第36話 チカクノ遺跡1
チカクノ遺跡が初めて発見されたのは数十年前のことだ。
当時とある冒険者パーティーがこの辺りでキャンプをしたとき、地面に埋まる何か硬い板のような物を発見した。
石でも鉄でもないそれらは冒険者心を擽るには十分な魅力があり、彼らの音頭の下で最初に発掘されたのが遺跡の入り口である立方体の建物だ。
その後調査が進むにつれ人が増え、物流が増え、ちょっとした町並みになるまでにそう時間はかかることは無かった。
そして出来上がったのがこのチカクノ遺跡である、と言うことを先ほど自分にゲームでボロ負けしてた研修生の一人が得意気に教えてくれた。
そして現在、馬車から見るチカクノ遺跡は遺跡の入り口を中心として周りに店舗などを建てた構造になっていた。
更にその外、町の外周には王都ほどではないにしろ外壁に囲まれている。
流石に王都に比べれば当たり前だが人は少ない。
そして見える範囲だが、その道行く人も王都とは違っていた。パッと見でも分かるがまず冒険者や傭兵など物々しい面子は殆どいない。
代わりにに学者風の人と商人のような人、そして観光客風の人が多いのだ。やはり発掘されてから大分経っており、同業者としては旨味があまりないせいかもしれない。
「うー、お尻痛い……」
そんな中、自身の尻を擦りながら馬車を降りる。
木の板の長椅子、衝撃を吸収しない荷台。そんな馬車に数時間も座っていたら流石にお尻が痛くなってしまった。
まぁ乗合馬車に快適性を求める方が間違ってるかもしれないが……。
「大丈夫?」
「馬車乗ったことなんて無かったからなぁ。多分その内慣れると思うけど……」
お尻擦るのも程々にして降りた場所から辺りを見回す。
馬車は丁度町の中心部、つまり遺跡の入り口の近くで止まったようだ。ぐるりと柵に囲まれた長方形の倉庫のような建物、あれがチカクノ遺跡の入り口なんだろう。
見張りの兵士が数人、それと学者風の人が何人かいるのが見える。
「やっぱり最初は宿?」
「そだね。流石にパーティー組んで初日に野宿は避けたいし……」
と言うわけで馬車の業者の人に宿の場所を教えてもらった。
そう大きい町ではないため程なくして宿に到着したのだが……。
「ごめんねぇ、個室もう一部屋しか残ってないのよ。後は大部屋で他の人とになっちゃうけど……」
宿のおばちゃんが頬に手を当て困ったように答える。
この町の特性。それは学者が集まるため個室よりも情報交換などをしやすい大部屋が好まれる傾向にあった。
その学者もすでに発掘され研究も随分進んだここに来るのはどちらかと言えばまだまだ若い人ばかり。
金銭的にも上位の教授と違ってあまりないため、大部屋の値段の安さと情報交換の場が同時に与えられる存在は彼らにとってはまさに理想だったのだ。
更に間の悪いことにこの時期は馬車で会ったような研修生たちがやってきており、大部屋は男子がほぼ占拠、少なめな個室は女子が使っているとのこと。
それもその個室ですら二、三人が相部屋で使ってる始末である。
一応自分等のような突発組の為に空き部屋少数は残しているのだが、それも埋まり現在残りの空き部屋は一つしか無かった。
「んー……じゃぁ俺が大部屋でコロは個室で。あ、ポチはそっちで寝かせてあげて」
「ちょ、ダメに決まってるでしょ! 護衛の観点から見てもヤマルが個室で寝るべきだよ」
「でも女の子に男子の部屋で雑魚寝させるわけにもいかないでしょ……」
流石に馬車にいた子たちがコロナに何かできるとは思えないが、かといってあまり変な目で見られても困る。
その点俺なら同性だから割と気楽なもんだ。もちろんコロナの言うように護衛観点からすればあまり良くないんだろうけど……。
「えー……どうします? もしお二人がいいんでしたら個室を相部屋にしますけど……」
「いえ、むしろそれ一番ダメですって……」
おばちゃんの提案に手を横に振って否定の意を示す。
流石に男女同室はダメだ。間違いを起こすつもりはないし起きる事も無いけど世間的にダメだろう。
付き合ってたり結婚してるならともかく、いくら仲間とは言えまだ組んで片手で数えれる日数すら経ってない。
そんな二人が一緒の部屋とか流石に……。
「ん~……じゃぁそれでお願いします」
「は? ちょ、コロ何言って……!」
「何言っても何も、一緒でも良いってことだよ。そもそもね……」
