第85話 ヤマル的魔法解釈?
人間、知らないこと、知ってても予想もつかないことをされると言葉を失うものだ。
それを今自分は身をもって体験している。それは周囲の人も同じだろう。
ヤマルさんが声をあげた直後、地面から何か不思議な紋様が描かれた円が姿を現した。
何て表現して良いか分からない。
彼を中心にその円はあっという間に広がり、半径五メートル弱ぐらいまで広がった。
円はまるで光のペンで描かれたかのように発光し、自分の知らない何かの図形や文字のようなものがその中で回っている。
それだけではない。
その円が出た直後から彼の周囲から風が発生していた。
強い風ではないが、まるであの円に込められた何かの余波が漏れ出しているような錯覚を覚えてしまう。
「ヤマルさん、それは……」
「まぁ順を追って説明するよ。どうせ完成までまだかかるし」
この不思議な現象を説明してくれるというのか。
思わず生唾を飲み込んでしまう。
これでも魔法においてはそれなりに知識は蓄えてきた自負はある。もちろんまだ勉強不足な部分はあるが、目の前で起こってるような現象は見たことも聞いたことも無い。
「そもそもさ、"魔法"って何だと思う?」
「……? 魔法は魔法じゃないんですか。かの御方によって確立されたものですよね」
そう、この地にいた人間の魔法の始祖とも言える伝説の魔女様。
彼女の力で人間でも魔法が使えるようになったのは誰もが知る有名な話だ。
「まぁそうなんだけどね。ただ俺みたいにまともに魔法が使えない人間だと、そもそも魔法って何?って疑問が浮かぶんだよね。だって不思議じゃない、何も無いところから火が出たり人が空を飛んだりしてるし」
この人は何を言ってるんだろう。
第一魔法はそう言うものではないか。何も無くても魔法に必要な要素があればどこだって火は出せるし修練次第で人は飛べる。
得手不得手の差はあれど不思議でもなんでもない当たり前の力だ。
ただ、今はその言葉はぐっと飲み込んでおく。折角彼が話をしてくれているのだから、その腰を折るわけにはいかない。
「それで俺はこう仮定したんだ。魔法って世界に対するお願いなんじゃないかって」
「……世界に対するお願い?」
「そう。例えば皆お馴染みの《ファイアボール》で考えてみようか。お願い事は『火の玉を撃つ』、つまり"魔術構文"だね。そして世界に対してお願いを聞いてもらうための言葉が"詠唱文"、もちろん願いを叶える為には相応の代価がいるからこれが"魔力"、最後にその結果をこの世界に発現するための"魔法名"。どの魔法もこれらをひっくるめたものじゃないかって思ったんだ」
そんな話聞いたことが無い。
いや、彼も仮定と言ってるから聞く機会なんてそもそもないか。
何せこの考え方は発表したところで一蹴されるのが目に見えている。
「でもその考え、確かめれませんよね」
世界に対するアプローチは考え方としては確かに面白い。しかし確証は絶対に得ることは出来ない。
どうやっても世界がお願い事を聞いてくれているなんて証明出来ないのだから。
「まぁそうだね。だから俺はこの仮定を合ってるとした上で次に進むことにしたんだよね」
「間違ってるって証明も出来ないから、ですか?」
「それもあるけど結局自分のしたいことはその先にあったからね」
その彼のしたかったことが今目の前で起きている現象のことなのだろうか。
円の中にある紋様も更に増え巻き起こる風も少し強くなった気がする。にもかかわらず魔力自体は殆ど感じられない。
「自分のしたかったことは魔力を使わずに、もしくは自分ぐらいの魔力量でも魔法使えるようになれないかってことだよ。そこでさっきの仮定ね。魔力は世界に対する代価のようなものだし、これを減らすにはどうすればいいか、と考えるようになったわけ」
「そしてその結果が
相変わらず円の中の紋様はくるくると彼を中心に回っていく。
だがそこで変化があった。その円の外周部からまるで半透明の膜のようなものが発生し、ヤマルさんを中心に半球状の結界のようなものが生成された。
その膜には下の円と同じような文字や模様が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返している。
「うん。人にお願いをするときって普通声に出して言うでしょ。君だってこの模擬戦のお願いに来たときそうだったし」
「えぇ、まぁ普通はそうですね」
「でもそれって別に言葉じゃなくても良いと思わない? 相手にきちんと正しく伝われば別に"言葉"じゃなくてもさ。例えば……"文字"とか"絵"とか」
「!」
つまり今目の前で起きてることは魔法の詠唱の代わりだということか。
「もし言葉よりも別の手段の方が伝わりやすかったら、もし言葉よりも別の手段の方が気に入ってくれたら……お願いにかかる代価、減ったりするなんて思わない?」
「でもそれって……!」
「もちろん世界がどれを気に入ってくれるかなんてわかんないよ。でも人間だって吟遊詩人の歌に酔いしれる人もいれば、絵画に心打たれる人もいるし、物語に感動する人だっている。世界と人間を同一視するわけじゃないけど、もっと良いアプローチがあってもおかしくないよね」
つまりこれがその答え。それを彼は見つけたと言う事。
魔力を使わずに魔法を発動させるその術を。今見てるのはその成果の一端に他ならない。
「アプローチの仕方も変われば出来る事が出来なくなったりするけど、逆に出来ない事が出来るようになったりもするよ」
例えば、と彼が左手を前に出し手の平を上に向ける。
すると足元の円の中のいくつかの模様が剥がれ、まるで吸い込まれるように手の平の上に集まっていく。
そして出来たのは文字や模様を凝縮した半透明の玉。それを彼は右手に持った木の短剣の刃部分に当て続いて横にゆっくり振りぬく。
するとそこには短剣の先から光の刃が出来上がっていた。振るった際に漏れた光の残滓がキラキラと輝き、まるで溶けるように消えていく。
「こんな感じで魔法の剣とかね。俺みたいに腕力無い人には便利だよ、重さ無いし」
その場で光の剣を振るうが、まるで媒介である木の短剣を振るってるかのようである。
確かに魔法で出来た刃なら重さなんて無いが、そんなことも出来るなんて……。
「さて」
バチッ!と半球状の何かからいくつもの小さな稲光のようなものが走る。
まるで今にもあの結界のようなものが内側から破裂しそうな……。
「とりあえず準備出来たわけだけど……
その言葉を聞き冷や汗が流れる。
相変わらずあの不可思議な現象——魔法からは魔力は感じない。
違う、魔力『だけ』感じない。
彼が言う魔力を使わない魔法、一体どれほどの威力が秘められているのか想像がつかない。
普通の魔法なら詠唱文の意味や長さ、込められた魔力で規模や威力、どのような魔法かを把握したりする。
だがこれだけ準備に時間掛かったのだから生半可な魔法ではないだろう。詠唱に起き直せば超長文詠唱に匹敵するぐらいだ。
そんな魔法が放たれる? 自分に向けて?
今ならまだ止めることは出来る。見たいと確かに言ったが彼の力を知りたかっただけで命を張るようなことではない。
……だけど。
「お願いします!!」
杖を地面に突き立て歯を食いしばり魔力を最大限に込める。
《魔法の盾》と《魔法の衣》が一瞬で消し飛ぶかもしれないがそれでも構わない。
自分のわがままに付き合わせて彼にこんな大それたことをさせてしまった。ならせめてその結果を身を持って最後まで知ることこそ筋を通すってものだろう。
だが。
「……え?」
彼が左手を振るうと半球状の結界のようなものも右手の光の剣も全部霧散してしまった。
残ったのは光の残滓と静寂のみ。発動前だから当然と言えば当然なのだが、彼が展開したものの痕跡はもはやどこにも残っていない。
「降参、俺の負け。これ以上やると後が怖いしね」
両手を軽く上げては降参のポーズをするヤマルさん。
呆然と立ち尽くしている間に自分からお願いした模擬戦は呆気なく終了を迎えてしまうのだった。
◇
「はああぁぁぁぁ…………」
ちょっと休憩させて欲しいと教師に頼み、コロナとポチを連れ演習場から一旦外に出る。
そして誰もこなさそうな通路に身を隠すと、壁を背にし全身から息を吐くように盛大なため息を漏らす。
力が抜けずるずると体が落ち、床にぺたんと座り込む形になってしまった。
「疲れた……」
そのままコテンと通路に横になる。冷えた床が頬に当たって心地良い。
「ヤマル、大丈夫? 膝貸そっか?」
「……気持ちだけありがたく貰っておくよ」
とても魅力的な提案に乗りたくなったがぐっと我慢し、代わりに近くにいたポチを呼び小さな体を抱きしめる。
もふもふの体に頬ずりするだけでとても癒される。残りの今日一日こうしていたいぐらいだ。
