第27話 《薬草殺し》の実力2

 目的地である山林に入るとラムダンから隊列の指示が出た。

 ここからはいつ魔物と遭遇してもおかしくないため、相応に迎え撃てるようにとのことだ。

 今回は自分がいるため、他の五人が周りを固めるような形になっている。

 まず先頭にフーレ、その後ろに指示を出すリーダーのラムダン。

 更にその後ろに自分とスーリが並び、最後尾はダンとユミネだ。


「ダン、いつもと勝手は違うが頼むぞ」

「あいよ、任せてくれよ」


 普段はどんなのだろうと疑問に思い隣のスーリに聞いてみる。

 いつもはフーレとダンの位置を反対にして、自分の場所にユミネがいるそうだ。

 索敵役を前に出すのは基本なのだが、今回は全体的に守り重視とのこと。

 ダンを後ろに配置することでより背後からの不意打ちに備えるそうだ。


(なるほどねぇ……)


 単純にコロナを前に出せば良いと思っていたがもしかしたら悪手かもしれない。

 彼女が戻ってきたら隊列についても話し合った方がいいだろう。どのような戦い方をするかで変わってくるかもしれないし。


(とりあえず自分も索敵はしておくか)


 《生活の風ライフ・ウィンド》と《生活の電ライフ・ボルト》をいつも通り展開する。

 普段はもっと広い平野なだけに魔法が木々に干渉する反応には少し違和感を覚えるが、こればかりは慣れるしかないだろう。

 それにこれなら仮に何もなくても邪魔になることもない。

 木々の合間を縫うように風を通し、電波を周囲に飛ばしながら山道を登っていく。

 慣れぬ上り坂、皆に置いてかれないようやや足早に歩を進めていたが、しばらくすると展開した魔法に何かひっかかる感触があった。


(あれ、反応がある……?)


 小動物か魔物か分からないが、周囲には何かが魔法で感知できた。それも複数だ。

 ラムダン達は気づいているのだろうか。自分でも気づいてるぐらいだし多分気づいてると思うが……念のために聞いてみることにする。


「ラムダンさん、あの……」

「ん、どうした?」

「なんか周りにいるみたいですけど……」


 告げた瞬間、ラムダンが右手を軽く上げる。

 するとそれに合わせ自分以外の全員の足が止まり、こちらも慌ててブレーキをかけた。


「あぁ、それは」

「ダン。……ヤマル、どこにいるか分かるか?」


 何か喋ろうとしたダンを制止し、変わりにこちらに尋ねて来た。

 ……やっぱり気づいてそうだなぁ、少なくともラムダンとダンは。

 こっちは魔法で察知しているのにそれを抜きで同等のことをやってのけるのは、やはり上位の冒険者としての能力と経験の差と言うことなんだろう。


「ちょっと待ってくださいね」


 再度魔法を使用し索敵情報を最新情報へと上書きする。

 基本は《生活の電》の電波探知、物陰には《生活の風》を這わせて周囲のことはざっくりとではあるが把握は出来た。


「えーと、右前方の木の上……枝が三股に分かれてる辺りの物陰に小さいのが三匹。小動物かな……? あとは右後方……ちょっと離れるように移動してますね、多分気づいてないけど鹿っぽい感じのが一匹。あと前方左少し上あたりに斜面あるじゃないですか。ここからじゃ見えませんけど藪の中に何か動いてますね。ただ何かまではちょっと……」


