第77話 勇者の悩み


 セーヴァが元居た世界では勇者だったというのは以前聞いたことがあった。

 ただそれ以外のことだと聖剣を持ってたがもう使わなくなったから今は持ってないぐらいだったと思う。


「僕が物心ついたときから世界は暗いままでした」


 気づいたときには人間と魔族が戦っていた世界。

 そして魔族側には魔王と言われる頂点があり、人間の社会は領土を徐々に狭めていたというのは子どもの頃に何となく理解したんだそうだ。


「セーヴァはそんな世界で勇者としての宿命とか何かで選ばれたとか?」

「いえいえ、そんな大層なものはないですよ。そもそも自分は最初は騎士になりたかったんですし」


 セーヴァは戦災孤児だったらしい。

 らしいと言うのは知らぬ間に孤児院の前に捨てられていたからだ。実際は違うかもしれないが、世の実情を鑑みると当事は一番多いパターンだったそうだ。

 孤児院で過ごすうちに魔物を倒し人々を守る騎士に憧れるまでさほど時間は掛からなかった。

 孤児院の職員をせっつき勉強をし、元々得意だった剣の訓練も目標が出来たことで今まで以上に身が入るようになった。

 そしてセーヴァが十五の時のこと。騎士団の試験を受けようとしたら門前払いを受けたそうだ。

 騎士は高貴な者がなるもの。どこの生まれかも分からぬ、まして教育を受けてない者はそもそも受験資格すらない、と。

 失意に打ちひしがれ孤児院に戻ると、同じ孤児院で一緒に過ごした幼馴染の女の子が出迎えてくれたそうだ。

 その時に交わした言葉は今でも鮮明に思い出せるらしい。



『なんで騎士になりたかったの?』

『騎士になって皆を魔族から護りたかったんだ……』

『なるほど……でもそれって騎士じゃないとできない事じゃないよね?』

『そうかもしれないけど……』

『ほら、ウジウジしないの! 今からセーヴァの夢叶えにいくよ、私も手伝ってあげるから!』

『でも騎士になることは……』

『だーかーらー! 魔族から皆を護るのが夢で、そのための道として騎士を選んだんでしょ? 道はなくなっちゃったけど夢は残ってるんだし、私達で道を作れば良いだけじゃない』

『そんな無茶な……』

『魔王倒す無茶するんだからそれぐらいどうってことないでしょ』

『……え?』

『皆を魔族から護る夢叶えるために魔王を倒す。うん、何も間違ってないね』

『……え、え?』

『どうせ私達もこの歳じゃもうここにいられないんだし丁度いいじゃん。ほら、決まったからには決意鈍らない内に今から行くよ!』

『えぇぇ~~~~!?』



「……中々アグレッシブな幼馴染だね」

「自分で言うのもなんですが、後の勇者パーティ結成秘話とか言っても誰も信じそうに無いですよね、これ」


 とは言えこれが切欠となりセーヴァ達は様々な冒険と魔族との戦いに赴くことになる。

 もちろん当初はどこにでもありそうな傭兵チームみたいなものだったらしい。

 だが戦歴を重ね、魔族を打ち倒し続けていくうちに名が広まり、神が造った聖剣を手に入れるころには勇者と呼ばれるようになっていたそうだ。

 セーヴァの世界での勇者は血筋や資質でなるものではなく、所謂称号みたいなものなのが分かる。与えられた宿命でなく、誰でもなり得る希望の存在だったのだろう。


「結果僕達は魔王を打ち倒すことに成功しました。ただこちら側も被害は大きく、最終決戦時にその子も命を落とすことに……」


 セーヴァが勇者として持ち上げられたように、その幼馴染の子も勇者の傍らに常にいる聖女として同じように持ち上げられたらしい。

 結果彼女が命を賭した事で魔王を倒すことが出来たとセーヴァは当時を思い出してか寂しそうな顔をする。

 世界は救われたが、だからと言って割り切れるものではない。


「全てが終わった後僕は落ち込みました。いつも隣に居てくれた彼女がもういない、心にぽっかり穴が空いたようでした」


 一時は命を絶つことすら考えたとも言う。

 しかし時間が過ぎていくうちに自分の心の中で整理がつくようになり、彼女と一緒に手に入れたこの平和になった世界を守っていこうと思ったそうだ。


「魔王を倒し勇者としての使命を終えた自分は騎士団に入ることにしました。以前と違い迎え入れられた僕はそこで王家より家名を貰ったんです」


 騎士団に入ったのは魔王がいなくなってもまだまだ各地で問題は山積している。

 元々の夢だったのもあるが、未だ困ってる人たちを助けたいと思ったからこその入隊だった。


「戦後間もない頃は魔王の残党と戦う日々でした。それも徐々に数が減り、三年が経つ頃には殆んど倒せたと思っています」


 もちろん完全に倒し切れたかは不明だが、少なくとも表立って行動されることは殆んど無くなったらしい。

 この辺りで聖剣を神に返上したそうだ。魔族以外に振るうには過分な力であること、また返上することで一つの区切りにしたかった意味合いもある。


「それから少ししてのことです。僕が所属してた騎士団はとある野盗の集団の討伐に行くことになりました。人類総出で戦ってたのに同じ人類に剣を向けるのを悲しくは思いましたが、だからといって善良な市民からの略奪は見過ごせません」


