第70話 一般人の舌戦


「何故貴方は嘘をつくんですか?」


 その一言で場が凍りついたのがこの場にいる全員が感じたことだろう。

 何せ片や貴族、片や異世界人とは言え一般人。歳も立場も力も何もかもが違う。と言うか一方的な戦力差だ。

 まさに戦士と羽虫ぐらいの差。羽虫は羽虫で周囲を飛び回るからこそうざがられるが、そんなのが明確な意思をもって敵対してきたのだ。

 苛立つなと言う方が無理であろう。


「ほう……」


 周囲の人が恐る恐るボールドを見ると頭髪があった部分に青筋が浮かんでいた。

 誰がどう見ても怒っている。それを分かりやすく体現している。


「貴様、誰に向かって口を聞いている?」


 圧を感じる。魔物や戦士とは違う別物の圧力。

 もはや吐いた言葉は戻らない。後は前に進むしかない。


「もちろん貴方ですよ。昨日城の廊下で会った際に帰る様に命令したじゃないですか」


 その言葉に一番早く反応したのはスヴェルクだった。彼がボールドの方を向くが何事もなかったかのようにそ知らぬ顔で流している。

 やはり何も聞いていなかったのだろう。予想通りボールドは自分が来たことを話していなかったらしい。


「言った言葉をそのまま返すぞ。何故そのような嘘をつく?」

「本当のことですし嘘ではないのは貴方が一番分かっているのでは?」

「貴様こそ分かっているのか? 私は国に仕える人間だ。昨日の件で貴様が呼ばれたなら、追い返す理由などそもそもないだろう。それこそ国に叛く行為になりかねん」


 やはり海千山千、この政治の世界で渡り合ってきた人間なんだと思わせる。

 よくもまぁこれだけの嘘を平然とした顔で並べられるものだ。

 予想通り地力はあちらが圧倒的に上。

 自分で舌戦と言ったが普通にやってたら勝負にすらならず負けるのは目に見えている。


「分かるかね? 貴様と違いこの世界で、この国で生を受けそのために身を粉にして働いてきた私が、何故国に益をもたらさない行動を取らねばならんのかね?」


 ボールドの言葉に周りの貴族たちも相づちを打つ。

 長年知った人物に対し片や余所者。今までの実績や信用の度合いからボールドの肩を持つのはもはや当たり前と言った雰囲気が流れ始める。

 素知らぬ顔をしていたボールドが、勝ったな、と言わんばかりに僅かに口角が上がっているのがそれを物語っていた。

 だからと言ってそれをこちらが認めることは出来ない。


「愛国心は分かりましたがでも嘘はダメですよ」

「くどい!」


 ダァン!!とボールドの振り下ろした拳がテーブルを強打し、静かな会議室に激しい打撃音がこだまする。


「いいか、貴様がやったことは国の召集を拒否し勝手に動いた挙げ句我々の評判を落としたことだ。それのみならず虚偽の申告をしその責を私に押し付けようなど言語道断!」


 ボールドの激にあてられたかのか、周りの黙ってた貴族の人たちもそれぞれ同意するように頷いたり声を上げたりし始めた。

 もはや場が騒然とし始める中、ここで一つの提案を打ち出す。

 まともにやり合えばまず勝ち目などない。なら相手を黙らせるほどの一点突破を狙うしかない。


「ならどちらが嘘を言っているか確認しましょうよ。丁度分かる方がいるでしょう?」


 その言葉に皆が声を詰まらせ一人の男を見る。

 視線の先はもちろんスヴェルク。《真実の眼トゥルーアイ》の嘘を見破る異世界の能力持ち。

 確かここでもその力を使った仕事もしているとこの間の件で聞いていた。

 もちろんこの場にいる誰もがその力のことは知っているはず。彼の方を見たのが何よりの証拠だ。

 しかし……。


「残念だがそれはダメだ」


 ばっさりとボールドがこちらの提案を却下する。


「何故ですか。一番早く確実に分かる方法でしょう? やましい事が無いのであれば受けても問題ないのでは?」

「確かにかの《真実の眼》ならばどちらが嘘を吐いているか見抜けるだろう。その点に関しては異論は無い。だが見抜いたとてスヴェルク殿が庇い立てする可能性があるではないか」

「……流石にそれは失礼では?」

「貴様がこの場にいる全員と縁もゆかりもないその辺の町民ならば私とて採用しただろうな。だが貴様とスヴェルク殿は同じ異世界人、それも割と懇意にしていると聞いている。可能性が排除出来ない以上その提案は呑めん」

