえずは即席トンネルの完成だ。
今後を考えて後ほどこの穴に専用の施行をするとのことだが、まずはこの調子で掘っていくらしい。
「よし、じゃぁヤマルとエルフィリアは中に入ってそのまま続けてくれ。コロナはあいつらが埋まらないように危ないと思ったら即ロープ引くんだぞ」
「こちらも土の掻き出し作業にはいりますか。手が空いてる人からどんどん上に持っていってください」
それぞれが手に道具を持ち作業を開始する。
とりあえず自分達も続きを開始しなければならない。むしろ自分らが進めないと何も進まなくなってしまう。
「エルフィ、続きやろっか。あ、魔力辛くなったらすぐ言ってね」
「分かりました。メムさん、指示お願いしますね」
《
そのまま先ほどの手順通り一つずつ確実にエルフィリアと一緒に奥の方へと掘り進めて行った。
◇
普通に掘るよりペースが速いとは言え一回で進める距離は大体三メートルである。
最短でも三十回以上は魔法を使わなければならないし、都度落盤しないかとどうしても緊張を強いられる。
最初は落盤退避用に胴体にロープを着けていたものの、それなりに奥へ進んでしまった今ではもはや本来の用途では使えなくなっていた。
結果穴の中に入れないポチとの《
「強度はちゃんと維持できているな。無理はするなよ」
「エルさん、魔力もだけど疲れたら言ってね」
何回エルフィリアと一緒に魔法を使っただろうか。
後ろを見ると結構掘り進んだように思える。
壁面に取り付けた《生活の光》の明かりの数も随分増えた。明かりに照らされた研究員らが遺跡の方へ余った土を次々と運んでいる。
そう言えば余った土を掬い上げるときに足元から当時の建材が出てきた。
アスファルトに似たようなものだったが自分にはよく分からなかったものの、研究員らが嬉しそうにしていたのは見ている。
ただやはり割れたりしているものが多く、無理に持っていくとトンネル内の足元がデコボコになりかねないのでこちらの掘削は後回しになった。
そして途中で休憩を挟み、食事を取り、その間他の作業もやってもらい全員一丸となって作業は続けられる。
その様なことを繰り返しているうちにふと、エルフィリアが何かに気が付いたようでこちらに声をかけてきた。
「あれ……ヤマルさん。ちょっと魔法お願いしたいんですけど」
「はいはい。《生活の土》……っと?」
魔法を使ったことで自分も同じことに気付く。
魔法の範囲内に『土』ではない何かを感知した。《生活の土》は土しか効果が無いため、それ以外だと魔法が弾かれる。
そして今回の弾かれた範囲は平面。つまり壁だった。
「……これでしょうか?」
「かもしれないね。とりあえずエルフィは見えるように調整してって」
その間にメムを呼んで貰いエルフィリアの魔法を見続けていると、奥の方から遺跡と似たような建材の壁が姿を現した。
……なんだろう。こう土の中に埋まってる建物を掘り起こすと封印されてた何かが解き放たれるとか考えてしまうのはゲームのやりすぎだからだろうか。
いや、今回は仮にロボットがいてもメムがいるから前回のように戦闘にはならないはず……。
そんな一抹の不安を感じつつ待っていると遺跡の方から研究員に連れられたメムがやってきた。
「メム、これであってる?」
「えぇ、エアクラフターがあるとすればこの中デス。入り口は恐らくこちらデスネ」
メムの頭が左の方を向く。
この壁沿いに掘っていけばその入り口が姿を現すらしい。
「じゃぁエルフィ、この壁沿いにやるよ。もう少しだから頑張ろうね」
「あ、はい!」
メムと研究員が遺跡へ戻ったのを確認して再び魔法を使い掘削開始。
ただ片面が壁になったため《ガイアシールド》を使う面が一つ減ってしまった。お陰でその分、土が先ほど以上に余ってしまう。
なので研究員らを呼び優先的にこちらの土を中心に後ろへ運んでもらうことにした。
来た職員が新たな建屋の壁に興奮するもそれを宥めつつ、順次遺跡の方へ持っていってもらう。
そして魔法を四回ほど使った頃、人一人が通れるほどの金属製のドアがその姿を現した。
「あったね……」
「ありましたね……」
「何か物凄く順調でちょっと怖いんだけど」
スマホで時計を見てもまだ三時前。
地下に居ると時間の感覚が分からなくなるものの、ほぼ一日足らずで見つけれたのはかなりの幸運じゃないだろうか。
「あったか?」
「うん。でも……」
残念ながらドアノブは無い。
ヤヤトー遺跡と同じ横にスライドするタイプのようだ。ドアの横の壁に
「……ぶち抜くか?」
「それしか手は無さそうだけど手順は踏まないと後々面倒だからね。ちゃんと許可は取るよ」
という訳で一度皆でチカクノ遺跡まで戻ることにする。
中から揃って出てきたことに気が付いた教授らが出迎えてくれた。
彼らに中の様子を説明するとそのまま教授がメムを連れて穴の中へと入っていく。
(あの行動力はすごいなぁ……)
崩れたらどうしようとかそう言うのより好奇心が勝ってるんだろう。自分ではとても真似できないと思いつつ正直あの即断即決出来る性格は羨ましく感じる。
ともあれ再びポチを残し最奥のドアの場所まで戻る。
「メム君、どうかね」
「手動で開けるしかないデスネ。ドアリーダーは壊れてマスシ、壊して中に入ることを推奨シマス」
「他に開いてそうな入り口はないかね?」
「当時開いてればエアクラフターのゲートがありマス。閉じていた場合ドアより強固ですがいかがいたしまショウ」
「……止むを得ないか。仮に開いてたとしても中から調べた方が良いだろう」
頼むと言うと教授は自分達に場所を空け、まずはドルンがドアそのものをチェック。
ドアに耳を当てながら軽く叩き音や手触りで手早く調べていく。
「恐らくヤヤトー遺跡のと同じタイプだ。これならコロナの剣で斬れるな」
「じゃぁ開けるから少し離れててね」
続いてドルンと場所を交代したコロナが剣を抜き正眼に構える。
そのまま縦に二回、横に二回剣を振るったところでコロナが武器を鞘に納める。
ヤヤトー遺跡と違い今のこの場はそこまで高さも幅も無い。
そのため普段の勢い良い動きとは打って変わり静かに剣を振る姿はまるで剣術の練習をしているような動きだった。
「開いた?」
「ちょっと待ってね。ドアが小さくて端っこ部分が完全に切り取れなくって……」
それだけ言うと彼女はドアに向け鋭い蹴りを繰り出した。
ドゴン、と明らかに女の子が出さない音が反響し、同時にドアが建物の中の方へ転がっていく。
「……よし、入るぞ」
何も見なかった事にしよう。そんなドルンの心の声が聞こえた気がした。
なのでその直感に従い彼の言葉に同意しつつ、エアクラフターが置かれていると思しき建屋の中に皆と一緒に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます