第84話 魔術師たちとの戦い方(ヤマルの場合)


(ふぅ、何とか勝った……)


 いや、最初から全力出してればそこまで苦労はしなかったかもしれない。

 ポチはポチで単体でもかなりの戦闘能力はある。

 自分がいなかったとしても魔法は当たったかもしれないが多分押し切れただろう。


「うっ、うっ……」


 そして足元では顔面唾液まみれで半泣きの男子生徒。

 何も知らない人が路地裏でこの光景を見たら果たして何て言うだろうか。

 ……うん、今浮かんだ光景は彼には黙っておこう。


「ほらほら、顔洗ってあげるからこっちおいで」


 流石に可哀想になってきたのでポチから降りて《生活の水ライフウォーター》で顔を洗ってあげることにした。

 洗いながら話を聞いてると泣いているのはどうも舐められたからではないらしい。単純にポチとの戦闘が怖かったのと、舐める行為が捕食行為に見えたそうだ。

 それと模擬戦終了したことにより緊張の糸がぷつりと切れ、色々感情が噴出してしまったらしい。


「くぅん……」


 ポチもちょっぴり反省しているが別に悪いわけではないのでこちらにもフォローは入れておく。

 ともあれ顔がスッキリしたことで彼は何とか気持ちが落ち着いたようだった。

 手を差し出し彼を立たせ皆が居る所まで戻ることにする。


「いやー、さすがにすごいもん見せてもらったな。皆、ほれ拍手拍手」


 教師が率先して拍手をすると生徒も周りの見学者の面々も次々に拍手をしてくれた。

 ……嬉しいけど少し照れくさい。

 隣ではポチが胸を張って『えっへん!』と言いたそうな感じで堂々としてるのはすごいと思う。自分じゃとてもそこまで自信持てない。

 この辺、親に似ることなくすくすくと育ってくれてるようで喜ばしい限りだ。


「まさにこちらの知識、経験の欄外からの攻防ばかり。と言うか流石にでかくなるのは全員想定外だよな」


 教師の言葉に一同がうんうんと首を縦に振る。

 まぁ主人である俺だって最初はとても驚いたし、他の人からしたらその度合いはもっと大きいだろう。


「さて、では先ほどの模擬戦についてヤマルさんに説明してもらうとしよう。何せ考察以前に知らない部分が多すぎるからな」

「うぇ? あー、えーと……どこから話そうかな……」


 とりあえず戦闘の解説前に自分は魔術師としては三流どころかファイアボール一発も撃てないほどの人間だと言っておくことにした。魔力が全く無いためとしっかりと理由も添えてだ。

 その上でまず最初に《生活魔法》の説明を始める。簡単な概要からちょっとした特異性など、その上でこれしか使えない事実も踏まえてだ。

 そしてそれらを前提にポチとの最初の連携やスリングショットを使った攻撃方法をまずは解説。続いて後半のポチが戦狼になってからの説明だ。


「つまりファイアボールっぽかったのは自分の《生活の火ライフファイア》をポチの《魔法増幅ブステッドマジック》で強化したからだね。だから魔法のアレンジでも無く正真正銘自分とポチの連携ってことになるかな?」


