第104話 新しい武器3
「ふぅ、着いた……」
木工工房からドノヴァンの工房はそこまで遠いわけでもないのだが、持っている物が持っている物だけに少し気疲れをしてしまった。
高い素材を使った武器は今回初めてであるし、そもそもこの大きさでは持ち運びに不向きである。
軽いからその辺りは苦ではないのだが……。
「よし、じゃぁ早速使い方を教えるぞ」
そんなこちらの苦労は露知らず、ドルンが早速この武器の使い方をレクチャーしてくれることになった。
後ろに居る二人と一匹、特にコロナはこの武器に興味津々のようである。
「まず基本的な構え方だ。ヤマル、まずその武器の石突部分の持ち手を脇に挟むんだ。その後に引き金部分を右手で持つ」
「了解、ちょっと待ってね」
言われた通り右手で抱えるように持ち、まず銃身の最後部にある石突部の柄の様な持ち手を脇に挟んで固定する。
そしてそのまま右手でグリップを掴み人差し指をトリガーにかける。
元々自分用にあつらえているためか寸法はピッタリだった。自分の腕の長さが分かっているかのように丁度良い位置にありストレスを感じさせない作りとなっている。
(あれ、グリップガードあるのか)
そして良く見ると引き金部分からグリップの最下部へと伸びる板の様なパーツ。自分の右手を守るかのように付けられたそれは曲線を描いているが、これもやっぱり精霊樹なのだろう。
「こんな感じ?」
「あぁ、寸法ちゃんと合ってるな。んじゃ次はこれだ」
そう言って手渡されたのは小さな箱だった。
サイズはA5の大学ノートを何冊か重ねたようなぐらいのもの。
こちらも表面を金属風の処理をしているらしく、鈍色の光沢を放っている。
ただしこの箱、片側の長い方の一辺に赤い帯のような塗装が塗られていた。
「……なんかこれ、武器本体より重くない?」
「まぁ箱そのものは精霊樹だが中には矢が入ってるからな。なんだったか、マガジンってやつだったか」
「つまり……これどこかに挿し込めるの?」
マガジンは銃弾を入れておくためのパーツの名前である。拳銃だとグリップ部辺りに差し込んで使ったりするのを刑事ドラマとかで見たことはあった。
しかしこの銃剣、グリップ部には挿す場所は見当たらない。そもそもこのマガジンは矢のサイズに合わせているため挿せる場所なんて限られている。
「銃身の右側に同じように赤い四角が描いてあんの見えるか? そこにマガジンの赤帯側を挿し込むんだ」
「了解。んっと、こう……おわっ!?」
本体を反時計回りに九十度回しマガジンを取り付け本体に差し込む。すると反対の左側面部の一部が飛び出し思わず声をあげてしまった。
最初に銃剣をしっかり固定して持っていなければ驚いて落としてしまったかもしれない。危なかった……。
「マガジンを挿すと出てくるようにしてある。それを左手で持つんだ」
銃剣の位置を元に戻すとドルンが言うように飛び出してきた一部は片手で掴むぐらいの大きさのレバーだった。
それを左手で掴むと大きかった銃剣が体でしっかりと固定される。先ほどまでは片手で支えてた為銃身もふらふらしていたがこれならちゃんと狙えそうだ。
「これでトリガー引けばいいの?」
「あぁ。とりあえず一発やってみてくれ」
広場に設置された誰かの失敗作の鎧をつけた案山子に銃剣の矛先を向ける。
試し撃ちと言うことで距離は二十メートルほど。
引き金を引くとバシュッ!と小さな風圧音と共に矢が放たれた。
思ったような反動は全く無く、矢はドルンの言う通り真っ直ぐに突き進み鎧の胸部に着弾。
ただし前のボウガンよりも威力は格段に上がっており、止まること無く鎧の背部を突き抜け、更に後ろにある広場の壁すらぶち抜き見えなくなってしまった。
「……………」