 残念ながら自分の魔法で分かるのはあくまで表面上の形状だけだ。

 そしてその形状が分かる魔物なんて現状ホーンラビットぐらいである。あとはどこにでもいるスライムぐらいか。

 山の中まで入ったことがないため、初見のはサッパリ分からないのだ。魔物か動物かすら判別できない。


「上出来だ。ユミネ、追い払え!」

「ん、いきますよ!」


 全員が武器を抜刀、慌てて自分も腰からスリングショットを抜き《生活の氷ライフ・アイス》で作った弾を番える。

 そして弓が引き絞られ放たれる矢は正確な狙いで前方の木の上方、先ほど指摘した枝分かれの部分に着弾。

 狙われてると思ったのか、物陰から何か小さいものが三匹現れ、山の奥のほうへ逃げるように消えていった。


「次、後ろは無視だ。前進、左のを注意しつつ叩くぞ」


 全員でゆっくりと山の斜面を登る。そして件の藪が見えたかと思ったそのとき、何か鞭のようなものが二本こちらに向かって伸びてきた。

 それを臆することなくフーレとラムダンがそれぞれの剣で弾き返す。


「推定、リーフォルス! フーレ、行け! ダンとユミネは援護だ!」


 それだけでそれぞれがやることが分かっているのだろう。フーレが一気に駆け出しその後にダンが続く。

 ユミネが先立って矢を射るとそれを迎え撃つように鞭……ではない、それは蔓だった。二本の蔓が矢を弾き返すが、その隙をついてフーレが間合いを詰め剣を横薙ぎに振るう。

 周囲の藪ごと切られ、そこから現れたのはまるで植物の蕾が大きくなったような魔物だった。フーレに斬られたであろう箇所からは樹液のようなものが垂れている。


「リーフォルスで確定! ダン!」

「あいよっ!」


 フーレが横に飛ぶと同時、リーフォルスの蔓が彼女のいた場所を薙ぐ。しかしそれに合わせるかのようにダンが短剣で蔓の一本を斬り飛ばした。


(すごい……)


