第83話 魔術師たちとの戦い方(ポチの場合)
コロナの模擬戦から五分後、小休止を挟んでついに自分の出番が来てしまった。
模擬戦とは言えまともな戦闘は以前のコロナとの模擬戦以来。魔術師戦ともなれば前例が無い。
一応コロナが先ほど対魔術師との戦い方を見せてはくれたものの、あそこまで身体能力は無いので真似は出来ない。
だが参考にはなった。基本相手の魔法をどうするか、どうやって近づくかが鍵となる。
幸いポチも一緒ではあるのでやりようはあるだろう。
「いい、ポチちゃん傷つけたら承知しないからね!」
「バッカ、先生に見た目に騙されんなって言われたばかりだろ! あのわんこだって絶対強いはずだから油断するなよ!」
一方隣では自分の対戦相手と思しき男子生徒を囲んで他の子が色々言いあっていた。
ポチを可愛がってた女性陣が攻撃するなと釘を刺し、先ほどのコロナの戦いっぷりが忘れられない男性陣が檄を飛ばす。
まぁその結果どうなるかと言うと……。
「「「…………」」」
(ですよねー……)
全員の目が光り一斉に視線がこちらに集中する。
ポチを攻撃せず油断なく行く。その作戦の行き着く先は
ポジティブに考えればポチが攻撃されずに済むと思えるが、魔法が全部こっちに飛んでくるとなると憂鬱でしかない。
模擬戦用のローブ借りてるから大怪我はないだろうが、痛いのは覚悟してた方が良さそうだ。
……あんまし痛い思いしたくないんだけどなぁ。あと怖い思いも。
◇
男子生徒と向かい合うように所定の位置に着く。
さっきのコロナもこの光景を見てたのかと周りを見渡すと、周囲にいる人全てがこちらに視線を送っているのがわかる。
なんかこう、自分の一挙手一投足を逃すまいと言うような感じがした。
確かに獣魔師は珍しいかもしれないが自分はそこまで強いわけでも戦えるわけでもない。正直期待に応えれるか分からないのでなんか申し訳なくなってしまう。
いや、そう言えばマルティナが以前獣魔師は熟練の魔術師が云々と言っていたような……。もしかしてそのせいで自分が熟練の魔術師と思われてるのかもしれない。
……まぁどうせこの後
「よし、準備は良いか?」
「「はい」」
あちらも準備万端と言った感じだ。
手に持った木製の杖を揺らしながら先ほどからずっとこちらを見据えている。周囲同様こちらの行動をつぶさに観察してるような視線だった。
あれでは油断を誘うとかいつもの手は使えなさそうである。
対するこっちはほぼいつも通りだ。短剣の代わりに同サイズの木製の短剣を渡され、カバンはポーション数本を抜き取ってコロナに預けた。
短剣がぶら下がってるベルトのホルダーにポーションを差し込んでいると、何やら周囲から勿体無いみたいな声が届く。
まぁ普通なら模擬戦で使うほどの物ではないのだが、そこはTHE脆弱な自分だ。油断はしたくないのである。
「それでは……はじめ!」
「《
「【火球よ、敵を撃て】」
開始と同時にポチに《生活の音》の無音モードをかける。
対する相手も即座に詠唱を開始。男子生徒の周囲に三つの火の玉が浮かび上がった。
「ポチ!」
「《ファイアボール》!!」
詠唱が挟んであった為僅かにこちらの方が早かった。
真っ直ぐ向かってくる火の玉を自分は左に、ポチは右に二手に分かれ回避する。
「《
腰からスリングショットを引き抜き魔法で氷の礫を生成。
相手に近づくよう走りながらそれを番い届く距離まで詰めようとする。
だがコロナと違い自分の足は平々凡々ぐらいの速度しか出せない。近づく間に相手は余裕を持って詠唱を終え、杖の先端をこちらに向けた。
「《ウィンドカッター》!」
魔法が放たれたのは分かったが目視出来ない。
魔法名から風の刃と推定。とにかく足を止めず真横に動くと、その直後にヒュンと何かが高速で通り過ぎる音がした。
予想通り不可視の魔法のようだ、厄介極まりない。
「《
《生活の電》を索敵モードで展開。レーダーもどきで見えずとも感知出来るように周囲に警戒網を張り巡らせておく。
