第99話 お土産


 なんやかんやあったエルフの村での生活も四日目で解放されることになった。

 結局工房のエルフらに捕まったあとはほぼ一日軟禁状態で付き合わされ、最終的には中々解放されないことを見かねたエルフィリアが事の顛末を長に告げたことで全てが露見することになった。

 結果翌日も突撃しかねなかった二人は長にこっぴどく叱られ、そのお陰で三日目はエルフィリアと一緒にエルフの村を歩き回り写真を撮ったりとのんびりした一日を過ごせた。


 そして四日目の本日。

 結局結界はどうにかする方法は現状では見つからず、さしあたって動物並に魔力値が少ない人間などそうそういないため対費用効果が見込めないと言うことで対策は先延ばしになったらしい。

 その為自分はあまり出入りしないように、と厳命された上で解放される運びとなった。


「えーと、お世話になりました……でいいのかな?」

「まぁ微妙なところではあるがそれで良いのではないか? 道中気をつけるように、息災でな」


 現在村はずれに長自らが見送りに来ていた。

 色々理由はあるがそのうちの一つに自分が結界を通るときの反応をつぶさに見たいらしい。

 そして他には長の側近が数名と工房のエルフ二人。特に工房の二人はボウガンをバラした手前、色々とお土産を持たせてもらえることになった。

 彼ら曰く自分に持たせたのはボウガンの改良設計図にドワーフに当てた手紙、他にもその改良に必要な素材など色々だ。

 この素材がどの様な物なのかは聞いていない。ただエルフの森の外に出すにはちょっと貴重なものらしい。

 その為工房の二人がドワーフを見返すためにと長へ直談判しに行った。自分等が再設計したこの武器の有効性やら革新性やらをそれはそれは熱く語ったそうだ。

 彼らの熱意や色んなものが入り交じった感情はとりあえず長に通じたらしくそれらを外に出す許可は下りた。

 ただし対価あれば、と言う条件付でだ。

 相応に貴重である品の対価と言うことだったが、根本的に個人財産をそう持ってるわけでもないエルフではどうにもならず、結果最終的には自分の武器と言うことで二人から相談を受けることになった。