 急に攻撃魔法を使い始めたことに対する質問にそう返し彼らの疑問には丁寧に答えていく。

 この時点でポチが自在に戦狼になれることも、自分との専用能力の《魔法増幅》もちゃんと説明していく。むしろポチに関しての説明がメインだからここは外せないだろう。

 そして一通り模擬戦の説明を終え他の質疑応答にもすべて回答し、ようやく自分の仕事がすべて終了したことに肩の荷が下りる。

 授業時間はまだあるみたいだが残りの時間は見学かな、と思っていると一人の男子生徒が手を上げてきた。

 質問はもう終わったはずだが、何か聞き忘れたことでもあったのかと思いその生徒に発言を促す。


「ヤマルさん、その……触ったりしても大丈夫だったり?」


 ややおずおずとした様子だったが視線の先は未だ大きいままのポチの姿。

 興味はあるが大きくなったことで少し二の足を踏んだのかもしれない。


「んー……良いけどポチが嫌がったらすぐに止めてね」

「あ、じゃぁ俺もお願いします!」

「なら自分も!」


 はいはい、と苦笑しつつポチを前にださせると、その周囲を取り囲むように生徒達が群がっていく。

 最初はおっかなびっくりで恐る恐ると言った様子で触っていたが、相変わらずポチが大人しいのを見てその輪に女子生徒らも加わっていった。

 じっくり観察する子や手を伸ばし体に触れ毛並みを楽しむ子、中にはポチに頼んで自分がやったように背中に乗せてもらう者もいたりした。

 魔物に乗れるなんて……と感動しているが、よく見ると生徒ではなくギルドの職員だった。更に付け加えるなら輪の外側はいつの間にか見学者らが詰め掛けてきている。

 一応授業中なのだが良いのだろうか、と思っていたが端の方でサラサ校長が笑顔で見守ってる辺りまぁ大丈夫なんだろう。


 そんな中、一人輪から外れたところでポツンとたたずむ男子生徒が居た。

 メガネをかけ、紺色の短髪をきれいに駆りそろえたいかにも理知的な少年。彼は右手を口にあて何やらぶつぶつと呟いている。

 すると自分の視線に気づいたのか顔を上げこちらを見るとゆっくりと近づいてきた。


「ヤマルさん、あの、少しお願いが……」


 彼は少し申し訳なさそうに続けてこう言葉を続ける。


「自分と模擬戦してもらえませんか、一対一で」

 


 ◇



 自分のクラスメートと戦う彼らのやり方は新鮮であった。

 魔法学校の特性上、彼らのような魔法以外を主軸に戦う人物と模擬戦をすることは滅多にない。

 しかも今回は獣人と獣魔師だ。

 ここは人間のための学校なので獣人が学べることは無く、この街で見ることすら稀である。

 更に自分も知らなかった獣魔師と言う存在。

 一応世界には何人かはいるらしいのだが、基本フィールドワークが多い彼らを街で見かけることは殆ど無い。居ても街中では基本魔物を引き連れてはいないそうなので見分けはつかないらしい。

 と、先の授業で女性教諭が不満たらたらに説明していたのを自分はちゃんと聞いていた。

 まぁ確かにあのポチと言う魔物も最初は子犬にしか見えなかったし見分けがつかないというのも納得である。

 と言うか戦狼って子どもの頃はあんな小さいのか。誰も気づかないわけだ……。


 さて、そんな中自分が気になっているのはコロナさんでもポチでもなくその主人のヤマルさんだ。

 あの若さで魔物を従えるとかかなり優秀な人材ではないだろうか。

 しかし今日の今まで彼の話なんて聞いたことすら無かった。冒険者をしてるからかもしれないが、何か力でも隠していたのだろうか。

 若くして実力や力がある人間はどこに行っても妬まれ易い。冒険者と言う職になっているのも魔術師ギルドの内々で何かゴタゴタがありそれが嫌気をさして……。


「《アイシクルスピア》!」

「おああぁぁぁ!?」


 なんて少し前まで思っていました。

 いや、確かに彼は戦う前に自分自身は魔術師としては全然ダメだと言っていた。魔力も少ないし使える魔法も一種類のみ。

 ポチがいなければ炎の玉も氷の盾も出すことは出来ず、まともな戦闘力は殆ど無いと。

 だがそれでも思う。そんな人物があの戦狼を従え、あれほどの実力を持つ傭兵を連れて歩けるものなのかと。

 だからこの目で確かめたかった。

 戦闘力が全てとは思わないが彼には何かあるのではないかと。実際に戦えば何か分かるのではないかと。

 そして現在。何度目かの魔法を放つと着弾の余波に煽られ彼はゴロゴロと地面を転げ回っていた。


「少しは手加減してよ……」


 泣き言のように言いながらヤマルさんは立ち上がるも、今までのやりとりから彼の実力が自己申告通りなのは薄々理解しつつあった。

 まだ手を隠している可能性はあるものの、現状の評価を言えば魔術師の下位互換と言ったところだろう。

 身体能力が特に優れているわけではないためこちらとの間合いが詰めれない。彼が詰めるよりもこちらの詠唱の方が早く終わってしまうからだ。

 だからと言って中~遠距離が優れているかと言われたらそこまででもない。

 確かにほぼほぼ無制限に繰り出す氷の礫はすごいものの、遠くから攻撃出来るのはこれ一つ。

 あの見慣れない武器から発射される礫はそれなりに早いものの、注意すれば自分達でもかわせるぐらいの速度だ。

 それに《魔法の盾マジックシールド》、もしくは《魔法の衣マジックヴェール》で彼の攻撃が殆ど無効化出来るのが大きい。

 つまるところ遠近両方封殺出来ている為完全に詰みだ。

 なのだが……。


(う~ん……)