最悪避けれなくても当たる前の心構えは出来るし、と後ろ向きなことを考えて走るがまだ半分も距離を詰めれてない。先ほど横に回避したため遠回りになってしまったのも原因の一つだ。
「【氷よ】ぐっ!?」
そして三度詠唱を開始しようとした生徒の体が傾きたたらを踏む。
生徒の腹部には小柄な体のポチが体当たりをしていた。あの体格ではそうダメージは望めないものの、急襲によってひるませるには十分である。
「このっ!」
手を伸ばしポチを掴もうとするも素早く体から離れ再び駆け出してしまう。
ただしその一連の動作は無音。体はそこに確かにあるのに音だけしないのは相対したものに不気味な違和感を与える。
事実、前に《生活の音》を短剣にかけてコロナと打ち合ったら全く音が出ないため、やってて気持ち悪いと真顔で言われた過去がある。
「よっ!」
その隙に距離を詰めようやくスリングショットの射程圏内に入った。
ポチの方に視線が向いている間に足を止め数発氷の礫を放つ。しっかり狙えたためか自分にしては珍しく二発も相手の体と腕に命中するのが見えた。
「痛って!? ちょ、なんだよこれ!」
それでも魔法で出来た礫である以上あのローブで軽減されてしまったようだ。
一旦距離を置き離れようとする男子生徒に再びポチが足に向かって体当たりをする。
やはり威力自体は微々たるものではあるが、小柄な体と素早い動き、そして音も無く近づくことによって無防備なタイミングで攻撃されるのはたまったものではないだろう。
(思ったより有効だな、これ)
当初は最初から全力でポチを戦狼状態にして突っ込もうと思っていた。
だがあれはポチの消費が激しいのであえて後で取っておき、最初はこの手法で行こうとコロナが提案したのだ。
具体的な戦術自体もコロナが考案してくれたものだが、小柄な状態でも工夫次第では相手を翻弄する分には十分な成果を挙げているといえよう。
だが……。
「《エナジーブリッド》!!」
詠唱もなく放たれる攻撃魔法。
無詠唱と呼ばれるものだと思い出したのは魔法が当たった後だった。
魔力の塊が一発だけだったものの、即座に放たれたため完全に避け切ることも出来ず左腕に当たってしまう。
直撃判定じゃないため模擬戦のストップは掛からなかったが、その衝撃で持っていたスリングショットを手放してしまった。
カランカランと乾いた音が後ろの方で遠のいて行くのが分かる。拾おうとすればまた距離を詰めなおさなければならないだろう。
まぁどちらにせよ鈍く痛むこの左手ではもうあれをまともに握ることは出来ないので拾わない方向で割り切ることにする。
「【火の騎士よ、我が声に従い彼の者を打ち倒せ】」
詠唱が始まり鈍感な自分でも分かるぐらいの魔力が集う。
ポチも先ほど同様詠唱を止めようと体当たりをするが今回は詠唱が止まらなかった。見ると男子生徒の顔は歪み痛みに耐えている。
歯を食いしばるその表情はポチの妨害が来ると分かっていたのだろう。邪魔されると分かっているのなら耐えることだって出来ると割り切っての判断だった。
「【フレイムランス】!!」
魔法名が告げられ魔法が発動される。
しかし《ファイアボール》と違い姿が見えない。
風の魔法のように不可視の魔法?と訝しんでいると、《生活の電》のレーダーが自分の直上に発動された魔法を捉えた。
その数四つ。目で確認することなく全力で前に飛び込むと先ほど居た場所に熱い何かかが着弾する。
地面に倒れこんだまま後ろを振り向くと、炎で出来た槍が四本突き刺さっているのが見えた。程なくして効果が終わったのか、その魔法は霧散し消えて無くなる。
「あれを避けるかぁ、流石と言ったところか? でもあんま余裕無さそうだけど……」
「運良く気づけたからね。とは言え……」
「その手じゃあの武器っぽいのはもう使えないよな?」
彼が言うように魔法が当たった左手が赤く腫れあがっており、もう武器が握れないのがばれているようだ。
そしてポチがこちらまで戻ってくると、自分を守るように相手の前へ立ちふさがる。