「ならスヴェルクさんが嘘をついているとそちらが証明しないと話になりませんよ」

「であるなら彼が真実を告げていると証明したまえ」

「疑いを持った側に証明責任があるものではないのですか?」

「知らんな、どこの法だ。まさか異世界の法をこの世界に適用するとか言うのではあるまいな」


 もはや話は平行線だった。

 スヴェルクの能力は完全なる信用の上に成り立っている。人の嘘が見抜けることは彼にしか分からない。

 故にボールドが言うように彼が本当の事を言っているか嘘を言っているか確かめる術はない。仮にあるとするならそれこそ複数の同じ能力持ちが必要となってくる。


「どうした、弁明はもう終わりか? 黙って謝ればまだマシだったものを、貴族に対する不敬罪を追加で被るとは流石無能。度し難い頭をしているようだな」

「全く、我々にこうも手間をかけさせるとは」

「これだから学の無い人間は困りますな」


 もはや決まったとばかりに周囲から漏れる嘲笑に思わずため息がこぼれる。


「……はぁ」


 彼らは自分たちがボールドに巻き込まれた側だと分かっていない。

 もちろんそのことはボールドの嘘を証明しない限り分かりようがないしどっちに転んでも被害者ではあるのだが、些か雰囲気に流されすぎではないだろうか。


「皆さんはそれでいいんですか? このままではあの人に巻き込まれていいように使われてるだけですが」

「聡明な皆様ならばお分かりいただけるかと。かの者が何を言おうとそれは全て虚偽、耳を貸す必要はありますまい」


 こちらの発言に被せる様にしてボールドが更に声を発す。

 やっぱりこの手のやりとりに慣れているのがよく分かる。間の取り方、言葉の選択、人心掌握術……どれを取っても自分では到底及ばないレベルの持ち主だ。

 もはや他の貴族も自分の声に耳を傾けようとはしないだろう。

 それを分かっているボールドがこちらにだけ見せるように下卑た笑みを浮べる。

 あれは完全に圧倒的な力で弱者をねじ伏せることに快感を覚えている、そんな顔だった。


「……もはや自分の声は届きそうにないですね」

「当たり前だろう。貴様のような輩の声など誰にも届きはせんわ。さぁ、もはやこれまで――」

?」


 こちらの言葉に騒然としていた場が再び静まる。

 自分の声はもはや誰も聞いてはくれない。

 なら他の人に話してもらうしかない。それも彼らが最も信用するであろう人物の声で。


「ふん、一応聞いておいてやろう。誰が話すと言うのだね、まさか貴様の横にいる仲間とかではあるまいな。貴様の仲間なぞ信用に値せんぞ」

「いえ、違いますよ。もちろんちゃんと皆さんが信じることが出来る人です」

「ほぅ、貴様に組する奴がいるとは思えんが……いいだろう、聞いてやろうではないか」


 精々足掻きたまえ、と完全に上から目線で許可を出すボールド。

 なのでお言葉に甘えて足掻かせてもらうことにする。元々最初から用意していた手はこっちだった。

 スヴェルクも当初呼ぼうと考えてたがこの場にいたためこの手は二番目に持っていくことにした。

 もし彼の能力に疑いの目が向けられるようなら、次の手としてこちらを出そうと。


「さて、では少し失礼します」


 そう言って予め用意しておいたスマホをポケットから取り出しそれを目の前のテーブルの上に置く。

 近くにいる貴族は初めて見るそれに興味を示していたが、ボールドやスヴェルクを含むスマホを知ってる一部の人間は怪訝な表情を浮べていた。


「報告は受けているぞ。確かそれは遠くにいる人間と言葉のやり取りが出来る道具、だったか」


 昨日のことは兵隊長からの報告書にも載っているはずである、彼が知らないわけが無い。


「それを使って今度は誰に話させるつもりなのかね」

「いえいえ、その機能はこいつが持つ一部ですよ。他にも使い方がありましてね」


 ポチポチとスマホに指を滑らせ操作し、とあるアプリを起動する。

 そして目的のファイルを読み込ませては音量を最大に引き上げ、ついでに周囲にも聞こえるように《生活の音ライフサウンド》で更に音量を大きく設定した。


「小さくてすいませんが近くの方は目で確認して頂いてもいいかもしれませんね。では始めます」


 最後に開始のボタンを押せば件の人物がスマホの画面上に現れる。


『これはこれは。追い出された無能救世主様ではないですか。いや、能無しですからただの一般人でしたかな』


「この声……」

「まさか、ボールド殿か?」

「この小箱に描かれているのはボールド殿に間違いない。しかもこの絵、動くぞ!」

「なんと面妖な……」


 そう、この場で現状一番信用度合いが高い人物――即ちボールド自身だ。

 これは昨日ボールドが話し掛けてくる前から撮影した動画である。

 ポケットからレンズだけ出して録ったものだ。そのため下から見上げるような形でありちゃんと写ってるか不安だったが、とりあえず判別出来る程度にはボールド達が写っている。


