第35話 次なる目的地
『えー、だってコモンなんか入れたら負けるじゃんかー。そっち入れてやれよー』
『クジで決まったんだからしょーがねーだろ。ほら、あっち行けよー』
『ちぇー。おい、皆の邪魔するんじゃねーぞ!』
――コンコン。
『パッとしない子ねぇ。同期の優くん、来年課長かもなんて言われてるのにねぇ』
『私、地元の子に聞いたんだけどさ。ほら、崩して読むとコモンとノーマルって読めるじゃない? 結構疎まれてたとか……』
『うわー、名前通り外れってワケね。そりゃ課長からよく怒鳴られるわけだ……』
――コンコンコン。
『ヤマル、起きてるー?』
――コンコンコン。
『ヤマルー? あ、女将さんおはようございます。ヤマルなんか起きてないみたいで……はい、わかりました』
…………。
「ほら、ヤマル。起きようよ。朝だよ?」
「んー……」
ゆさゆさと体が揺すられまどろんだ思考が徐々にはっきりとしてくる。
だがまだ眠い。抗いがたい朝の五分間。もう少し……。
「ヤマルってば、もー……。ポチちゃん、ごー」
「わぅっ!!」
ボスン、とお腹の上に何かが乗る。何かはそのままゴロゴロと右に左に動いていたが、しばらくすると飽きたのか大人しくなった。
これでもう五分は寝れ……
「ほら、起きた起きた」
「うわっ!?」
いきなりの浮遊感と続けてくる体への衝撃、そしてバターン!と朝から部屋に響く騒々しい音。
寝ぼけた頭がベッドから落ちたとだけ伝えてくるが訳が分からない。
「おはよ。目が覚めたならご飯行こ?」
目を開け体を起こすとそこにはベッドの片側を持ち上げていたコロナの姿だった。
半ば呆れた表情で彼女はベッドを元に戻すと一緒に落ちた枕やシーツ(+ポチ)をベッドの上に置きなおす。
「……どうかしたの? まだ眠い?」
「あぁ、いや……」
そう言えば昨日からコロナは隣の部屋に宿泊してるんだった。
同じパーティーと言うことで一緒の宿が良いと言う話になって女将さんに頼んだのだ。でも確か部屋の入り口には鍵が掛かってたはずだが、もしかしたら女将さんが開けたのかもしれない。
それにしても……。
(やな夢見たなぁ……)
子どもの頃の夢と割と最近の夢だ。見たのはこの二つだが他の年齢も概ねこんな感じになったことは多々ある。
社会人になってからは仕事が忙しくて昔のことなんて振り返ることすらなかったはずだが、ここにきてあんな夢を見るなんて。
「大丈夫? もしかしてどこか打っちゃった?」
中々立ち上がらないこちらを見かねてか、コロナがいつの間にかこちらの顔を覗きこむようにしゃがんでいた。
心配そうな顔をしているコロナに大丈夫と告げてはゆっくりと立ち上がる。
「んー、幸せだなぁって思って」
「……幸せ?」
「そ、幸せ。何かこう、今みたいに何気ないことでもそう感じたからね」
ふぅん、と彼女は良く分かってないようだったが、とりあえず目的である自分が起きた事に満足したようだった。
下で待ってると告げては部屋を出て一階の方に向かっていく。
(まぁ実際そうだよなぁ)
一ヶ月前の自分に『お前、一ヵ月後に犬耳尻尾がついた可愛い女の子に朝起こしてもらえるぞ』なんて言っても絶対信じないだろう。むしろ頭がおかしい人認定されてしまうに違いない。
そんなぼっちまっしぐらだった自分が何をどうやれば女の子に、しかもマンガやラノベでしかいなさそうなケモミミに起こしてもらえると思えるのか。信じろと言う方が無理である。
……まぁその代償として死に掛けたり色々危ないことはしているんだが。
「とりあえず準備するか……」
折角起こしに来てくれたのにあまり待たせるものじゃないだろう。
手早く着替えを済ませ、彼女の待つ一階へと足早に向かうことにした。
◇
「遺跡なんてどうかな?」
朝食の最中のことだった。
今日の仕事はどうするか、どこか行きたい場所なんてあるか。などとコロナと相談していると、彼女からそんな提案が持ち出された。
「遺跡?」
「うん、遺跡。ヤマルは遺跡って知らない?」