 そして出した対価が今長が持っている物である。


「しかし悪いな。まるで催促したかのようになってしまって」

「半ば確信犯ですよね……。大体個人で自由に出来る中で出せそうな物って自分の持ち物以外殆ど無いじゃないですか」


 そもそもエルフは村で一個単位で生活している種族のため私財と言うものはあまりない。

 財産を貯めたところで使い道が無いし、精々生きるための備蓄を上手く貯めるぐらいなんだそうだ。

 昨日村を見て回って写真を撮ってるときにエルフィリアに色々聞き教えてもらったときにそのことを知った。

 まぁつまるところ現状この村で個人の裁量でどうにかなる範囲で一番価値のある私財と言えば自分の私物である。

 そして長にはその中で一番望んでいた物、要するに飴をあげた。

 それも未開封の新品丸々一袋である。

 結果気を良くした長が自分の裁量で必要な分に更に他にも色々手を回してくれたそうだ。

 ちなみにあげた飴は長年かけて食べるかと思ったらこれを元に自分達で作れるよう手を回すらしい。

 将来的には森の果実を使って可能なら外に出して他の種族をあっと言わせたいみたいなことを言っていた。

 エルフの作る飴とか魔力回復したり状態異常が治りそうな感じがする。


「森の途中までは見回りも兼ねて村の者が送ろう。樹の上に居るがあまり気にせぬように」

「あ、はい。ありがとうございます」

「それと一つ忘れ物……と言うか土産をやろう。武器の件とは別だが、まぁ迷惑料と思って受け取ってくれればよい」


 はて、なんだろう。すでに色々頂いたわけだがこれ以上何かあるだろうか。

 気持ちは嬉しいがこれ以上荷物になると持ち運びに色々支障が出てきそうなので、なるべくかさ張らない物が望ましいんだけど。


「やーーだぁーーーー!!」

「ほら、いい加減諦めなさい。あんた何十年もただ飯食らいしてたんだしこれから何十年も同じように過ごすつもり?」


 そんなことを考えていると長の後ろからなにやら悲鳴に似た声。

 そちらに目を向けるとポニーテールのエルフがもう一人のエルフの首根っこを掴みずるずるとこちらへと真っ直ぐ向かってきていた。

 引きずられていたエルフには見覚えがある。エルフィリアだ。

 ただ彼女の格好が昨日までと違う。

 いつも着ていたローブは今日は最初からボタンを外して全開であり、その下の服は明るい緑基調のいかにもエルフらしい服。

 他のエルフ同様に動きやすさを重視してか腕も脚も結構露出していた。

 ただデザインの細部が違うのは多分体のサイズが色々と他と合わないせいなんだろう。下なんてズボンではなく短めのスカートだし。

 そう言えばスカートはこの村に来てから初めて見た気がする。


「やっと来たか。遅いぞ」

「仕方ないじゃない。この子の用意中々終わんなくってさ。着せて荷物の準備してあげたのにいざ向かおうとしたら駄々こねはじめるんだもん」

「……お母さん、お姉ちゃん。うぅ……」


 今の会話からするとこの引っ張ってきたエルフが彼女の姉なんだろう。長と姉は纏う雰囲気がそっくりなのでこの二人ならば親子だなぁと思える。

 ……ってちょっと待って。


「……お土産って、あれですか?」

「そうだが?」

「娘さんですよね」

「いかにも、間違いなくうちの次女だな」

「貰えるわけないでしょ、いくらなんでも」


 どこの世界に娘を男にやる親がいるか。

 いや、奴隷商が仮にこの世界にいるなら金銭目的で出す親はいるかもしれない。

 だが自分はそんなのではなく現在はただの冒険者だ、それも下位の。

 これが彼女が一緒に行くのを望んでいるのなら、こちらの都合を横に置いておくならば分からなくもない。

 しかしあの様子では彼女が一緒に行きたがってるわけでないのは火を見るより明らかである。


「まぁ待て。良い機会だから少し聞いていけ」

「聞いたら諦めて連れて帰ってくれるなら……」

「あの子は知っての通り他の同族とは違ってな」


 人に聞けと言っておいてこちらの言葉何にも聞いちゃいないよこの人。

 そして赤裸々に暴露されるエルフィリアのこの村における現状。

 現在二百歳の彼女は見ての通り他のエルフと違って肉感的なボディの持ち主である。

 そのせいか彼女だけ他の子に比べ運動能力が低く、更に寄りによって弓が使えないらしい。

 この辺はついた肉が重くて俊敏に動けない、射た瞬間弦が胸にヒットしてまともに狙えない等々理由は様々だそうだ。

 長としても何とか改善しようとしたものの、いかんせん長年培われてきた体の動きも弓の方法も彼女の体つきが他のエルフと例外のため当てはめることが出来ず上手くいかなかったそうだ。

 結果長の一族でありながらまともに狩りもすることも出来ず、いわゆる引きこもりニート状態になってしまったらしい。

 自分も気にはしているものの周りにそのことをからかわれてるせいか中々改善が見込めないそうだ。


「そこでだ。良い機会だからお前に預けて世界を広げてもらおうと思ってな」


 現状何もしていないなら外に出しても村としては痛手ではない。

 なら世界を見て見聞を広げて来いと言うのが長の言い分だ。


「その割にはめっちゃ嫌がってますけど……」

「大丈夫だ。あいつには用事が無い限り五十年は帰ってくるなと厳命してある」

「中々スパルタですね……。と言うか仮に預けるなら自分じゃなくて他の人にしましょうよ。こんな弱い人間に預けたら危険極まりないですよ。守ってあげれる自信なんて全く無いんですし」


 正直現状自分の身一つ守れるか怪しいのだ。

 そこにエルフィリアも加われば自分以上にコロナやポチの負担が増えるのは明らかである。

 パーティーを預かる者としては流石に戦力としてカウント出来ない人は看過出来ない。

 ……自分のことを棚に上げて戦力を考えるのもあれではあるが。


「問題ない。弓は使えないがあの子はあの子で他の事で何とかしようとした結果がある。あの子は魔法の才があるから邪魔にはならんだろう」

「魔法の才あるならこの村で使ってあげればいいんじゃ……」

「それがそうもいかんのが難しいところでな」


 魔法の才はある。実際いくつも有用な魔法はその目で見たそうだ。

 だがいかんせん使いどころが無い。

 威力の高い魔法は森の木々を破壊しかねないし、補助魔法はエルフ達の高い戦闘能力の前では森のモンスター討伐や狩猟では使うまでもないのだ。

 そもそもエルフらは自己強化系の魔法は自分で使えるので更にかけてもらう理由もない。

 一番の極めつけはエルフィリアが他のエルフらの速度に追い付けない点だ。

 彼女の速度に合わせてたらエルフとしての持ち味を殺してしまう事になる。

 結果折角頑張って覚えた魔法も無駄だったと言うことで更に心が折れたそうだ。


「まぁそう言うわけで君のパーティーで存分に使ってくれて構わない。むしろ活躍の場を貰えるのであればあの子も喜ぶだろう」

「現状喜ぶとは程遠そうなんですけど……」


 トントン拍子で話が進んでるように話してるが向こうにいるエルフィリアは今もなお姉に向かって嫌々と首を横に振っている。

 もちろん自分もそんな彼女を無理に連れて行くつもりは全く無い。

 あの様子で連れてってもお互いに良くないと思う。


「ふむ、仕方ないな」

「あ、わかって——」

「エルフィリア、こっちに来なさい」


 あ、どうしても出したいみたいだ。

 こういう頑固なエルフっぽいところはこんなときに出さなくても良いのに。


「お前だって分かってるんだろう? このままではいけないって」

「それは……そう、だけど……」

「このままでは遠くない将来に長として一人で出さねばならぬときがくるやもしれん。なら今のうちに一緒に行ってくれる者がいればお前も、それに私だってまだ安心出来る」


 良い話に仕向けているけど自分オーケー出してないんですが。

 ただ長が出す黙っておけオーラのせいで何も言えないのが悲しい。


「それにエルフィリアが話せるやつなどこの機会逃せばいつになるか分からん。私とて預けるならばまだ顔も人柄も多少は知ってる人間ならば安心は出来よう。……どうだ、行ってくれるか?」