「主人思いなのはいいけど詰みじゃないか? 流石にそれで俺を制圧するのは無理だろ」
そう、今回の勝敗条件も相手が魔法の直撃に対しこちらはコロナ同様に制圧である。
だからポチが体当たりしようとも氷の礫が当たろうとも勝敗自体には直結しない。
痛がっていたが、それだけだ。それに自分の体力ではこのままやってもジリ貧になるのは目に見えている。
「……まぁ俺はともかくポチのすごいところはまだまだ見せてないからね。諦めるのはそれからにするよ」
「じゃぁ試合再開だな!」
そう言うと男子生徒はこちらを注視しながらも再び距離を取り始めた。
倒れてる状態から何とか起き上がると彼は最初のときよりもずっと離れた位置にいた。あのまま魔法撃っても良かっただろうに、攻撃するよりも距離を取ることを選んだようだ。
もしかしたらポチが目の前にいたため邪魔されるのを嫌がったのかもしれない。
「とりあえずポチの魔法解くよ。今回はもう使わないだろうし」
《生活の音》を解除し息を少しだけ整える。
現状でもポチがこちらと連携を取って戦えるのは皆に見てもらえた。
ただしそれだけでは猟犬となんら変わらない。ポチが隙を作って自分がやる、もしくは役割を逆にする。
残念だがこれでは魔物を連れてる利点など何も無いだろう。
「さぁ、見せてみろよー!」
離れた場所から律儀にこちらの準備が整うのを生徒は待ってくれていた。
彼も先ほど自分が言ったポチの実力を見たがっているようである。少し弾んだ声にとても楽しそうな笑顔。
戦闘狂ではないだろうが、こういったワクワクすることが大好きな男の子の顔だった。
「よし、全力で行くよ!」
「わん!」
こちらの意図を汲みポチが身震い一つするとまるでその輪郭が靄がかかったかのようにぶれる。
するとあっという間に小さな体が自分よりも大きな
その間にポーションを一つ抜き取り中身を左手にぶっ掛ける。あの程度では勿体無いと言われそうだがこの手では乗るのに影響がありそうだったので躊躇はなかった。
治療を終えるとすぐさまポチをしゃがませその背に跨る。
「っと、結構安定してきたなぁ」
「わふ」
ポチが立ち上がってもバランスを崩すことも無くなった。
最初に乗ったときより乗り心地が良くなったと言うか、一体感が増した感じだ。
騎乗の練習はちょいちょいやってはいたが、慣れてきたということだろうか。
「お待たせ。じゃぁ……」
『おおおぉぉぉ!!!』
さぁ行くぞ、と思った矢先に周囲の歓声で出鼻を挫かれる。
見ると生徒らのみならず今まで見学に回ってた他の職員や教員などが手を上げ興奮しているのが分かった。
なんと言うか、やっと見たかったものが見れてテンションが振り切れてしまったかのようなそんな様子だ。
「……嬉しいもんだね」
「わふ」
ポチがこうして歓迎してもらえるのが本当に嬉しい。
この気持ちはどう表せば良いだろうか。自分には居なかったが、もし子どもいたらその子が他の人に認められ褒められたのを見ている親の気持ちが一番近いかもしれない。
良いところ見せなきゃなー、と思っていると歓声の中で少し悲鳴のような声が混じっているのが聞こえた。
ポチのこの姿が怖いのだろうか、と思いそちらを見ると視線の先には一緒に授業を受けた生徒達。
更に良く彼らの声を聞き分けると見事なまでに男女で反応が違っていた。
「うおおお!!」「かっけえぇぇ!!」
「いやあぁぁ!!」「ポチちゃん戻してえぇぇ!!」
……どちらがどちらの声かは言うまい。
この姿では男子に対して物凄く受けがいいようだ。まぁポチかっこいいもんなぁ、女の子だけど。
その為子犬特有の可愛さはもはや微塵も無い。可愛いもの好きの女子には受けが悪いか、単にギャップがきついのか……。
気を取り直し相手へ向き直ると、そこにはこの歓声の中一人だけ全く別の反応をしている人間がいた。
「よし、じゃぁ改めて行くよ!」
「いやいやまてまて!!」
先ほどの勢いとノリはどこへやら。