知らないと答えるとコロナはざっくりではあるものの遺跡について教えてくれた。
遺跡とは前時代の滅びた廃墟のことで、主に地面の中から発掘されたりするらしい。
遺跡そのものは国の内外でいくつかすでに見つかっており、その中の一つが王都の近くにあるとのことだ。
「チカクノ遺跡って言うんだけどどうかな?」
「うーん、確かにそそられる部分はあるけど何かメリットあるの?」
もちろん、とコロナが首を縦に振る。
冒険者にとって遺跡とは一攫千金のチャンスの代名詞でもある。
そもそも遺跡は各地に点在し、まだ見ぬものも数多く埋まってるのではないかと言われている。
そんな遺跡を最初に見つけることが出来れば国より褒賞がもらえるとのことだった。
とは言え今回行くのは王都より近い遺跡、それもすでに見つかってから数十年以上経っている。
目新しい発見はもはや無く、今は国の考古学者らと観光客が行く場所になっているとのことだった。
「それってコロが見に行きたいだけじゃ……」
「んー、まぁそれもあるかな。でももし何か新しい発見あれば一山だし、今後遺跡調査の依頼もあるかもしれないし。どんな感じかは一度やっておいてもいいと思うよ」
まぁ確かに今後何があるか分からないなら練習として行くのもありと言えばありか。
それにこの世界の前時代の遺跡とか少し興味がある。あっちで遺跡と言えば風化したものが主流だが、ピラミッドやパルテノン神殿のように荘厳なものもあるかもしれない。
「ん、じゃぁそのチカクノ遺跡ってとこに行こうか」
「うん!」
◇
「おはようございますー」
いつも通りの時間の朝の冒険者ギルド。やはり通常依頼が一番多く張り出されるこの時間。
相変わらずギルドに入るときに挨拶を言ってしまうのは、一度染み付いた社会人の性なのかもしれない。
だがそんな挨拶も朝の喧騒の前では容赦なく掻き消える。無論誰も聞いてはいない。
しかしそれはもはや当たり前なので特に気にすることも無くコロナと共に中へと入る。
「ここが冒険者ギルド……」
「あれ、来たこと無かったの?」
「うん、ずっと
意外だなぁと思いながら受付の方へ行こうとして気づく。
先ほどまでの喧騒が殆ど消え、大勢の冒険者がこちらを見ていた。
その視線は何か珍しいものを見るような……いや、敵意と言えばいいのだろか。自分では正確には見抜けないが、あまり好意的ではないのだけはわかる。
「……ヤマル、何かしたの?」
「した……かなぁ?」
流石に自分でも感じてるぐらいだ、彼女がこの視線に気づかないわけが無い。
でも何かしただろうか。感じ的には
だけどやったと言えば昨日はラッシュボアぐらい。あれも大変だったが『風の爪』との共同戦果なのでそこまで目立ったものでは……。
「……?」
「あー……」
目の前に一番目立つ存在がいた。
女の子で獣人、しかも毛がピンクの明るい色。この世界基準では分からないが少なくとも自分の中では可愛いと思う。ダンも昨日そう言ってユミネに粛清されてたし。
独身貴族が多い冒険者にとっては、最弱一直線の自分が女はべらせてるように見えてるのかもしれない。
……うん、あっちの立場なら多分自分もいい気持ちはしないだろう。ここまであからさまにはしないけど。
「コロ、俺をちゃんと守ってね?」
「……? う、うん」
良く分かってなさそうだがとりあえず頷いてくれたので改めて受付の方に向かう。
近づくにつれ男性職員の表情がものすっごいニヤニヤしているのが分かった。何考えてるのか分かるし言いたい事も分かるが、できればその『面白いもの見つけた』と言わんばかりの顔は止めていただきたい。
「よぉ、デートか?」
「なわけないじゃないですか……。流石にデートで
「はっは、確かにな。今日はどうした?」
今日ここに来た理由はチカクノ遺跡に行くのでそれの連絡だ。
チカクノ遺跡はその遺跡を中心にした宿場町みたいになっており、数日間そちらに行く予定なので何かあったときのためにギルドが居場所を把握しておきたいらしい。