「ほぉ、予想以上の出来映えだな。流石俺達の傑作だ」
「いやいやいやいや!! 向こう人いたらどーすんのさ!」
慌てて矢が消えた壁に向かい壁をよじ登って向こうを覗くも誰かが倒れてることはなかった。
そして視線を上げると矢が隣の工房の壁に深々と突き刺さっているのを確認する。
最悪のことが起こらなかったことにほっと胸を撫で下ろし皆の場所へと戻ることにした。
「まぁ威力はあんな感じだ。使うときは気を付けるようにな」
「何製作者が素知らぬ顔してるのよ……」
こちらがげんなりしているのにドルンはあまり懲りた様子はない。
まぁここは主に近接武器の試し切りの場だし、場所が悪いと言われればそれまでだが。
「でもすごい速度と貫通力だったね。あの鎧に綺麗に穴空いちゃってるよ」
「この辺はエルフの精霊石の出力と引き出し方、人間の魔道具と魔力の伝達率の構造、それに魔力に対して親和性が高い精霊樹のおかげだな。力を損なうこと無く使えているからこそのあの威力だ」
簡単に言ってくれるがそれをまとめ何事もなく引き出せるドワーフの技術あってのものだろう。
もっとその辺り自慢しても良いと思うのだが、このぐらい彼らにとっては普通と思ってるのかもしれない。
「でも、これではここでは危なくて試射出来ませんね……」
「他だと村の外ぐらいか。魔物に邪魔される可能性考えると試射には向かねーかもな。あ、ちなみに今は壁になるような余ってる材料は無いぞ」
つまり後ろの壁を補強する物も場所もないわけか。
となると……。
「作るしかないか、無いよりマシだろうし。ポチ、ちょっと協力して」
「わん!」
こちらの意図を汲み取りポチが戦狼へと姿を変える。
その姿をまだ見たことが無かったドルンとエルフィリアは驚きを隠せていない様子だ。
エルフとドワーフが同時に驚くシーンは珍しいんだろうなぁと内心苦笑しつつ、そのままポチと一緒に鎧の案山子の裏手まで移動し壁を作るべく魔法を唱える。
「ポチ、《
「わふ!」
左手でポチに触れ《生活の氷》で厚さ三十センチ、一辺が一メートルほどの氷の壁を生成。それを鎧の後ろに五枚重ねるように置けば簡易防護壁の完成だ。
軽く叩いてみたが結構頑丈そうに仕上がったと思う。が、所詮素人目。
念のためコロナに確認をとってみることにした。
「コロー、あれで大丈夫と思うー?」
「うーん……多分大丈夫だと思うよー!」
「ふむぅ……念のために後ろに一枚立てておくか」
不安だったのでポチに頼んでもう一枚生成。これでぶち抜かれたらもう外に行くしかないだろう。
壁を作り終えポチの首元を撫でると嬉しそうに尻尾を左右に揺らす。ただサイズがサイズなだけに砂煙が舞ってしまっている。
そのままポチの体を梳く様に撫でながら元の場所へと戻るとエルフィリアが声をかけてきた。
「あ、ヤマルさん。それ、ポチちゃん……?」
「そだよ。戦狼って言ったよね?」
「言いましたけど……大きくなるの、もっと後かと……」
あぁ、確かに成長するとしたらもっと後か。そう言えばちゃんと大きくなると言っておかなかった気がする。
「まぁ見た目こうなってるけど中身はいつも通りだから触っても大丈夫だよ」
「え、その……はい……」
おっかなびっくりと言った感じで恐る恐るエルフィリアの手がポチに触れる。
数度触ってもポチが大人しいため次第にいつも通りの感覚で撫ではじめた。ポチも顔を彼女に擦り付けたが特に驚いた様子もなかったのでもう大丈夫だろう。
安心した様子でそれを見ていると隣に来たドルンに軽く肩を小突かれる。
「つーかお前、魔物従えれたのか」
「ポチだけだよ。他の魔物どころか動物ですら何考えてるのかわかんないし」
「いや、それでもすげぇよ。これならあいつに乗ったままソレ使えば良い感じなんじゃねぇか?」