ずい、とこちらの眼前に右手を突き出すコロナ。その手は人差し指が一本立っている。
「まず第一にさっきも言ったけど護衛の観点からすればなるべく近くがいいの。もちろん隣り合う部屋があれば一番良いのはわかるよ? でも現状無理なんだし離れたりするのはちょっとね」
「いや、それは分かるけど……」
しかしこちらの声を遮りコロナが中指を立て第二に、と言葉を続ける。
「そもそもどこかで同室は経験しなきゃって思ってたの。もちろんこんな早いのは予想外だけどね。これから長い付き合いになるんだし、毎回毎回別室になれるとは限らないでしょ? 空室状況しかり、金銭的に余裕無くなるかもしれないし」
「まぁ……確かにその可能性はあるけど……」
「それに野宿だって考えられることだよ。外にいるときに私と離れて寝るつもり?」
それを言われたらもはやぐぅの音も出ない。この世界の夜、外で俺が一人で寝たら翌朝迎えれてるなんて保障はどこにもない。
そうならないための護衛、そのためのコロナ。
それは分かっちゃいるんだけど……。
「ヤマルが私のこと気にかけてくれてるのは分かってるしもちろんそれは嬉しいよ。でも同じぐらい私もヤマルのこと気にかけてるからそこも分かって欲しいな。まぁそれに……ちゃんとヤマルのことは信じてるからね」
そんな真っ直ぐな目と笑顔で言われたらもうこちらが折れるしかなかった。
まぁコロナは前に下着見られるの嫌がってたぐらいだし、俺に対しての羞恥心は間違いなく持ってる。
なら向こうから寄ってくることもないだろうしこちらがバカなことやらなければいいだけだ。
……やったところで一撃でノされるのは目に見えているが。
「分かった、コロの言う通りにしよう。すいません、そう言う訳で個室で二人お願いします」
「分かりました。じゃぁお布団は後でご用意しますね」
変に勘ぐらないあたり良いおばちゃんのようだ。うちの女将さんだと枕だけ用意するわね、と言い出しそうだし。
しっかし……。
(信じてるからね、かぁ)
コロナが言う程そこまで良い人でも聖人君子でもないんだけどな。
そもそも別室云々だって変な考えですら起こしたくないからだったし。第一年頃の女の子が同室にいる時点で意識すんなって方が無理な話だ。
落ち着いていれるのはよっぽどモテたやつか遊んでた奴かそれとも同性がいいやつか、はたまたそっちの欲がなくなった人ぐらいだろう。
俺みたいな基本異性との付き合いが薄い人間ではそうそう落ち着けるものではない。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
とは言えあんな真正面から言われたらまぁ、信頼には応えるしかないだろう。
そもそも信じてるなんて言われたの生まれてこの方初めてのことだ。それを裏切るようなことはしてはいけない。
多分裏切ったら今後信頼を向けられる度に罪悪感が付き纏うことになる。
「とりあえず少し町歩こうか。日暮れまでまだ時間あるし」
ただ今のこの心理状態で部屋に二人きり……いや、ポチがいるけど、一緒にいるのはあまり良くないと判断。
おばちゃんに宿代を先に支払い、明日の下見と頭を少し冷やすのも兼ねて外へ出かけることにした。
◇
そしてその夜。
すでに夜の帳は降り皆が寝始める頃。部屋の外ではまだまだ元気な研修生たちの声が聞こえるが、この部屋ではすでに就寝モードに入っていた。
娯楽が少ないこの世界にとっては夜更かしすることは余りない。早く寝て、早く起きる。冒険者なんかは特に朝一の依頼争奪戦の為には必須の生活習慣だ。
そんな冒険者であるはずの自分だが……。
(寝れない……)
同じ部屋のベッドで寝ている相方がどうしても気になる。一応こちらの布団はベッドと離してはあるが、同室と言う環境の前では多少離そうが焼け石に水だった。
最初ベッドか布団かでやはり揉めたが、ここはこちらの意見を通してもらった。流石に疲れを取るなら自分よりも能力の高いコロナの方を万全にすべきだと主張したためだ。
さて、そんな相方であるコロナはこちらの心情もどこ吹く風と言った様子で小さな呼吸音だけが聞こえてくる。
ちなみにポチはコロナの布団の中だ。ここからでは見えないが……。
(疲れてはいるんだし明日も動くんだから寝ないとダメなんだけどなぁ)
『風の爪』との二泊三日野宿の旅、そして翌日の長距離移動。体に疲労が溜まっているのは分かるが、どうにも目が冴えてしまう。