もちろんこれは義務ではないが指名依頼があるような上位パーティーの居場所を把握するために重宝されている。
自分はそんな指名が入るほどではないが、なるべくして欲しいと言うことなので連絡に来た次第だ。
「チカクノ遺跡に行くんだな。まぁそう危険もないし良いんじゃないか。……で、その子は?」
「ほら、前に傭兵雇ったらって教えてくれたじゃないですか。あっちで仲間になってくれた子ですよ」
「あぁ、あの時のか。お嬢ちゃん、名前は?」
「あ、コロナです」
「コロナちゃんな。しっかりこいつ見張っておいてくれよ。何せ少し目を離したらすぐ死ぬかもしれんからな」
かなりひどい言われようだが事実なだけに何も言えない。
横を見るとコロナもなんとも言えない笑顔で曖昧に返していた。多分反応に困ってるんだろう。
「んでパーティー名どーするんだ?」
「……え?」
「え、じゃなくてパーティー名だよパーティー名。お前らがちゃんと組んでるってことを周りに知らせるためにもパーティー名は必須だぞ」
パーティー名……正直名前をつけるのは苦手なんだよなぁ。
ポチのときは本人?が気に入ったからそのまま採用したが、パーティー名となると適当につけるわけにはいかない。
「……コロ、どう思う?」
「え、ヤマルのパーティーだしヤマルの好きにつけたら良いと思うよ」
だよなぁ、一応このパーティーで冒険者ギルドに登録してるのは自分のみ。
そこにコロナが傭兵として加わってる形なので、実質リーダーは自分と言うことになる。
うーん……名前名前……。
「……よし」
まだ日は浅いものの今まで歩んできた冒険者生活を思い出しその名を職員に告げる。
最初から最近までずっと世話になってきた人を思い出し、その事をずっと忘れないようにと願いを込めて。
「『風の軌跡』でお願いします」
◇
「どうして『風の軌跡』って名前にしたの?」
ガタゴトと揺れる乗合馬車の中。チカクノ遺跡まではまだ時間があるためコロナと話しているとそんなことを聞かれた。
「昨日一緒に打ち上げしてた人たちさ、『風の爪』ってパーティーなんだけど」
「うん」
「リーダーのラムダンさん、俺が冒険者始めたときから色々お世話になってるんだよね。もちろん最初は依頼って形だったけどそれから何度も気にかけてくれたし、この間も一緒にって誘ってもらってさ。だから俺はあの人らの後ろを、つまり『風の爪』の軌跡を歩いてるようなもんだからその名前にしたんだよ」
弟子を名乗るつもりはないが、彼から基礎を学んだ自分は『風の爪』の得た知識や経験を教えてもらったことになる。
彼らに感謝と初心を忘れないようにと言うことでその名前にしたのだ。
……まぁ跡と言うなら『爪跡』なんてのもあるが、自分にそんな荒々しい名前が似合うとは思えないので却下した。
「……やっぱ変かな?」
「ううん、良いと思うよ。私は好き」
……褒められるのは嬉しいんだけど、そうド直球に言われると恥ずかしい。ありがと、と小さく返すのが精一杯だった。
なんとも言えない空気が漂いそうになる中、不意に自分らの対面から不機嫌そうな声をかけられる。
「イチャつくんなら他でやってくれねーかなぁ。こっちはこれから研修で気が重いんだし……」
ジト目でこちらを見るのは若い男の子。歳はコロナよりは上だろうか。
横では彼と同じ歳ぐらいの男の子がうんうんと同意するように頷いている。
「別にイチャついてたわけじゃ……」
「どうせお前らアレだろ? 遺跡への観光目当てのカップル。いいよなぁ、オツムと一緒で軽いノリで行ける奴は」
カチン、と横のコロナから何かスイッチが入った音が聞こえたような気がした。
見るからに不機嫌そうになっているが、流石に怒り出すほど考えなしではない。黙ってぐっと堪えていた。
「んー……研修ってことは君達はどこかの学生か研究員?」
だがこちとら忍耐と調和特化の日本人サラリーマンだ。それぐらいの煽りではまだまだ怒りゲージは動かない。
馬車の空気が悪くなりそうで他の乗客も不安がっているし、ここは大人の……少なくとも彼らよりは大人の対応は取れるはずだ。