唯一相対している生徒だけが物凄く慌てている。
うん、わかるよー。戦狼とか普通に怖いよね。俺もあのときマジで怖かったし、本気で死ぬと思ったし。
見てる側は割と他人事だから盛り上がれるけど、戦うとなるとそうはいかないもんね。
「大丈夫大丈夫。俺ですら通った道だから君ならもっとうまくやれるよ」
「できるかああぁ!!」
だが逃げることは選択しなかったようだ。偉いぞ男の子、と内心苦笑しながらポチが走り出す。
コロナと同じぐらいの速度だがルートは異なる。真正面ではなく右方向から弧を描くような動きだ。
生徒も半ばやけっぱちのように悲鳴のような詠唱を始めた。
だが集中力がやや欠けてそうだったので阻害に入らせてもらうことにする。
「ポチ!」
「わおおぉおぉぉ!!」
男子生徒に向けて《
戦狼の圧力が込められた咆哮は相手をすくませる効果を持つ。
生徒に届いた遠吠えはこちらの狙い通り相手の動きを止め見事詠唱の阻害に成功した。
「くそ、ずりぃぞ!」
「《
間髪いれずに《生活の火》を唱える。ポチの角が赤色に染まり、小さな種火程度の火が瞬く間に《ファイアボール》と同サイズに膨れ上がった。
それが三つも発現し、無詠唱ともなれば魔術を少しでも齧った人間ならそのすごさが分かるだろう。
元々火の玉を出すのではなく、種火サイズが大きくなったことに意味がある。
魔術師ならば魔法のアレンジと当たりを付けれるが、果たしてこれがアレンジでないと知ったらどう思うだろうか。
「うおぁ?!」
怯んでいた生徒に火の玉が全て直撃する。
ローブのお陰で対したダメージはないようだが、先程までなかった有効な攻撃魔法の存在に混乱しているようだ。
何故今になって使いだしたのか、と、きっと思っていることだろう。
「《エナジーブリッド》!」
それでも彼は尚も魔法を放つ。
無詠唱で放たれた無属性魔法。詠唱破棄のアレンジが入っているせいか弾数は一つしかないものの、速射性に優れた非常に有用な魔法だ。
先程は持っていたスリングショットを弾き飛ばされたが、今回はこちらの速度が決定的に違う。
人一人を乗せてるのを感じさせないほどの軽やかさでポチが撃たれた魔法を全てかわしていく。
「【火球よ、敵を撃て】……!」
そしてついにポチの射程内に突入。
あとは飛び掛れば届く距離まで追い詰めたが、彼は最後に詠唱を開始する。
短文詠唱、聞き覚えのあるあれは間違いなく《ファイアボール》だった。
彼なら無詠唱で出せそうなものなのに、と疑問に思うがその考えはすぐに破棄される。
何せ出てきた火球の数が大よそ十個。魔法のアレンジを詠唱破棄ではなく個数増大の方に持っていったようだ。
この至近距離で撃たれてはあの数は避けるのは難しいかもしれない。
何せ向こうの勝利条件は自分への魔法の直撃だ。もしその後ポチが制圧しても自分が一つでも被弾したら負けなのだから。
「《ファイアボール》!!」
「《生活の氷》!!」
火の玉が放たれると同時に《生活の氷》を発動。
ポチの《
その分厚い氷の盾に間髪入れずにファイアボールが着弾。魔法が弾け、氷に皹が入り、蒸気を周囲に撒き散らしながらもなんとか盾としての役目は果たしてくれた。
「わふっ!!」
「げっ!?」
そしてその氷を足場に最後の跳躍。
飛び掛られた男子生徒はポチの重量に抗えずそのまま地面に押し倒される。しっかりと前足で生徒の両肩を押さえつける辺り、ポチもちゃんと人間の動きの止め方を学んだんだろう。
「離れうぶっ?!」
もがく男子生徒の顔をポチが一舐め。いきなりのことに再び首を振りもがき足掻くもポチとの力と体重差ではどうにもならない。
そして何かしようとするたびに生徒は顔を舐められ行動を邪魔される。これでは詠唱はおろか無詠唱で魔法を発動することすらままならないだろう。
結果、彼の顔が唾液まみれになりぐったりしたところで勝敗が告げられることになったのだった。
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