眠れぬまま何度目かの寝返りを打つと、寝ていたと思っていたコロナから声が掛かった。
「……寝れないの?」
「ん、ごめん。起こしちゃったかな? ……まぁ体は疲れてるしそのうち眠くなると思うよ」
もちろんそうなったらいいなと言う希望だが。
寝なきゃダメと分かりつつも意識すると寝れなくなる悪循環である。
「ヤマル、ちょっとお話しよ。そのうち眠くなると思うよ」
「……そうだね、じゃぁ少し相手してもらおうかな」
コロナからの提案、どうせこのままじゃ眠れそうにないしその言葉に甘えさせてもらうことにした。
そしてゴロン、と仰向けになり薄暗い天井を見ながら何を話そうかと思う。
……こんな風に脳使ってるから余計寝れないような気もするけど。
「何話す? 聞きたいことでも良いけど」
「そうだなぁ……。じゃぁコロの、と言うより獣人のこと聞いてもいい? 会った事あるのコロしかいないし、どういう人らなのか全然知らないんだよね」
正直傭兵ギルドでコロナに会うまでは獣人の存在すら知らなかった。
王都でもたまに見かける、なんて言う人もいるけど、少なくとも自分は見かける機会は無かった。
「んー……そうね。私はヤマル達と違うのって耳とか尻尾とか特徴なんだけど」
「うん」
パッと見で分かる一番の違いはやっぱりそこだろう。
正直頭洗うときに耳に水が入らないのかとか、仰向けのとき尻尾がどうなるかすごく気になる。
「同じ種族の中にはもっと獣寄りの人もいるよ。耳だけじゃなくて顔も犬っぽい人とか。獣人の私から見たらそう気になるものでもないんだけどね」
「へぇ、それ聞いてて良かったかも。知らなかったらきっと驚いたと思うし」
つまりコロナの様な耳と尻尾のような人も、二足歩行で歩く獣のような人も全部ひっくるめて『獣人』ってことか。
見た目で結構違いはあるけど、コロナの言い分だと自分が感じてるような『違い』は無いんだろう。
人間に例えると肌の色とかその辺と思えばいいのかもしれない。
「じゃぁ例えばその獣寄りの人とコロみたいに人間寄りの人でも普通に結婚したりはするんだ」
「うん、そうだね。割と普通かな」
「その場合子どもってどうなるの? やっぱどっちも?」
自分の中では獣寄りの因子が強そうだからそっちが生まれやすいような気はする。
「そこが良く分かってないんだけど……。例えば私みたいな人寄りの夫婦同士でも獣寄りの子どもが出来ることもあるし、その逆もあるの」
「そうなんだ、まぁ人体の神秘みたいなもんかな。あ、じゃぁ例えば別の種族の場合ってどうなるの? 例えば人と獣人とか。あと獣人同士でもコロみたいに犬系と別のタイプの人とか……あ、もし他種族とはダメとか禁忌みたいとかだったら言って。その辺疎くて……」
他種族との婚姻がダメなんてのは良くある話。場合によっては禁忌なんてこともままある。……まぁ小説とかの受け売り知識だが。
慌てて付け足した言葉に対しコロナの方から少し笑い声が漏れたのが聞こえた。
「ん、大丈夫だよ。まぁ基本的には夫婦どちらかと同じになるの。例えば人間と獣人だったら生まれてくる子は人間か獣人。私みたいに犬系と相手が猫系だったら、犬系か猫系の獣人だね。他の亜人種でもそれは同じみたい」
つまりハーフは存在しないってことか。まぁ下手にいたら迫害とかありそうだし、この世界での出生の法則は結構優しいのかもしれない。
そう言えば亜人種ってことはエルフやドワーフなんてのもいるのだろうか。
……もしそっちに行くことになったら交流してみたいなぁ。辿り付けるかどうか怪しい気もするけど。
その後も三十分ほど他愛のない話をしたり、明日からの話を交えているといい感じに意識がまどろんできた。
やっぱ疲れてるのもあるが、こうして話をしている間に意識しない状態になったのが大きいんだろう。思わず出たあくびをかみ締める。
「良い感じに眠気来たんじゃない?」
「そだね、このまま寝かせてもらうよ。コロ、付き合ってもらってありがとね」
布団を頭まで被り目を瞑っては視覚情報を完全にシャットアウトさせる。
「ん、おやすみなさい」
「おやすみー……」
大きく息を吐くと意識が徐々に遠のいていく感覚。
私も寝れるといいなぁ……と彼女が小さく呟いたのを聞くこと無くゆっくりと意識を手放していった。
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