 魔王と戦いが終わり魔族の残党とも区切りがついた今、職にあぶれた傭兵くずれの成れの果て。

 あの時代では録な教育を受けることも出来ない人が多く、多数の野盗が生まれる原因にもなった。


「彼らの拠点に赴き騎士団を挙げて討伐は無事完了しました。ただ……そこで少し疑問に思うことが出てきてしまったんです」

「と言うと?」

「簡単に言えば討伐の方法ですね。騎士団が取ったのは僕が単騎で突入し他の仲間たちが逃げてきた野盗を叩く、そのように作戦は取られました」

「……は?」


 絶句する。

 いくら勇者であるとは言え単騎特攻とか正気の沙汰ではない。


「流石にそれはダメでしょ」

「あ、いえいえ。違うんですよ。手法そのものはまぁ……分からなくはないんですよね。戦力差で言えば自分が単騎で突っ込んだところで特に問題なく制圧は出来ましたし。怪我らしい怪我も無く、取り逃しも拠点を包囲してた他の仲間が捕らえました」

「えぇ……」


 いいのか。俺の感覚の方が間違っているのだろうか。

 もうあいつ一人で良くないか的な感じになってるのにセーヴァはそれでいいのか?


「結局安全と効率求めると自分が行くのが一番だったんですよ。自分含め味方に損害が出ず、かつ目標を達成する。最良の手段だと言うのは僕でも分かります。ただ……」

「ただ?」

「彼我の戦力差を考えたら僕が行かなくても大丈夫だったのでは、と思うようになりました。手段としては間違ってないんですがこれでいいのかと。それ以降自分が何かを解決するたびに、自分で無くてもいいのではなかったのかと、そんな考えが常に纏わりつくようになりました」


 手段は間違ってない、目標は達成し被害はゼロ。

 なるほど、結果も過程も文句の付け所はないぐらい最良の手段であるのは間違いない。

 

「もちろん困ってる人を見過ごすことは出来ませんでした。その人達が笑顔でお礼を言ってくれる、それを見るたびに自分がしたことは間違ってないと今でも思っています。ですがやはり自分でなくても解決が出来ると思うたび胸に不安が募っていくんです。もしかしたら彼らは『勇者』と言う存在に甘えているのではないか、と」


 理想と現実の板ばさみとでも言うべきだろうか。

 最良の手段を選ぶほどセーヴァが事態を解決するよう動かざるを得ない。それは彼がそれだけの能力を持っているからだ。

 かといって依存しすぎては今後、それこそセーヴァがいなくなった後どうなるか分からない。

 現にセーヴァでなくとも解決出来そうな案件をすべて彼に丸投げしている状態である。


 事態をややこしくしてるのは周囲が『勇者』に寄りかかりすぎてる現状と、セーヴァの生来の生真面目さと優しさだろう。

 勇者として世界を救った彼は平和を守るため文字通り他人の不幸を見過ごせない。もちろんそこにはセーヴァが知りえた範囲と限定はされるものの、知ってしまった以上放っておくことが出来ない。

 心を鬼にして自ら解決出来るのであれば任せるべきなのだが、生憎彼らがしている仕事は常に危険と隣り合わせ。怪我人ならまだしももし死者が出てしまった場合、自分が出ていればそうはならなかったかもしれないのにという後悔に囚われてしまうかもしれないだろう。

 だからどれだけ疑問に思ってもセーヴァが出ざるを得ない。完全に悪循環に陥っていた。


「どっかの物語であったなぁ。『勇者は人を堕落させる』って台詞」

「……そうかもしれせんね。あの世界を離れた今だからこそそう思えるのかもしれませんが……。ともあれ当事の僕はどうすることも出来ませんでした。そんな胸中を抱えたまま気がつけば魔王を倒して五年。その頃にはある程度各国の復興にも目処がつき少なくとも平和と言って良いほど世界が安定してきたと思います」


 普通の人ならそれほどの年月があれば間違いなく心が病む。

 彼の芯の強さか、勇者として生き抜いてきた環境からか、彼は潰れることなく耐えた。耐え抜いてしまった。

 いっその事倒れてしまった方が楽だったかもしれないのに、彼の生き方と能力、そして周囲がそれを許容しなかったのが自分でも分かる。


「その日、幼馴染の命日でしたので僕は彼女の墓前へ行きました。今ヤマルさんに話していることは誰にも言えなかったので、彼女に聞いてもらいたかったのかもしれません。魔王を倒し、勇者としての役目を終えた自分はもはやこの世界に必要の無い人間なのではないか。平和と引き換えに徐々に衰退していく現状を思い出しそう漏らしてしていたそのとき、僕はこの世界にいざなわれました」


