第63話 誘拐犯


「誘拐犯……女王様はそう仰られたのですな?」

「えぇ」


 目の前で続くスヴェルクと少年の会話。

 そしてついに出てきた決定的な言葉。女王は誘拐犯と言った。そしてこいつもそれを認めている。


「その後はどうされましたか?」

「そりゃもちろん逃げましたよ」


 決定的だった。

 誘拐犯と断定され逃げたのならもはや言い逃れは出来ないだろう。

 犯人かそうでないか半々で揺れ動いていた自分の心が、今は犯人説の方へと傾いている。


「おい、なんで逃げたんだ? 大人しくしてりゃ良かっただろう?」

「だって自分より強そうで自分より体躯のいい人が自分より大人数で剣抜くんですもん。そりゃ逃げますよ、死にたくないし」


 さも当たり前とばかりに逃げた理由を言う少年。そしてそのことについて隣のスヴェルクが補足をする。


「隊長殿、ヤマル殿からしたらあの方々こそ誘拐犯と思えてしまったのでしょう。ならば逃げても仕方ないことかと」

「女王陛下の護衛隊を誘拐犯と間違えるとかありえないだろ……」

「そんなこと言われても女王様とも護衛の人だとも知り得なかったんですし……。だから俺からしたらあの人達は女の子を浚って逃げられた誘拐犯にしか見えませんでしたし……」

「まぁ、お互いを誘拐犯と思うには十分な状況なだけに致し方ないかと。護衛隊の方々からすれば見ず知らずの人間が近くにいて誘拐犯と言われてはそう思うでしょうし、ヤマル殿からすれば女王様が後ろに隠れてしまった状態言われてはこちらも同じことを思ったはずです」