確かにポチ騎乗時にこの武器は打ってつけだろう。
軽いからポチの負担にならないし、加護があるから風圧も無効。高速機動時でもこの武器が自由に振りまわすことが出来るのはかなりのアドバンテージである。
「それにサイズ大きいからその剣で突けるね」
「あー、そっか。このサイズだと乗りながら近接戦出来るのか」
やりたくないけど。
これだけ遠距離で戦える手段があるのにわざわざ相手の懐に飛び込む理由なんて無い。
だがそこでドルンから驚愕の事実を教えられることになる。
「あぁ、その刃な。実は斬れないぞ」
「……え?」
「流石に先端で突けば刺さるが刃部分の殆どは潰してある。見た目こそ斬れそうにはしてあるがな」
「何でまたそんな仕様に? ってかそもそも何で刃取り付けたの?」
接近戦をするつもりはないので刃が潰されても個人的にはあまり困らない。しかしだからと言ってあえて潰す理由が分からなかった。
それにこの刃、そもそも斬れないのであれば無理につけることも無い。軽いとは言え極力余分なパーツは落としておきたいのが本心である。
するとドルンはまぁ聞けとばかりに二本指を立たせる。
「理由は二つだ。一つは単純に材質の問題。精霊樹は確かに金属並みに硬度はあるが金属と打ち合うには分が悪い。単純な重量差や使い手の問題とかな。だからこの刃は近接で相手を倒す刃じゃなく、近接で持ちこたえれるための刃だ。どの道ヤマルは近づかれたらダメなんだろ?」
「まぁ、そうだね」
「だからあえて刃は潰した。そうすることで耐久値も気持ち上がるしな。そもそもこんなごちゃついた武器で打ち合いすること自体間違ってるんだよ。その刃は言わば保険ってやつだ」
自分が接近戦をする段階は最悪に近い状態でもある。
つまりそんな状態で武器が破損することを極力避けたかったと言ったところか。確かにそれなら理に適っている。
「んで刃をつけた理由は周囲にこいつが武器だと思わせるためだ」
「……? 武器でしょ、これ」
「違う違う、そう言う意味じゃねぇよ。そうだな……ヤマル、例えばお前がこれ向けられたらどうする?」
「そりゃまぁ……射線から離れるね」
逃げ切れるかは不明だが少しでも動くことで回避する確率は上がる。
それにこんなの当たったら痛いでは済まされない。逃げるのは当然だ。
「犬の嬢ちゃんなら?」
「私もヤマルと一緒かな」
「エルフの嬢ちゃんもか?」
「その……当たらないように何かはすると思いますけど……」
「何故そうする?」
そりゃだって危ないから……あ。
「全員気づいたか。そうだ、そうするのはお前ら全員それが『武器』って知ってるからだ。その危険性もな。だがそいつはこの世界には無い代物だ。向けられたところで不審がっても危険と思うやつは殆どいないだろう?」
「でもそれなら不意打ちとかしやすくなるんじゃ……」
「ヤマルが嬢ちゃんみたいな傭兵だったり敵を倒すことを念頭にするならそれもアリなんだがな。刃つけておくと敵も近づきにくくなるだろ? 無かったら変な棒持ってる様にしか見えねぇし」
「だから一発で武器と分かるような物つけて周りにけん制しておくってこと?」
「そういうことだ。一応それっぽく見せるために銃身の上部と石突の部分の柄を持てば両手剣風に振り回せれるぞ」
試しに二箇所の柄をそれぞれ持って構えたらドルンの言うように両手剣を持つような構えになった。
外見をカモフレージュしてるためとても重そうな武器を軽々と持ってるようにも見える。
「つってもやっぱ本命は銃の部分だ。その状態で戦うことは極力避けろ。精霊樹とは言え無理な使い方すると壊れるからな」
「ん、分かった。とりあえず試射の続きするね。氷溶ける前にやっておきたいし」
少し長話をしたためか魔法で作った氷は表面が少し溶け始めていた。