「な、貴様、いつの間に……」


 身に覚えがあるのはボールドが一番知っているはず。

 異世界の技術に驚いているのか、はたまた己の迂闊さに怒り心頭なのか、体がプルプルと小刻みに震えている。


「お静かに。大事なところなんですから」

「貴様……」


 射殺さんばかりの視線を送りつけてきたので目線を剃らしスマホへと注視する。だって怖いし。

 丁度場面はボールドがこちらを嘲笑してから追い返すよう指示をするところだった。


『ふん、誰が判断したか知らぬがお前はいらんよ。早々に立ち去れ』

『その決定権が貴方にあるのですか?』

『あるとも。私を誰と心得る』


 その後の展開を知っているからこそボールドは止めさせようと動きはじめる。

 だがそれは想定済み。スマホを取られないように目を光らせていたコロナがボールドの前に立ち塞がりそれを阻止する。


「おい、その箱をこっちに……」

「ダメですよ。これはヤマルの物ですから」


 昨日のお返しとばかりにボールドの行く手を遮るコロナ。

 無理矢理どかそうにも身体能力が高いコロナ相手では体格差があれどどうすることも出来ない。


「やめろ……!」


 だがボールドの声を聞いても画面のボールドは喋ることをやめない、止まらない。

 もちろん止める気も無い。


『そこの兵士』

『はっ、はい!』


「やめろ!!」


『ボールド=クロムドームの名において命ずる。そこの小汚い者共をとっとと外に摘み出せ』


 そして出た決定的な一言。

 他の誰でもない、ボールド自身から発せられた言葉をこの場にいる全員が聞いた。

 その後もこちらを嘲笑うやり取りをした後動画が終わる。そして訪れる静寂。

 全員が恐る恐るといった感じでボールドを見ていたが、彼は俯いた状態でありその表情は窺えない。


「以上、ボールド=クロムドーム氏による証言でした」


 そう言い終えるとテーブルの上に置いたスマホを手に取りポケットにしまう。逆ギレで壊されたら困るし……。

 しばらく彼の様子を見ていたが、ようやくと言った様子で顔を上げる。

 流石にまだ折れてはいなさそうだが動揺は隠しきれていない。


「……それが本当だと、私であると証拠はあるのかね?」


 先ほどのスヴェルクのときに使った手でもある。

 もはやこれが本当だと、彼であると言う証拠と言えるのはこの場には数名のみ。


「自分やコロナが現場に居ましたが」

「貴様らの話など証拠にもならん」

「貴方自身も居たじゃないですか」

「認めるわけないだろう!」

「となると……確か一緒にいた方がいらっしゃいましたよね」


 先ほどのスマホの映像でも端の方に映っていた別の貴族達。

 ボールドの近くで座っていた男達は肩身が狭そうに大人しくしていた。まるで存在を消すかのように気配を薄くしてる節すらある。

 しかし大勢の視線が集まると体をビクリと大きく震わせ俯いてしまった。


「一応聞いておきますがどうですか? 今の内容に心当たりはありませんか?」

「わ、私達は……」

「作り物に決まっておろう! 大方異世界の何かであろう、あのような精巧な動く絵は確かに驚愕に値するが、貴様らが作ったに決まって――」


 バァン!!とボールドがテーブルを叩いたとき以上の音が部屋に響き渡る。

 音の発生源は自分だ。叩くことを躊躇わせるほどの豪奢なテーブルに右手を力一杯叩きつけていた。


「口を開けばあれも嘘これも嘘。いい加減にしてくれませんかね」


 言葉自体は丁寧ではあるが今度はこちらが怒りを表す番だった。

 周りの貴族もボールドも、それこそコロナですらこちらを見て驚きの表情を浮べている。


「こちらは自分が嘘をついてないと、二度も証明しようとしましたよね。一度目はスヴェルクさん、二度目は昨日貴方が発した言葉。では貴方が言う嘘じゃない証拠って何ですかね。自分に都合の良いものが本当のことですか? そもそもそちらは嘘だ嘘だ言うだけで何も証明しようとすらしてないじゃないですか。人を馬鹿にするのも大概にしてもらえませんか?」

「貴様、無能の分際で……。どのような世界にいればここまで無礼に育つか……!」

「は?」


 瞬間、室温が数度下がったような感覚を他の人は感じただろう。

 底冷えするような空気に数名が腕を擦り始める。まるで本当に寒さを感じているような動きだ。


「まぁ無能無能言うのは別に良いんですけどね。実際別段目立つ力も技術も何も無い一般人ですし、才能や能力では貴方の方がずっと上でしょう。比べるのがそれこそ馬鹿らしくなるぐらい。ですけどね……」


 そこで一拍だけ間を取り、未だ動揺収まらぬボールドに向け続く言葉を言い放つ。


「貴方、異世界にほんのこと舐め過ぎですよ」


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