 どうも違和感が拭えない。

 自分が彼のことを過大評価していたと思う反面、戦っていておかしいと思う部分がいくつかあった。

 例えばこの攻撃。


「《ウィンドカッター》」


 不可視の風の刃を三つ生成。正面から一発、回避先と思しき場所に一発、そして完全に向こうの死角から一発それぞれ放つ。

 だが彼はすべてかわしてみせた。

 回避方法自体はそれこそお粗末も良いところ。

 だが正面からの攻撃を右に避け、回避先の攻撃をしゃがんでかわし、頭上から落とされた最後の一発は四つん這いで転がるようにしてギリギリのところで当たらない。

 見てるクラスメートの何人かがその姿に笑いを向けているが自分からしたらこれは異常だ。

 実際他のクラスメートの模擬戦では二発目には大体命中している。威力はそこまで無いものの、視認出来ず速度もそれなりにあるあの魔法をすべて避ける。

 偶然では片付けられない。あの人にはこの魔法が何らかの方法で見えてるとしか思えない。


(とは言うものの……)


 結論から言ってしまえばだから何?である。

 確かにおかしい部分はあるものの実力者とは程遠い。そもそも先のウィンドカッターは避けられたが魔法自体はすでに何発も当たっている。

 直撃のみはどうにかかわしてはいるが、割と満身創痍と言った感じだ。

 もはやこれ以上は何も無いか、と思うが念のため最後に聞いてみることにする。


「ヤマルさん、もし何かまだ出してない手ありましたらやってください。見てみたいです」


 こちらのその問いかけにピクリと彼の肩が揺れる。

 やっぱり何か奥の手のようなものがあるのだろうか。もしかしたら発動までに時間のかかるものかもしれない。

 魔術師でも長文詠唱は威力は高いがそうそう撃てるものではない。それに準ずるものであるならこのように一対一の場では使えないだろう。


「時間がかかるものであれば自分は待ちます。遠慮なく来て下さい」


 本来なら撃たせないのが最適解なのは誰の目にも明らかだ。

 だから何があっても良いように《魔法の盾》と《魔法の衣》で対物対魔双方の防御が出来るように新しいものへと張り直した。



 ◇



 自分の実力は先に言っておいたのに、何の因果か彼と模擬戦をすることになってしまった。

 一対一と言うことで誰の力を借りることは出来ない。自分の実力だけでやるしかない。

 結果は……まぁ予想通り散々な有様である。

 近づこうにも魔法で邪魔され、《生活の氷ライフアイス》の礫を撃とうにも有効な射程にまですら持ち込めない。

 中には無理やりねじ込みにいけもしたが、しっかり狙えないのと距離がそこそこ空いてるため簡単に避けられてしまっている。

 《生活の電ライフボルト》のお陰で死角からの攻撃には何とか対応出来ているものの、もはや完全に打つ手無しだ。

 悪い言い方をすれば現状嬲られているようなものである。

 そして何度目かの魔法をかっこ悪くも辛くも避けたところで彼がこんなことを告げてきた。


「ヤマルさん、もし何かまだ出してない手ありましたらやってください。見てみたいです」


 その言葉に思わず反応してしまう。

 出してない手は一応……ある。まだ誰にも見せてない、自分で出来る範囲での有効な手段。

 右手に《生活の氷》を生成し、それを見てダメだとその考えを消し去るように首を振る。

 この手は確かに彼に対しても効きそうではあるが危険すぎる。少なくとも人に向けていいものではない。

 しかし彼はそんなこちらの様子を見て何かあると判断したらしい。


「時間がかかるものであれば自分は待ちます。遠慮なく来て下さい」


 防御魔法を二種類展開しこちらの行動を待つように杖を構えた。

 あの魔法なら何とか……と思いかけてやはり心の中で待ったがかかる。希望的観測で試すものではない。

 防げなかったらどれほどの怪我をするか……。

 でもあの様子ではこちらが見せるまで待ち続けそうな雰囲気だ。

 出すか、狙いを逸らせばまだ……いや、でも……。


「……分かった。ただ時間掛かるものだから待ってもらえるかな」

「えぇ、どうぞ」


 にこりと満足そうな笑みを浮かべる眼鏡の少年。

 そして氷の礫を捨てスリングショットを腰に挿し、代わりに模擬戦用の短剣を右手に携える。


「それじゃ行くよ!」


 その言葉を皮切りに、自分の足元を中心に地面から光の魔法陣が姿を現した。


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