第131話 市街での反応


 マルティナからギルドカードを受け取ったエルフィリアはとある岐路に立っていた。


「ほ、ほんとにこのままでですか……?」

「むしろ今の方が良いわよ。物珍しさが分散されるし……多分」


 いや、そこは言い切ってよ。と心の中で突っ込むがここでも我慢。

 何せ今エルフィリアはフードを取った状態で外へ、つまりギルド長室から出ようとしている。

 マルティナに推されての事ではあるが、なるべく早めの方が良いとは自分も思っていたので成り行きを見守ることにしていた。


「このまま隠していくとドルンさんの物珍しさが消えた後エルフィリアさんに注目が集まるのよ。それなら一斉に出しちゃえばまだマシなはずよ。ポチちゃんも大きい状態で闊歩すれば尚良いわね」

「そ、そういうものなのでしょうか……」

「そういうものよ。上手くいけばこのメンバー集めたヤマル君の方にも集まるから更に分散されるわね」


 力強く後押ししてくれるのは良いんだがどんどん飛び火している気がする。

 まぁ注目浴びるのも数日ぐらいだろう。皆居るのが当たり前になればその内気にしなくなるはずだ。

 大体この街の人だってポチが大きい状態で歩いても何も言わなくなった。むしろ子ども達なんか率先して近寄ってくるぐらいだ。

 それぐらい大きい懐の持ち主らが集う街だ。ここにドワーフやエルフが加わったってきっと受け入れてくれるだろう。


「話聞いてると怖がるのは分かるけどね、エルフィリアさん大人しい子だし。だから困ったときは仲間を頼れば良いのよ。ヤマル君を見なさい、コロナちゃん頼りっぱなしでしょう?」