 つまり誰が一番悪いかと言えば誘拐犯なぞいないのにそんなことを言った女王自身になる。

 護衛隊は職務遂行のために女王を護ろうとした結果少年を襲おうとし、少年は女の子を守るために逃亡を図った。

 なるほど、これなら確かに辻褄は合う。が、なんだろうこの釈然としない気持ちは。


「と言うかよく逃げれたな」

「死にたくないために必死でしたからね……」


 そのときの事を思い出してか、どこか遠い目をしながら少年は先ほどの続きを話し始めた。



 ◇



「ゆ、誘拐犯!」


 背後のレーヌがそう叫ぶと同時、男たちが帯剣してる剣を抜刀した。

 どう考えても殺気立っているのが分かる。と言うか目に見えて殺してやるぞと言う顔をしていた。

 目撃者は殺す、などと言うどこかのドラマでありそうな物騒なセリフが頭を過ぎる。


「ポチ!」

「わうっ!!」


 以心伝心。こちらのしたいこと、言いたいことが伝わるのは本当にこのようなときは助かる。

 自分の意思を汲み取り、ポチが前に出ると同時にその体が一気に膨れ上がる。

 そして彼らの目の前に現れるのは細部が若干違うものの成体の戦狼である。


「う゛ぅ……!」

「バ、戦狼バトルウルフ!?」

「馬鹿な、なんでこんな街中で!?」


 その光景に男達の歩みが止まる。

 この街にもし住んでいるのだとしたらポチのことは知っていて当然になる。

 何せ目立つ上よく主人の自分が依頼で街中にいる為に一緒について回っているからだ。一時期物凄く噂にもなっていたし。

 どこから来たか不明だが、少なくともこの誘拐犯らは外の人間であるのは間違い無さそうである。


「レーヌ、耳塞ぐよ」

「え……?」


 やや強引にレーヌの手を解いては彼女の方へ向き直る。

 そして左手をポチに当て、右手は彼女の頭を巻く様に抱き寄せ腕と手を使い二つの耳を塞いだ。


「《生活の音ライフサウンド》」

「ワオオォォォーーーー!!」


 ポチの《咆哮ハウル》、それも《生活の音》で音量を増幅されたそれはさながら一種の音波兵器に近い。

 あまりの音量に大気が震え、目の前に居た男たちが思わず耳を塞ぎ顔をしかめる。中には持っていた剣を落とす者もいた。

 ……うん、この辺の住人には後で全力で謝っておこう。


「ちょっとごめんね」

「わ、わ……!」


 レーヌの腰に手を回しそのまま抱えあげると、ポチが伏せの状態で体を下げて待っていてくれた。

 戸惑うレーヌを自分の前に座らせ同じようにこちらも跨ぐとポチは力強く立ち上がる。


「ま、待て……!」

「《生活魔法+ライフマジックプラス火と水ミスト》!」


 本来は室内乾燥対策程度の蒸気しか出ない《火と水》。

 しかしポチの《魔法増幅ブーステッドマジック》で強化されたそれは彼らを中心に周囲を一気に濃霧で覆い隠す。


「ポチ、一気に叩くよ!」

「わう!」

「くそ、全員構えろ! 来るぞ!!」


 霧の中から男達の焦る声と何か動くような音。

 《咆哮》の行動阻害と《火と水》のあわせ技で向こうは迎撃態勢を取ってくれたようだ。

 ……狙い通りである。悪いがそのまま少しでもじっとしててもらおう。


「《生活の音》」


 小声で魔法を使い《魔法増幅》で範囲を拡大、こちら全員を消音モードにする。

 流石に相手の目を塞いだとは言え戦うつもりなど毛頭も無い。逃げの一手に尽きる。

 そのまま相手と反対方向に一目散に撤収。ポチは塀などを足場にし家屋の屋根の上に器用に飛び乗った。

 一匹と二人が屋根伝いにかなり速い速度で街を駆けていく。

 ぶっちゃけすっごい怖い。屋根から屋根へ飛び移るときなんて何かこう内臓がきゅっとくる感じがする。


「ポチ、踏み外さないようにお願いね」

(わう!)


 《生活の音》の範囲をポチだけに縮小する。

 普通ならこんな大型犬以上のものが走ってたら激しい音がするのだが、魔法のお陰で無音で走る姿はさながら忍者のようだ。


「レーヌ、大丈夫?」

「う、うん。色々びっくりしたけど……」


 落ちないよう片手は彼女を抱くように手を回し、レーヌも自分で支えるようこちらの腕をしっかりと握っていた。

 そのまま彼女は顔動かしこちらを見上げるような形を取った。


「おにいちゃん、さっきのカッコ良かったよ」

「はは……ありがと。でもカッコ良い人はこうやって逃げずに戦って勝って護ってくれる人のことだと思うよ」


 自分なんて戦う意思すら最初から持ち合わせていない。どうやって逃げるかしか考えていなかった。

 もし自分とは逆にかっこよく戦うとしたら、適当な人物としてならセーヴァ辺りになるだろう。

 彼なら複数人でもかっこよく立ち回りそして勝利するイメージが何故か湧いてくる。まぁ元勇者らしいしそれぐらいやってのけるイメージがあるからかもしれない。


「ポチ、そのまま兵隊の屯所行って」

「え? おにいちゃん、それって……」

「流石に事が大きいからね。ちゃんと保護してもらわないと」


 こんな状態では流石にお願いも聞いてはあげれない。

 俯きしょげるレーヌを見下ろしながらそのままポチを屯所まで走らせる。

 屯所に着くまでの間、レーヌはずっとこちらの手を強く握り続けるのだった。



 ◇



「で、そのまま屯所行ったんですよ。そして事情話してて調書とってたらいきなりさっき撒いた人たちがやってきまして……」

「あぁ、その辺はこちらも聞いてる。恥を忍んで応援呼ぶつもりで行ったらお前と女王様居てびっくりしたと言ってたな。そしてそのまま兵士らをけしかけられたと恨んでたぞ」

「いやまぁそりゃ誘拐犯って思ってましたし……」


 屯所でのことを思い出し今だからこそ流石に申し訳なくなってくる。

 一緒にいた兵士の人たちに『この人たちが誘拐犯です!』と言ってしまったのだ。

 後は言うまでもなく現場は大混乱である。追いすがろうとする護衛隊を兵士隊が止め、自分達は促されるまま裏口から脱出したのだ。


「そしてヤマル殿はその後はどちらに?」

「兵士の人らに裏口から逃がしてもらいまして、そのまま女王様背負って王城の方に走りました。ポチには仲間の子呼んでもらうようその場で別れてますね。王城まで近かったので一気に走って女王様を保護してもらい、その後に襲われたく無いと思って護衛として呼んでもらったのですが……」

「後はこっちも知っての通りか」


 城門が見えて駆け込もうとしたとき、こちらに立ちふさがるように漆黒の鎧を纏ったサイファスが現れたのだ。

 そして彼の後ろから兵士たちがこちらを取り囲むように陣形を組む。その中には誘拐犯と思っていた人たちもいた。


「屯所以外にも王城にも連絡をしたと聞いております。応援を呼んだ護衛隊に引き連れられたサイファス殿とそこで鉢合わせしたわけですな」

「えぇ、彼にレー……女王様を引き渡してほっとしてたらそのまま捕まりました。あっちに誘拐犯居るのに何でとか頭の中ぐるぐるで、あれよあれよと言う間に地下牢に……って感じでした」


 そして現在に至る、と言う訳である。

 捕まった後のことはあちらも知りえてる情報だからこれ以上言うことはもう無かった。


「隊長殿、どうですか? こちらが視た限りですと嘘偽りは何一つありませんでしたが」

「あぁ、護衛隊との話とも辻褄が合うな。後は話聞くとしたら女王様と護衛のやつらからもう一度ってとこだろうが……」


 隊長を見るとなんというか……あぁ、この顔あれだ。上司にあまりよろしくない報告をする前の部下の顔。そんな顔をしていた。

 