あの程度ならまだ大丈夫だろうが溶けきる前に早めにやっておこう。
「……コロ、念のため壁向こうに誰か居ないかだけ見張っててくれる?」
「はいはーい」
彼女は元気よく返事をすると壁の方まで走り軽く跳躍、《天駆》を使い壁の上に降り立った。
そこまで幅がある壁じゃないのに器用だなぁ、と思ったが、よくよく考えたら彼女は前にやった模擬戦で剣の上に立っていたことがある。
あれに比べたらまだまだ楽なんだろう。実際普通に立ってると見まがうほど安定してるし。
「ヤマル、こっちは大丈夫だよー!」
「んじゃいくよー!」
コロナの合図を確認し再度しっかりと構えてトリガーを引く。
放たれた矢は先ほど同様鎧の案山子をあっさり貫通し後ろに作った氷の壁へと着弾。だが流石に厚みがあったため貫通するには至らず真ん中付近で止まっていた。
透明だから矢がどこまで進んだか見えるが、良くあそこまで突き進めたと思う。
「ふぅ……とりあえず止まったみたいだね」
「でもやっぱり威力高いですね……」
「貫通性能高いなぁ。でもこれならよっぽど硬い敵以外は当たれば何とかなりそうだね。ドルンもほんとすごいの作って……ドルン?」
向くとドルンが腕を組み顔を俯かせながら肩を震わせていた。
何事か、と思い再度声をかけようとすると急にドルンが顔を上げる。その顔は満面の笑み……と言うか物凄い怪しい笑顔をしていた。
まるでマッドサイエンティストが良いことを思いついたときのような表情である。
「くっくっく……まだまだその武器はとっておきが残ってるんだぜ」
「……まだあるの、これ」
割とお腹一杯なんだが。
しかもこの様子だとかなり愉快なの詰め込んだ感じがする。不安と言う鎌が首筋に当てられたようなとても嫌な感覚が湧き上がってきた。
「……ちなみにどんなの?」
「聞きたいか?」
聞かせたいのか?と問い返しかけたのをぐっと堪え彼が一番満足するであろう頷きを持って答えた。
すると再び怪しい笑顔になってはその機能について話してくれた。
彼が話してくれたのは突飛なアイデアではなく、機能としては実用性のあるものだ。あるものなのだが……。
「危なくて試射出来ないじゃん、それ」
「はっは! まぁ実地でやれば問題ないだろ。どうせ使うこともあるだろうしな」
「あるような事態には陥りたくないなぁ……」
結局そちらの機能は試射出来ず、一抹の不安を抱えたまま銃剣を受領することになるのだった。
~おまけ~
「ドルン、これもう少し持ち運び何とかならない? 重さはともかく長物だと持ち運びづらいんだけど」
「もちろん考えてあるぞ。まずマガジンを外し左側の持ち手を本体にしまう」
「ふむふむ?」
言われたとおりにすると最初に木工工房で見つけたときの状態へと戻った。
「次に銃身の上の中央辺りに小さい板っぽいのがあるのわかるか?」
「うん、これかな」
「それに魔力を流す。量は微量で構わないぞ」
「了解、ちょっと待ってっとと?!」
板に魔力を流し込むと銃剣が大よそ真ん中から内側に折れた。
そのまま折れた先端部は遠心力でぐるりと回り、トリガー部のナックルガードに剣が当たったところでようやく止まる。
止まった際何かカチリと音がしたのでと何かでロックされたようだ。
「びっくりした……」
コの字に中折れした銃剣はさながらスノーボードサイズから旅行用のキャリーバックにしたような大きさになっていた。
変形機構までつけるとか本当にドワーフの技術力どうなっているのだろうか。
銃剣を持ちどの様な機構になってるのか様々な角度から眺めつつ、ドルンと共に一度工房へと戻ることにした。
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