「でもヤマルすごかったね。あんなこと出来たなんて……皆びっくりしてたよ」
自分の隣にコロナも腰を下ろし、先ほどの模擬戦の感想を述べてきた。
まぁそりゃあんなことしてあんなもの見せたらびっくりするだろう。少しどころかかなりやりすぎたかもしれない。
「詠唱もせず魔力も使わず魔法使えるなんてすごいじゃない! これってかなり革命的なことじゃ……」
「あー……使えないよ、そんなの。あったら是非とも欲しいよねぇ……」
瞬間、空気が止まったかのような錯覚を感じたのは気のせいじゃないだろう。
ポチに顔を埋めてて見えてないが、コロナがピタリと動きを止めたのだけは何となく分かった。
「え、でも……だってさっき……」
「全部でまかせ、嘘っぱち、はったりだよ。そんな魔法の真髄みたいなことなんて俺が出来るわけないじゃん」
よっこいせ、と上体を起こしコロナを見ると彼女が口をぱくぱくさせながら信じれないものを見るかのような表情をしていた。
まぁこの様子ならきっとあの場にいた彼らも信じてくれただろう。
「あの魔法の説明も……?」
「まぁ考え自体はこういう見方したら面白いんじゃないかなーって前から思ってたけどね。それっぽく言ってみただけだよ」
何せこの手の魔法設定とか考えるのは割と好きだ。
うまく辻褄合わせてこんな仕組みで動いてるとか妄想するだけでも結構楽しい。
「じゃ、じゃぁ最後に『これ以上やると後が怖いしね』とか言ってたのも……?」
「だってあれ以上何も起こらないんだもん。あそこまでやっててばれたら総スカンだし下手したら皆からぼこられそうになるし」
「もー! もー!! 折角感心してたのにー!! 返して、私の感動返してよー!!」
コロナに両肩を捕まれがっくんがっくんと激しく体を揺す振られる。
疲れた体に鞭打つような行為は止めて欲しいのだが、あまりの激しさに言葉すら出ない。てか首が……。
一頻り揺らしたらクールダウンしたのか、ようやく彼女の魔の手から逃れることが出来た。
「もう……本当になんでそんなことしちゃうかなぁ」
「んー、まぁ出来心と言いますか……あぁ、後で誤解は解いておくよ。少なくとも校長にはちゃんと言っておかないとマズいし」
なんで、と言われたらそりゃまぁ……あの手が危険だったからだ。
それを出したくないがために嘘とでまかせで塗り固めたはったりを展開したわけで……。
まぁ実際使ったら大したことないかもしれないけど、あってからでは困るし……。
「じゃぁあの光ってたのとかどうやってたの?」
問われ彼女にあの時何をしたかネタばらしをする。
魔法陣や光の剣は《
一緒に出した紋様も文字もかなり適当に組み合わせただけである。何せ日本語や英語ですら彼らからすれば不思議な文字になるわけだし。
光の剣は魔法陣と違い自分の動きに合わせて動かす必要があった。そのためこちらは短剣からずれないように完全に手動で動かしていた。
そして魔法陣の展開と同時に出てた風は《
以上をすべて組み合わせれば『大魔法を使うための巨大な魔法陣』風のイメージ映像もどきの完成である。
映画のスタッフロールがあれば、演出・特殊効果 古門野丸なんて書かれてたかも知れない。
「あれ全て《生活魔法》だったんだ……」
「そりゃ俺が使えるのなんて《生活魔法》だけだもん。隠れた資質とか秘められし才能とかそんなの無いから、今ある手札だけでなんとかやることしか出来ないからね」
結局出来ることなんて以前と変わっていない。無い頭捻ってどうにかそれっぽく使えるようにするかだけだ。
ともあれ早々に今回の件に関しては誤解は解くことにする。あの場にいた人間がいきなり研究始めるとか言い出したらそれこそ年単位で彼らの努力を無駄にしてしまうだろう。
「とりあえず校長の所行くかな」
「ちゃんとごめんなさいしなきゃダメだよ?」
立ち上がりコロナとポチはまだ授業が続いてる生徒達の方へ、自分は頭を下げにサラサ校長の下へ向かう。
自業自得と分かってはいるがどうしても足取りは重くなる。確定で怒られるのが分かっているのに親にやったことを白状するような気分だ。
結果サラサ校長は笑って許してくれるのだが、まだそれを知らない道中はずっと陰鬱な気分のままなのであった。
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