 これが冒険者のパーティーの戦い方。経験と実績、信頼に裏付けられた確かな強さ。

 個々の強さもさることながら、それぞれが出来ることを把握してるからこそなし得る動き。

 戦闘の素人でも感じられる『凄さ』が確かにそこにあった。


「ッ!? 上、何か来ます!」

「上からさっき逃げたのが来るぞ! スーリ!」


 魔法の感知に反応があり、見上げれば小さな黒い影が三つ。

 それと同時にラムダンからの指示が飛び、隣のスーリが杖を掲げ詠唱を始める。


「【風に舞う者はいつか地に伏す、今が其の時】《ウィンドフォール》!!」


 淀みなく唱えられる詠唱。

 魔法、と思うとほぼ同時に詠唱が完了し魔法が発動された。

 瞬間、頭上からまるで風の塊が落下してきたかのような衝撃。舞い散る砂ぼこりに思わず目を細める。

 そして空中にいた魔物すべてがその魔法の直撃を食らい、ベシャりと嫌な音をたてながら地面に叩きつけられた。


「ヤマル、仕留めろ!」

「え? あ!」


 呼ばれ、一瞬戸惑うがすぐにやるべきことを理解する。

 目の前に落ちた小さな――リスとモモンガを足して三倍凶悪にしたような魔物が落下の衝撃で目を回していた。

 命を奪うことへの抵抗はもちろんある。だけど――


「ッ!!」


 以前の戦狼バトルウルフで文字通り死にそうになった。抵抗しなければ間違いなく自分はここにいなかった。

 やらなければやられると骨身に染み付いたはずだ。それに躊躇すればするほど自分だけではない、今この場にいる周りに迷惑がかかる。

 様々な正当性と言う名の論理武装で心を守り、短剣を引き抜き逆手に持っては一気に魔物の喉に突き刺した。少しでも躊躇すると多分刺せないと思ったから。

 刺した瞬間の刃が肉を突き破る感触はやはりいいものではなかった。ビクン、と魔物の体が痙攣しそのまま二度と動かなくなる。


「よし、よくやった。前のホーンラビットのときみたいになるんじゃないかと気が気でなかったぞ」


 見ればラムダンが一匹を仕留め、最後の一匹はポチが自前の牙で魔物の喉元を噛み切っていた。

 口周りが血にまみれているが、魔物を咥え引きずるその姿はどこか誇らしげだ。


「まぁ、あんまり慣れたくない感触ですけどね。あ、ポチもご苦労様」


 何も言わずとも一匹仕留めにかかったのは本能か、はたまた残った一匹が主人に害をなすと思ったのか。

 ともあれ立派な成果には違いない。手を伸ばし頭を撫でると目を細め嬉しそうに喉を鳴らす。


「お、そっちも終わったか。こっちも済んだぜー」

「よし、魔石と単価が良い素材だけ剥ぎ取るぞ。そっちは任せた」

「あいよ。フー姉ぇ、手伝ってくれ」


 はいはい、とフーレが剣を納めながら草の魔物の死骸へと歩いていく。

 こちらも魔物から短剣を引き抜き、魔法でお湯を出しては刃部分についた血を洗い流した。


「ヤマル、魔石取り出せれるか?」

「まだしたこと無いですけど……やってみます」


 やり方自体は以前ラムダンに教えてはもらっている。種族や個体差はあるものの、大体の魔物は魔石を身体の中央の一番奥に潜ませている。

 短剣についたお湯を拭き取り、代わりに解体用のナイフを手に取る。魔物の身体を押さえるとまだ生暖かく柔らかい感触。

 先ほどまで生きていたと言う事実を感じながら胴体部にナイフを入れ腹を割く。

 割いた腹から臓物が漏れたことに顔をしかめつつ、意を決しその中に指を入れた。弄ることしばし、指の先端に硬いものが当たり、人差し指と中指でそれを挟んでは手を引き抜く。