「えーと……この場合どうなるんですか? 解放してもらえます?」

「まぁ……そうなるだろうなぁ。とは言えまだ確認することもある。容疑はほぼ無いが今すぐってわけにはいかないが」


 こちらの問いかけに物凄くばつの悪そうな顔をする隊長。

 一番トップがそもそも原因だったとすればそんな顔にもなろう。子どもだから仕方ない、で済ますには些か大きすぎる話になってしまっている。


「まぁこのまま有耶無耶の線が濃厚でしょうな。もちろんヤマル殿には何かしら補償がつくでしょうが、それで手打ちにしてくださいと達しが来るかと」

「その辺でしょうねぇ。女王様がやらかしたとか言えないでしょうし……と言うかそもそもなんで街にいたんですか? 視察?」

「あ~……まぁもう無関係じゃないからいいか。正確にはまだ女王ではないんだよ」


 女王になること自体は確定はしているが、戴冠式はまだやってないので正確には女王予定とのこと。

 他の領地に居た唯一の血筋の貴族の子、それがレーヌだった。

 とは言えレーヌ自身は血は一応流れているが本当に一応程度である。家系図を遡れば王の祖父の血縁者の~……ぐらいになり、そこまでの力など持っていなかった。

 そもそもあの一件があるまでは王は存命、子どもも複数いて王位もその子達から……と皆が思っていたのである。王や王妃の年齢を鑑みても新しい子どもだって生まれてもおかしくは無い。

 そんな完全に蚊帳の外で王族としてではなく貴族として育っていた子が、今回の一件で一気に国のトップになった。

 もちろんそんな子が政治など出来るはずもないので、もうしばらくは国王代理が摂政となって舵取りするらしい。

 この辺もかなり揉めたそうだが、各領主が互いにけん制し仮に摂政になっても私腹を肥やしづらいこと、国王代理のやつれ具合から激務が想像されること、そもそも仮に恩恵受ける場合自分ではなく子か孫の代になりそうで自身への旨みがなさそうなことなどがあり、結果一線を引く予定だった一番無害な国王代理がそのまま推される形になった。

 あいつなら誰かを贔屓目に見ることはないだろう、と言う信頼の証と言われているが、半分は押し付けられたとも取れなくは無いそうだ。

 ともあれレーヌはそれにより領地から王都へと移動。城門過ぎた辺りで街を歩いてみたいとの願いを聞いて馬車から降りたところをそのまま逃げられたのが今回の始まりらしい。


「……なんで降ろしちゃいますかね。と言うか何故逃げきれたのか……」

「あちらでは女王様は領地では後妻の子でな。父親が王族の家系だったんだがすでに病死しており、そのせいか再婚先の家ではとても良い子だったらしいらしいんだ。子どもとしては不憫に思えるぐらいに良い子、だぞ? そんなのをいつも見てた護衛らがここに来て久しぶりに見せた子どもらしいお願いとあったら……なんだそうだ」


 良い子と思ってたら中々やんちゃな子どもだったようである。

 もしかしたら本来はもっと活発な子なのかもしれない。自分が昨日見ただけだと良い子と言うよりポチと遊ぶ元気な子のイメージが強いし。

 だから今回も護衛らから逃げられたのだろう。そもそも良い子で通ってるのなら勝手にどこか行くという選択肢がそもそも無いし、そんな心の隙を突かれたのかもしれない。


「ともあれ補償について何かご希望ありましたらこちらからも可能な範囲でしたら口添えしておきますが」

「え、う~ん……じゃぁ三つほどいいですか?」

「三つもか? あまり欲張ると逆に痛い目みるぞ?」

「別に欲張る内容じゃないんですけどね。とは言えそちらの協力がないとちょっと難しいので……」


 希望する内容。

 まず一つ目は自分が拘留中に稼げるはずだったお金の補填。これは自分のパーティーの普段の金額から日数分で計算すること。

 また昨日そのまま捕まったため仕事自体は終わってたものの最後の報告が出来ていなかった。

 そのために依頼主である商店主の人にその辺りの事情をしっかりと言ってもらい、こちらに落ち度が無かったことを証明してもらいたい。

 二つ目は現在国王代理……もうすぐ摂政になるあの人への手紙を出しているので、その受理を早めてもらいたいこと。

 もしくは三十分ほどでいいので謁見の時間が欲しい。話す内容に関しては手紙通りなので先に見てもらえれば話自体もすぐ終わるし。


「まぁ一つ目は当然でしょうし二つ目もそこまで難しくはないですかな」

「それで三つ目はなんだ?」


 最後のお願い。可能か不可能かなら多分後者だろう。

 実際ただのおせっかいも良い所の話だ。でもやっぱり責任はどこかで取らなければならないだろう。


「レーヌ……女王様に自分の立場を分かってもらいたいです」


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