 力があるが故の悩み、と言うには些かハードな内容だった。

 命がけで生きる世界なんて今の自分では想像できな……くはないか。彼に比べたら随分マイルドだが、今現在自分はこの世界を命がけで生きているわけだし。

 少なくともここに呼ばれる前の自分では想像も出来なかっただろう。


「あの時、もしかしたら自分なら召喚の力を消してあちらに留まれたかもしれません。ヤマルさんみたいに帰りたいのであれば動くことも出来たでしょう。でもそれをしようとすらしなかったのは責任すべて投げてただ逃げたかっただけじゃないのか。今でもそれを悩んでいます」

「うーん……俺はセーヴァみたいに命のやり取りしてた人生送ってたわけじゃないから言葉軽いかもだけどさ」


 彼に比べて如何に幸せな環境で育っていたか良く分かる。

 なんかもう、こちらに来てからのことを差し引いてもチャラに出来る気がしないほど彼はこれまで頑張って来たのだ。

 そんなセーヴァに自分なんかが何か言っても良いものなのかと思うが、乗りかかった船である以上は自分なりの答えを返さなければならない。


「そもそも魔王がいたからこその勇者だったんだし、倒した以上セーヴァはもう勇者ではなくて良かったはずなんだよね。そりゃ頼りたくなる気持ちは分かるけど、だからと言ってそれからも勇者として動かし続けたのは国と世界の責任じゃないかな」


 結局のところセーヴァも『勇者』って部分に囚われすぎてるのもある。

 勇者だからこうしなければならない、あぁしなければならない……そんな理想やありもしない責任を勝手に感じていただけではないだろうか。

 もし『勇者』と言うものに責任が付随するのであれば、それは魔王を倒す使命が果たせなかった時に発生するものである。

 魔王を倒した以上勇者としての責任は果たしたと取れるしそのまま廃業でもいいぐらいだ。何せ倒すべき存在がもういないのだから。

 にもかかわらずありもしない勇者を担ぎ上げ続けた。結果セーヴァのみならず国や世界を追い込んだのであれば、それはそう仕向けた国と世界の責任である。


 その考えを言葉を選びなるべく偉そうにならないように答えを返す。一応自分の中では、と予防線を張っておくことも忘れない。


「そもそもセーヴァはもっと自分を大事にするべきだよ」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。世界の平和を守るんなら、その世界の中にセーヴァ自身も入れなきゃ」


 世界を救う程頑張ったのなら正直残りの余生は好きに過ごして欲しいと思う。

 辛いことを重ねてきたんだし、セーヴァ自身幸せを願っても誰も文句は言わないだろう。


「でもそれだとこっち来てからも使われてるの辛くない? 勇者と救世主って似てるし……」

「大丈夫ですよ。確かにこうして使われてはいますが、他の方も皆自分のすべきことや出来ることをやってますし。まぁ他所の人間に重要な部分を任せられないってのもあるんでしょうが、こうして互いに手を取り合ってる今の環境は好きですね」

「そか」


 まぁ現状辛くないのは良かったと思う。

 後はセーヴァがこれからどうするか、どうしたいかだが……まぁその辺は本人次第だろう。


「中々興味深いお話でしたね」

「あ、お話終わりました?」


 えぇ、とセレブリアがスマホをこちらに返してくる。

 それを受けとると彼は顎に手を当てセーヴァの方へ向き直った。


「私もセーヴァ君はもっと自分のための時間があってもいいかもと思いますよ」

「自分のための時間……ですか?」

「えぇ。趣味でも好きなことでも、自分のために使う時間ですよ。もし無いのでしたら色々新しいことをやってみるのもいいでしょう。案外あっさりやりたいことが見つかるかもしれませんし」


 なんなら探すの手伝いますよ、と付け加える。

 その姿はまるで見合い斡旋するおばちゃんとダブって見えたのは気のせいだと思いたい。


「今は我々もこうして国に従事してる身ですが、そのうちそれぞれ身の振り方を考える時が来ると思います。その時に何がしたいか、今のうちに考えてても良いかもしれませんよ」

「……ちなみにセレブリアさんは?」

「私はもちろんこれですよ、こ・れ」


 とても良い笑顔で右手の親指と人差し指で輪を作るセレブリア。

 やはりと言った感じだが、彼はお金が大好きなようだ。


「お金を貯めるのはもちろんですが、如何にしてそれを使うか、周りと軋轢を生じさせないためには、マーケティングに各種トレンド、新製品開発に量産等お金について回る事象は大変多い。だからこそ楽しいのですよ、成功したときの自分が経済を回しているという全能感は何者にも変えがたいですな」


 その言葉を聞き自分の中でのセレブリアの認識を改める。

 彼はただの成金でもお金大好きな商人でもない。さらに一つ高い次元に居る、彼も救世主たる資質を確かに持った人間なのだと。


「僕にも見つかるでしょうか」

「見つかるよ。難しく考えなくて良いって」

「セーヴァ君なら大丈夫ですよ。焦らないことですな」


 まだまだ元気とは言いがたいもののセーヴァは少しだけ吹っ切れたような笑顔を見せてくれた。

 多分、ほんの少しかもしれないけど一歩前に出ることが出来たと思う。そう信じたい。


 そして男三人、酒を交わしながら他愛ない話で夜は更けてゆくのだった。


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