「げふっ」


 飛び火どころかどんどん被弾し始めてきた。

 言葉の刃に心をざっくりと抉られ、思わず漏れた声にエルフィリアがオロオロし始める。


「ま、まぁマルティナさんの言うことは間違ってないよ。もし怖かったら誰かの後ろに隠れてても良いからね」

「は、はい……分かりました」


 とりあえずエルフィリアはフードを外して素顔を見せることを決めてくれたようだ。

 いつも通り前髪で目を隠しているが、流石にこれを止めさせるのは酷だろう。


「それじゃ色々お世話になりました」

「ううん、こっちも有意義だったからね。しばらくは大変でしょうけど頑張るのよ。ちゃんとその子守ってあげなさい」

「えぇ、そこはしっかりとやりますね」


 一同がマルティナに頭を下げると部屋の外へと出る。

 そのまま廊下を進み階段を下りると一階のエントランスだ。だが冒険者ギルドへはまだ行かない。

 ドルンの希望で少しここの売店を見ていくことになっている。

 エルフィリアもすぐ外ではなく室内で慣らせるから丁度良いかもしれない。


「……何故自分の後ろに?」

「ヤマルさんの背中が一番大きいですし……」


 真後ろにいるエルフィリアに問うもさも当たり前と言わんばかりの回答が返ってきた。

 確かにこのパーティーで背中が大きいのは自分だ。コロナは小柄だしドルンは体つきはすごいけどこちらも種族的に身長はそこまで高くない。

 消去法でいけば確かに自分なのだが……良いのだろうか、隠れる先がこんなので。


 ともあれせっかくエルフィリアがフード無しで頑張ろうとしてるのだ。フォローするのが仲間と言うもの。

 しかしまぁ、予想通りと言えば予想通りだがやはり自分達は注目を浴びてしまう。

 階上から降りてきた集団、その先頭が獣人で続くのはいかついドワーフ。

 そして頭に子犬を乗せた人間とその後ろに隠れるようにしているエルフ。

 誰だって見るだろう。自分だってあちらの立場なら間違いなく見る。

 まぁ気にした所で仕方無いので売店の方へ向かう事にした。

 エントランスを横切るように移動しそのままお店の中へ。

 やってきた店員のお姉さんがあまりにも特徴的な集団の来襲にどこに目を合わせていいか迷っているのは中々印象的な光景である。


「いらっしゃいませ。あの、どの様な物をお探しでしょうか?」


 だがそこは天下の魔術師ギルドの王都直売店を預かる店員。

 こんなイロモノ集団に気圧されること無くいつも通り応対出来るのはまさに称賛に値する。

 自分なら二の足を間違いなく踏む。


「いや、どれとは決まってないな。色々と見て回ろうと思ってる」

「かしこまりました。それでは御用命の際はお声掛け下さい」


 初対面では強面にしか見えないドルンにもそつなく対応。

 ぺこりと頭を下げると店員はその場を離れていった。


「しかしやはりここは数が揃っているな。村だと冷蔵庫一つ取っても種類が無いからな、いくつか持ち帰りたいぐらいだ」

「そう言えば最近は冷蔵庫を買うドワーフ増えてたね」

「誰かさんのお陰でな」


 それでも酒一つでライフスタイルを変えるぐらいだから俺だけのせいじゃ無いとは思う。

 でもまぁ一石を投じたのは事実。一応ドワーフ達には好評なのでそこは嬉しい限りだ。

 ドルンがあれこれ魔道具を見ていく中、不意に後ろから服を引っ張られる。

 振り向くとそこにはエルフィリアが棚にあったペンを手に持っていた。


「ヤマルさん、この細いの何ですか?」

「ん? あぁ、それはペンだね。俺も一本持ってるけど魔石でペンの中にあるインク押し出すやつだよ。インクが内蔵されてるから瓶持ち歩かなくても良くなるんだ」


 実物を手に取り手持ちの本に軽く書いて見せそれがどんなものかを説明。

 とは言えここにある物を全部知っているわけではない。むしろ分からない物の方が多い。

 なので大人しく店員を呼び商品の説明してもらうものの、まだちらちらと窺ってくる視線に慣れてないのかエルフィリアは終始こちらの背中に隠れっぱなしだった。


 そして店内で物色すること三十分。

 ある程度満足したらしく、今日はここまでとドルンの方から切り上げてくれた。

 だがその手には先ほどから見繕っていたいくつかの魔道具。消耗品だったりと安い量産品の物だが、どうも研究用に使うそうだ。

 明日ドルンの部屋へ行ったら分解された魔道具が転がってるかもしれない。

 それを手に持ちうきうき気分で購入するドルンは本当に知識欲が強いのだと思う。


「待たせたな。それじゃ行くか」

「じゃぁ外出たらポチは大きくなってね。エルフィ、数日は大変だけど頑張ってね。協力はするからさ」

「は、はい……」


 エルフィリアを気に掛けつつ魔術師ギルドの外に出る。

 周囲に邪魔にならないところまで移動したらポチは言われたとおり戦狼状態へ。

 大きくなったポチの背を撫でよろしくねと頼むと、嬉しそうに一鳴きしてはこちらの言葉に了解を示した。


「先導はコロにお願いするね」

「ん、じゃぁ皆付いて来てね」


 コロナを先頭に一同冒険者ギルドの方へと歩き出す。

 しかし数歩歩いただけでも人目に物凄くついた。

 それが今回の目的だから構わないんだけど、注目を浴びるのはどうしてもまだ慣れないものだ。

 エルフィリア程ではないにしろ自分もどちらかと言えば裏方の方が性に合っているしその自覚もある。

 まぁでもこれも彼女が視線に慣れるまでの辛抱だ。

 『彼女を街で見かける事が当たり前』レベルになれば自ずと好奇の視線は減るだろう。


「皆こっち見るなぁ。やっぱ俺らみたいな亜人種は珍しいか」

「あはは……ポチちゃんも目立つから仕方ないけどね」

「まぁ物珍しがられるのも少しの辛抱だよ。居て当たり前になればここの住人なら普通に接してくれると思うし」


 しかし視線が減るのはまだ先のこと。