 出てきたのは爪ぐらいの大きさの魔石だった。血まみれの指共々、魔石ごと《生活の水》で洗い流す。


「……初めて魔石手に入れました」

「あー、そうか。前のは確かギルドに丸ごと渡してたっけな」


 戦狼は中の魔石ごとオークション行きだ。その後どうなったかは知らないがそろそろ結果が出てもいいのではないかと思う。

 何せここの所出費が嵩んだ。二、三日空けていたりコロナへの代金、あと戦狼での防具とカバンの修理費などのせいでいよいよ金が不安なレベルまで落ちてきた。

 元々自分はがっつりと稼げるような人間ではないのだ。早いところこの状態から脱したいと思う。


「わん」

「あ、ポチは……器用と言うかなんというか……」


 ポチはポチで自分で魔物の腹を食いちぎり中の魔石だけ咥えて持ってきた。本当にこの子は出来た子である。

 持ってきた魔石を受け取り石とポチの口元も《生活の水》で血を洗い流す。流石に口元が血まみれなのはなんか、こう……見た目的に、ね。

 ある種迫力が出るのは戦狼としては正しいかもしれないが、今はまだそのままでいて欲しい。


「あれ、お義兄ちゃん。《薬草殺し》君はホーンラビットでも逃げるって聞いてたんだけど前にもう何か倒してたの?」

「む……」


 失言した、と言わんばかりにラムダンが口を噤む。

 しかし一体薬草殺しの話はどこまで一人歩きして……いや、実際逃げたのは本当だから別に間違ってはいないか。


「俺もそれ初耳だなー、良かったら教えてくれよ。あ、魔石と蔓は取ってきたぜ」


 あちらも解体が無事済んだのかダンとフーレが戻ってきた。

 どうするんですか?と目でラムダンに問いかけるが彼は首を捻り横を向く。あ、完全にこっちに丸投げだ……。


「いえ、あの、たまたまでしたからカウントするもんでも……」

「いやー、まぐれでも勝ちは勝ちだろ? ほれほれ」


 ん、言ってみ?とダンが肩に腕を回してきた。

 もう逃れられないか……ラムダン見ても『すまん』と言いたげだが、止めない所を見ると言っても問題にはならないという事だろう。

 まぁ実際ギルドに記録は残ってるしあの場にいた人間はかなりいた。あまり広めたくないのは自分のわがままでしかない。


「えーと、戦狼っているじゃないですか?」

「あぁ、いるな。俺らんときも苦労したよなぁ」

「ダン、速さが売りなのに追いつかれてボコボコにされてたもんねぇ」

「うっせ! スーリだって魔法当たらなくてベソかいてたじゃねぇか!」

「なっ!? そんなことないもん!」


 当時を思い出したのか暴露話に花を咲かせるダンとスーリ。

 ラムダンも苦労したと言っていたが、実は戦狼じゃなくて身内側で苦労してたってオチではないよな……?とついつい勘ぐってしまう。

 このまま話が流れないかなぁと期待してみるものの、フーレから援護が入り話が引き戻されてしまった。


「それでその戦狼がどうしたの?」

「えーと、ソレです」


 ラムダン以外のメンバーが一様に『何が?』と言いたそうな視線を向けてくる。


「その、魔物の初討伐が戦狼でした。一人で薬草集めてたら運悪く遭遇しちゃいまして……」

「「「「…………」」」」


 時が止まる。何を言っているのかわからない、と言うように彼らがピタリと動かなくなる。

 そしてきっかりと五秒後。 


「「「「えぇぇぇぇぇ??!!」」」」


 冒険者四人による大絶叫とも言える驚愕の声が山に木霊した。

 そりゃそうだよなぁ、誰も信じないよなぁ。そもそも自分だって未だに倒した実感なんて無いんだし。

 

「ちょ、な、は? えぇ……」

「や、だって《薬草殺し》って……え?」

「本当なんですか……? 他のパーティが助けに入ったとかではなくて……?」

「義兄さん、その様子だと知ってたみたいだけど……本当なの?」


 全員の疑惑の目がラムダンに注がれるが、彼が首を縦に振ったことで話に真実味が増す。

 そして再びこちらに向けられる目線は先ほどと明らかに変わっていた。なんというか、ものすごく珍しいものを見るような、そんな視線である。

 そんな中、フーレが何やら顎に手を当て「う~ん……」と唸っていた。

 なんだろうと思うのも束の間。


「てい」

「あいたっ!?」


 いきなりフーレの拳が鼻先に当たりそのまま尻餅をついてしまう。


「わわ、ごめん! ほんとに当たると思わなくって!」

「一体なんですか……」


 上唇に生暖かい感触があり、手で拭うと赤いものがついていた。

 どうも今のやり取りで鼻の粘膜が傷ついたらしい。


「うー……ティッシュティッシュ……」


 すぐさま上を向きカバンの中から手探りでティッシュを探す。

 その横ではフーレがラムダンに注意されているのが聞こえる。まぁいきなりこんなことをすれば無理も無い。


「その……ごめんね。実は強いの隠してるんじゃないかなぁ、なんて思って……」

「あー……そゆことですか」


 ようやく見つかったポケットティッシュを一枚出し、それを捻っては鼻に詰める。

 取り出したティッシュを物珍しそうに見ていたが、さすがに止血中だからか彼らは特に何も言ってこなかった。

 少し不恰好になるがまぁ仕方ないだろう、止まるまでの辛抱だ。


「実際倒したのもたまたまで運が良かっただけですよ」


 ギルドに話した程度のことを四人に話しとりあえずは納得してもらう。

 当時の話に関心を示すが、まだどこか腑に落ちない様子なのは仕方ないだろう。自分が逆の立場だったら多分信じないだろうし。


「まぁそう言う訳で……ん?」


 ポツ、ポツと頭に冷たいものが降り注ぐ。

 上を見上げればいつの間にか曇天、山の天気は変わりやすいと言うが雨が降ってきたようだ。


「ラムダンさん」

「あぁ、確かもう少し先に洞穴があったはずだ。そこまで行こう」


 ラムダンの指示の下、全員が濡れぬようマントを羽織りながら先に進む。

 程なくして大量の雨が降り注ぎ、視界が白に覆われ始めた頃。

 ようやく彼が言っていた洞穴へと一行は到着したのだった。

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