「…………うん」

「よし、良い子だ」


 エルフィリアの頭を撫でる長の顔は母親のそれであった。

 彼女は彼女でエルフィリアのことは心配しているんだろう。

 やっぱりいつの時も場所も世界も違えど母親は母親なんだなぁと思う。

 ただ良い話っぽいのに大事そうに手に持った飴の袋のせいで色々台無し感があるが黙っておこう。


「すまない、待たせたな」

「……いえ、お気になさらず」


 もはや断っても無駄だと判断し諦めることにする。

 断ることに注力するぐらいならこの子をどうにかする方にリソースを割いた方が精神的にもまだ良さそうだったからだ。

 それにこの村での個人的恩義もあるし、どうにかしてあげたい気持ちももちろんある。


「あの、ふつつかものですがよろしくお願いします……」

「それちゃんと意味分かって言ってる?」

「?」


 深々と頭を下げるエルフィリアだが言ってることはよく分かって無さそうだった。

 ともあれなし崩し的ではあるが彼女も一緒に付いてくることとなる。

 彼女の強さややれることは道すがら聞くとしてとりあえずはコロナ達と合流しよう。あの二人のことだからきっと心配しているはずだ。


「それでは皆さんもお元気で」

「うむ。すまないが娘の事は頼んだぞ」

「なるべくは頑張りますけど……あまり過度な期待はしないでくださいね」

「その、いってきます」


 長達に見送られエルフィリアと一緒に森の方へと歩き出す。

 このまま真っ直ぐ行けば森の外へ出れるらしい。

 数日だけど案外長かったなぁと思いながら一路最寄りの村へと向かうことにした。



 ◇



「とゆーわへほほのてんまふ事の顛末でひてでして……」

「ふーん、そうなんだぁ……」


 痛い。頬をつねられ続けまともに喋れない。

 現在平原のど真ん中で正座させられ絶賛お説教タイムである。

 森を出て少し歩いた頃、最寄の村の方角からコロナとポチが見えた。

 彼女らは毎日自分が出てこないかといつもここに来ていたらしい。

 そしてめでたく再会を果たした。コロナは目じりに涙を浮べてたしポチは顔面に張り付くほどだったのでよっぽど心配させていたのだろう。

 傍目から見たら感動の再会と言っても差し支えない光景だったと思う。


『良かったですねヤマルさん』


 だがその光景を後ろから見ていたエルフィリアがそう言った瞬間に空気が変わったのを確かに感じた。

 コロナの目を一言で言うなら『誰あれ?』である。

 そして有無を言わさず正座をさせられ、成すがままにコロナに両頬をつねられながらここ数日のことを事細かに吐かされたわけである。

 終始笑顔ではあったものの間違いなく怒っていた。

 ちなみにポチは後頭部にいるがこっちも怒ってるのか微妙に爪が食い込んで結構痛い。


「つまり私達がずっと心配してたのにエルフといちゃいちゃしていたと」

ひへないひへはいしてないしてない

「あ、あの……っ! 私達がその、引き止めてたわけ……ですし、ヤマルさんは悪くなくて……えと……」


 流石に見かねたエルフィリアが後ろからおずおずと助け船を出してくれた。

 声の主の方をじっと見つめるコロナと気圧され一歩後ろに下がるエルフィリアだったが、ふぅ、と一息吐くとコロナから発せられていた圧もどこかへ消えていった。


「えーと、エルフィリアさんでしたっけ?」

「あ、はい。エルフィリア=アールヴです」

「私はコロナ=マードッグです。こっちがポチちゃん。これからよろしくお願いしますね」

「わふ」

「あ、えと……こちらこそよろしくお願いします」


 先程とは違い穏やかな雰囲気の中お互いにペコリと頭を下げる二人。

 良い話だなー、と思えるがそろそろ手を放して欲しいところである。あと爪。


ホロコロほろほろははひてそろそろ離してほひいへほ欲しいけど

「あ、ごめん」


 ようやくコロナの手が頬から離れた。

 未だつねられてた箇所がヒリヒリするが、彼女らを心配させた罰として甘んじて受ける。


「ふぅ……。その、ほんとごめんね。色々心配かけて」

「ん……」


 流石に今回はちょっと油断しすぎだったかもしれない。

 理知的なエルフだからこうして帰ってこれたけど、もっと変なのだったらコロナと離れた時点で完全に詰みだし。


「とりあえず戻ろっか。時間結構経っちゃったしコロの剣もそろそろ出来てるだろうし」

「うん。エルフィリアさんも……大丈夫? ドワーフのところだけど……」

「が、頑張ります……怖いですけど」


 今にも逃げそうな様子だが頑張ろうとしてる彼女の意思は伝わった。

 現地では頑張ってフォローしてあげなきゃなぁと思いつつ、最寄りの村への帰路へと着くのだった。

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