 今日は特にお披露目状態に近い。普段あまり見かけない……特にエルフは人間ならば一生見ない事も珍しくないためこればかりはどうしようもない。

 だが目立つということは逆に言えば知名度が一気に上がると言うこと。

 特にポチは王都では自分とよく行動することがあり割と有名だし、この分なら知れ渡るのはそう時間がかからないかもしれない。


「あー! ポチちゃんだー!」


 そんな風に考えていると母親に手を引かれた一人の少女がポチを指差し声をあげていた。

 興奮したその子は母親の手を振りほどきこちらへとやってくる。


「ポチちゃん、こんにちわ!」

「わふ!」


 律儀に挨拶する少女にポチが鳴き声を持って返す。

 それが嬉しかったのだろう。満面の笑みを浮べるとそのままポチの前足へと抱きついていた。

 その様子にほっこりしていると慌てて少女の母親がこちらへとやってくる。


「うちの娘がすいません……!」

「あー、いえ。大丈夫ですよ、ポチは大人しいですし」


 好意を持って接してくれてる子を無碍にすることはしない。

 そのまま二、三母親と言葉を交わすと、彼女は娘の手を引きゆっくりとポチから引き離す。

 名残惜しそうにしていたもののまた会えると言う事で納得してもらい、大きく手を振る彼女に手を振り返して後姿を見送る。


「なんだ、ヤマル達は有名人か?」

「俺単体なら別な意味で有名っぽいけどね。ポチやコロは良い意味で目立つから市井の人は知ってるんじゃないかな」


 その後も冒険者ギルドに向かう間にも色んな人が関わってきた。

 見知った人も中にはいたものの、どちらかと言えば知らない人が多い。単にこちらを知ってただけの可能性もあるけど……。

 そして先程自分が言っていた言葉がいかに見積が甘かったかを実感することになる。


「おぉ、おっさん筋肉すげぇ!!」

「ガハハ! そりゃ俺はこの腕でいつも槌を振るうからな。この肉体は言わば俺の生き様そのものよ!」


 近づく彼らはドワーフ相手もなんのその。

 男らしいのが好きそうな少年や鍛冶エプロンをつけた青年がドルンの元に集まっていた。

 そんな彼らの様子には満更でもない様で、得意気に筋肉を披露しては武勇伝を語っている。


「もふもふ……良い、癒される……」

「ほんとかっけぇなぁ。戦狼ってでかくて迫力あるけど優しい目してるな」


 そんなドルンから視線を横にずらせばポチの姿。

 ポチの元には老若男女、一番多様な面々が集まっていた。

 抱きつき癒される者、凛々しさに心惹かれる者、大型の魔物見たさに近寄る者など様々だ。

 そして更に視線を少し動かすとポチの前に歩いていたはずのコロナの姿がどこにも見えない。

 いや、見えないだけでいるのは分かっている。

 ただこの人ごみの中彼女は色々と格闘中だった。


「こらぁ!! 私の尻尾触った子誰ー?!」

「あははー、皆逃げろー!!」

「こっ、コロナさん! 良かったら今度お手合わせを……」


 彼女を囲むのは主に男性……と言うより男の子達。

 小さな男の子はここぞとばかりに彼女の尻尾を触り、逃げ切れなかった子はそのまま逆さ吊りされて衆人の面前で尻叩きの刑を食らっていた。

 だが逃げ切れた子がまた果敢にアタックを開始、そして再び逃げていく。

 普段なら全員捕まえるなど造作も無いだろうが、この人ごみのせいで上手く動けず、また小さく隙間を縫うように動く男の子達に中々手こずっていた。

 そして男の子達とは別に集まっているのが武具に身を包んだ傭兵と思しき男の子達。

 歳はコロナと同じが少し上ぐらいまでが殆ど。腕に惚れ込んだのかこちらはこちらで紳士的に振舞っているが、如何せん男の子達の襲撃と相成って中々混沌の様相を呈している。

 そして最後にほぼ真後ろにいるエルフィリアも同じような状態に陥っていた。


「お嬢さん、今度僕とお食事にでも」

「お前のところは肉が多いだろうが! 俺んとこはどうだ? 実家が農場だから新鮮な野菜用意出来るぜ」

「ひいぃぃぃ……」


 こちらは完全に男性オンリー。しかも年齢幅がかなり広い。

 まぁ普段はなるべく意識しないようにしているが彼女はただでさえ肉感的に色々目立つ。

 スタイルが良く大人しく、しかもエルフ。

 種族的な部分を除いても男を寄せ付けそうなオーラを出しているのに、ここに『エルフとして』見る人物も加わっている為色んな思惑が渦巻いていた。

 単純に良い女とあれやこれやしたいと思う下心などまだ可愛い方で、研究対象にしたい、箔を付けたいなど色んな欲望を持って彼女へと群がる。

 最初は自分に隠れるようにしていたエルフィリアも途中からは恐怖で完全に密着状態になっていた。

 だが男達はまるで自分を居ないものと見なし完全にスルー。更にどの様な手を使ったのか不明だが、いつの間にかエルフィリアと分断されてしまっていた。

 男達は互いにけん制しあってるためか彼女に手は出していないものの、あまりよろしくない状況なのは誰の目にも明らかである。


「…………」


 そしてポツンと一人佇む一応この面々を束ねるリーダー。

 いや、確かに目立ちたくは無いし彼らの様に何かしら目立つ部分や秀でてる箇所があるわけでもない。

 異世界人と言う希少種も残念ながら見た目はただの村人A。

 なので芸能人やアイドルみたく囲まれてワーキャーされるような人間じゃないのは自分が一番良く知っている。

 だから他のメンバーの様子を見て羨ましいとはあまり思わないのだが……何かこう、微妙に切なかった。



 その後、結局自分だけでは事態を収拾する事が出来ず最終的には見回りの兵士隊が来て皆を散らしたことで事なきを得る。

 よれよれの姿になった四人とは対照的に全くノーダメージで身奇麗なままの自分の姿。

 その対比に何とも言えない様な気持ちになりつつも冒険者ギルドの方へ再び歩き出した。


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