第137話 宴もたけなわ


 エルフィリアがセーヴァにフラれてから大よそ三十分。

 宴会場は混沌の坩堝と化していた。

 正直現実と目の前の光景から目を背けたいところだが、物理的にもそれは叶わぬらしい。


「ヤマル、何してるの?」

「何してるんだろうね……」


 スーリに困惑の声を向けられるが自分でも本当に何をしているんだろうと思う。

 いや、何をしたかったかははっきりとしている。

 あの後宴会場に戻ったものの、イーチェに言われたようにすぐに明るく振るまう事は出来そうには無かった。

 かといっていつまでも暗いままだと他の人にまで伝播してしまう。

 なので今自分に必要なのは『癒し』だと判断した。

 そして『癒し』と言えば温もり、温もりと言えば体温である。

 幸いにも自分にはポチがいる。嫌な顔一つせずモフれる我が相棒は癒しに戦いに移動にと大活躍だ。

 流石に人の恋愛などは興味が無いようで先ほどの現場にはポチはいなかった。だから多分その辺でご飯を食べてるか寝てるはずと予想していたんだが……。


「んぅ?」


 そこにはポチを抱いて椅子に座るレーヌがいた。

 ちなみにレーヌは先ほどの出歯亀軍団の中にはいなかったらしい。行こうとした所レディーヤに止められたのだそうだ。

 いつの間にか大半の人間が姿を消していたので、丁度良いとばかりにポチを抱いて遊んでいたとのこと。

 ご飯食べたり他の人と話してたりで中々ポチと接する機会が無く、レーヌは今とてもご満悦状態だった。

 流石にそんな子からポチを取り上げるわけにもいかずどうしようと思ったものの、聡いレーヌは何か察したようでこちらにポチを差し出してきた。

 その後彼女とのちょっとしたやり取りの結果ポチを抱いたレーヌを抱くと言ういつも通りの構図になった。

 ……いや、なるはずだったが正しい。


「レーヌちゃんはまぁ分からなくも無いけど、何で後ろにコロナちゃんが?」

「なんでだろうねぇ」


 レーヌのお腹に手を回し落ちないようにしていたら、後ろからコロナがまるでおぶさるような形でこちらに抱きついてきたのだ。

 いきなりのことに驚きレーヌごと退避しようとするも、それを見越したかのようにコロナはがっちりと体ごと押さえつけてきた。

 もはや動くこともままならず前後に密着されたままの状態でぼーっとしていたところをスーリがやってきたわけである。


「……これは私もやるべき?」

「良いよって言ってもどうせ来ないでしょ」

「ヤマルの困り顔見たさにやるかもしれないよー?」

「じゃぁやる?」

「……やめとく」


 まぁそうだろう。スーリも結構人懐っこい性格はしているが男女絡みは初心な感じはしている。

 友人感覚でなら大丈夫なんだろうけど、改めて言われると二の足を踏むタイプだ。


「でもヤマル、なんかリラックスしてない?」

「最初の羞恥越えちゃえば割と温くてねぇ」


 レーヌの頭の上に負担にならない程度に軽く顎を乗せ、コロナを肩掛けタオルのようにしていると色々癒されてくる。

 スーリに言った通り最初こそ恥ずかしかったものの、ある程度慣れてきたらこれはこれで中々……。

 日も暮れた夜の庭だから余計に温かさを感じるのかもしれない。


「レーヌちゃんもそれでいいの?」

「うん。おにいちゃんにこうしてもらうの好きだよ?」

「おにいちゃん、ねぇ……。コロナちゃんも何かヤマルと似たような顔してるし……」

「んー、私も少し疲れてたかも。こうゆっくりしてると落ち着く……」


 その落ち着き先が自分の背中や肩とか、どんどんポチ側へと落ちてないか? 単に獣人の習性なのかもしれないが、少し心配になってくる。

 まぁそんなこんなでちびっ子サンドイッチ状態で癒されている一方、視線の先の宴会場の一角ではちょっとした盛り上がりを見せていた。

 テーブルで差し向かいに座る二人。

 片方はここに来てからずっと飲んでいるドルン。羽目を外しても良いと言う話だったけど誰もリミッターを外せなんて言って無い。

 まだ飲むのか、と呆れながらもそのドルンの向かいに座っているのはなんとエルフィリアだ。

 イーチェが彼女を連れて戻ってきてからは甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだが、最後は力技と言わんばかりに飲んで忘れろと言うことになった。

 普段のエルフィリアならそんな無茶苦茶なとでも言いそうなものだが、フラれた傷心と直後の優しさによるイーチェの信頼度からその案を飲んでしまった。

 結果、ドワーフ対エルフと言う前代未聞の飲み勝負の火蓋が切って落とされたわけである。

 ドルンは始まる前から何杯も飲んでいたので大丈夫かと不安に思ったが、そこはやはり酒に強いドワーフ。

 何も問題ないと言わんばかりに注がれた直後には酒はあっという間に無くなっていた。

 こういうノリは好きなのかドルンは終始ご機嫌であり、ダンが近くでやんややんやと囃し立てている。


 対するエルフィリアは逆に静か過ぎて怖い。

 飲む速度はドルンに比べれば遅く大人しいもの。

 だが注がれたお酒をまるでロボットのように一定のペースを保ったまま飲み干していた。

 自分が数えてるだけでもすでに十杯以上は呑んでいる。

 相変わらず目元は見えず顔は耳まで真っ赤にしているものの、まだまだ大丈夫だと余裕を見せるような飲みっぷりだった。

 そう言えばエルフィリアがお酒を飲んでいるのを見るのは初めてである。正直あそこまで強いとは思わなかった。

 エルフは肝臓までもがドワーフと張り合えるぐらいの性能を持っているのかと錯覚しそうなほどだ。


「ぅおかわりー!」


 ただ酒に強いと酔いやすいは別物らしい。

 大声で次を注げと言わんばかりに木製ジョッキを高々と上げるエルフィリア。

 何度目かのそれを聞きそばにいたイーチェがお酒を注ぎ、ドルンも負けじと近くに居たダンを使って酒を注がせる。


「……普通見れないわよ、ドワーフとエルフの飲み比べ」

「今の内に目に焼き付けておくといいよ。二度と見れない可能性が高いから」


 自棄酒でこちらもリミッターが外れてるんじゃないかと心配になるが、イーチェが見張ってくれてるからそこは信じるしかないだろう。

 そんな感じで盛り上がっている(?)飲み比べを眺めていると、物凄く申し訳なさそうな顔をしたセーヴァがこちらへとやってきた。

 いきなり現れたことにスーリは背筋を伸ばし普段見せないようなとても凛とした表情へと変わる。

 ……やはりスーリから見ても美男子らしい。ただエルフィリアみたいに積極的に行かないのはやはり慣れていないせいだろうか。

 イーチェが『行け、押し倒せ』みたいな視線をスーリに送っているも、彼女はセーヴァの顔だけ見ているせいか全く気付いていなかった。


「ヤマルさん、すいません。その……」

「あぁ、いいよいいよ。と言うか自分に謝る必要も無いしさ。むしろこっちがお礼言いたいぐらいだよ」


 その言葉に周りの女子三人はなんで?と言いたげな表情をこちらに向けてくる。


「あー……別にフッてくれてありがとうって事じゃないよ。ちゃんとセーヴァが自分の考えの下でしっかりと断わってくれたのがさ」


 実はセーヴァの性格からお友達から、みたいな中途半端な間柄になるんじゃないかと少し懸念していた。

 でも先ほどの様子から察するときっぱりと断わったみたいだ。そうでなければエルフィリアがあそこまで泣き崩れることもないだろう。


「セーヴァさん、ちなみに何でダメだったんですか? もし良かったら聞かせて欲しいんですけど」

「こら、レーヌ」

「いえ、ヤマルさん達には言っておいた方が良いかもしれません。別にエルフィリアさんが嫌い……ではないんですよ。とは言え今日会ったばかりの人ですのでいきなり言われた時は戸惑いはありましたが……」


 まぁそりゃそうだろう。

 エルフィリアだって一目惚れと言ってたぐらいだ。これで即OKするようなら同じく一目惚れしたか下心あるかぐらいしかない。


「やっぱり一番の理由はエルフだったこと、ですね」

「セーヴァさんは、その……亜人が嫌いとかですか?」

「ううん、嫌いではないですよ。ただエルフは長寿種の人だからね。……残して逝くのも残されるのも辛いから……」


 あー……そう言うことか。

 前に聞いた幼馴染のことだろう。それにこの口ぶりではもっと人の死を見てきたんだと思う。

 何せ世界を救った勇者様だ。前線で戦う分人の死を見てきたのも想像に難くない。

 レーヌは不明だが向こうの世界のことはコロナもスーリも知らない。だが彼の出す雰囲気から何となく察してくれたようだ。


「その事を正直に言ったら彼女は分かってはくれました。結果はまぁ……」


 向ける視線の先には今だ飲み続けるエルフィリアの姿。

 彼女も常識人だし理知的だから頭ではちゃんと分かってはいると思う。

 だからと言って感情が納得するかは別問題ではある。それを紛らわせるために現状あんな状態になってるわけだし。


「種族の壁は厚い、かぁ」

「そうですね、僕の場合はそうでしたけど……。この手の話は何かしら弊害はあるものですし。僕の場合はそれが種族だったってだけですよ」


 だがそれが致命的であった。

 種族なんて変えれるものではないし、彼女の恋はこれ以上に無いぐらい打ち砕かれたことになる。

 ポジティブに考えれば完全に諦めれるとも取れるけど……。


「ヤマルさん。僕が言える立場ではないのは重々承知していますが、エルフィリアさんのことお願いします」

「うん、俺らでちゃんとフォローしておくから大丈夫だよ。今はあの状態だけど少し日にち経ったら落ち着くと思うからさ」


 頭を下げるセーヴァに優しくそう返すと、まだ飲み続けるエルフィリアらを見守ることにした。



 ◇



「ヤマル、大丈夫?」

「まぁこれぐらいなら……」


 あれから宴会はとりあえずは無事に終わった。

 エルフとドワーフの飲み比べは丁度お酒が無くなった瞬間に両者がテーブルに突っ伏したことで引き分けとなった。

 実際のところ飲み比べ前に散々飲んでいたドルンの勝ちだろうが、まさか彼もエルフィリアがあそこまで飲めるとは思ってもいなかったろう。

 その後静かになったところで皆に氷菓もどきを作り好評を得たところでお開きになった。

 口が肥えていたはずのレーヌにも好評でその後レディーヤに氷菓もどきのレシピを聞かれたものの、製法が特殊すぎた為とても残念そうにしていた。

 そして今は宿への帰り道。

 四人中二人が酔いつぶれている為、今自分はエルフィリアを背負っている。


「まさかこんな事になるとはねぇ」

「あはは……でも楽しかったよね」


 なんだかんだで全体的には楽しかったと思う。

 背中で絶賛眠りこけているこの子には苦い思い出になってしまったが……と言うかお酒臭い。

 慣れないのにめちゃくちゃ飲んでたもんなぁ。明日からしばらくは普段の三割り増しで優しくしてあげようと思う。

 ちなみにドルンは現在戦狼状態のポチに荷物のように運ばれている。

 ドルンは身長がそんなに無いので見た目は小柄ではあるが、実際は筋肉の塊なのでかなり重い。

 背の上で大いびきをかくドルンには流石にポチも嫌そうな顔をしていたが、運べるのがポチしかいないため我慢してもらうことにした。


「うーん……エルさん、やっぱり大きい……。胸って潰れると形変わるんだね……」

「なるべく気にしないようにしてるからあまり言わないでくれると助かるんだけど……」


 背中の感触を考えないよう努めてたのに何故言うかなこの子は。

 ちなみに最初エルフィリアを背負っていたのは自分ではなくコロナだった。

 理由は言わずもがな。男の俺が背負うと彼女の体型上色々まずいと思ったからである。

 女の子に背負わせるのはしのびないと思ったものの、この理由にはコロナも『まぁそうだよね』と納得してくれたので彼女に任せることにした。

 そして歩いて数分後、コロナの心が折れた。

 一歩進むごとに背中に当たる自分には無い豊かな感触に同じ女として思うところがあったらしい。

 ポチに乗せようにも流石に意識が無い人を二人も乗せるのは無理だったため、結果消去法で自分が背負うことになった。


「でも不公平と思わない? エルさんは野菜とかが好きなのに……」

「エルフの村だとスレンダーの人が多かったけどね。何だろ、遺伝か何かなのかなぁ」


 すでにエルフィリアやドルンと出会い一ヶ月以上は過ごしている。食事もほぼ毎食同じ顔合わせなのでそれぞれの好みなども大よそ把握はしていた。

 エルフィリアはエルフらしくやはり野菜が好きで味付けは薄味派。

 ただ菜食主義者ベジタリアンではないので普通にお肉も食べるし他の物も大抵は口にする。

 そんな彼女が年月かけているとは言え何故かこのように育ったことにコロナは不満に思ってるのだろう。

 仮に同じ食事をしたところで胸が大きくならないのは火を見るより明らかだし。


「まぁエルフィは明日動けないだろうからお仕事はまた今度かな」

「流石に明日仕事させるのは酷だよね。二日酔いあるかもしれないし……」

「そゆこと。あぁ、それで悪いんだけど明日エルフィのこと見ててくれないかな? ちょっとラムダンさんとこに改めて行きたくてさ」


 流石にレーヌの件とかについても色々話さなきゃならないだろう。

 それに個人的に相談したかった事が今夜出来なかったので出来ればそれもやっておきたい。


「いいよ、私もエルさん一人にするのは不安だし」

「ありがと。じゃぁ明日はお願いね」


 コロナに許可が取れたことで明日の段取りを考えつつ、のんびりと宿への帰路についていった。

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