そんなこちらの心情など知らず、問われたことに対し何やら豪奢な刺繍が入った腕章をこちらに見せ付けてきた。
「あぁ、俺達は王立考古学会の研修生だ。どうよ、この紋章」
どうよ、と言われても真新しい腕章から新人ですよ臭しかしないんだが……。
まぁそれを言ったら再び空気が悪くなりそうなのでぐっと言葉を心の内に飲み込んでおく。
「へぇ、綺麗な腕章ですね。俺は見たことないですが……」
「そうだろうそうだろう。まぁ一般大衆じゃ中々お目にかかれないし? 見たことないのもまぁ仕方ないよなぁ」
お、機嫌が良くなってきた。やっぱり自分の誇りにしているものを褒められるのは悪い気がしないのはどこの世界でも一緒なのだろう。
予想以上にこの男の子はチョロいというのもあるが。
「お前らも俺達ほどとは言わないけどな、もう少し頭良くしたらいいと思うぞ?」
まぁこの余計な一言が無ければもっと良かったのになぁ、と思う。
とりあえず再び不機嫌になっているコロナを宥めつつ、彼らに対しちょっとした提案をした。
「じゃぁ折角その頭良い面々が揃ってるんでしたら、ちょっとゲームでもしませんか?」
「ほほぅ、いいぜ。どんなゲームだ?」
「まぁ自分の地元で少し流行ったやつなんですけどね。あぁ、別に賭けとか勝敗で何かあるわけじゃないですよ。暇つぶしがてらのちょっとした頭の体操みたいなもんです」
そう言うと手の平を上に向け《
青色の多数の光と赤色の光が一つ。車内にいた乗客――コロナも含め、皆が物珍しそうにこちらを見ている。
そして魔法を操作し彼らと自分の中間あたりに青色の光を並べる。その数、縦五列、横四列の合計二十。そしてその横に赤色の光が設置された。
「見ての通りここに青色が二十個、赤色が一個あります。この青い玉を交互に取って行き、最後に赤い玉を選んだ人が負けってことです。ただし、一回に付き最低一個、最大三個まで必ず取ることが条件です」
「なるほど、取る数は一個か二個か三個ならこっちの好きにしていいんだな?」
「えぇ、ただしそれ以外はダメですからね。ゼロも四個以上も認めません」
流石に馬車に何時間も乗っていると皆退屈になってきていたんだろう。
周りの人もこちらのゲームの様子を食い入るように見つめている。
「自分は経験者ですし、先行いいですよ」
「ほぉ、余裕じゃねーか。今に吠え面かかせてやるからな。二個だ」
指定された二個の青い玉をあちらへと移動させる。
「じゃぁ自分も二個で」
………………。
…………。
……。
「っだあああぁ! なんでだーー!!」
現在七連勝。中々の快勝である。
ちなみに怒ってはいないと言ったが内心ではムカついていた。自分だけならともかく、コロナ込みで言われたらイラっときたのは否定しない。
なのでちょっとウサ晴らしをさせてもらうことにした。このゲームには勝利の法則性があるのだが、それを見抜けなかったあっちが悪い。
まぁバレないように所々でわざと負けるようにしていたし、もちろんたまたま普通に負けることもあった。
だがそれを織り交ぜることで勝利の法則性に対する良い目くらましになっていた。
五人相手に勝率八割以上なら十分だろう。
頭が良いと自負していた面々が倒されるのが爽快なのか、コロナがものすごい得意げな表情をしている。
「まぁこの辺にしておきますか」
「あ、こら! 勝ち逃げすんな!!」
魔法を消すこちらに研修生らは抗議するものの首を横に振ってそれを突っぱねる。
「まぁ魔法じゃなくても石でも硬貨でも代用できますから練習するといいですよ。それにあれがチカクノ遺跡じゃないんですか?」
馬車の前方、丘の上にいくつかの建物が見えてきた。
道中何も問題なく進んでいたし、時間的にもおそらくあれがチカクノ遺跡だろう。
「時間切れ、ってやつです。まぁ機会があったらまたやりましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます